解決編
その日の夜……
「犯人が分かったというのは本当か!?」
「えぇ、まあ」
火災実験棟に、火川と日野、そして容疑者の3人がやってきた。
「そもそもこの事件、祐実さんの事故じゃないのか!?」
「事故でも何でもありませんよ。なぜなら犯人は、今のうのうとここにやってきていますからね」
驚く5人。
「ちょっちょっと待ってください先輩。わ、私……色々変なことは言いましたけど……」
「変なこと?バカは言わないでくれ。むしろ、君が違和感を感じなかったらこの事件は解決しなかったんだ」
「えっ……?」
わからない容疑者の3人に対して、月島が説明する。
「まず、田代さん。あなたが聞いた人の声、です。あなたが聞いた声は……
<俺が悪かった。許してくれ!てかまず、お願いだから電話に出てくれ!>でしたよね?」
「は、はい……夫の方の声は聞いたことがないんだけど……あの家の近くだから……」
「では……」
すると月島は、思わぬ行動をとる。
「……さっき俺が言った声を、もう一度お願いします」
火川に対して言う。
「……え?あ、あぁ。……俺が悪かった。許してくれ!てかまず、お願いだから電話に出てくれ!」
「間違いありませんか?」
「あ〜!この声だ!間違いないわ!きっとこの声よ!」
そう、これは……
「火川さん、昨日、11時頃に奥さんと大喧嘩しましたね?」
「……え?あ、あぁ。うん……」
「そして奥さんが家出をし、探している最中に田代さんに出くわしてしまった。しかし、鬼気迫る状況だったため、お互いに顔を見ていなかった。
……今日朝から、随分機嫌が悪い理由も、それが影響してのことでしょう。……あとで日野さんに謝ってくださいね」
「わ、悪かった……」
少し咳払いをする。
「では、さっさとトリックの解明に取り掛かっていきましょう。……木内さん。お願いします」
「分かった」
裏から現れた木内が、模型を見せる。そこには、二つ穴があいていた。
「……これは、浅井さん夫婦の家の台所を忠実に再現した模型です。まず、この床下収納に、佑磨さんの遺体……
そう、このマネキンを入れます」
「ちょっと待ってくれ。佑磨さんの……遺体?」
火川が口を挟む。
「そう、佑磨さんは祐実さんに殺されたんじゃない。最初から、殺されていたんです。……日野さん」
「あっは、はい。佑磨さんの頭に、へこんだ痕を発見しました。そのへこんだ痕は、ちょうどドテッコツの鉄骨の形と一致するんです。
先程鑑識で調べた結果です。ここに、証拠が」
書類を取り出す。
「ドテッコツの鉄骨の破壊力は相当なものです。犯人は、佑磨さんを殺害後、佑磨さんを隠そうと床下収納に入れました」
「次に、この床下収納に、これを」
ガソリンを取り出す木内。
「こちらのガソリンを、並々と注ぎます」
ドボドボドボドボ……
「そして両開きの扉を閉めます」
バタン。
「……」
そのまま10秒ほど待ち、
「じゃあ日野さん。この扉を開けてくれ。もちろん、これを付けて」
月島は、耐熱手袋を手渡す。
「い……嫌ですっ!どうせ爆発するんでしょう!?」
「さて、どうだろうね。こういうのをやるのも新人の仕事だよ」
「……は……はい……」
手袋をはめ、穴から恐る恐る手を出す。
「あ、みなさん、言い忘れるところだった。そちらの防火壁の後ろまで移動願います」
「ええぇえぇ!?」
「さぁ、大丈夫だ。開けてくれ日野さん」
生唾を飲む日野。
「……」
震える指先。
「……!」
そして床下収納の扉を開け……
ガチャ!
「ひぃっ……!」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「あ……あれ……?」
「……爆発しませんでした。これはどういうことでしょうか」
木内が説明する。
「ガソリンは気化しやすく、非常に燃えやすい気体。だが、それはある程度の酸素があってのことだ。
このように、並々とガソリンが盛られている状態で蓋をしては、酸素はたちまち消え、ガソリンは燃焼する力を失う。
つまり、この状態で蓋を開けるという静電気を発生させても、ガソリンは爆発しない」
「日野さん。ありがとう。防火壁まで下がってくれ」
「はっはい!」
子犬のように駆け出す日野。
「そしてここに、事件現場で発見されたメリープと同じように、静電気を起こします。すると……」
パチッドガ〜〜〜ン!
「!?爆発した……」
「事件現場にメリープがいたからこそ、このような事態になったのです」
「……消火!」
木内が言うと、ほかの火災捜査官が消火剤を振りかける。
「もう、お分かりですね。つまり犯人は、放火による不慮の事故に見せかけたんです」
「しかし、メリープを祐実さんが連れていなければ、失敗していた……結果的に、下手な犯行だったというわけか」
「いえ、犯人はすべて知っていたんです。ガソリンが爆発しないというトリックも、奥さんがメリープを持っているのも。
下手でもなんでもなく、犯行はすべて計算通りだったのですよ」
すると月島は、ある人物に歩み寄る。
「そうですよね?」
ザッ……
「大友 聡さん」
「!?」
大友は驚いたようだった。
「……ここからは俺の憶測もある程度入りますが、どうか聞いてください」
と、周囲に向かっていう。
大友さん、あなたはおそらく、空き巣目的でこの家に入ったんでしょう。
近所に住むあなたなら、浅井夫婦がどの時間家を空けるかなど、把握しているはずですからね。
そして空き巣に入ったあなたは、早速部屋を物色する。
金目の物がないか、何か使えそうなアイテムはないか、周囲を物色。
すると、あなたはタンスの上にあるものを見つけました。
美少女キャラ、スマイルビビヨン5の、ビビヨンレッドのフィギュア。
それが欲しかったあなたは、手にした時思わずにやけたところでしょう。
ですが、その時、
「そこで何をしてるんだ!」
と、佑磨さんが帰宅。
焦ったあなたは、威嚇目的でドテッコツを出す。
「お、おいこれ以上騒ぐな!こいつが殴るぞ!」
「やれるものならやるがいい。私も……」
その時だ。突然ドテッコツが怒り、
「ドテッコツ!?」
ドッゴォ!
佑磨さんの頭を一撃。
「き……貴……様……!」
佑磨さんも抵抗する。
「ちっくそ……!離しやがれ!」
そしてもみ合いになっているうちに、ビビヨンレッドのフィギュアが欠損。
しかしそんなことを気にも出来ないほど、追い詰められたあなたは……
「この……野郎!」
あなたに突き飛ばした佑磨さんは、そのまま台所の流し台の角に激突。そこで、帰らぬ人となった。
「……ちっ。最悪だよ」
だが、妻がいるということを知っていたあなたは、少し焦った。
このまま祐実さんが帰ってくれば、ひょっとしたら自分に疑いがかかるかも知れない。
そこであなたは、帰ってきた祐実さんもろとも殺害してしまおうと、そう考えた。
佑磨さんを床下収納に入れ、そこにガソリンを注ぎこみ、蓋をする。
そして蓋を開ければ、爆発する。そう考えていたんでしょう。
ブレーカーを全て落として電気を点けないようにし、物色していたタンスの下の段を元通りに戻し、
ビビヨンレッドのフィギュアを持って、その場を立ち去った。
そして、祐実さんが帰ってくる深夜2時を見計らい、通報しようとする。
何も知らず帰ってきた祐実さんは、夫を探す。
「あなた?あなた?帰ってるんでしょ?……まだなの?」
携帯電話を鳴らすと、とある場所から音が鳴る。そう、床下収納の中から。
「あら……?」
そこを開けると……
「いやぁ!」
夫が変わり果てた姿で、そこに入っていた。
「……え、えっと……」
しかし明かりがないため、祐実さんは気が動転していたんでしょう。
明かりをつけるため、メリープを出した瞬間……
「むふ……」
パチッ……!ドガ〜〜〜ン!
「田代さん。あなたが見た人魂とは、もみ合っている時に佑磨さんが持っていた懐中電灯のことでしょう。
そして、祐実さんの足の燃え方が激しかったのは、燃え盛る炎から逃げようとしたためです。
体中を火だるまにしながら、彼女は逃げようとした結果、火元に近い足の方が激しく燃えていた。ということです」
「で、でも、明かりがないなら携帯電話を使えばよかったんじゃねぇっすか?」
と、大友が言う。
「人というのは、死体を発見したらまず、その死体を確認するという心理を持っています。
懐中電灯がなく、部屋の電気が点かない以上、明かりとなるものはメリープのみでしたから」
「……」
すると大友は……
「んなもん!たまたまじゃねぇっすか!心理とかなにかで、犯人扱いされちゃたまんねぇっすよ!
大体ドテッコツなんて持ってませんよ俺。なんなら今から、ボディチェックしても構いませんっすよ」
「……失礼する」
火川が確認する。
「……確かに、モンスターボールもないな」
「ちっ。あんたは最低な人間だ。俺みたいな潔白な人間を犯人扱いにするんだからよ!
悪いけど、俺課題残ってるからこの辺で失礼しますよ」
帰ろうと、火災実験棟のドアに手をかける大友。
「……そういえば、どうして先程から一言も喋らないのですか?浅井さん」
「!?」
拓也は、驚いた。
ガチャ……ガシ。
「!?」
「まだ話は終わっちゃいねぇぞ」
大友の肩を掴む木内。
「そもそもどうしてあなたは、浅井夫婦が帰ってくるのを知っていたんです?大友さん」
「決まってんだろ!バイクの音が聞こえるからって、てめぇにも話しただろうが!」
「へぇ。向かいに住んでいるにも関わらず、バイクの音は聞こえるのに、火事になっているかは外に出ないと分かんないんですね」
「!?」
大友の顔から、血の気が引く。
それを見て、にやりと笑みを浮かべる月島。
「……そ、そりゃ……その……」
「再び俺の推測ですが……大友さんに夫妻が帰ってくる時間を教えたのは、あなたではないのですか?浅井さん」
相変わらず何も喋らない拓也。
「ん、んなもん知るかよ!俺はこんな奴と今日初めて会った!バカバカしい……もう帰るぞ!」
「顔見知りだということは明らかですよ。ほら」
拓也のモンスターボールから、ドテッコツが出た。
「浅井さん、これはあなたのポケモン、間違いないですね」
「……」
「黙秘しているなら、今度はあなたに疑いがかかるんですよ」
すると大友は、
「そうだよ!こいつがきっと犯人なんだよ!俺をハメようとしやがって!」
と、上機嫌に。
「いい加減罪を認めやがれよ!たく……」
「たく?」
「……!?」
「よくこのお方の名前が拓也さんだと分かりましたね」
「ま、まったくって行ったんだよ!」
すると月島は、
「……そうですか、では、大友さん。あなたの決定的な証拠をお見せしましょう」
と、別の写真を見せる。
「どうでしょう。このハートマーク、どこかで見たことがありませんか?火川さん」
「?!これはビビヨンレッドの台座のハートと同じマークだ!」
「えぇ。あなたが盗んだものと、ぴったり一致するんですよ大友さん」
「同じフィギュアがあっただけだろ!お前はそこまで俺を犯人にしたいのか!?」
怒鳴る大友。顔はもう真っ赤だ。
「日野さん」
「はっはい」
日野は、あるものを取り出した。
「あなたが言う、欠けた羽の部分とは、これでは?」
「!?」
そう、ビビヨンレッドの羽の部分。
「これを調べた結果、何が見つかったと思いますか?……繊維物質ですよ。佑磨さんの服の、ね。
おそらく争っているうちに、欠けた部分がタンスの一番下の段の中に入ったのでしょう」
「しかしなぜ、一番下の段なんだ?」
「空き巣は基本、タンスを発見したら下の段から物色します。なぜなら大事なものは、一番上の段には隠さないですからね。
上の段は大人の人間の大きさにちょうどあいますから、盗まれたら困るものはその段には隠しません。
しかし空き巣はそこを狙うんです。大友さんのような、ね。
下の段だけ服が散乱していたのは、大友さんがそこを物色している途中に、佑磨さんが帰ってきたからです。
逃げるために時間を使いたかった彼は、つい大雑把にしまってしまった。
これをあなたの家のフィギュアに合わせれば、ぴったりと合うはず、ですよ」
表情が崩れる大友。
「まさか、この期に及んで言い逃れしようとは考えていませんよね?
今言い逃れをしても、メリープだけに、あなたには何もプラスにはなりませんよ」
しかし大友は自分のポケットに手を伸ばし……
「……くっそぉ〜〜〜!」
ナイフを持って暴れだした。
「てめぇさえいなけりゃああああああ!」
そして日野に向かって突進。
「ひ、日野さん!」
「!?」
「ぶっ殺してやらあぁぁぁぁ!」
腕を振り上げる大友。しかし日野は……
ザッ……
キッと、鋭い眼光を浮かべたあと、
「ふっ……!」
「ぬおわ!?」
大友の右手を引っ張る。大友はバランスを崩して転倒。
体勢を立て直した大友は、再びナイフを向けようとするが……
「でやぁ!」
ドッゴォ!
「うごあぁ!」
それより先に、日野のハイキックが大友の顎を一閃した。
ドサ……
地面に倒れ伏した大友は、泡を吹いて倒れてしまった。
「……あっ。ご、ごめんなさい!私……」
当然、呆然とする他5人。
その日の深夜……
「……大友と拓也は、結局グルだったらしい」
取り調べの帰り道、ゾロ子と二人で歩く月島。
「拓也は自分に愛情を注いでくれなかった両親を恨み、何とかして困らせてやろうかと、空き巣の常習犯だった大友に頼んだらしい。
<父親が一番大事にしてる、ビビヨンレッドのフィギュアを盗んでくれ>ってな」
「やっぱりね……ホント、本当の親を結果的に手をかけるなんて、信じらんないわ」
「で、なんであいつが空き巣の常習犯だってことを拓也が知ってたかというと、拓也はあいつが空き巣をしているところを見たから。
それを警察に言われたくなかった大友は、拓也の言うことを聞くことにしたらしい」
ゾロ子は、それを聞いてあくびをした。
「それにしてもバカな二人。大友はもちろん、拓也も拓也だわ。
実の親を殺すなんて、そんなこと普通の神経ならできないわよ」
「いや、拓也も、大友が人を殺すまで行かないと思ったんだろう。あいつの目が節穴だったわけだけどな。
……おっと」
靴ひもがほどけたのでしゃがむ。そして足を見て思い出す。
「しかし日野さん……大したものだったな、ハイキック一発で犯人を文字通り蹴散らすんだからよ……」
「あの蹴り上げ方、多分空手か何かをやっていたのね、股関節がすごく伸びきってたもん」
「見てたのかよ」
「うん。ボールの中から」
その時だ。
「月島先ぱ〜い!」
日野が駆け寄ってくる。
「やっば!」
ゾロ子は慌ててゾロアークの姿に戻る。
「日野さん」
「はぁ……はぁ……ちょっと、お聞きしたいことがあって……」
「何?」
日野は息を整えてこう言う。
「ありがとうございました。先輩がいなかったら、私……ずっと落ちこぼれだったかも」
「いや、今回の事件、解決したのはそもそも君がタンスの上のホコリに気づいてくれたからだよ。
それに、あのハイキックがなかったら、俺が殺されてたかもしれない」
「あぁ、あれはお父さんから空手をずっと教えられてたからなんです。自慢じゃないですけど、有段者なんですよ」
ふふっと笑う日野。
「どおりで強かったはずだね。日野さん」
「あ、あと……」
「ん?」
「私のこと、日野って、呼び捨てしにてくれますか?なんだか、さんって付けられると……照れちゃいます。
……これからもよろしくお願いしますね。月島先輩」
顔を赤らめる。だがそれは月島も同じだった。
「……」
肘でツンツンと、月島の腰をつつくゾロ子。
「い、いて。やめろよゾロ子!」
「ゾロ子?そのゾロアーク、ゾロ子って言うんですか?」
「え……?あ、うん」
すると日野はゾロ子に歩み寄り……
「よろしくね、ゾロ子ちゃんも」
なでなで……
「……!?」
頭を撫でられたこともないゾロ子は、照れを隠そうとしてそのまま逃げ出してしまった。
「お、おいゾロ子!待てよ!」
「ふふ、かわいいですね」
「追いかけるぞ日野さ……日野!」
「はい!」
二人はそのまま、ゾロ子を追って夜の闇に溶け込んだ。