捜査編
「月島先輩……」
「ん?」
気が付くと、すぐ後ろに日野が立っていた。
「日野か……俺に近づかないほうがいいぞ」
「え?」
「仮にも俺は容疑者の筆頭なんだ。そんな俺と一緒にいたら、お前まで怪しまれるだろ」
「で、でもこの事件、不可解なんです」
引き下がらない日野だったが……
「日野ぉ!月島になんざ聞かずにさっさと毒物の検査をせんか!」
「は、はい!」
火川がそう言った。
「……ご、ごめんなさい。月島先輩」
「いいんだ。もう」
どうせ自分の言うことは信用してもらえない。月島はそう思い始めてもいた。
「ところで……」
聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
「ん?なんだね君は?」
「名乗る程のものではありませんよ」
その人物は、金髪の髪をシニヨンにまとめ、上品なオーラを漂わせている……
「この事件、月島さんが犯人だとすると、納得できないところがありませんか?」
「な、お前も月島の知り合いか!?だとするとお前が共犯して……」
火川はその女性の姿を見て……
「……!」
鋭い電流が走った。
「失礼。一介の探偵が、出しゃばってはいけませんね」
「……」
その様子を見つめる日野は、どこかぎこちなく、
「あの……」
と、声を上げた。
しかしその瞬間、火川は動き……
「なんと美しい……あなたが女神か……!」
「へ?」
「先ほどのご無礼、お許しを。して、納得できない点とはどこですかな?」
背筋を伸ばして言う火川。
……あれ?この人口説きにかかってる?
「その前に、私の自己紹介を。私は金城 美緒。このミアレシティで、探偵稼業をやっています。
私が言う納得できない点は……
月島さんがそもそもどうやって、毒を盛ったのか、ということです」
「どうやってって……それは八雲さんがトイレに立った時に……」
「本当にそうなのでしょうか?だって……」
だがその話を、月島が……
「いいんだよ。金城さん」
「?」
「……俺がやったんだよ。どうやってやったかは分からないけどさ……俺が……やったんだよ」
もはや月島にはどうでもよくなっていた。
「俺は頭に血が上りすぎてたみたいだ。その時の記憶もうやむやで、何をしたかも覚えてない。
もう俺がやったってことでいいんだ。
俺はもめ合いになっただけで、人ひとり殺せるようなどうしよもない男だったんだよ」
「そうですか」
すると金城は、うんざりした様子で……
「ですが、理解しないこととしようともしない事とは全く違うものです。あなたはひょっとして、この事件の真相から目を背けようとしているのでは?」
「あぁそうだよ。でもどうせ今更俺が何を言っても信じてもらえないさ」
そこへ追い討ちをかけるかのように、
「あ……ひ、火川さん……」
「どうした?」
「……コーヒーの中から、毒が検出されました」
「そうか……これで決まりだな。やっぱり犯人は月島、お前だ」
そう聞いて月島は、すっかりと諦めがついた様子で、
「そうなるんでしょうね。やっぱり」
と、腕を出した。おそらく逮捕してくれ。ということなんだろう。
だがダイが……
「はぁ?」
ストロベリーサンデーのスプーンを右手に、悪態をつく。
「……何がはぁ?だ!もう本人が自供してるんだから、これで解決でいいだろう!?」
「はぁ?」
「だから、本人が自供しているからこれで事件は解決ってことで……」
「だとしたら、迷宮入り事件がひとつ増えて、ミステリー番組の製作者としては嬉しいだろうね」
「何……!」
火川の顔が大きく引きつった。
「あ〜あ。とはいえこれは完全に絶望状態だね。ここから希望に戻って事件を解決するには、しばらく時間がかかりそうだ」
「……」
「はぁ?」
「いやまだ何も言ってないぞ!」
ダイはストロベリーサンデーの生クリームの中にスプーンを突っ込むと、
「じゃあ僕たちだけで捜査を始めちゃおうか」
金城と日野を伴い、厨房に向かう。
「な、現場を荒らすのは禁止だぞ!」
「いいんじゃない?君としてはもう事件は解決している。つまりもはや厨房は、現場としての体を成してないはずだよ」
「……」
「反論があるならしてよ。それはすなわち、月島君が犯人じゃない。そういう証拠になるけどね」
軽〜く言いくるめられる火川。
「……わ、わかったよ!ただし怪しい行動をとったら許さないからな!?」
「……あぁ。<これ>が一応国家権力を握ってるとなると、この世界の未来は心配だね」
しかし日野には疑問があった。
「ダイ……さんでしたっけ?」
「どうしたの?」
「あなたは月島先輩の味方なんですか?それとも、敵なんですか?」
「さぁ?どうだろうね」
厨房に入ると、八雲が毒殺された時にいた3人の従業員がいた。
「え……?」
「僕があらかじめ集めておいたのさ、なるべく現場に入らないように、とね」
身長の高い男性、三田村 明博(みたむら あきひろ)
身長がかなり低い男性、細谷 昌也(ほそたに まさや)
唯一の女性、滝川 円(たきがわ まどか)。
この3人が容疑者としてここにいる。
「あ〜、念のためと言ってはなんだけど、君たちはずっと、この厨房にいたよね?」
「えぇ、間違いありません」
三田村がそう言う。
「でも、事件はもう解決したんでしょ?だったら早く帰してよ。見たいドラマがあるの」
「まぁほぼ解決した……そう、あの刑事さんは言ってるけどね」
「なら僕ももう帰りたいな。お腹もすいたし」
すると……
「ねぇ。いきなりだけどみんなのポケモン見せてくれないかな」
「え?……ポケモンなら別にかまわないけど……」
3人ともモンスターボールからポケモンを出す。
三田村のポケモンはアマルルガ。
細谷のポケモンはクロバット。
滝川のポケモンはギャラドス。
「なるほどね」
ダイは何かを閃いた様子。
「……」
しかし、まるでついていけない日野。
「こ、こんな時月島先輩なら……」
「月島さんなら、なんなのです?」
「え?」
金城が一言。
「まさか、事件を解決してくれるはずなのに。そう言いたいのではないのですか?」
「……あ、その……」
「だとするなら、それは依存です」
「……!」
あくまで冷静に、金城は諭すように日野に言った。
「見る限りでは、あなたは今までずっと、月島さんに頼ってばかりだった。だからこそ、月島さんが捜査できない状態では何もできない。
だからこそ、今は自分に何も出来ないと思うから、月島さんの名前を出す……違いますか?」
「……」
「違いますか?と聞いているんです」
「はい……」
右の肩を優しく持つ金城。
「なら、今度はあなたが月島さんを助ける番ですよ」
「……」
「あなたになら、真実にたどり着くことが出来るはずです」
悩む日野。
果たして自分に、そこまでの力があるのだろうか……?
「……」
月島の様子を、少しだけ覗き込む。
相も変わらず、彼は落ち込んでいる様子だ。
「……」
自分は何度も、助けられてきた。
その助けられてきた月島が、今は容疑者になってしまっている。
なら……
その容疑を晴らすしかない。
そう、月島に助けられたように、今度は自分が助けるんだ。
「……やってみます」
「その意気ですよ」
しかしまだ、分かっていることは被害者の死因と、3人の持っていたポケモンだけだ。
「……」
もう一度グラスをよく見てみる。
毒薬を検査するために使用した薬品は、グラスの淵で変色している。
それ以外の場所には、毒は付いていない様子だった。
グラスには月島の指紋が付いている。
「……」
月島が、このグラスに触った……?
「……あれ?」
日野は違和感に気づく。
「あ、あの、ダイさん……」
「……何かな?」
ストロベリーサンデーを口に運びながら話を聞くダイ。
「ひ、被害者の方は、ストローを使わなかったんですよね?」
「さぁ、どうだったかな?」
「でも、テーブルの上にはストローがありませんでした」
「ならストローを使わなかったんじゃない?」
そう聞いたあと、ダイに月島の指紋の話をした。
「確かに君の言うとおり、そのままコップごと飲んだというのなら、グラスに月島君の指紋が付いているのは不自然だよね。
だって、月島君のホットコーヒーと同じタイミングで彼のアイスコーヒーが来たんだから……
でももう一つ、おかしな点はないかな?」
「もうひとつ……?」
「コースターに本来あるべきものが、ないんじゃない?」
「あるべきもの……」
思い出した。
「それって、持ってきた人の指紋……ですか?」
「あぁその通りだよ。ついでに言うと、コップにも被害者と月島君以外の指紋が付いていなかった。
これはどういうことだろうね?コップに指紋が付くと、まずいことがあったんじゃないのかな?」
「……えぇっと……まずいことって……」
「流石に僕も、それ以上は大盤振る舞いがすぎるよ。それより今、ブレイクタイムなんだよね。一人にしてもらえるかな?」
それ以上は何を聞いても聞かなさそうだ。
日野はダイに頭を下げ、少しだけ店内の奥を見た。
店内では容疑者3人の取り調べが行われている。
「……?」
よく見ると、容疑者は2人が素手だった。
手袋をしているのはただ一人……細谷だ。
「……」
再び誰もいないはずの厨房に向かうと、そこには金城がいた。
「金城さん……」
「どうです?事件は進みそうですか?」
「……はい。少しずつなんですけど……」
厨房を捜査する日野。
厨房からは、三田村、滝川の指紋が発見されたが、細谷の指紋は見つからなかった。
「……」
そういえば、細谷のポケモンはクロバット。
毒を盛ることは出来たはずだ。
「あ」
さらに、ゴミ箱の中からビニール製の青い手袋を見つけた。
大きさ的には、男性用だろうか。
長身の三田村には入らないサイズなので、ますます細谷が怪しい。
だが、何かが引っかかる。
何かが……
「あの、金城さん」
「どうしたのです?」
「もしよろしければ、事件が発生するまでの流れを教えていただけませんか?」
「……」
金城は日野をじっと見つめ、
「覚えている範囲なら」
と、話を進めた。
私たちは午後4時40分頃、このカフェに入ってきました。
そして10分ほど後に、八雲さんが来店。月島さんがこのカフェに入ってきたのは、午後5時頃でした。
ちょうどこのカフェは満席になっていて、月島さんは被害者の八雲さんの向かいに座りました。
そしてふたりが口論になったあと、八雲さんは月島さんに手にした水をかけ、トイレに立ちました。
慌てて従業員である三田村さんが、布巾を取り出し、月島さんに手渡すと、
月島さんは念入りに服にかかった水を拭き、その布巾を返していました。
その後、月島さんの席に、細谷さんがホットコーヒーとアイスコーヒーを運んできました。
月島さんはアイスコーヒーを受け取ると、八雲さんの目の前に置き……
そして月島さんは、ホットコーヒーを飲みました。
その直後……大体1分もなかった時間で、八雲さんが帰ってきて、
再び月島さんと口論になり、その最中にコーヒーを飲み……
そのまま、帰らぬ人となりました。
ダイさんが電話をするよう訴えるのに時間はかかりませんでした。
通報をしたのは滝川さんで、間違いはありません。
「……」
それだけの話を聞いても、やはりピンと来ない。
「……」
すると金城は、目を閉じたまま……
「そういえば、ダイさんはどこに行ったのでしょうか。このままだとストロベリーサンデーが、溶けてしまいますね」
「あれ、そういえばそうですね……」
「そう、溶けてしまいますね。バニラアイスの風味が、いちごに混ざって台無しになりそうです」
「……」
そう、聞いた瞬間、
……バリバリと、電流が走った。
「……金城さん……」
「……」
金城は口に笑みを浮かべた。
「あとは、あなたの推理にお任せしましょう」
「……」
すると日野は、深々と頭を下げ、カフェの外へ向かった。
「……」
金城は元いた席に座り直すと、その時にダイも戻ってきた。
「あ〜あ。出来ればこのヒントを出す前に気づいて欲しかったけどね。
せっかくのストロベリーサンデーが台無しだよ」
「……やはり不安なんですね。あなたの……」
「血の繋がった、兄弟のことが」
そう言われると、ダイはスプーンを器に入れ込んだ。
「バカ言わないでよ。僕はただ、未解決事件がこれ以上増えるのを防ぎたいだけさ」
その頃日野は、外を捜索。すると……
「……」
あるものを見つけた。
「これで……証明できる……!」
「では、続きは署で聞こう。……いつもならここで、お前が止めてくれるはずなんだがな」
「えぇ。そうですね」
その時だった。
「まだ、事件は終わってませんよ」
「!?」
金城が声を上げた。
「終わったんだよ。金城さん」
月島が言うが……
「では、これから日野さんがあなたのために、犯人が使ったトリックを明かします。
それを聞いた上で、容疑を認めたり否認したりしていただけますか?」
「いいよ別に。俺が犯人ってことでいいんだよ」
「始めてください。日野さん」
路地裏から日野がやってくる。
「日野?!どこに行ってた!」
「ごめんなさい。ですが、店内のちょうど、厨房の外からこれが」
それは、ビンのかけらのようなものだった。
「これは……」
「毒殺に使った毒薬のビンのかけら……でしょう」
「かけら?」
さらに続けて紙を1枚取り出す。
「調べてみたところ、この毒は揮発性が高く、水より軽いことがわかりました。
もともと弱性の毒で、空気に交われば毒性を失いますが、衣服や皮膚組織に混じれば、ある程度は毒としての体を保持できます。
……まぁ、外はお寒いので詳しい話はお店の中で、月島先輩も来てください」