解決編
ステージ上には、日野と容疑者たちがいた。
「仕方ない。今日の披露宴は中止だな」
と的場が言う。
「あぁ。そうだな。そもそもこんな状況で、披露宴をやりたいというバカはいないだろう」
「……」
「では、そろそろ後片付けのため、業者の方々を読んでも構わんかね?」
と尚志が言う。
「……」
「日野さん?」
「え?……あぁ。ごめんなさい」
と、そこへ……
「あ、月島先輩」
月島が戻ってきた。
「みなさん、少しいいでしょうか」
「もしかして……犯人が……?」
日野が期待の眼差しを送るが……
「いや?わかってないよ」
と、あっさり切られる。
「……そ、そうですか……」
「でも、何かおかしいとは思わないか?どうして偽物のサーベルを腹に突き立てた古尾谷さんが死なないといけなかったのか。
……例えば、サーベルが本物だった、とか?」
「それはないですよ。先輩。さっきも言ったとおり、あのサーベルは偽物です。
本物なら、瑠香ちゃんの顔に傷がつかない説明がつかないはずですし」
「……」
すると月島は……
「……あるはずだぜ。そのサーベルで、古尾谷さんを殺害する方法が」
「え?……」
そう言われ、再び考えを巡らせる日野。
古尾谷には、違和感のある傷が付いていた。
右足側から、左肩に向けての切り傷。
サーベルで腹を突いたなら、普通はつかないはずだ。
すると、日野は目を開き……
「……あの傷は、おそらく犯人がつけた傷です」
と、言い放つ。
「!?」
「……私の考える推理は……これです」
おそらく犯人は、あらかじめ凶器となるポケモンを、余興のどさくさに紛れて出していたんでしょう。
そのポケモンを使い、古尾谷さんを殺害したんです。
正確には、違いますが……
「こんな子供だましなんかやめて、さっさと披露宴を中止なさい。見るに堪えないわ!」
サーベルのおもちゃを奪う古尾谷さん。
「なによ!こんなおもちゃ使って!こんなんじゃ誰も殺せはしないわよ!」
そして彼女がサーベルを突き立てようとした瞬間、
ザシュ!
ポケモンに腹を切らせ、直後に古尾谷さんが自分の腹部を刺す。
そうすることで、ポケモンに切らせた切り傷を、おもちゃで広げさせ……
「……ぐぅ!?あ……あぁ……!」
ドサッ!
彼女を、彼女自身の手で殺害させたのです。
その後、犯人は出来る限り迅速にポケモンを、自分の手元に戻す必要があった。
ポケモンが見つかってしまえば、犯人の作戦は見事に頓挫してしまいますから。
「とはいえ、犯人は私たちが、ポケモンを見つけられないと言う自信があったんです」
「な、それはどういうことだね!?」
的場が言う。
「君の推理が正しければ、私たちがずっと、そのポケモンを見落としていたということになるぞ。
でも、こんな状況でポケモンを見落とすなんてことは、ありえないはずだ」
「ありえるはずです。それも、大いに」
「……どういうことだ?」
「ポケモンはいましたが、視界に捉えることが出来なかった。つまりそのポケモンは……
私たちの視線に入らないように、高速で移動し続けていたんです」
唖然とする一行。
「……」
月島はそんな日野を見て、にやりと笑った。
「まさか、遥翔……お前が殺したのか?」
「な、バカを言わないでくださいお父様!」
「だが、お前はマニューラを装備していた。マニューラの技、つじぎりがあれば殺せたはずだ。
たまたま、犯人の近くにいたお前ならな……」
「ち、違います!俺は犯人なんかじゃない!かく言うお前はどうなんだ!瑠香の友人だからといって……
お前が犯人じゃないとは言い切れないは」
日野は体中からモンスターボールを取り出す素振りを見せた。
が、モンスターボールは出てこない。
「……す、すまない。頭に血が上っていたようだ」
「では、もう誤解が起きないよう、ここで犯人を明らかにしましょう。……その方がいいですよね?」
日野は指さした。
「浜野 正次さん」
「……」
指名された浜野は、驚く程に冷静に日野を見た。
「ま、待て!」
木藤が口を挟む。
「お前はまさか、浜野が持っているポケモンを見て、こいつが犯人だと言いたいのではあるまいな!?」
「……それが、そうなんです。あなたのポケモンになら出来るはずなんです。
ですが、あなたは一つ。大きなミスを犯してしまった」
「……言ってみろ」
冷静を取り戻す木藤。
浜野さん。あなたはおそらく、余興のどさくさに紛れ、テッカニンを出していたのでしょう。
あらかじめテッカニンの特性、かそくを使わせておかないと、視界に捉えられないほどのスピードは出せませんから。
「では、続いて……」
「おぉっと!そこを動くな!誰も動くなよ!動いたらすぐ、こいつの頭と体が泣き別れだぞ!」
「きゃあ!」
「あぁ。なんということでしょう……!私たるものが、かような人物の襲撃を受けるなど……」
おそらく、この余興を考えたのは浜野さん。あなたではないのでしょうか?
あなたは古尾谷さんが、どうやったら怒るか。そういうのを知っていた。
我慢の限界に達した古尾谷さんを、ステージ上に誘うために。
そして、ステージ上で次にあなたがとった行動は……
ザシュ!
テッカニンに、古尾谷さんの腹部を彼女の腹部に彼女がサーベルのおもちゃを突き立てる。
そのタイミングでテッカニンに彼女の腹部を切らせ……
ザシュ!
「あ……あぁ……!」
ドサッ!
まるで腹部に本物のサーベルで斬ってしまった。そのように見せかけることが出来た。
「古尾谷さん!しっかり」
その後あなたは古尾谷さんに近づく振りをして……
「触れてはダメです!」
「え!?」
私に制止させ、まるで驚いたかのように声を上げ、注目を私に注がせ……
モンスターボールにテッカニンを戻した。
あなたにとっての幸運は、テッカニンに返り血がほとんど付いていなかったことでしょう。
ですが、幸運はここまで……あなたは多くの不運に襲われたんです。
「……」
そう言われても、浜野は全く表情を崩さない。
「まず、あなたはおそらく、本物のサーベルを使って古尾谷さんを殺害しようとしたはずです。
ですが、なぜか倉庫にはサーベルが一本しかなかった。
おそらく誰かが、サーベルをなくしてしまったのか……もしくは、古尾谷さんが、サーベルを盗んだんでしょう。
新郎新婦の親族です。そういえば、関係者以外立ち入り禁止の場所も、容易に入れるはずですし。
次に起こった不運は、木藤さんがこう言ってしまったことです」
「余興をすると言うのなら、そもそも……このサーベルをおもちゃから本物にすり替えた人物がいる。
そしてそれは、誰かを殺すために、その人物が行ったこと……そうとは思えないか?」
「つまり必然的に、容疑者が絞られてしまう。という事。
他の方の容疑にすることも辞さなかったあなたにとって、これはかなりの逆風だったでしょう」
それだけを言うと、静かに浜野を見つめる日野。
「……中々、いい推理をしますね。ですが、私を犯人にするには、証拠がないようですが。
私を犯人だというのなら、その証拠を提示していただけますか?」
「……」
静かに目を閉じたあと、ゆっくりと口を開ける。
「木藤さんの、足。ですよ」
「な!?」
木藤が唖然とする。
「木藤さん。あなたは本当は、浜野さんが犯人とわかっていて足のことを内緒にしようと思ったんじゃないでしょうか?」
「そ、そんなはずないだろ!この刑事さんにはちゃんと言っていたんだ!なぁ!刑事さん!」
月島はゆっくりと答える。
「確かにそうだな。……だが、その足の切れ込みは……」
「え……」
「あなた自身が入れたもの……違いますか?」
「!?」
血の気が引く。つまり、図星ということだ。
「ここで自分の衣服の足を切っておけば、あなたは浜野さんが罪を免れると思ったのでしょう。
ですが、残念ながらもう一箇所、浜野さんのテッカニンが傷つけてしまった部分があったのです」
「え……」
土門を連れてくる日野。
「彼の……右肩です」
「……!」
木藤の額から、脂汗が噴き出した。
「おそらく切れ込みの浅さから、これはテッカニンが羽で飛んだ時、摩擦で切れてしまったものです。
浜野さんはテッカニンが彼の右肩を切ったことを知らなかった。そして……
あなたは知っていた。いや、知ってしまった。が正しいでしょう。
私が翼ちゃんをトイレに連れて行こうとした時、浜野さんは隠れてテッカニンのカマから綺麗に血を拭き取り、
あなたはマニューラに自分の衣服の足を切らせた。
結果的に、あなたの行動が、浜野さんの罪を明らかにするきっかけとなってしまったんですが……
浜野さんのテッカニンを調べれば、その羽に残っているはずですよ。
翼ちゃんのタキシードの繊維物質が。そして、あなたのマニューラの爪には、あなた自身の衣服の繊維物質が。
浜野さんを襲った最大の不運は」
「遥翔が私の犯行を知ってしまったこと。でしょうね」
目を閉じながらそういう浜野。
「……では……」
「はい。私が古尾谷様を……殺害したのです」
「ま、待て!その推理はどこかが決定的に……」
木藤が言うが……
「違わないよ。遥翔」
「……!」
「全て、この刑事さんの言うとおりさ」
と、浜野は半ば諦めているような口調で冷静に言った。
「……どうして、あなたは……」
「……私と遥翔は、古くからの友人だったんです。だからこそ、許せなかった……
遥翔の結婚を、意地でも妨害しようとする、古尾谷さんが」
「そんな、もう会場は整え、あとは披露宴を待つばかりなのですよ?」
電話で会話する浜野と古尾谷。
「そんなことは関係ないわ!それとも何!?あなたはあんなやつに、坊ちゃんをおめおめやれというの!?」
「北海さんは遥翔を本当に好いているんです。その二人の愛を邪魔しようとするだなんて、あなたは間違っています!」
「ふうん。この私が間違っているですって?いいわよ?あなたを坊ちゃんに近づけなくすることも出来るのよ?
木藤財閥の力をもってすれば。ね?」
「!?」
浜野は何も言わなくなった。
「あら?もう何も言えなくなったの?ふん!せっかく坊ちゃんの友人として<認めてやった>んだから、私の言うことを聞きなさい!」
「……」
「それとも何?まだ何か反論があるですって?いいわよ?あなたは社会的に抹殺されるでしょうけどね?」
「……もう、いいです」
ピッ
そして当日も……
「だから、今すぐ披露宴を中止なさいと言っているの!」
「ですから、もう招待客の方々はご来場していただいているので……」
「何?歯向かう気?そんなもの、花嫁のせいにすればいいのよ!」
「!?」
一方的に古尾谷は話し続ける。
「そうだ。何もかも花嫁のせいにして、この結婚を破綻させる。こんな事を思いついたわ!
どうせ悪魔が一匹消えるだけですもん。悪いことなんてあるはずないわよね?」
「……」
「ねぇ!?」
「……」
古尾谷はハイヒールで、浜野のつま先を踏んだ。
「んぐ!?」
「いい?私はどんな手を使ってでもこの披露宴を無理矢理、あの悪魔のせいで終わらせてやるから。
邪魔したなら、あなたの命もないものと考えなさいよ!」
「……」
ふんと鼻息を吹き出しながら、古尾谷は去っていく。
残された浜野の腹の中には、どす黒い炎がメラメラと燃えていた。
「遥翔の愛した人に全ての罪をかぶせ、結婚を破綻させる。そう言われた瞬間、私の何かが爆発しました。
あとは刑事さんの言うとおりです。……ですが……」
「ですが?」
「刑事さん。今の推理にはひとつだけ間違いがあります」
首をかしげる日野。
「私はあえて、2本あるうち、わざと本物のサーベルを隠したのです」
「……どうして」
「……考えてください。これは、私の考えた身勝手極まりない犯行。
そんな中、見ず知らずの他の方を巻き込むわけには参りません。
だから、私にしかできないトリックで、私にしか出来ない殺人を犯したのです」
しかしまだ、納得していない人物が。
「これで納得できるわけないだろ!」
木藤だ。
「なんだよ!なんでお前は勝手にこんな事をしたんだよ!どうして……
そりゃ、古尾谷を俺はあんまり好きじゃなかった。だけど、殺すことなかったはずだ!」
「そう。だからこそ……お前には、一枚も噛んで欲しくなかったんだ」
「え……」
「お前は古尾谷さんを嫌っていたが、恨んではいなかった。だが俺はまるで逆だ。
古尾谷さんを嫌っていたし、恨んでもいた。
だから……お前には、この事件の真相を知るだけにして欲しかったんだ。
今日、心から愛していた北海さんと永遠の愛を誓う……お前には……」
それを聞いた木藤は……
「ちくしょう……」
「……」
「ちくしょう!」
自分の行った行為に、深く打ちひしがれた。
「……あぁ、そうだよ……俺は瑠香を愛してたよ」
最初は、ただ口やかましい古尾谷から逃げるために、街を出歩いてた時だった。
ドン!
「うわ!」
「きゃあ!」
ドサ!
まるで恋愛ドラマみたいに曲がり角で出会い頭にぶつかって……
「ご、ごめんなさい!大丈夫……ですか!?」
「あぁ。俺は大丈夫だ。お前は?」
「えぇ。私も……すいません、急いでいたものですから……」
瑠香はそそくさと荷物をまとめて去っていった。
この出会いだけだと思ってた。だけど……
「あれ?」
二日後、また出会ったんだ。家から抜け出したと時に……
「またお会いしましたね」
「……あぁ。この前の」
「先日はすいませんでした。私の不注意で……」
俺は構わなかった。だけど、彼女は突然……
「あ、そうだ。これからパンを焼こうと家に戻るところなんです。よろしかったら、ご一緒しませんか?」
「え?」
「この間のお詫びもしないといけないですし……おねがいします」
「……」
おねがいします……?何を言っているんだ。
どれだけバカ正直な奴なんだ。
だけど、俺はそんな、バカ正直な瑠香に惹かれていった。
「お前は入口で、この刑事さんに<最初は私の一目惚れ>って言ってたそうだな」
「……はい」
「それは違う。一目惚れしてたのはむしろ、俺のほうだ。
向かい風にあおられ続ける俺と違って、心の向くままに流れていける、お前という女に惚れたんだ。
……だけど、俺がこんな……とんでもないことをしてしまったから……ごめん」
「どうして、謝るんです……?」
言いにくそうな日野。しかし、月島は……
「木藤さんは、犯人隠避の罪に取られ、逮捕される。そのことを知っているんでしょう」
冷静に言った。
「2年以下の懲役、または20万円以下の罰金。どちらかの罪に課せられるはずです」
「そんな……!でも……木藤さんは……」
「……もういいんだ。瑠香」
木藤はおとなしく腕を差し出した。
「お前に、<犯罪者の妻>ってレッテルは似合わない。俺じゃなく、もっといい人を見つけてくれ」
「木藤さん……!?いや、嫌です!私は木藤さんをこの世の誰よりも愛しています!
だから、犯罪者の妻という汚名も喜んで受けます!だから……だから……!やめてください!」
木藤の足にすがりつく北海。
「……やめて」
「え?」
「もうやめてよ……瑠香ちゃんも……木藤さんも……!」
震える体をなんとか保持しながら、日野は続けた。
「木藤さんは……瑠香ちゃんがこれからも苦しまないように、必死で言っているんだよ……?
辛いのは瑠香ちゃんより木藤さんなんだと思う……
本当に愛した瑠香ちゃんを、今日失ってしまう木藤さんなんだと思う……」
「私だって……私だって木藤さんを愛していました……だから、だから……!」
「やめてって言ってるでしょ!」
これ以上すがろうとする北海に、大声を上げ一喝した。
「本当に木藤さんを愛しているなら……木藤さんの思いを汲んであげるのも……瑠香ちゃんの仕事のはずだよ」
「彩菜さん……」
そう言ったあと、日野は目線を落とし、木藤と浜野を月島のもとへ促した。
「……それでいい」
浜野と木藤に手錠をかけた月島は、他の刑事に連行を要請した。
その日の帰り道……
「……」
落ち込んだままの日野。日野に対し、何も言わない土門。
そして、同じく無言の月島。
「……先輩」
「え?」
日野は月島を見上げた。
「……もし、先輩が私の立場なら……先輩はどうしました?」
「……多分、お前のように気丈には出来ないさ。俺には友達がいないから、分かんないけどさ」
「そう、ですか……」
そしてこう一言。
「名推理だったぜ。日野」
「……」
すると日野は……
「……ぐっ……うぅ……!」
「え?」
「うわあああぁぁぁ!」
ガシッ!
「うわっ!ちょっ日野!?」
月島に抱きついて号泣した。
「うわあああぁぁぁ!」
「……ひ、日野……離して……くれ……!」
「月島お兄ちゃん……ごめんね。でも、今はこうしてあげて……
彩菜お姉ちゃん……きっと、月島お兄ちゃんに慰めて欲しかったんだと思う……」
ギュ〜〜〜……
「そそそ、そうじゃ……なくて……!息が……!息が……!」
10分後……
「ごめんなさい……もう大丈夫です。落ち着いてきましたから……」
「あ、あぁ……そうか……よかった」
月島の体には、締め付けられた跡があった。
「……ありがとう……ございます。先輩……」
「いや、礼には及ばない。お前も、俺の仲間だからさ」
「……」
「日野?」
日野は少しだけ左胸を押さえたあと……
「な、なんでもありません!」
真っ赤な顔をして、月島から逃げるように走り出した。
「あっ彩菜お姉ちゃん!?」
土門がそれを追う。
「……日野さん。もしかして……」
二人が見えなくなったあと、ゾロ子がモンスターボールから飛び出した。
「な、なんだよゾロ子」
「いや、もしかして……」
「……」
月島は手を叩き、こう言った。
「風邪ひいたのか」
ビタ〜ン!
「ふべら!」
不正解のじんつうりき。
「女心をもうちょっと学べ!このタコ!」
「タコってなんだよタコって!言っとくけど俺は昔からイカ大好きだ!」
「じゃあ、女心をもうちょっと学べ!このイカ!」
「イカって言い方も気に入らねえよ!要は何言っても気に入らね〜!マジで逃がすぞお前!」
二人の言い争いは、しばらく続いた。