捜査編 @
「くそっ!」
月島は食堂の窓を開けるように手で合図した。
「?」
ウイ〜ン……
「西園寺さんが死んでる。急いで警察と救急車に電話を!」
「しょ、承知……しました!」
「う、嘘でしょ?殺人?ど、どうなってるの!?」
にわかに慌ただしくなる食堂。
「……死因はおそらく、高いところから落ちたことによる脳挫傷だろう。ちょうどこの上は……ん?」
死体のそばに、モンスターボールが落ちている。
「……」
右手の人差し指で、ぐるぐると目を回させる。
ジーランス 親:タクマ 技:あくび ストーンエッジ ハイドロポンプ じしん
「……タクマ……?西園寺さんのポケモンなのか……?」
顎に手を当てる月島。それを遮るように金城がこう言う。
「あら、随分珍しいですわね」
「何が?」
「ジーランスは攻撃のステータスの高いポケモン。それなのに何故、このジーランスはハイドロポンプを覚えているのでしょう?」
「……」
確かに、妙だ。
さらに性格を調べてみると、いじっぱり。
ますます妙だ。
物理と特殊、両方使えるのなら、特攻が下がるいじっぱりを選ぶのはおかしい。
……まぁ、自分のゾロ子は性格ようきで、じんつうりきばかり使っているのだが。
「……それに、あなたならお気づきでしょうけど」
「な、何を……」
「もちろん。犯人は、この中にいると言う事」
「どうしてそう言える?」
「考えてもご覧なさい。すぐ上の部屋は、西園寺さんの部屋です。館の構造を知っている人物しか、<転落させて殺す>という方法は取れないはず。
先程浅野さんが言っていましたね?」
「い、い、今……窓の外に……人の影……」
「彼女はよほどパニックを起こし、<落下>というキーワードを言えなかったはずです」
上を見ると、カーテンがばさばさとなびいていた。
おそらく西園寺さんは、ここから転落したのだろう。
金城の推理は間違いないはずだ。
死体の落ちてある庭先に一応印をつけたあと、食堂に戻る。
「つ、月島様、ダメです」
「ダメって、何が?」
「この大雨の影響で山で土砂崩れが発生し、警察はここに向かえないと」
「そんな……」
携帯電話を月島に手渡す黒田。
「どういうことか説明してください。火川さん」
「あ、いや、読んで字のごとく。というわけで、なんとかお前たちで解決してくれ」
「ちょっ待っ……」
電話はすぐに切れた。
「お、おおおお……終わりだわ!これは……終わりだわ!」
頭を抱え、声を上げる浅野。
「そうだ、金城さん」
「え?」
「あなた、ルチャブルを持っていましたよね?それでここから脱出出来ませんか?」
「……」
何故か大量の脂汗をかく金城。
「あなたが脱出し、警察に事件の概要を伝え、救助隊を派遣してもらう。そういうことは出来ませんか?
……って、金城さん?どうした?」
「……」
彼女は小刻みに震えたあと、
「た、たたた、高いの……怖い……」
搾り出すようにこう言った。
「……そ、そうですか」
「大体、彼女が脱出できるとしたところで、僕は反対だけどね」
と、桐生。
「もし彼女が犯人だとしたらどうするんだい?僕たちは、犯人をここからみすみす出すことになるんだよ?」
その意見ももっともだ。
居眠りしていたという彼女。しかし本当は西園寺さんを殺害するための口実だとしたら……?
だが、その理論はすぐに立ち消える。
彼女が犯人だとするならば、わざわざ自分自身にヒントを出すだろうか?
まるで「私を捕まえてみろ」とでも言わんばかりだ。
「で、ですが、逃げるとなっても、この雷雨ですよ?空を飛ぶを使えば、たちまち雷の餌食になるのでは……」
有栖川がそう言うと、一行は納得した様子だ。
「み、み、みなさん、大変です!西園寺様が……西園寺様が!」
そこへようやく里中が現れる。
「知ってます」「知ってます」「知ってるよ」「知ってます」「知っていますわ」「知ってるわよ!」「……」
「あ……あら?」
しばらく静寂が包んだあと、月島は問いただす。
「あなたはどこにいたのですか?」
「私は西園寺様の様子を見に、西園寺様の部屋に行きました。
ですが、部屋の前に行って何度呼びかけても、犯人は鍵がかかった部屋から出てこなかったんです。
仕方なくスペアキーを取りに、玄関ホールに向かおうとすると……」
「うわあぁ〜〜〜!」
「突然声が聞こえたと思うと、それ以降静かになって……不安になり……」
だが月島は再び問う。
「どうして西園寺さんの身に、何か起こったということがわかったのですか?」
「……大声を出したからです。きっと、誰かに襲われたのかと……」
「……」
しばらく考える月島。
「おそらく犯人は、この屋敷の構想を知っている人物。犯人は食堂の窓がある部分のちょうど上の部屋に、西園寺さんの部屋があることを知っていた。
故に、俺たちに気づかせたかったんでしょう。<自分に犯行は無理だ>と。
食堂にいれば、俺たちには不可能犯罪に思えますからね。ただ、西園寺さんの部屋を知っている時点で……
この中にいるんです、犯人が。屋敷の構想を知っている。ということですからね?」
しかしその声を……
「もうやだわ!あたしは自分の部屋に戻る!明日救助が来るまで待つんだからぁ!」
「おやめなさい」
金城が冷静に言うが……
「なんで!?どうして!?この中に殺人鬼がいる可能性もあるのよ!?そんな人たちと一緒にいられるものですか!」
「まだ仮の話です。全く関係のない他者の犯行かも知れません。それに……
ここで集団でいたほうが、私は安心だと思いますが?」
「ど、どうしてよぉ!」
「犯人があなたが一人になるところを狙っているとしたら?」
それを聞いた浅野は、無言になって何も言わなくなった。
「……少し、現場検証をさせていただきたいのですが、構いませんか?」
月島は警察手帳を出した。
「えぇ。では、里中さん。お願いします」
「はい」
食堂を出ようとする二人。そこへ……
「私も構わないでしょうか?」
金城が手を上げる。
「……あぁ、まぁ構わないけど……」
と、ここで月島は振り返り……
「念のため、みなさんの部屋もチェックさせていただきますよ」
「えぇ!?」
「冗談じゃねぇ!僕たちの部屋にまで入られるなんて、プライバシーの侵害もいいところだよ!」
指をさして激怒する桐生だったが……
「あら?やましいことがなければ、私たちが調べても問題ないはずですが?」
「……」
押し黙る桐生。
「と、ところであなた!あなたは何様なの!?」
「彼女は金城 美緒様。私がお呼びした、探偵のお方です」
「た、探……偵……!」
それだけを聞くと、浅野は黙ってしまった。
「行こう。金城さん」
「えぇ」
玄関ホールについたところで、有栖川邸の簡単な見取り図をもらった。
「青い部分は窓、曲線の部分は扉です。そして皆様の利用する部屋は、あなた方の苗字の頭文字を書かせていただきました」
「となると部屋は、左から……西園寺さん、私、浅野さん、月島さん、桐生さん、そして……」
「あの、額の傷の人ですね」
西園寺の部屋のスペアキーを手にしながら、里中はこう言った。
「無良 幸人(むら ゆきひと)様ですね。あのような顔をしていますが、根はお優しい方なんですよ」
2階に上がる。
「あのお方は嶺花お嬢様がまだ幼い頃、よく今は亡きご主人様と友人の関係にありました。
もちろん、今も彼は時々嶺花お嬢様と共に遊んでいただいていますし、私たち有栖川家にはなくてはならない存在です」
そして一番奥……西園寺の部屋にやってきた。
「お開けします」
ガチャガチャ……
「あら……?」
鍵を回そうとするが、回らない。
「鍵が故障しているのでは?」
と、金城が言う。
「……」
ガチャ……
「ほら、空きましたわよ」
「あれ?おかしいですね……?さっきは鍵がかかっていたはず……」
中に入ると、部屋は窓が空いていた影響でびしょびしょに濡れていた。
「……すいません里中さん。少しそこでお待ち願います」
「了解です。ですが、決して怪しい真似はなさいませぬよう」
二人共こくりと頷き、部屋の中に入る。
そこで目撃した。
「……これは……」
ベニヤ板のようなものが割れているのを。
「これは確か……昼間行われたポケモンバトルで使われた、トーナメント表を描くためのものです」
手袋をはめる金城。
「……しまった」
「どうされました?」
「手袋を忘れてしまったんだ。俺の部屋に」
「……では、里中さんに取りに行かせましょう」
そう言われて反応しない月島ではない。
「俺を疑っているのか?」
「えぇ。もちろん。誰にでも犯行が可能というのならば、全ての人物を疑うべき。そうではありませんか?月島さんも」
「その理論は間違っちゃいないけど、確かに里中さんが俺の部屋に犯行の証拠を隠した。とは思えないからな」
「そういうことです」
手袋をはめ、周囲を散策すると……
「ん……」
窓のフレームに、擦れた跡を見つけた。
「金城さん。これを見てくれ」
「え?何かあるのならこちらへどうぞ」
しかし金城は、決してこちらに来ようとしない……
「……いや、金城さんに直接見てもらいたいんだよ。だからこっちへ」
「ダメです。私は今調査で忙しいんです」
すると月島は笑みを浮かべ……
「……本当は外の景色を見るのが怖いから、じゃないのか?」
「……!」
肩を怒らせる金城。
「図星みたいだね」
「ご、ごめんなさい……2階以上から下を見ることが出来ないほどの……高所恐怖症でして……」
携帯で写真を撮り、それを金城に見せた。
念のため、窓から見た下の様子も。
「……これは……おそらく、このベニヤ板が擦れたあと……でしょうか?」
「あぁ。それで間違いないはずだ」
左のこめかみに左手を押し当てる金城。
「犯人は何かを重りにして片方に西園寺さんを、もう片方にその重りを乗せ……時間が経過するにつれて徐々にベニヤ板がねじ曲がり……」
「耐えられなくなって折れたところで、西園寺さんがずり落ちた」
「と、言うことにはなりませんわね」
「……え?」
いきなり否定される。
「もし、ここにあるベニヤ板を利用したとするならば、どうして落ちたはずのベニヤ板が庭先になかったのでしょうか?」
「それは確かにそうだな。だけど、犯人はある重りを使ったのは確かだ。例えば、庭にいたジーランスとか……」
それを言うと、
「ジーランスは軽いポケモンなのです」
「え?そうなの?」
「意外と知られていないのですが、ジーランスの体重は23.4kg。
タイプ不一致のくさむすび程度なら耐えられるほどの軽さです。それが重りになるのは考えられません。
相手が、あの<擬人化カビゴン>であるならなおさら、ですわ」
「それって西園寺さんのこと!?」
すると金城、咳払いし。
「あら、それならカビゴンに失礼ですわね。あの<女たらしクソミソ家畜男>ならなおさら……」
「もうわかったわかった、君が怒ってるのはわかったから!次行こ次!」
金城の部屋。
「念のため、カバンの中をチェックさせてもらってもいいかな?」
「それなら構いません。私は無実であると自信を持って言えますから」
すると金城はルチャブルをだし、その場に三角座りすると、
「……おねがいね。ルチャブル」
さらに両腕を自分の背中に回し、ルチャブルに持たせた。
「どうぞ」
「随分徹底してんなぁおい」
カバンの中を調べる。
驚く程何もなく、中には化粧品のセットと、菓子折りしか入っていなかった。
「菓子折り?」
昼間のポケモンバトルの優勝賞品だ。
何故か包装が破れてしまっている。
「これはどうしたんだ?」
「は、恥ずかしながら小腹がすいたから、ひとつだけ食べたのです。こしあんの饅頭を」
「こしあん派か……」
「悪いですか?」
「いや?」
その後も調査をしてみたが、部屋の中にはこれ以上何もなかった。
「……もういいですか?腕とお尻が痛くなってきました」
「あぁ、大丈夫」
その他の部屋も探索してみたが、これといって目立ったものはなかった。
次にリビングに向かう。
「ここって……リビングっていう大きさかよ……」
他の客の宿泊スペースの4倍以上はある。
「……そもそも、どうしてここで誕生日パーティを開かないのですか?
食堂よりこちらの方が、広い上に外の風景もより鮮やかに見えるのでは?」
「いえ、この場所を使うわけにはいかないんです」
里中がそう言った。
「ここは、昔ご主人様が自ら命を絶った場所ですから」
「自ら?」
こくりと頷く。
「10年前、嶺花お嬢様がまだ7歳だった頃、お父様は突然、ここで命を絶ったのです。
自分の持っていたポケモン、パンプジンに、やどりぎのタネを使わせ、自分の養分という養分を全て吸い尽くされることで……
彼は自ら命を絶ちました。遺産を、嶺花お嬢様に全て託すという、遺言を残して……」
「確かに、その言葉は間違いないようですわね」
金城が新聞を手に取って言う。
「この新聞、ちょうど日付が10年前の今日。そしてテレビも、この部屋だけ地上デジタル化が進んでいない様子。
これはつまり、10年前から時が止まっていると考え、間違いない……」
「ちょっと待ってくれ金城さん。さっきの言葉……パンプジンにやどりぎのタネを使わせ、自分の養分を吸い尽くして死んだ、
それは間違いないですね?里中さん」
「えぇ、そうですけど……」
カードの内容を思い出す。
ら い し ゆ う の た ん じ よ う び き み の い の ち を い た だ く よ
パンプジン仮面
さ あ て つ ぎ は だ れ を こ ろ そ う か な パンプジン仮面
「パンプジン……まさか……」
「まさか月島さん」
顔を覗き込む金城。
「この事件がその父親の幽霊の仕業であると、そう言いたいのですか?」
「そうじゃない。けど、その父親ならこの家の間取りを知っているはずと思ってな」
「やめてください」
「金城さん、幽霊もダメなのか」
身震いする金城。
リビングの探索を一通り終えたところで、
「里中さん」
有栖川がやってきた。
「お嬢様!?危険ですから食堂にいるように申したはずですけど……!」
「それが……大変なんです。食堂で、桐生さんと無良さんが……!」
「え?……」
キョロキョロと、月島と有栖川を見比べる里中。
「有栖川さんをお連れし食堂に向かうとなるなら、あなたに証拠隠滅は不可能になるはず。
どうぞ。探索は私たち二人で続けますので……」
「りょ、了解しました」
里中はスペアキーの束を月島に手渡し、有栖川と共に1階に向かった。
「……どうしたんでしょうか?」
「どうせあのチャラ男とケンカでもしたんじゃないかな。俺たちは捜査を続けよう」
有栖川の部屋を探索したが、特に事件に繋がるようなものはなかった。
そして2階の1番奥、<私たち>と書かれた部屋。
そこは黒田と里中の部屋だった。
「この部屋が一番狭いみたいだな」
「えぇ。おそらく執事たるもの、有栖川さんよりも広い部屋に住むわけにはいかないのでしょう」
と、そこで月島はあるものを発見し……
「!?」
絶句した。
「どうされました?月島さん」
「これを、見てくれ」
それは5年前の新聞の記事。
有栖川家14代目当主 有栖川 秀三(ありすがわ しゅうぞう)さん死去 自殺か
「……」
金城が顎に手を当てたあと、こう言った。
「おかしい、ですわね」
「あぁ。里中さんは、<ご主人様は10年前に死んだ>そう言ったはず。なのにどうして、5年も死が明るみに出なかったんだ?
いや、それよりも何よりも。どうして5年後にこの情報が出たんだ?」
「おそらく里中さんは、嘘をついている。そうは考えられませんか?そして、里中さんには、殺害する動機もあります。
あの、<OKK>をね」
O=おんなたらし K=クソミソ K=かちくおとこ
「変な略し方しないでくれ。……で、動機って何?」
「あの男のカメラです」
食堂で初めて会ったとき、男はカメラを持っていた。そう気づいた。
「あの男はおそらく、記者かなにかでしょう。その証拠に、カメラを大事にしていた。
激しい運動……つまりポケモンバトルや、バスに乗っている間にはカメラを持っていませんでしたから」
「つまり、この記事を書いたのが西園寺さん……ということなのか?」
「えぇ、おそらく」
その記事を最後まで読んでみると……
著:叉伊地 音作
「……違うけど……」
「え?」
ルーペで何度も見直す金城。
「ほ、本当ですね」
額に汗をかいている。
「なんと読むんでしょうね、これ。<さいち ねさく>でしょうか?」
「まぁ、ペンネームで書く新聞記者も少なくないからな。でもとりあえず、西園寺さんではないはずだ。その証拠に……
西園寺さんの部屋を探索した時の様子をもっかい思い出してみよう。カメラはあったか?」
「……」
カバンを見ていたのは、金城。そして、答えが出るのに時間はかからなかった。
「なかったですわね」
「だろ?」
「ですが、カメラのことについては犯人が処分した、とも考えられないでしょうか」
「それは一理あるな。見られちゃいけない証拠でも収めてあった。とかな」
1階に降りてきた二人。
「とにかく、里中さんが何かを隠してるのは間違いない。秀三さんがなくなったことも、彼女は本当のことを知っているはずだ」
「えぇ。さっそく食堂にいた皆さんの前で追求…………?」
金城は、あることに気づく。
「どうした?」
「脱衣所のドアが、空いていますわね……」
その時だ。
「あぁ!月島様!金城様!いいところに!」
食堂から大声をあげて、黒田がやってきた。
「さ、先程……女性の浴場から悲鳴が……!」
「「!?」」
2人とも急いで脱衣所に入り込む。そしてそこから浴場を見ると……
「なっ……!」
里中が、湯船に浮かんでいた。
湯船には大量のバラの花びらと、モンスターボール。
そして、その着ていた黒のメイド服は、
「……」
そのまま、彼女の死に衣装となっていた。
さ あ て つ ぎ は だ れ を こ ろ そ う か な パンプジン仮面