事件編
今日は日曜日。
「さて……モーニングサンデーのご意見番も終わったし……」
月島はベッドに向かってまっすぐ立ち……
ドサ!
「二度寝でもすっかな!」
「あんた……たまの日曜日なのに、かわいいゾロ子ちゃんをお出かけに連れて行くなんて考えはないの?」
「ない」
「そこまではっきり言われるとすげー腹立つんだけど……」
だがその時だ。
「?」
「ほら、携帯鳴ってるよ」
ピッ
「はいもしもし。あぁ、日野か?切るぞ」
「切っちゃ困りま……ゴホッゴホッ!」
「どうした?風邪か?」
何度も咳き込んでから話をする。
「は、はい。昨日からちょっと熱っぽいかなって思ったら……今日になって……ひどくなって……ゴホッゴホッ!」
「おいおい大丈夫か?今日は病院も休みだし……」
「ひ、ひと晩寝れば、治ると思います……だけど……」
「だけど?」
再び咳を出したあと、
「今日、翼ちゃんと大事な約束をしてて……それで……ゴホッゴホッ!」
「約束?……なんだよ。今日ちょうどオフだし、俺に出来るなら聞いてやるよ」
「ほ、本当ですか……!?ゴホッゴホッ!」
「分かったなら、今日は無理せず休め。水をたくさん飲んで、ゆっくり寝てろよ」
「は、はい……ゴホッゴホッ!」
電話を切る月島。
「悪いゾロ子。出かけるぞ」
「え〜?まだ<キャミソール>始まってないよ〜」
「アニメとか録画すればいいだけだろうが。この前教えたろ。まったく、こちとら遊びじゃ……」
デパートの屋上に、月島はいた。
「あっ……!」
「うわぁ……!」
〜斬撃戦隊キリキザンジャーショー キリキザンジャー、四越に推参!〜
開演:午後1時〜
「なぁ、土門君。君が見たいのって……」
「うん。このキリキザンジャーショーだよ。テレビで見ていたキリキザンジャーが間近で見れるなんて……し、幸せだよ〜……」
夢の世界に行きかけている土門。
「……でも、まだ1時まで時間があるなぁ……」
「……じゃあ俺のおごりで何か食うか?ちょうど金持ってるしさ」
「いいの?月島お兄ちゃん」
「もちろんだ。男に二言はない」
そう言うと、子供のように喜んだ。
「……で、何が食べたいの?」
月島はこの時、「ステーキとか言ってきたらどうしよう」と、思った。
が、彼の出した言葉は、その想像をはるかに上回る言葉だった。
「じゃあラーメン」
「……え?」
「ラーメンがいい!」
レストラン街のラーメン屋の中に二人はいた。
「ふぅ……ごちそうさま」
「……あのさ、食べ終わってからで悪いけど……ラーメンで……よかったの?」
「うん。だって、僕のわがままに付き合ってもらってるのに、高いものを言うと悪いよ……」
「……」
なんてしっかりした人!月島はそう思った。
と、改めて土門の全身を見る。
土門はスカートではなくジーンズを着ており、女性物のカットソーも男性物のパーカーになっていた。
間違いない。彼は男だ。……今更いうことでもないけど。
「もしかして……もっと安いほうがよかった……ですよね?」
「え?」
「ごめん……なさい……」
悪いことをした。心の中でそう呟く。
だが、あまり弁明するとかえって追い込みそうなので、黙っていることにした。
午後1時。
「……」
ワクワクして、目を輝かせながら待っている土門。
そして、微妙な顔をする月島。
ステージが始まる。
「みんな〜!今日はこの四越デパートに遊びに来てくれて、ありがと〜!」
女性……おそらくスタッフだろう。
子供達と……
「い、いえ〜……」
土門がリアクションする。
「今日はみんなに、とってもいいお知らせがあるよ!なんと……」
だがその時だ。
「黙れこの野郎が!」
「え?」
突然ステージの壁を蹴破って、青色のキリキザンが現れた。
「あ!キザンブルーだ!」
と、興奮する土門。
キザンブルーは女性を捕まえると、
「はっはっは!この屋上は我々、キリキザンジャーが制圧した!命が惜しければ、おとなしくしているんだな!」
赤色のキリキザン。キザンレッドが現れた。
「は……?」
月島は驚愕した。
「言っておくが、キザングリーンがいないからといって安心するなよ!?あいつは今日二日酔いで来れないだけだからな!
こんなデパートのガキどもなど、3人で十分だ!」
屋上にある一箇所だけの出口には、黄色いキリキザンもいた。
さらにその時……
「おい、こっち来い!」
「え?」
月島は、右腕を掴まれ、ステージ上に上げられそうになる。
「あっ月島お兄ちゃん!」
「誰の親だか知らねぇが、俺たちには関係ない!とっととついてこい!」
「な、離せよ!」
しかし月島は抵抗する。
「いいから、さっさと付いて来い!さもないと俺の腕で切り刻むぞ!」
「やめろって!俺そういう趣味持ってねぇから!」
その時だった。
「(これショーの一貫ですから!お願いだから今だけ言うこと聞いてください!)」
「……」
耳元でささやくような声が聞こえた。……その瞬間わかった。
うん。従わなきゃダメだ。これは。
「あ、あ〜れ〜」
下手くそな演技をしつつ、ステージにあげられる。
「はっはっはっは!どうだ!俺らの力なぞ、大人ですらこんな感じだぞ!許して欲しければ、この場で絶望するんだな!」
(次、助けを呼ぶような声出してください)」
「う、うわ〜……た〜す〜け〜て〜」
三文……いや、二文ぐらいの芝居。
「お、お兄ちゃん!」
「なんだてめぇは!命が惜しければ引っ込んでろ!(来ちゃダメだ!って、お願いします!)」
「き、来ちゃダメだ〜」
怯えながら額に汗を書く土門。しかし……
「に、逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ……!」
人型兵器に乗ったかのような声を上げながら、ゆっくりと近づく。
「なんだ?やる気か?いいだろう。ただのガキが俺に勝てるか、試してやる。
(このあとあの子の攻撃食らったら俺は後ろに倒れるんで、あなたは前に倒れ込んでください)」
「う……うぅ……!」
「来いオラァ!」
そしてその時は来た。
「つ、翼パ〜ンチ……」
頼りない声を出し、拳を突き出す土門。
「(さぁ、今です!前に……)」
ドッゴォ!
「……え……?」
「あっ……!」
「な……なんで……!」
月島の腹部に、強烈なボディーブローが命中。
「ご、ごめんなさい!」
「あ……いや……謝って……もらっても……こま……」
ドサ!
そこで視界が暗転。
そして目を覚ます月島。そこは……
「あ〜、やっと目を覚ましましたね〜」
「つ、月島お兄ちゃん、本当、ごめんなさい!」
そう、楽屋のような場所だ。
「あ〜あ〜、すいやせん。俺っちがもっと早く前に倒れてって言ってたら……」
「あ……あの……あなたのお名前は?」
「俺っち、外山 靖幸(とやま やすゆき)って言います。キリキザンジャーの、キザンブルーのスーツアクターです」
「へ、へぇ〜。つまり……中の人……」
跳ね起きる月島。
「って、夢壊しまくりじゃないですか!」
「え?」
「だって、中に入ってる人とか言っちゃったら、特撮の意味ないですし!」
「それも含め僕は好きなんだ」
少し思考が停止する。
「……え?」
「だから、僕は中に入ってるスーツアクターの人も含めて好きなんだ。だって、こんなものを着たまま戦ったり踊ったり、
本当にすごい人たちだと思う。だから尊敬するし、大好きなんだ」
「……」
意味がわからない。どうしてそこまで知っているんだ。
なんてツッコミが届かないぐらい、土門の言葉は止まらない。
「でも、僕が一番好きだったシリーズは、キリキザンジャー<絶>かな〜。最後の<その希望を打ち砕いて、シュレッダーにかけた重要書類みたいにしてやるぜ!>ってブルーが叫ぶシーンはとても良かったな〜。あ、あと、キリキザンジャー<鬼>も大好きだった。だって、キリキザンジャーが初めて勝利した回は視聴率が18%を越える驚異的な数値を記録したんだよ!もちろん僕も見て涙が出そうだったよ!ついに……ついにここまでって感じで!で、そのシリーズの中で、僕が一番好きなシーンは……」
「わかったわかった!とにかくキリキザンジャーが好きってことはわかったからさ〜」
と、その時だった。
「おやおや、先ほどの人はもうすっかり元気みたいじゃのう」
随分とジジくさい言葉を出す男。
「しかし、お主が倒れて、ショーはどうなると思ったが……キザンイエローの機転でなんとかなったわい」
「あなたは……?」
土門が説明。
「この人は国定 義男(くにさだ よしお)キザンレッドのスーツアクターだよ。この道28年の大ベテランの人なんだ!」
「おぉ、よく知っとるな坊主。さては筋金入りじゃな?」
「もちろん!キリキザンジャーは僕の心の支えだから……」
「キリキザンジャーが心の支え……?」
本人はなんとなくで言っただろうが、月島には随分と気になった。
「まぁ、人が何を好きでも僕には関係ないけどね」
と、そこへ金色の髪の男が現れる。
「あ、竹下さん」
「え?なんで僕の名前を知っているの?」
「それは、キリキザンジャーならなんでも把握してますから」
子供のような屈託のない笑顔。
「で、この人の名前は?」
「竹下 悠(たけした ゆう)さん。キザンイエローのスーツアクターさんだよ。
元々役者さんだったから、動きの演技力は抜群なんだよ」
「どうも、初めまして」
竹下は月島に手を伸ばす。月島はそれに応え、握手をした。
「それに竹下さん、ポケモントレーナーとしてもかなりの強者で、ノーマルタイプのポケモンをよく使うんだ。
テレビ番組でもポケモントレーナーとして、ジムリーダーさんと戦ってたましたよね」
「く、詳しいな」
その話を遮るかのように、
「へっくしょい!」
竹下がくしゃみをした。
「どうしたんです?」
「う〜ん、どうも風邪気味みたいだ。鼻が詰まってるし、くしゃみはでるし……」
「それはまずいのう。あとで風邪薬でも買って、今日は温かくして寝るんじゃぞ」
そう言い終えたあと、国定は辺りを見回した。
「ん……ところで、花田はどこいった?あいつはショーの前にトイレに行って、それきりじゃからのう」
「トイレ?」
「おう、昨日から腹の調子が悪いとか言って、ショーの前にトイレに行ったんじゃが……行かせたのが誤算じゃった。
あいつはそのあと、まるで音沙汰なしじゃ」
「……トイレにしちゃ、長すぎるな」
心配になった竹下が……
「僕、見てきます」
と、部屋を飛び出した。
「では、俺っちも」
同じく外山も部屋を飛び出す。
部屋の中には着替えに使うロッカー、簡素な机、そして机の上にポテトチップスが乗っている。
「しかし、キリキザンジャーは心の支えって、キリキザンジャーって何年続いてるんだ?」
「今年で22年目だよ」
「超長編じゃねぇか!え?じゃあなんで俺知らなかったの!?」
「そうだよ。知らず存ぜずじゃすまないよ。でも大丈夫。今度月島お兄ちゃんが暇なときに、第一シーズンから見せてあげるね」
「そ、それは遠慮しとくよ……」
だがそんな和やかな雰囲気を、
バタン!
外山が打ち壊す。
「たたたたた、大変だ!大変なんだ!」
「どうした外山。何か言うてみい」
「5階のトイレで……5階のトイレで……!とにかく……来てくれ!」
「!?」
嫌な予感がして、楽屋に3人を残して5階のトイレに向かう。
そして洋式のトイレに向かうと……
「!?」
そこには驚きの光景が……
「……?」
なかった。
「お二人さん、ご無事っすか〜!?」
そこへ外山が走り寄ってくる。
「ご無事もなにも……」
「なにも……ないみたいだよ?」
「……え?」
外山は頭をかきながら……
「おっかしいなぁ……さっき確かに見たんすよ!キザングリーンが、ここで血を流して座ってんのを……」
「えっ!?」
「ほら、証拠もあるっすよ。ここに……」
写メールを見せる外山。
「!?」
そこに、緑色のキリキザンが、顔と胴体の隙間から血を流してぐったりとして座っている様子が見えた。
「な……なんだこれ……?」
「キザングリーンが……死ん……でる……?」
「確かに見たんすよ!さっき!」
だが月島には疑問があった。
「そもそも写メールを撮る暇があるなら、もっと早く楽屋に戻ってくださいよ」
「……あ、それも……そうっすね。でもとにかく見たんですよ!ここで!」
「……月島お兄ちゃん。どうするの?」
月島は少し考えたあと……
「……とりあえず戻るか。信じるか信じないかは、国定さん達に話してからだ。
でも、花田と言う人は結果的に見つからないまま……か……」
「うん……どこいったんだろう」
そして楽屋に戻ると……
ドンドンドンドン!ドンドンドンドン!
「国定さん!国定さん!開けてください!」
竹下が、ドアを強く叩いている。
「どうしたんですか?」
「さっきから、何回もドアをノックしているのに、国定さんの反応がないんだ!」
「!?」
ガチャガチャ……
「鍵はかかってない……何かがつっかえてるのか?」
すると月島は……
「窓ガラスを割って、中に入りましょう」
楽屋に窓ガラスがあったのを思い出し、外に飛び出したあと、窓ガラスを割ろうと覗き込んだ。
だが、その時だった。
「……!?」
部屋の中に写りこんだのは……
「どうしたの、月島お兄ちゃん?」
「見るな、土門君。君は見ちゃダメだ……」
「え?」
そのまま窓ガラスを割り、窓の鍵を開ける。
そこにいたのは……
「……」
ドアを塞ぐかのようにして倒れている国定と、
「……」
首元から血を流しているキザングリーンだった。
「うぷっ……!」
吐き気をもよおす土門。
「……土門君。警察と救急車を呼んでくれるか」
「う、うん……でも、その前にトイレ……!」
そこへ外山がやってくる。
「な……国定さん!?」
窓ガラスを開け、そこから入る月島。
「ちょっ待ってください!勝手に入ったら……」
黙って懐から警察手帳を取り出し、外山に見せる。
「ま……マジ……すか?」