第二章 グルースシティの人々
第八話 羽と影
「……」
目を覚ます少女。そこは学校のロッカーの中だった。
「また、寝てしまった……」
ロッカーから出る少女。髪の毛は桃色で、なぜかフード付きの服を着ている。
そして他の生徒と一番違うところは、
「……」
彼女だけ、フード付きの私服を着ているということ。
ガラガラ!
「!?」
教室のドアが勢いよく開いた。そこにはカエデが立っていた。
「おはよう。五十嵐」
「……」
五十嵐と呼ばれた少女は、何も話さなかった。
「ずいぶん早いな」
「あなたこそ」
「オレは朝練があるからさ。でも、早起きって気持ちいいだろ?」
「……」
少女は何も言わなくなった。
「……無視か。まぁいいけど」

「「「いっただっきま〜す!」」」
「……ます」
中庭で食事をする4人。気に入ったのか、ナナはずっとかんざしをつけている。
「……」
コンビニのおにぎりをほおばるナナ。
「ナナちゃん。これ、食べてみて」
マイはおもむろに、小さなハンバーグをナナに差し出した。
「いい。これだけで足りる」
「そんなこと言うなよ。あまりにカロリーが少ないと、途中でばてるぞ」
「いいから」
じゃあしょうがないと、マイはハンバーグを自分の口に運ぼうとする。
「……」
「……」
まるで小動物を見るかのような目。
「ナナちゃん。食べたいんでしょ」
「食べたくない」
「……食べたいんでしょって」
「食べたくない」
するとマイは、
「た〜べ〜た〜い〜ん〜で〜しょ〜」
と、棒読み。
「……し、し、しつこい!……食べたい。これでいい?」
パク。
「……あ、……おいしい」
「でしょ?ミオが作るハンバーグ、ものすごく美味しいんだよ!」
「どれどれ?」
「私も」
シズルとカエデも食べてみると、
「うまい」
「本当だ。美味しい!ミオちゃんって料理上手」
何かを言おうとしたシズル。だがマイの顔は少しおかしかった。
「私の分が……私の分がぁ〜……!」
うっかり、3人で全て食べてしまった。
「……ごめん」
派手に落ち込むカエデ。
「はぁ。まぁいいや。ミオのハンバーグが美味しいって思ってもらえて」
「……マイ、変わった子」
「あはは、よく言われる」
その時だ。
「ん?」
フードを取った女の子が見える。
「ねぇ、あの子って誰?」
「ん?」
カエデはこう言った。
「あぁ、五十嵐 美月(いがらし みずき)。どうしてか知らないけど、あいつもいつも一人でいるんだよな」
「私、授業中以外であの子が喋ってるとこ、見たことないよ」
席が近いシズルがそう言う。
「……」
マイは手を打った。

「ねぇ、五十嵐さん」
「……?」
マイに対して、ミズキがこちらを見る。
「一人?」
「だったら何」
「一緒にお弁当食べない?」
するとミズキは遠くを見て、
「いい」
と言った。
「そ、そう?一緒に食べたら美味しいと思うけどな」
「いいって言っているの。分からない?」
立ち去ろうとするミズキ。
「五十嵐さん」
「何?」
「この間、あったよね?エリダヌス島で」
「……」
しかしミズキはその言葉が聞こえていないのか、フードを被り去っていった。
その様子を見るマイと、他の3人。
「……変な子」
「お前が言うかよ」



ガチャ。
「……」
家に帰ってくるミズキ。しかしそこには誰ひとりとしていなかった。
というより、この家も家としての体をなしていない。ただただ雨風が防げるのみで、机はおろか家具ですらない。
「……」
しゃがみこむミズキ。
何故かその背中は、ふわふわと淡い光を発している。
「おやおや。お帰りですか?ミズキさん」
「!?」
突然声が聞こえ、立ち上がるミズキ。
「……」
しかし周囲には誰もいない。
「隠れているつもりなの?出てきてください!」
「……ふっふっふっ、随分血気盛んなものですね」
影から、誰かが現れた。
黒い影に、青い瞳、そして口裂け女のような、真っ赤に伸びた大きな口。
頭は真っ白い帽子のようなものをかぶっている。
まるで死神をそのまま再現したような男である。
「あなたではワタクシを傷つけることですら出来ないというに」
「……なにを」
「まぁ、必死になっているあなたはなんだかそそられるものがあります。それがワタクシ、ナイトメアの生きる糧」
ナイトメアと名乗った男は、ミズキの体をまじまじと見始めた。
「何かおかしいですか」
「あなた……今日人に会い、話しましたね?」
「相手が勝手に話してきただけです。私には関係ありません」
「ありますよぉ。あなたに万一のことがあれば、誰があなたの未来を変えるのです?」
ナイトメアは突然ミズキに腕を伸ばし、体の中に手を入れた。
「!?」
手はミズキの皮膚を貫通し、心臓を鷲掴みにした。
「まぁ、この止まった心臓を持つあなたは、そう簡単には死ねませんけどね」
「くっ……!」
「それでもあなたが生きていること。それ自体が、この時代では既に奇跡なのですし?」




黒く燃える世界、赤く泣く風、
無明の荒野に少女は眠っていた。
いや、眠っているのではない。

すでに少女……ミズキの心臓は、鼓動していないからだ。

「おやおや、思った以上にひどい有様ですね。創造の主よ」
そこへナイトメアが現れる。
「……」
「ふふふふ……」
パチン!
指を鳴らすと、ミズキは目を覚まして起き上がった。
「あれ、ここは……」
「あなたの世界です」
「!?」
見つめ合う二人。
「一体何が、何が起こったというの!?」
「何がって、見て分からないのですかぁ?創造の神、アルセウスの力により、この世界は黄昏を迎えたのです」
「!?」

あの時見た、白いポケモンだ。

「な、なんですって……?」
「さらにもう一ついいことを教えて差し上げましょう。今この世界では、あなた以外の人間は誰ひとりとしていません」
「!?」
ナイトメアは話を続ける。
「アルセウスの力、さばきのつぶてが降り注いだことにより、この世界は徹底的に破壊されてしまったのです」
「……どうして……」
「さぁ、それはワタクシにもわかりません。アルセウスの勝手気ままではありませんか?」
「くっ……そんな……!」
ミズキは歯ぎしりをする。
「アルセウスは全ての世界の破壊と創造の主。かのポケモンが世界を破壊することは別に何らおかしいこともありません。
 ですが、やられっぱなしと言うのは流石に嫌ですよね?」
「え……」
ナイトメアの声に、思わず肩を怒らせる。
「あなたは、アルセウスを倒す方法を知っているのですか?」
「アルセウスを倒す?あなたは本気ですか?」
ナイトメアは冷酷に笑った。
「その傷付いた体では、アルセウスに挑んでも醜く、無様に敗走して終わりです
 その程度のこともわからないのですか?三日月の化身、クレセリアよ」
「くっ……」
ミズキの肩甲骨のあたりが、三日月型に輝いた。
「ですが……」
「……ですが?!」
立ち上がったミズキ。すると目の前に、
「!?」
青色と、ほのかに紫色のドラゴンが現れた。
「未来がこうなってしまったなら、その未来を変えれば良いのです」
「未来を……変える?」
「はい。アルセウスが目覚める胎動を感じた時代に戻り、アルセウスの復活を未然に防ぐのです。
 今ならまだ間に合うかもしれません。あなたがそのクレセリアの真の力を取り戻すことができたなら……
 アルセウスを倒すことも、あるいは可能かもしれません」
そしてナイトメアは、何かをミズキに投げつけた。
「!?」
それは体の中に入り込み、そして消えていった。
「それは{月光の羽}。詳しいことは追って沙汰します。では、過去の世界でまたお会いしましょう。クレセリア」
そして二匹のドラゴンが吠えると……




「エンプティ、かの者に力を与えることで、あなたの心臓は動く。そしてあなたの傷は徐々に回復をし始める。これはまだ、お覚えですね?」
こくりと頷く。
ミズキは手に、羽のダーツを取った。
「ナイトメアさん。本当に、私の体は治るのでしょうか」
ナイトメアがニヤニヤしながらミズキに対してうなずいた。
「おそらく」
「おそらく、ですか……」
「ですが忌むべき事態もあります」
首をかしげるミズキ。
「エンプティ。かの者らを破滅に追い込む、4匹のポケモンの存在です」
「!」
「すでにシンボラー、ハガネール、ネンドールと、3匹が犠牲になってしまっています。
 エンプティはアルセウスの分身のようなもの。彼らが倒されては、元も子もありませんから」
「それは、私も見たことがあります。シンボラーが、あの者たちによって倒される様を……」
興味深そうに耳を傾けるナイトメア。
「いえ、それだけではありません。ハガネールもネンドールも、あの者たちによって倒されてしまった……
 このままでは、未来の世界は結局同じです」
「逆に興味がわいてきますね、あの者たちに。何も知らず、破滅へのカウントダウンを歩み続けている。滑稽です」
夜も更け、すでに窓の外の町からは光が消え始めていた。
「では、ワタクシはそろそろ闇に帰るとしましょう。良いですか?かの4匹のポケモンにはくれぐれも気をつけて」
「……」
ナイトメアは壁に向かって歩き出すと、そのまま消滅した。




「あれが、エンプティ……?」
それは、アントリア海にシンボラーが襲来する1日前のこと。
ミズキはナイトメアに連れられ、海の上をポケモンで進んでいた。
そしてエンプティである、シンボラーを発見する。
「どうです?あれもアルセウスの分身。逆にあのアルセウスの分身の力を利用し、あなたの傷を癒すのです」
「分身の力を……利用?」
「はい。アルセウスの力は前も話したとおり、とてつもなく強大。ですからまっとうに戦っていては、体がいくつあっても足りません。
 そこで、かの者から力を吸収し、あなたの癒しの力とするのです」
「癒しの力……そんな事、可能なのですか?」
こくりと頷く。
「ただし」
「?」
「そのためには、あなたの体に埋め込んだ月光の羽を使う必要があります。
 羽が届く距離まで近づいてから使わなくては、外せば意味がありませんからね?」
シンボラーに睨みを利かせるミズキ。
「あまりここで好戦的になっても仕方がありません。まずは様子を見るため街に戻りましょう」

そして、エンプティが襲来。
「……」
その様子を見るミズキ。やるなら今しかないと思った。
「……届いて!」
シュ……グサ!
投げたダーツは一直線にシンボラーに刺さり、
……ドクン、ドックン、ドックン……
ミズキの心臓が動き始めた。
「やった……これで……」

しかし、その希望はもろくも崩れ去る。
目の前にいたエンプティが、突然消滅した。
「私の……邪魔を……!」
それに伴い、ミズキの心臓の音も止まった。
そのままセントラルタワーから飛び降りるミズキ。

それ以降、何度も何度も、エンプティから力を奪うことを阻止されている。
あの4体のポケモンによって、すでに何度も。
このままでは、未来は……ミズキの顔に、焦りも見えていた。






一方こちらはホロロジウム軍事センター。
「エンプティか!?進藤君!」
カズマがやってきた。モニターはアントリア海を映している。
海面に白い影……ジーランスのエンプティが映っていた。
「はい。現在エンプティは、アントリア海を泳いで侵攻中です」
「あの4人は?」
「すでに向かっています」

アントリア海にやってきた4人。
「「「「スタートアップ!」」」」
変身すると同時に、海面から何か飛び出した。
「浦川さん!海面からエンプティが!」
「うむ、陸にあげた上で撃破するんだ。海の中に、ブレイクボールが沈むのはまずい。ここで食い止めるんだ」
「了解!」
ジーランスに接近し、
「はっ!」
ドゴ!
一発殴るカエデ。しかしジーランスは体を揺さぶってカエデを吹き飛ばす。
「ぐっ……」
「カエデちゃん!」
「大丈夫。ちょっと当たっただけだ」
「メガホーン!」
ズウン……!
頭部にメガホーンを打ち込む。するとジーランスは口を開け、
「?」
……再び口を閉じた。
「な、何?」
当然体に痛みはない。
「タネマシンガン」
ドドドドドドド……
ナナがタネマシンガンを撃つが、ジーランスは硬い頭部を使い、地面に穴を開けて潜った。
穴には水が吹き出していた。
「む、ダイビングか。4人とも気をつけろ、急に飛び出して……」
するとカズマの目に、マイが映った。
なぜかマイは、その場に座り込んで動かない。
「何をしている小鳥遊君!狙われるぞ!」
「わ、分かってます……分かってますけど……」
立ち上がろうとするが、体が言う事を聞かない。
「足に力が……」
「まさか、さっき口を開けた時の……あれはあくびか!」
そのままマイは、深い眠りに落ちてしまった。
ズウン……!
そこへジーランスがダイビングで突き上げる。
「うぎっ……!」
「マイちゃん!」
ポワワワワ!ファサ!
空中に放り上げられたマイを、シズルがコットンガードで受け止める。
「あ、ありがとうシズルちゃん」
しかしそこへジーランスが飛び跳ねてきた。
「ふっ!」
ポワワワワ!
コットンガードで防ごうとするが、
ズウン……!
「きゃあ!」
激しい衝撃波。
ビリ……ビリ……!
コットンガードを突き破ろうとするジーランス。
「やめなさいよ!」
コットンガードが破れるより早く、マイが突進してメガホーン。
ジーランスは油断していたためか、直撃を受けた。
「よし、今だ!」
カズマが声をかけると、マイとシズルは力を溜め始めた。

そこへ、ミズキがやって来る。
「あなたがトロトロトロトロとしているから、こうなるのです。既にエンプティは瀕死の状態だと思われますが?」
「も、申し訳ありません。早くしないと」
ナイトメアに促されるまま、ミズキは月光の羽を構えた。
だが、その時だ。

「まずい!」
声を上げたのはカエデ。
ジーランスは大きく口を開けてあくびをした。
「!?」
シズルの飛ぶ力が低下して大きくバランスを崩し、フラフラと飛ぶ。
「し、シズルちゃん!しっかりして!」
それを待っていたかのように、ジーランスは体中から岩を飛ばしてきた。
「くそ……ごめん!マイ!シズル!」
「え?」
ドゴ!
マイとシズルを勢いよく蹴り飛ばし、ストーンエッジの軌道から外す。
しかしカエデの元へストーンエッジが迫り……
「タネマシンガン」
ズドドドドドド〜〜〜ン!
カエデから身を守ったのは、ナナだった。
タネマシンガンは何発かは命中しなかったが、それでもカエデは無傷だった。
「あ、ありがとうナナ」
「よくないよ」
「え?」
ジーランスは、ダイビングを使い、アントリア海へと逃げていってしまった。
「いたた……ごめん、カエデちゃん」
目を覚ますマイ。
「……ちょっと強すぎたな」
その時再び通信が。
「無事か。4人とも」
「はい。なんとか」
「ちょっと眠いです」
アントリア海をじっと見る4人。
「気にするな。海の中へ撤退したということは、またここへやってくるはず。その時に今度こそ倒せばいいんだ」
「そ、そうですよね」
「こんな夜遅くにご苦労だった」
4人を労ったカズマは、通信を切った。
「浦川先生」
その時、ユウジがカズマに話しかける。
「どうしたのだね?」
「港の近くに、人間の反応……でしょうか?何かが見えますが……」
「何?」



再び通信が入る。
「僕だ。ユウジだ」
「どうしたんですか?まさかお説教」
「なわけないでしょ。ブラック企業の経営者か僕は」
ユウジは少し咳払いをし、人間の反応があることを伝える。
「人間……?」
「あぁ、間違いない。その近くにいるはずなんだけど……」
「探してみます」
通信を切ると、4人は港を探り始めた。
「?」
マイは何かを発見した。
「!?」
コンテナの陰から覗く、人の右手。
恐る恐る見てみると、そこには……
「!?」
フードをかぶった少女が倒れていた。
「い、五十嵐さん!」
「!?」
騒ぎを聞きつけた他の3人もやってくる。
「五十嵐……!どうしてこんなところに」
「ど、どうしよう!?」
じっとミズキを見るマイ。
「五十嵐さん、五十嵐さん!しっかりして!五十嵐さん!」




ミズキは空を飛んでいた。
背中に三日月の翼を掲げ、顔には月のフードをかぶり、髪は桃色をしていた。
「くっ……!」
サイコカッターを放つミズキ。
サイコカッターはドクロッグに命中。
ドクロッグは一撃で倒れた。
「ぎやぁ!」
「ぐわぁ〜〜〜!」
それでも、あちらこちらから聞こえる断末魔。
「みんな……!?」
人を殺して喜ぶポケモン。
そんな状況を、ミズキは受け入れることができない。
その時、ボーマンダが大きく吠えた。
「!?りゅうせいぐん……!」
巨大な光の壁を作り、何とか自分の身を守るミズキ。
しかし、防ぎきれない流星群が、無数に地上を襲う。
「やめて!」
左手を伸ばすと、れいとうビームが飛び出した。
れいとうビームが命中したボーマンダは、凍りつきながら地面に落ちていく。
「はぁ……はぁ……!」
息切れが激しいミズキ。疲労困憊になりながら眼下を見下ろすと……
「……!?」
青いりゅうせいぐんにつぶされた、

自分の愛する、両親の姿が。



「いやぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」



TO BE CONTINUED……

バタフライ ( 2013/04/03(水) 20:45 )