事件編
とある冬の日の朝。
「温かくて美味しいね。彩菜お姉ちゃん」
ミアレガレットを頬張り、満足気な笑みを見せる土門。
「うん。私は食べるのはじめてなんだけど、ふわっふわだね。これからも買いに来ようかな」
日野と土門は、日曜日を利用して二人でブラブラと散歩を楽しんでいた。
近くにはゴーゴートもいる。これは土門のポケモンだ。
「ゴーゴートも食べる?はい」
ゴーゴートの口に、ちぎったミアレガレットを運ぼうとした瞬間。
「あ、あの……」
「?」
青色のドレスのような服を着た女性が、日野に訪ねる。
「どうしました?」
「え、えぇとですね……その……」
「……?」
するとその女性は……
「きょ、今日は……天気よかよね……?」
「はい。空がとっても澄んでいますね」
「……し、失礼します」
そのまま立ち去ろうとするその女性に……
「こら、ルスワール。そんな話してる場合じゃなか」
「ひぃ!す、すいません!お姉様!」
「そんなに驚くこともないでしょう?はようラニュイの居場所ば突き止めて連れて帰らんと、
ウチらがここに来たってバレたら、それこそ大騒ぎで今日中にバトルハウスに帰れなくなるけん。質問はちゃんとなさい」
今度は緑色のドレスを着た女性だ。
「はうぅ……ごめんなさい……」
ルスワールと呼ばれた女性は、縮こまる。
「全く、困ったものね。ルスワールは」
赤色のドレスを着た女性が言う。
「あ、あの……あなた方は……」
日野が聞く前に……
「……あ!もしかして……バトルシャトレーヌさん!?」
土門が大声を上げた。
「出来れば大声ば上げんでください。でも、確かに正解よ」
「……知っているの?翼ちゃん」
「うん。ここから南東にある街、キナンシティのバトルハウスにて挑戦者を待ち構える、コケティッシュ・フォーシスターズだよ。
その美貌もそうだけど、ポケモンの腕はこの地方で指折りの腕前なんだから!」
それを聞くと、ルスワールは照れたように笑みを浮かべた。
「緑の人がルミタンさん。赤の人がラジュルネさん。青の人がルスワールさん。そして黄色の……人……あれ?」
何かを言おうとして、言いよどむ土門。
「あの……ラニュイさんは……」
「……」
するとルミタンは、二人に対して背を向け、
「これはウチら4姉妹の事件。申し訳ございませんが、赤の他人は引っ込んでいただけませんか?」
「え?」
「二度言わせないでください。これは……ウチら4姉妹の……」
その時だ。
「青と薔薇 二つの境を 分かつ道 二つ輪集う 苦い香りに 9:40」
「!?」
「月島先輩!」
月島が、メモ用紙を拾い上げていった。
「落としましたよ。えっと……ルスワールさんでしたっけ?」
「アタシはラジュルネばい!」
「あ、すいません」
平謝りの月島。しかしラジュルネの怒りは収まらない。
「大体あんたら!なんでアタシらのことを知らんの!?アタシらは一応この地方では知らぬ人はいない存在とよ!?
それに、アタシらが内緒にしてるそのメモ用紙、勝手に見んな!」
「でも、落としたのはあなたですよ」
「それとこれとは話が別じゃけん!」
しかし……
「!?」
背後に強烈な視線を感じた。
「……」
ルミタンの目が、真っ赤に光っている……
……気がした。幻であればいいのだが。
「……と、とにかく、お返しいただけませんか?」
ラジュルネが急に腰を低くした。
「あ、はい……」
「月島先輩はどうしてここに……今日はパトロールじゃなかったんですか?」
「いや、せっかく朝早く起きて、モーニングサンデーもゴルフ中継で休みだったからミアレガレットを買いに来たんだが……
どうも、それよりも重要な匂いがするな。この事件」
月島が視線を送ると……
「いえ、ですからこれはウチらの事件であって……」
「……ミアレシティ署、巡査の月島です。もしよければ、話をお聞かせいただけませんか?」
「……あら。刑事さんでしたか。ではお話は早いですわね」
ルミタンは1枚の手紙を差し出した。
お前たちの末っ子は預かった。
返して欲しくば現金200万円を用意し、俺の言う通りにしろ。
警察に知らせれば、末っ子の命はないと思え。
「わかりやすい脅迫状ですね」
「えぇ。ラニュイがミアレに向かったのは昨日の夜の事でした。ウチらが部屋を片付けしていると……」
もう一枚の紙を手渡す。
ミアレシティの 冬に現れる
ビッグキャンドルを君たちに見せたかった
君たちの 一生の宝物になる そう思ったのに……
すまない
「これはウチらのパパの書いた手紙です」
「ビッグキャンドル?」
月島は日野と土門を見るが、二人とも「さぁ……?」という感じで手を挙げた。
自分もこのミアレシティに住んでもう何年にもなるが、ビッグキャンドルなど見たことも聞いたこともない。
「まさかラニュイさんは、この手紙の真意を確かめに?」
「えぇ。間違いないはずです。だけど連絡が届かないから、ラニュイに電話をしたところ……」
「もうまもなく、お前の元に手紙が届く。その言う通りにしろ」
「え?あ、もしもし?」
「それだけで切れたとです……」
現金200万円を用意しろ。ということは、おそらくこれは紛れもない誘拐事件だ。
「そして、まずはこの手紙を……」
北の街 香り漂う 道半ば 9:00
「そしてやって来たのが、このミアレガレット屋。ということでしたか」
「えぇ。香りが強いといえば、この北の街にガレット屋があると、道行く人にお聞きした結果です。そして……
そこでお電話を預かっていると聞いたため、電話をかけると……」
「ほう、最初の暗号は解けたか。さすがバトルシャトレーヌ。馬鹿ではないらしい……」
「そんなことよりラニュイは?無事なんですよね?」
「あぁ無事だぞ。少なくとも、お前らが俺の言うことをしっかり聞いている間はな」
カチャリと、銃を構えるような音が電話の奥で聞こえる。
「!?!!?!!!!?」
ラニュイは声にならない声を上げるが、犯人と思われる人物に「黙れ」と言われると、おとなしくなった。
「次の暗号を言うぞ。何度も言うが、暗号が解けずに電話に出れなければ……ズドンだ」
「……」
「次の暗号は……」
「そして、今に至ると」
月島の問いに、こくりと頷くルミタン。
「……でも、どうするのねーちゃん。アタシらがウロウロなんかしたら、それこそ大パニックけん」
ラジュルネが言う。お前はどれだけ自分に自信があるんだ。
「じゃかましい!」
「ら、ラジュルネ姉様……?」
「あ、そういうことなら!」
と、土門が言った。
「僕、いい方法を知ってるよ!こういう誘拐事件って、変装する人もいるんだよね?」
「……?そうですね」
「なら、こっちこっち!さっきいい場所を見つけたんだ!」
土門はおもむろに走り出した。
「あぁ。お待ちを……う、ウチらはどうすれば……」
「土門君は頼りになる人ですよ。暗号は俺たちに任せて、あなたは土門君を」
「わ、わかりました……お願いします」
ルミタン、ラジュルネ、ルスワールの3人は土門を追った。
「さて、そうこう言っているうちに時刻は9時15分。まずいな」
「え?まずいって……何が……?」
「この句の最後に書かれている数字だ。これはおそらく、次に犯人からかかってくる電話の時刻。
つまり、その時間までに暗号を解くことができないと……」
「ラニュイさんが……殺される……?」
おそらく。という感じで頷く。
「といっても、この暗号はどういう意味だ……?」
「青と薔薇、二つの境を分かつ道……」
すると日野は……
「あの、もしかして、これって……」
「な、なんだ?」
「青と薔薇って、広場のことを指すんじゃないでしょうか」
「広場?……」
ミアレシティのマップを見ると……
「……確かに。そうだな。青=ブルー。薔薇=ローズ……ブルー広場とローズ広場を分かつ道……
つまり、エテアベニューのことか?
いや、でも待て……暗号は続いているぞ。二つ輪集う、苦い香りに。これはどういうことだ?」
「苦い香り。ということはなにかの食べ物や……飲み物を表しているんでしょうか?」
「食べ物や飲み物……苦い……?」
すると月島は何かを言いかけて、
「……!?」
唖然とした。
「月島お兄ちゃん!彩菜お姉ちゃん!」
土門が連れてきたのは……
不安そうなビビヨンブルー。
今にもブチギレそうなビビヨンレッド。
まんざらでもなく、決めポーズを取るビビヨングリーン。
……の、コスプレをしたシャトレーヌ3人。
「……土門君。君ってそんな趣味があったのか」
「いや、今日午後12時からここでアニメのイベントがあるから、ちょうどいいかなって思ったんだけど……」
もじもじしているルスワール。
「あ、歩きにくいです……背筋をまっすぐ伸ばしたら、羽に持って行かれそうで……」
「せめて変身前にしていただきたかったですわね。ふふふ……」
「なんでねーちゃん若干嬉しそうなの!?」
不満そうに腕を組むラジュルネに対し、
「まぁいいじゃないですか、ルスワールさん。あなた方がシャトレーヌなんて誰も思いませんよ」
「アタシはラジュルネばい!」
「あ、すいません」
「ここまで来たらわざとに決まっとるわ……も〜、せめて靴だけでも脱ぎたい。なんでこんなローラースケート履いてんの……」
「知らないの?ラジュルネ」
ルミタンはこう言い放った。
「ビビヨンレッドにローラースケートは命の次に大事なもんね!」
「ねーちゃん……なんで詳しいの……?」
その時月島は、
「!?」
何か衝撃を覚えた。再びメモ用紙を見てみる。
「……ラジュルネさん。さっきの言葉もう一度言ってくださいますか!?」
「え?……ここまで来たらわざとに決まっとるわ。ほら」
「違います。その次」
「……も〜、せめて靴だけでも脱ぎたい。なんでこんなローラースケート履いてんの。これでいい?」
そして何かを確信した様子。
「なるほど……二つ輪集う 苦い香りに、ねぇ」
「え?」
月島は走り出した。
「ちょっ月島先輩!」
日野と土門も慌てて追う。
「あぁ、お待ちください!」
ルミタンとルスワールも慌てて追うが……
「ま、待って!」
ズル、ビタ〜ン!
「ぎゃふん!」
エテアベニューの、カフェ スラローム。
「ルミタン様〜?ルミタン様〜?お電話を預かっておりますが〜?」
「は、はい!ただいま!」
息を切らしながら電話を取るルミタン。
「ほう。よくここだとわかったな。そうだ。二つ輪はローラースケートの車輪を表し、苦い香りはコーヒーを表していたんだ。
……なかなか頭がいいじゃねぇか。ルミタンさんよ」
「ラニュイは……ラニュイは無事なんね?!」
「まぁそう騒ぐな。今は俺の言う通りにしろ」
「……」
静かに聞くルミタン。
カフェの外で、日野が月島に耳打ちをしてきた。
「月島先輩……やっぱり今回の事件……」
「あぁ。単独犯にしては手が込みすぎてる。おそらく複数犯で間違いないはずだ。
でも、なんで犯人はこんなことをするんだ?
金が欲しかったら、直接受け取ればいいのに、いちいちシャトレーヌの方々に何かやらせる必要はないはずだ」
そこへようやく、ラジュルネがやってきた。
「あれ?ラジュルネさんどうしたの?顔真っ赤だけど……」
「ほっとけ!」
「……あ、ルミタンさんが戻ってきます」
ルミタンは、月島の前に立つ。
「いかがでしたか」
「そ、それが……またこんなことを……」
鼠と牛。二つが見つめるよき相棒 11:00
「ど、どういうこと?」
ラジュルネが唖然とする。
「鼠と……牛?そんな場所、ミアレにはないはずです」
「この、よき相棒……というのも気になるね」
考え込む一行。
「鼠……牛……もしや、ラッタとバッフロンでは?」
「鼠と牛……ねぇ。ライチュウとミルタンクでどうよ?」
「き、きっと……デデンネとケンタロスさんのことです……あわわ!決してケンタロスに乗りたいとかじゃなくて!」
シャトレーヌの意見はバラバラだ。
「と、とりあえず落ち着きましょうラジュルネさん」
「青い!ルスワール!赤い!ラジュルネ!つまりアタシ!次間違えたらもうわざとってことにするね!?」
「逆に今までわざとだと思わなかったんだ……」
と、その時だ。
「!?」
月島は、路地裏に影が逃げていくのが見えた。
その影に、月島は見覚えがあった。
「ちょっ、ちょっと待っててください!」
「えっ!?」
路地裏に行くと……
「いつから、俺たちについてきてた」
そこに立っていたのは、
「やっぱり気配を読むのが得意ね、島の字」
怪盗ゲッコウガだ。
「ん〜。ちょっと前から?街を飛んでたら島の字と野の字を見つけたから。
昨日仕事だったのに、たまの休みぐらい休んだらどうなの?」
「ちっ、言っとけ」
と、その時月島に疑問が。
「てか、なんでお前が俺が昨日仕事だったのを知ってるんだよ」
「……!?」
怪盗ゲッコウガは少しだけたじろぐ。
「い、いいじゃない!そ、そう!ゲッコウガも覚えるじんつうりきよ!じんつうりきであんたたちの動きは手に取るようにわかるの〜!」
「必死に否定するあたりが逆に怪しいぞ……」
咳払いをする怪盗ゲッコウガ。これ以上は追求するな、と言いたいのだろうか。
「で?まさか、お前もビッグキャンドルを狙ってるんじゃないだろうな」
「ビッグキャンドル?は?……何それ、新しいお宝かなにか?」
「……あ」
しまった。
怪盗ゲッコウガは何も狙っていないのに、ついうっかり口走ってしまった。
「興味深いわね。もう少し話を聞かせてもらえる?」
「バカ言うな。お前に何回苦汁を舐めさせてきたと思ってるんだ。そんなお前に、おめおめ宝の場所を……」
「やっぱり宝なのね?」
「……」
手玉に取られている。月島は観念した様子で……
「俺も詳しいことわからないけど、どうもバトルシャトレーヌって4姉妹の父が見せたかったものらしい。
冬の時期、現れるものらしいんだ」
「冬?……ふぅん。大したものじゃなさそうね」
「待てよ。そのビッグキャンドルに翻弄されてる人もいるんだぞ。しかもその人の……」
と、言ったところで言いよどんだ。
「ん?」
「……何でもない。それより怪盗ゲッコウガ。少し相談がある。
お前を逮捕しない代わりに、この暗号を解読して欲しいんだ。
暗号を解かないと……人が死んじまうんだ。頼むよ」
「暗号?こう見えてもそういう暗号の解読は得意なのよ。言ってごらんなさい」
月島は、先ほどの暗号を言った。
「鼠と牛。二つが見つめるよき相棒」
「カフェ・パルトネールのことでしょ?」
「……」
この間。言い終えてわずか0.12秒。
「はい終わり。じゃあね〜」
「ま、待て!お待ちください!」
たまらず敬語で止める月島。
「ちょっと待て、確かに相棒をフランス語で言うとパルトネールになるぞ。だけど、鼠と牛はどうするんだよ」
「簡単じゃない。ミアレシティの全体図を時計に見立てて……」
手から水を出し、大きな円を描く怪盗ゲッコウガ。
「そして、北の位置にあるルージュ広場を午前0時……つまり、子の刻に合わせるの」
「……なるほど。つまり午前2時……丑の刻に位置するのが、ジョーヌ広場……つまりジョーヌ広場が、牛を表すんだな」
「そ〜いうこと。じゃ、私あんまり長いこと話をするわけにも行かないから。この辺で」
怪盗ゲッコウガは高速で飛び上がり、壁を蹴ってどこかに行ってしまった。
「……まったく。まぁいい。これでこの暗号も解けたはずだ……」
月島は路地裏を飛び出し、ルミタンたちの元へ向かった。