事件編
「やっほ〜♪後藤田君♪」
とあるアパートの部屋にやってきた、黄土色のショートヘアの女の子。
「今日来る途中で、美味しそうなたこ焼き屋があったんだ。だからそこでたこ焼き買ってきたけど、後藤田くんも食べるよね?でも」
・ ・ ・
「後藤田くん?……いないの?」
シャワールームを覗くが、そこに後藤田の姿はなかった。
女の子が恐る恐る部屋の奥へ向かうと……
「え……?」
そこに、後藤田はいた。
しかもなぜか、突っ伏していた机はずぶ濡れで、頭から血を流しながら。
「……!」
女の子は、そんな彼を見て……
「うぶっ……!」
強烈な吐き気を覚えた。
ドサ……
同時にたこ焼きも落とす。
「ご……ご……後藤田……くん……!」
気が動転した女の子は、そのままぺたんと座り込んでしまい、
「……ひ、ひ、人を……呼ばなくちゃ……」
そのまま後ずさりするように数歩動いたあと、立ち上がってドアノブに手をかけた。
ガチャ!
すると……
「あ〜あ〜、本当にこんなふうにやっちゃって」
そこには、火川が立っていた。
「え?え?え?」
「君がしたことは何かわかるね?」
「いや、あの……わ。私……は……」
何かを言おうとする女の子。しかし当然……というか、火川はさっさと手錠に手を伸ばし……
「殺人容疑の現行犯で逮捕する」
カチャ……!
「……被害者は後藤田 幸宏(ごとうだ ゆきひろ)さん、18歳。
南鳳高校に通っていた高校3年生だ」
法医学の水原がそう言う。被害者の写真には、かなりごつい感じの男が写っていた。
「司法解剖の結果、死亡推定時刻は2週間前の日曜日の午後12時から13時の間。
死因はおそらく後頭部の打撲。
ほかには体の中から……まだ消化できてないたこ焼きに入ったような、たこが発見されたよ」
「俺からもいいですか?」
月島が手を上げる。
「いいよ、月島君」
「火川さんが現場に行って、容疑者を逮捕する少し前に、電話があったんです。ものすごく小さな声ですが……」
「人を……殺し……ました……」
「と、言う声」
「おそらくその声の主は、容疑者で間違いないだろう」
写真をはる水原。それを見た日野が……
「えっ……!」
絶句した。
「土門 翼(つちかど つばさ)16歳。同じく南鳳高校に通う高校1年生。被害者とは友人関係にあったようだね」
「友人関係、か……おそらく口喧嘩とかがエスカレートして、つい衝動的に殺してしまったんでしょう。
手近にある何らかの鈍器を使ってね」
「それが……一応現場近くを調べてみた人たちに話を聞いてみたんだが……」
が、その言葉を遮るように、
「翼ちゃんはそんなことをする子じゃありません!」
「「!?」」
机を叩いて立ち上がり、日野が反論した。
「翼ちゃんは、殺人なんかをする子じゃないです。絶対に……何かの間違いですよ!」
「じゃあ日野、現場に残った指紋をどう説明する?」
「え……?」
土門の指紋の写真を貼る水原。
「現場には多数の場所から指紋が発見された。ドアノブ、じゅうたん、椅子。その指紋が、容疑者の指紋と一致したんだ。
それが一番の、証拠じゃないのかな?」
「そ、そんな……!」
口を押さえる日野。
「……日野、今は水原さんの話を聞くべきだ。それからでも遅くないと思うよ」
「……」
そのまま椅子に座りなおす日野。
「先ほどの話だ。現場から、凶器になり得るものは発見されなかったんだよ」
「え?」
「被害者が持っていた、ギルガルドの入ったモンスターボールのみだったんだ」
「……なるほど、そのギルガルドが被害者を殺したのなら……斬殺か、それともポケモンの技による殺害にしかなり得ないのですね」
と、話を聞く月島。その隣で、
「……」
日野は、涙を流していた。
「……日野?」
「……」
そのまま、ふらついた足取りで、日野は部屋を出て行った。
「……日野……」
「放っておいたほうがいいよ、月島君。日野と容疑者はおそらく、知り合いだったはずだからね。
日野の気持ちも、わからないでもないんだよ」
「……」
面会室……
「日野?」
日野はここにいた。
「本当に、お願いします!翼ちゃんに、話を聞きたいんです!」
「う〜ん……と言ってもねぇ、君が知り合いだとしても、まだ土門に話をさせるわけには行かないよ。
それに彼女、取り調べには<私はやってません>の一点張りだからね」
「だけど……!だけど……!」
すると月島は日野に並び……
「俺からもお願いできますか?」
「え?」
「月島先輩……!」
すると面接官は考え……
「でも、どうして?」
「なんとなくです」
「なんとなくって……」
さらに再び考えたあと、
「わかった。許すよ。ただし、今回の面会の様子は、書記係に記録させてもらうよ」
「ありがとうございます!」
頭を下げる日野。
月島、日野が座って5分ほど経つと、
「……」
涙目になりながら、土門が入ってきた。
身長は16歳にしてもかなり低く、胸はぺったんこ。
……まぁ。そこは金城が大きいだけだが。
話を戻す。いかにも女の子らしいオリーブカラーのスカートに、青いカットソーを着ている。
「ここに座れ」
と言うと、土門はゆっくり座る。
「時間は10分だ。明日の裁判を前にやってきてくれる君の友人に感謝しろ」
「……は、はい……」
友人……?
そういえば、口調が日野に若干似ているような気がする。
「……ミアレ署の、月島 和也です。そしてこちらが……」
「うん……彩菜お姉ちゃんだよね」
「お姉ちゃん!?」
椅子から転げ落ちそうになる月島。
「……私と翼ちゃんはいとこなんです。翼ちゃんが幼い頃から、ずっと一緒に遊んでたから、お姉ちゃんって呼ぶようになったんです」
「なるほど、だから声を荒らげてたのか」
こくりと頷く日野。
「土門さん。俺はあなたが犯人だと思ってる」
「や、やっぱり……そうだよね……!」
「でも、あなたの話次第では、その考えは変わるかも知れない。どうか、話していただけませんか」
「え……」
しばらくもじもじする土門。
「……え、えっと……」
「落ち着いて、後藤田さんの遺体を見つけた時の様子を教えていただけませんか」
「……」
すると、土門は涙を流した。
「辛いと思うけど、出来なきゃ君は、何もしないまま罪を認めることになってしまうんだ」
「……」
左手で目をこすり、話し始めた。
「私は……後藤田君の家にたこ焼きを買って、やってきたんだ。
後藤田君は私がいつも同じ時間に来るのがわかっていたから……鍵を開けて待っててくれたんだ。
その日も同じように、後藤田君の家に行ったんだけど……
私が後藤田君が何も言わないから、不安になって、シャワールームを覗いても……いなかったし……
それで……部屋の奥に……行ったら……」
「後藤田さんが亡くなっていた。そうですね」
「……」
こくりと頷く。
「その後、電話をかけましたか?」
「分かんない……そのあとの事は……何も覚えていないんだ。気がついたら、警察の人がやってきてて……」
「……部屋の中で、変わったことは?」
「変わった……事……?」
何かを思い出した様子。
「そういえば、私がプレゼントした花瓶がなかったんだ……」
「花瓶?」
「うん。私がこの間、後藤田君に誕生日にプレゼントした、ウツボット型の花瓶。
後藤田君が欲しいって言ってたから、私は何とかしておこずかいを貯めて、プレゼントしたんだ。
後藤田君、とても喜んでて、その中にさっそくお花を入れてたんだ」
「(おい待て、確か後藤田さんって、ごつい感じの男じゃなかったか?人は見た目によらないな……)」
目を閉じて考える土門。
「翼ちゃん。他に思い出したことはない?」
「う〜ん……」
「なんでもいいよ。言ってみて」
「う〜ん……」
すると……
「あ、後藤田君の体がびしょびしょになってたよ」
「え?」
「それに、後藤田君は……頭から血を流してて……」
そういった瞬間、
「うぷっ……!」
手錠で繋がれた両手を口に当てた。
「だ、大丈夫?」
「……」
しばらく経って、
「はぁっ……はぁっ……」
落ち着きを取り戻した。
「あぁ、そうだ。土門さん、ギルガルドは知っているかな?」
「え?」
「被害者の殺された現場に落ちていたんだよ。モンスターボールが」
「……ギルガルドは、後藤田君のポケモンだよ」
ゆっくりと話を続ける。
「後藤田君はギルガルドを肌身離さず連れていたんだ。私はいつも、ギルガルドが羨ましくて……
後藤田君に、この間ギルガルドと私のポケモンで対戦を挑んだんだ。でも……」
「アイアンヘッド!」
ゴス!
「サーナイト!うわぁ!」
吹っ飛んだサーナイトに激突し、尻もちをつく土門。
「わ、悪い!翼!大丈夫か!?」
「う……うんうん?大丈夫だよ。それより……サーナイト……」
息も絶え絶えなサーナイト。すでに戦闘不能の状態だ。
「お前は力押ししすぎだ。そんなお前の才能じゃ、強くなるポケモンも強くなれんぞ」
「う……うん……」
パタパタと、スカートについた汚れを払う。
「……強いなぁ……後藤田君……」
「そんな強くねぇよ。まだお前が弱いだけだ」
「なるほど」
すると月島は……
「つまりあなたには、後藤田さんを殺害する動機がある」
「え……えぇ……!?」
「そのポケモンバトルでバカにされたのをきっかけに、彼に殺意を抱き、殺人したんだろう」
「そ、そんなこと……」
と、ここで……
「10分経過しました」
「……ありがとうございます」
立ち上がる月島。
「つ、月島先輩!」
日野はそのあとを追った。
「ど、どういうことです!あれだけ土門さんを持ち上げて、最後に落とすなんて……!」
「どういうもこういうもああいうもそういうも、そういうことだ」
「そんな……!」
涙を流す日野。
「で、これではっきりした」
「……」
「犯人は土門さんじゃないってことが」
「え?」
一気に涙が引っ込む。
「だって、考えてもみてくれよ。<私はやってません>の一点張りだった土門さんが、わざわざあんな話をするか?
動機に繋がるような話をするなんて、まるで自分が<犯人です>と言ってるようなもんじゃないか」
「あ……それは……」
「……日野。証明したいんだろ。お前も」
そう言われた日野は……
「もちろんです!」
と、ガッツポーズをとった。
「……なら、まずは現場に行こう。明日から、この事件の裁判が始まる。その前に、証拠を集めるんだ」