事件編
……私の名前は、日野 彩菜。
ミアレシティのミアレ署で、鑑識をしています。
まだまだ見習いなんですが、いろいろな事件にこれまでも巻き込まれてきました。
だけど、その事件をなんとか突破して、今に至っています。
それも、私の尊敬する月島先輩のおかげです。
でも、今回の事件は少し困ったことになってしまいました……
ミアレシティの最高級ホテル、グランドホテルシュールリッシュ。
そこに日野は、似合っている……とは言えないパーティドレスを着てやって来ていた。
と、言うのも、今日は日野の友人である北海 瑠香(きたみ るか)の結婚披露宴に出席するためだ。
「でも彩菜お姉ちゃん……」
タキシードを着た土門が不安そうに見つめる。
「いいの?僕北海さんには一度も会ったことがないのに……」
「同伴で2人までなら大丈夫なんだって。本当は月島先輩も誘いたかったんだけど……」
「悪い。その日はパトロールが入ってるんだ。土門君あたりを連れて行ってくれ」
「てことで」
「お兄ちゃんも、大変だね」
そこへ……
「彩菜さん!来てくれたんですね」
青い髪の女……北海がやってきた。
「もちろん。瑠香ちゃんとは、ずっと仲のいい友達だったからね。でも、びっくりしたよ。
瑠香ちゃん……まさか造船会社の御曹司さんと結婚しちゃうなんてさ」
「えぇ。最初は私の一目惚れのようなものだったんですけど、プロポーズは、彼の方からでした。
<俺の家庭という名の船の、航海士になってくれ>でしたよ」
「あはは。御曹司らしいね」
と、そこへ……
「こんなところにいたのか」
青い髪のウルフヘアの男が、北海に話しかける。
「木藤さん」
「さんはやめろって、何回も言ってるだろ?」
「……このお方は?」
と、土門が聞くと……
「なんで見ず知らずの奴に名乗らないといけないんだよ」
木藤が土門を睨む。
「ひっ……!ご、ごめんなさい……」
土門が頭を下げると、
「……!」
木藤は激しく狼狽した様子で……
「あぁ、いや!その……す、す、すまん!き、緊張からか変な事を言ってしまったんだ!その……
き、君を傷つける気はなかったから、その……許してくれ!」
「……」
唖然として見守る日野と、それを見て笑う北海。
「俺は木藤 遥翔(きとう はると)さっき瑠香が説明してたとおり、滝藤造船の御曹司だ。自分で言うのもしゃくだがな。
二人のことはよく知っているよ。瑠香がふたりの話をしてくれるからな」
「お願いします。木藤さん」
「さん付けはやめろ。お堅いのは好きじゃない」
「そ、そうですか……」
すると木藤は立ち上がり……
「と、話し込む時間はなかったんだ。そろそろ着替えないと、披露宴に間に合わんぞ」
「あ、はい」
「じゃあお二人さん。また後で」
「がんばってくださいね」
手を振る日野。土門は首をひねった。
「彩菜お姉ちゃん……頑張るって、何を?」
「あ、私友人代表のスピーチをしないといけなかったの。多分そのことだと思う」
納得した様子の土門。
「じゃあ私たちは、会場に行きましょうか」
「うん」
披露宴会場の中は、既に大勢の客がいた。
それぞれ昔話に花を咲かせているようである。
「……」
緊張した面持ちの土門。
「翼ちゃんは緊張しなくていいよ。リラックスしてて」
「う、うん……」
と、その時だ。
「今すぐにでも結婚を取り消すことはできないの!?やっぱり納得いかないわ!」
スパンコールのドレスを着た、いかにも嫌味ったらしい女が金切り声で言う。
「そ、そんなこと言われても、既にこれだけの人を集めているにも関わらず、今更中止だなんて……」
「いいえ!やっぱり坊ちゃんをあんな何処の馬の骨かもわからない女にやるわけには行かないわよ!」
「そ、そうは言っても……」
たまらず仲介に入る日野。
「お、落ち着いてください。何があったんですか?」
「はぁ!?これは坊ちゃんの話なのです。赤の他人は引っ込んでいなさい!」
「いえ、でも、披露宴の前にそうやって言い争いをするのは……」
「したくもなるわよ!ふん。どうせあの女の知り合いでしょうけど、愚かしい真似はやめなさい!」
女は怒り心頭のまま、席に座った。
「早く消えなさい!」
「……は、はい……」
女の一喝に、日野は何も出来なかった。
そして全員が着席したところで照明が暗くなり、司会者が現れた。
「新郎新婦、入場!」
ドアが開くと……
「「おぉ〜〜〜!」」
ウエディングドレスを着た、天女のような美しさを見せる北海。
そして、ビシッとしたタキシードを着た滝藤の姿が目にとまり、客は歓声を上げた。
拍手で迎えられる二人。
そしてメインテーブルの前に二人が着席すると、司会者が現れた。
「私は、この披露宴の司会を務めさせていただく、浜野 正次(はまの まさつぐ)と言う者です。
本日はお日柄も良く、お二人の門出を祝うかのような清々しい青空が広がっております。
……と、本来は言いたかったのですが、あいにくの雨となりました。
まぁ、水も滴るいい男。いい女。お二人ならば、この雨も希望の糧と相成るでしょう」
浜野の軽いジョークに、会場の緊張感が少し和らぐ。
その後、浜野が新郎新婦の紹介をしたあと、
「ここで、主賓の祝辞を賜りたいと思います。主賓である木藤 尚志(きとう なおし)様、お願いします」
立ち上がる新郎新婦二人。
「座りたまえ」
重々しい雰囲気の中、主賓の尚志が祝辞を読む。
……祝辞というより、何か呪文を唱えているかのような低く、重い声だ。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
10分経過……
「では、遥翔。瑠香君。互いに、幸せにな」
パチパチパチパチ……
「話が長いよあの人……」
「……」
土門は、こくりこくりと前後に揺れている。
「では、次に乾杯の音頭といたします」
「翼ちゃん。起きて」
日野がポンポンと、土門の肩を叩く。
「え?あ……」
「的場 邦和(まとば くにかず)様、お願いいたします」
的場と呼ばれたちょび髭の男は、マイクの前に立ち……
「さ、せっかくだから、この良き日を、楽しく過ごしましょうぞ!
ま、乾杯といっても、招待客のほとんどが下戸ということで、ジュースですがね!
下戸といえば……最近何かと世を騒がせている怪盗ゲッコウガ!
今日だけは忘れてゲッコウ(結構)ダ!ってね!」
シーン……
「……」「……」「……」「……」
「……」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「乾ぱ〜い!」
「「……乾ぱ〜い」」
イマイチ盛り上がらない中、全員はグラスのジュースを飲み干し、拍手をした。
「……あの人、後で怒られるね」
「うん。間違いなく、ね」
「では続いては、ケーキ入刀でございます。お二人にとって、初の共同作業。
どうぞ、カメラをお持ちの方は前に出て、その瞬間をお納めくださいませ」
「よ、よし。翼ちゃん。行ってくる」
「彩菜お姉ちゃん!がんばって!」
そしてケーキの前にやってくると、既に人がごった返していた。
「……き、切りにくいな……」
手が震える木藤。
「うふふ。そう緊張しなくても、きっと大丈夫ですよ」
「わ、わかってる。き、切ればいいんだろ!切れば!」
一方、ガチガチに緊張している木藤を撮ろうとしている日野は、
「む、無理……」
もみくちゃにされていた。
新郎新婦がお色直し中に、食事の時間となった。
「……はぁ……」
カメラを見る日野。写真に写ってあるのは、米粒のような二人の姿だけだ。
「そう落ち込まないで。僕だって無理だよ。きっと」
「うん……でも、バッチリ撮ってあげるからって、瑠香ちゃんに言ってしまったから……」
そこへ……
「食べないのですか?」
先ほど祝電を読んでいた、尚志が現れた。
「あ、いえ……食べます。食べますよ」
日野はナイフとフォークを手に取り……
「お姉ちゃん逆!逆!」
「え?……あ、あぁ……失礼しました……」
改めて、ナイフとフォークを手に……
「そうじゃなくて、ナイフが上下逆なんだって!」
「えぇ!?そういうこと!?」
「あははは。最初は皆様、手間取るものですよ」
肉を一口、口に運ぶ。
「うん、美味しい!」
「えぇ。我々自慢のシェフが丹精込めて作った逸品の数々ですから、是非ご堪能ください」
次の一口をゆっくりと口に運んだあと、少し気になっていたことを話した。
「あの、お聞きしたいのですが……木藤さんの結婚って、皆さんが賛成しているわけではないのですか?」
「おっと、先ほどの話、やはり聞かれておりましたか……えぇ。反対意見も少なくありません。
特にメイド長の古尾谷 朱美(ふるおや あけみ)さんは、結婚には断固として反対していたのです。
先程も手を焼きました。あの後も、彼女は何度もステージに上がり込もうとしたのを、必死で制止しましたから」
「大変……なのですね」
「はい。古尾谷さんの傲慢っぷりには、私のみでなく遥翔も苦労しているものです。ですから」
そこへ……
「誰が傲慢ですって……?」
古尾谷が現れた。
「なっ古尾谷さん」
「あのねぇ。私はただ、貧乏くさいあんなアマに坊ちゃんを渡すのが嫌と言っているだけなの。
むしろ、坊ちゃんを守るためにこの結婚式を中止させようとしているのよ!?その私のどこが傲慢なのよ!?」
「あ、いや、でも……」
「でもも何もないわ!私がやろうとしているのは正義なの!それとも何?
あんな悪魔に、坊ちゃんの魂を売れというの!?」
その言葉を聞いた日野は、反射的に……
「瑠香ちゃんは、悪魔なんかじゃありません!」
と、反論。
「ふん!悪魔の仲間は皆悪魔」
バシャ!
「!?」
「吠えるだけ吠えるがいいわ」
顔に水をかけられた日野を見ながら、古尾谷は最後に一発舌打ちをして去っていった。
「だ、大丈夫ですか?」
「い、いえ、大丈夫です。ドレスも……大丈夫です」
「彩菜お姉ちゃん……」
お色直し以降の演目は、一通りスムーズに進んだ。そして……
「続きまして、来賓の祝辞です。ご来賓を代表し、日野 彩菜様。祝辞をお願いします」
「はっはいぃ!」
「彩菜お姉ちゃん、頑張って!」
日野は足をガクガク震えさせながら、マイクの前に立った。
「あ、あの……お二人共、きょ、今日は」
フィ〜〜〜ン!
思い切りハウリング。会場は笑い声に包まれる。
「す、すいません!いきなり……え、えぇっと……」
原稿を見る日野。
「……あ、あれ?」
その原稿には、こう書いてあった。
明日 牛肉100グラム2割引 忘れない
「……」
持ってくる原稿を間違えてしまった。
「(そ、そんなぁ〜……)」
だが、このまま何も言わないわけにはいかないので、
「(えぇい、ままだ!)」
日野は意を決して言った。
「私が瑠香ちゃんが結婚すると聞いて、まず最初に驚きの感情が出てしまいました。
ずっとずっと、小学校の頃から一緒だった瑠香ちゃんが、まさか私より先に結婚するなんて、
それに、相手は船会社の御曹司さんと聞いて、私はびっくりして、ついうっかり仕事場の中を走り回ってしまいました。
私が泣いていた時、真っ先に私を励ましてくれた瑠香ちゃん。
私が笑顔でいたら、釣られて笑顔で話してくれる瑠香ちゃん。
瑠香ちゃんは……瑠香ちゃんは、結婚しても、何をしても……
私の大切な瑠香ちゃんだと、思うことができました。
今日こうやって、瑠香ちゃんの前で、スピーチをすることになって、今までの感謝が少しでも、
瑠香ちゃんに恩返し出来たらいいな。と、思ってます。
瑠香ちゃん。これからも、よろしくね。そして……木藤さん。瑠香ちゃんを……よろしくお願いします」
用意していた原稿の内容より、だいぶ短くなってしまったが、
パチパチパチパチパチパチ……
なんとかこなすことが出来た。
「……」
席に着くと同時に、
「はぁ〜……」
日野はへなへなと、へたり込んでしまった。
「お疲れ様、彩菜お姉ちゃん」
「ありがとう、翼ちゃん……でも、よかった……ちゃんと出来て……そもそも、なんでこんなメモ用紙持ってきちゃったんだろう……」
「では、続いて……」
と、その時だ。
「おぉっと!そこを動くな!」
「!?」
突然海賊のようなルックスの男が北海の首を持ち、サーベル……の、ようなものを突きつけた。
その男は、的場だった。
「誰も動くなよ!動いたらすぐ、こいつの頭と体が泣き別れだぞ!」
「きゃあ!」
「あぁ。なんということでしょう……!私たるものが、かような人物の襲撃を受けるなど……」
慌てて助けに行こうとする土門だが……
「大丈夫だよ。翼ちゃん」
と、日野が制止する。
「え?……どうして?」
「これは多分余興の一貫だよ。あそこで的場さんを、新郎である木藤さんが倒して、盛り上がる……
そんな感じじゃないのかな?」
徐々にサーベルを突きつける的場。
「だ、誰か助けてください!」
懸命に助けを呼ぶ北海。
「ふはははは!この中に花嫁を助けようとする奴はいないのかぁ!?」
……よく見ると、言うべき言葉を耳打ちしている。
「やめろ!」「やめなさい!」
二人が同時に声を上げる。
「……!?古尾谷さん!?」
木藤と、古尾谷だ。
「こんなくだらない余興を、誰がやるって言うの!?」
「え!?これは余興でもなんでも……」
「さてはこの悪魔に、あなた方まで毒されたの!?」
古尾谷の声は徐々に大きくなっていく。
「こんな子供だましなんかやめて、さっさと披露宴を中止なさい。見るに堪えないわ!」
「で、ですが……」
「なによ!こんなおもちゃ使って!こんなんじゃ誰も殺せはしないわよ!」
そう、このサーベルはおもちゃだ。
「ふん!」
バカみたい。と、腹にそのおもちゃを力強く突き立て……
ザシュ!
「……ぐぅ!?」
「……!?」
……これは、おもちゃではなかった。
自らが刺した腹部から、握り締めたサーベルを抜こうとするが……
「あ……あぁ……!」
ドサッ!
手を伸ばしたところで力尽き、直後にステージ上に血の海が出来上がった。
「きゃああああ!」
叫ぶ北海。
「古尾谷さん!しっかり」
駆け寄ろうとする浜野に対し……
「触れてはダメです!」
日野が大声を上げた。
「え!?」
そして日野は、ゆっくりと古尾谷の首に手を当てると……
「……」
無言で首を横に振った。
「うぷ……!」
吐き気を催す土門。
「みなさん、緊急事態です」
マイクを使い、声を上げる。
「警察が来るまで、絶対にここを動かないでください。絶対に!」
そう言い終えたあと……
「浜野さん!警察に電話を、急いでください!」
「わ、わかりました!」