捜査編
「日野!」
月島が声を上げる。
「月島先輩!来てくださったんですね!」
「あぁ。水無月さんに代わってもらったんだ。えぇっと、現場は……」
「あのステージ上です!」
「……亡くなったのは古尾谷 朱美さん。47歳。この披露宴会場にいた、木藤さんの家のメイド長だそうです」
「……死因は腹部を刃物で刺され失血死……か」
「いや、<刃物で刺された>のではないんです」
どういうことだ?と首をかしげる月島。
「それが……古尾谷さん自らが自分の腹部にこのサーベルを突き立てたんです」
「自殺……?」
「自殺はありえませんぞ」
的場が言う。
「彼女、我々が余興をしている際に、子供だましをやめろと言って、このサーベルを作り物と勘違いし……
自分の腹部を刺すことで死んでしまったんです。だから自殺というのはないかと……」
「それに、古尾谷さんはこの結婚披露宴を中止にさせようと画策されていた様子。
まさか自らの死をもって中止に追い込むことなど、するはずがないはずですが」
浜野がそれに続けた。
「……ですが、自らの腹部を刺したのは間違いないことのはず。つまり自殺では……」
「お前はそれでいいのか?」
突然木藤が口を開いた。
「そもそも、肝心なことに気がついていないはずだぞ。お前は」
「え?……どういう……」
「警察が聞いて呆れるものだ」
腕組みをする木藤。
「いきなりしゃしゃり出て、人を馬鹿にするのはやめて頂けませんか」
そう、トーンを抑え目にして言うと……
「す、すいません……」
「え?」
木藤はあっさり引き下がった。
「……それで、あなたの気づいたこととは……」
「余興をすると言うのなら、そもそも……このサーベルをおもちゃから本物にすり替えた人物がいる。
そしてそれは、誰かを殺すために、その人物が行ったこと……そうとは思えないか?」
「!?」
日野ははっとした。
つまり、誰かが誰かを殺そうとした結果、古尾谷が死んだ……?
「ですが……」
口を挟んだのは北海。
「このサーベルは、間違いなくおもちゃでした……」
「へ?」
変な声が上がった。……木藤だ。
「どうしてそう分かるんです?」
「だって……」
「だ、誰か助けてください!」
「ふはははは!この中に花嫁を助けようとする奴はいないのかぁ!?」
「実はあの時、頬にサーベルのおもちゃが当たっていたんです。あれが本物なら、多少は傷つくはずですが……」
日野が北海の頬に手を添え、じっと見る。
……確かに、切り傷はない。
「……それだけじゃないぞ、日野」
「え?」
月島は日野に、古尾谷の死体のドレスを見せた。
「見ろ、左肩の方向から右足の方向に切れてる。彼女がサーベルを突き立てたなら……」
「……おかしいですね。縦に一文字で入るはず……」
「あぁ。これは俺の推測だが……古尾谷さんの致命傷は、サーベルで刺したものじゃない」
その後、月島は立ち上がり……
「念のためですが、皆さんのお持ちのポケモンを見せていただきたい」
「ポケモン……ですか?」
「えぇ。やましいことがなければ、ポケモンを見せることが出来るはずですが」
北海、木藤、浜野、尚志、そして的場。それぞれがポケモンを出す。
「あなたのポケモンは、コジョンドですか」
コジョンド 親:るか 技:とびひざげり アクロバット くさむすび ねこだまし
「はい……これは彩菜さんと、初めて捕まえた思い出のポケモンなんです」
「彩菜……さん?」
北海は照れたように笑った。
「私と彩菜さんは、幼い頃からの友達だったんです。だから今日、彩菜さんをここに呼んだんです」
「しかし日野も含め、この事件に巻き込まれてしまった、と」
こくりと頷く。
「式が始まってから、何か変わったことは?」
「いえ、特にありません。ですが……」
「ですが?」
「殺された古尾谷さんという方、ずっと変だったんです」
ポカンとする月島。
「それは私から」
尚志が口を挟んだ。
「古尾谷さん……前から遥翔と北海さんの結婚に断固として反対していて、今日も何度も披露宴の挨拶などに乱入しようとしていました。
もちろん私を始め、様々な方が止めに入りましたが……」
「そして余興の際、止めきれずに舞台上にあがり……最終的に命を絶たれたと」
「はい……私がもう少し上手く止めていれば……」
木藤はマニューラを出した。
マニューラ 親:HAL 技:つじぎり こおりのつぶて かわらわり シザークロス
「マニューラ……なるほど、つじぎりを使うことができますね」
「バカを言うな。どうして俺が犯人だと言うような方法で、あいつを殺害しなければいけないんだ」
「あいつ?」
少しだけびくりと肩をいからせたあと……
「正直、古尾谷が死んでせいぜいしていたところだ」
「なっ……!?」
「あいつは俺を縛りに縛り付け、何もさせようとしなかった。
今回の結婚もそうだ。<あんな悪魔と結婚することはない>と言って、2度のキャンセルを経ての披露宴だったんだ。
あいつに俺の気持ちはわかるはずがないとは思っていたが……ふん。
まさか、自分の恨んでいた奴の結婚披露宴で死んでしまうとは」
「やめませんか?死者を冒涜するのは」
語気を荒らげる月島。
「……すいません」
「……(変なところで素直だなぁ)」
「あぁ。そういえば……ふと気になったことがあるんだが……」
「なんでしょうか」
木藤は、足を指さした。
「これは……」
お色直しで着替えた服が、少し切れている。
「不良品……ですか?」
「いや、俺が着た時にはちゃんとくっついていた。だが、さっき確認してみたらこのざまだ。
これは事件とは関係ないのかどうか……お前の言葉を聞きたい」
「……」
意見はとりあえず保留し、次は浜野。
テッカニン 親:まさつぐ 技:つばめがえし シザークロス とんぼがえり まもる
「このテッカニンは、どこで手に入れたものですか?」
「これは私が、最初に捕まえたポケモンです。せわしないのですが、人懐っこいんですよ」
落ち着きがないテッカニンは、分身するかの如き速さで動く。
「警察に通報したのは、あなただとお聞きしましたが」
「えぇ。参加者の日野様に促され、警察と救急車を呼びました。その時席を立っていたのは……
遥翔、北海様、木藤様、的場様、私、日野様、そして……もうひとり男の方が立たれていました。
そのお方は突然吐き気を催したようで、日野様にトイレに行くよう言われておりましたが……」
「(土門君の事だな)では、日野は一度、この会場をあとにしたのですね?」
「いえ、会場の入口までには行きましたが、外に出ることはありませんでした」
しかし、日野がステージから離れたことは確かだ。
その間に証拠を隠滅することは、多少リスキーではあるが不可能ではなかったはず。
つまり、古尾谷の近くにいた全員に容疑がかかってしまう。
「そうだ、司会のあなたなら、あの余興がどういった展開になったのか、そして誰が衣装などを用意したのかわかるはず。
詳しくお教えいただけませんか?」
「わかりました」
浜野はゆっくりと語りだす。
「この余興を考えたのは、的場様と木藤様……すなわち遥翔のお父様です。
あらかじめ北海様の背後に立っていた的場様が壁を突き破って式場に乱入し、北海様を拘束。
遥翔を挑発し、奮起を促したあと、木藤様が遥翔にサーベルを手渡し、それを使って的場様を倒し、
最後に私が盛り上げる一言を言って締めをする……という流れでした。
衣装、そしてサーベル。共に的場様が用意する手はずとなっておりました」
「念のため、木藤さんが使うはずだったサーベルも見せてください」
と、月島が言うと……
「いえ、それがですね……サーベルはなぜか、一本しかなかったのです」
「え?」
「何度探しても、道具倉庫には一つしかなかったのです。今日式が始まる前には2本あったはずなのに……」
「……」
一方日野は、的場と尚志に聞き込みをしていた。
的場のポケモンはゼブライカ。尚志のポケモンはカエンジシだった。
「……そういえば、あの余興であなたは瑠香ちゃんの一番近くにいましたよね?」
「えぇ。まぁ……だけど、実はあの余興は、遥翔坊ちゃん以外には全員が把握したんだ。
もちろん、北海さんも、襲ったあとは流れに従うよう、はっきり言ったつもりだよ。
事実、彼女は私に捕まったあと、抵抗しなかったしね」
「……では、あのあと余興はどうなる予定だったのですか?」
「単純に、遥翔坊ちゃんが私を倒して、大団円。という終わり方だよ」
考え込む日野。
「だが、実は……サーベルは1個しかなかったんだ」
「え?」
「あぁ。お色直し中に浜野君と見に行ったんだが……なぜかサーベルは一本しかなくてね。このままだと余興ができないと思ったんだが……
まぁ、私のサーベルを遥翔坊ちゃんが奪って勧めたらどうか、と木藤様が言ったのでね。
事なきを得ることが出来たよ。……結果的に、余興は出来ずじまいになってしまったけどね」
そうなんですか?と尚志の方を見る日野。
「あぁ。食事中の君と出会って少し経ってから……だったかな?浜野君から、そういう連絡を受けたんで……
私は大急ぎで倉庫に向かって確認したあと、そう言ったんだ」
「……つまり、サーベルがないことを知らなかったのは、木藤さん、瑠香ちゃん、古尾谷さんの3人ということですね。
ありがとうございました。まだ捜査中なので、なるべく動きすぎないよう、おねがいします」
その後月島と日野は、二人で話し合い状況を説明した。
「……となると、犯人はどうやって、偽物のサーベルを使って古尾谷さんを殺害したんでしょうか?」
「まだわからないな」
日野は北海の方を見る。
北海の目には涙が浮かび、不安そうな目をしていた。
「彼女、ずいぶん動揺していたな」
「……私……許せないんです」
「え?」
日野はいつになく凛とした表情を浮かべ、こう続けた。
「せっかくの瑠香ちゃんの記念の日をめちゃくちゃにした犯人が……許せないんです。
……この事件の犯人は、必ず私が見つけ出したい……絶対に……!」
握りこぶしを作る。
「……でも、もしその犯人が北海さんだったらどうするんだ?」
「……」
そしてすぐに開く。
そうだ。
古尾谷の近くにいた全員が容疑者。そういうのなら……
北海もその一人に数えられてしまう。
「……」
「それより行くぞ日野」
「え?どこへ?」
「その、道具をまとめていた倉庫に」
倉庫に行くと、意外な人物がそこにはいた。
「土門君?」
「あ、あぁ……月島お兄ちゃん……来てくれたんだ……」
「どうしたの?翼ちゃん」
土門は一度首を左右に振ったあと、
「死体を見てトイレに駆け込んだんだけど、そのあと迷っちゃって……ずっとあてもなくウロウロしていたら、ここに来たんだ。
……はぁ……心配かけたなら……ごめんなさい……」
「私は大丈夫。……あれ?」
日野は土門のタキシードの右肩の部分が、切れているのを見つけた。
「翼ちゃん。それ……」
「え……?あぁ!どうして破れてるの!?おかしいな……食事の時は破れてなかったはずなのに……」
「……!」
日野は何かを閃いた様子。
「ねぇ翼ちゃん。古尾谷さんが倒れた時、翼ちゃんって一番外側にいたよね!?」
「え?あ、うん……間違いないはずだよ」
「……」
再び考え込む。
「日野……それがどうしたんだ?」
「いえ、月島先輩。言っていましたよね?」
「あぁ。そういえば……ふと気になったことがあるんだが……」
木藤は、足を指さした。
「これは……不良品……ですか?」
「いや、俺が着た時にはちゃんとくっついていた。だが、さっき確認してみたらこのざまだ」
「木藤さんのその言葉と、翼ちゃんのこの服……関係があるのかなって」
「……」
その時、モンスターボールが激しく振動する。
「あれ?そのボール……ゾロ子ちゃん、お腹減ったんですかね?」
「えっ?……ちょ、ちょっとトイレ……」
トイレにやってくると、ゾロ子は変身し、大声でこう言った。
「死ね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
「な、なんだよ急に!?」
「この間のシャトレーヌさんたちの事件であたしを知ってて無視したでしょ!?それが許せん!」
「わ、わかったわかった!後でプレミアムポフレ買ってやるから、まずは暴れんなって!」
月島はこれまでの状況をゾロ子に話した。
「……ねぇ。和也」
「……」
「和也?……か〜ず〜な〜り〜?」
「いや、何か言ったらまた変なこと言われそうだからあえてなんにも言わない」
「……大丈夫。多分」
そう言ったので、月島は顔をゾロ子の方に向ける。
「確認なんだけど、土門……君は右肩が切れていたのね?」
「あぁ。間違いない」
「それで土門君は、集まった人の輪の、一番離れた場所に陣取ってたのね?」
「だから、それがどうしたんだよ」
するとゾロ子は、
「あんた今回途中から参加した分際でこれっぽっちの謎も分からないような低脳の持ち主なのに未だにこの話の主人公に収まっていることが不思議でならないそうそれはまるでアトランティスムー大陸のような古代の神秘の……」
「長い長い長い!てか早口すぎなんだよ!言いたいことがあったらわかりやすく言え!」
「そう?だったら……」
(0.5倍速)
「あ〜ん〜た〜こ〜ん〜か〜い〜と〜ちゅ〜う〜か〜ら〜さ〜ん〜か〜し〜た〜ぶ〜ん〜ざ〜い〜で〜こ〜れ〜っぽ〜っち〜の〜な〜ぞ〜も〜わ〜か〜ら〜な〜い〜よ〜う〜な〜て〜い〜の〜う〜の〜……」
「文字数の無駄使いじゃオラ〜〜〜!」
当然のごとく怒る月島。
「大体なんだよ!お前に至っては毎回毎回途中から参加しておいしいとこ持ってくじゃねぇか!
お前が俺のことを言う筋合いなんてねぇぞ!久々に言うけど逃がすぞオラ〜〜〜!」
「お、おいしいとこは和也が決めるじゃない!わかったから逃がすとかやめてってば!」
「相変わらず自分から墓穴を掘るようなまねをしやがるからいけないんだよ!自分から……」
そして電流が走った。
「自分……から……?」
「……」
何かを確信した様子の月島。
「なるほど、あの人なら、そうやって古尾谷さんに自分自身を<殺させる>ことが可能だ」
「うん。把握能力が高くて助かるわ」
そしてトイレから出て、会場に戻り、ステージに向かおうとして……
「せっかくの瑠香ちゃんの記念の日をめちゃくちゃにした犯人が……許せないんです。
「……この事件の犯人は、必ず私が見つけ出したい……絶対に……!」
「……」
踵を返した。
「か、和也?」
ゾロ子が不思議そうに月島を見る。そして月島は、ステージ上にいる……
「……」
日野に目線を向けた。
「……(日野。頼んだぜ)」
「……」
ゾロ子も月島がやりたいことを把握した様子で、笑みを浮かべたあとゾロアークの姿に戻った。