第三話 エンプティ・ブレイク
パチパチと、手を打つ声が聞こえた。
「すごいすごい。本当にエンプティに致命傷を与えるなんてね」
ユウジだ。
「ユウジさん。あなたは結局、なんなの?」
「言ったじゃないか。僕はただの開発者だって」
「……」
改めて自分の体をよく見る。
本当にシュバルゴ…のような姿に変身していた。
「……」
ざわつく船員。
「あ、お、お騒がせ……してます」
「ど、どうも……」
「マイちゃん……」
マイは再び、シンボラーを見た。
シンボラーは空中で、まるで一時停止ボタンを押したかのように動きを止めている。
「あいつ…結局なんなの?」
「エンプティ」
「…鉛筆?」
「いや、エンプティだよ。シズルちゃん」
説明したあと、再びユウジの方を見て、
「そのエンプティってやつが、どうしてエリダヌス島に向かっていたの?」
「正確には、このセイザ地方そのものを襲おうとしているんだ」
ユウジはエンプティと呼んだシンボラーを見つめながら話す。
「ただ……なぜ襲うかは分からない。しかし、2年前、初めてこのセイザ地方を襲うエンプティが目撃されたんだ」
「2年前」
「そのエンプティは、フライゴンの姿をしていた。だけど、どうにかしてフライゴンの暴走を止めることができたんだ。
……ある、一人の少女の犠牲によって」
ハッとするマイとシズル。
「{2年前の事故}……あの事故を繰り返すわけにはいかない。だから僕はフュージョンボールを制作したんだ」
「……」
「そして、あのエンプティを止めるために、君にして欲しいことがある。{エンプティブレイク}を」
「え、エンプティブレイク?」
その時、カズマから通信が入った。
「先程から何を話しているんだ?進藤君」
「あぁ。浦川先生。まぁ見ていてください」
するとユウジは、マイの方をじっと見て……
「力を込め、渾身の力で{ブレイクボール}を奴にぶつける。そうすることで、エンプティを元のポケモンに戻すことができるんだ」
「よ、よくわかんないけど……分かったわ」
マイは少し足を開き、力を貯め始めた。
「ん……ぐ、ぐぐぐ……!」
「マイちゃん、頑張って」
「ぐぐぐぐぐ……」
そして全身を、熱い力が駆け巡ってくる。
「うおおおぉぉぉ!」
そして槍を構え、
「エンプティ……ブレイク!」
と、一気に突き出した。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「……」
「……」
しばらく場を静寂が包み。
「何も……起きないよ……?」
「あ、あれ…おかしいな」
しかも、
「てか、なにこれ……すっごく……疲れる……!」
一回使った(ような感じになった)だけで、この息のあがりようである。
「使っている時、どんな感じだった?」
「どんな感じって……なんだか熱い感じ……?」
「う〜ん、ならエンプティブレイクは出来ているはずだけど……何かが足りないのかな」
「足りない!?足りないって……何が……!?」
目を閉じて考え、ユウジが至った結論は……
ポク、ポク、ポク、チーン。
「分かんない」
「ぶっ飛ばすわよあんた!」
「ふむ」
一方こちらは、ホロロジウム軍事センター。
「しかしなぜ。エンプティブレイクにこだわらずとも良いだろう。倒せばいいだけなのではないか?」
「2年前の事故のこと、お忘れですか?浦川先生。あの時は倒したはずのフライゴンが蘇り、そして……」
「む、そうだったな。すまない」
「エンプティの驚異から人々を守るには、この方法しかないのです」
「いや、しかし……」
モニターに映るのは、力を込めるマイの姿。
しかも今度はがに股になったり、のたうちまわったり、足踏みしたり、
「こんな姿を延々と映されたところで、俺はそういった嗜みは持っていないぞ」
「あ……いえ……申し訳ありません」
その時だ。
ピー!ピー!ピー!
「浦川さん!エンプティの様子が、何やらおかしいです!」
「何?」
グルースシティ、セントラルタワーの屋上。
ここにとある少女がいた。
マイが夕方出会った、フードをかぶった少女だ。
「……」
その少女は、羽のようなものをダーツの要領で構え、
「……届いて!」
シンボラーに向かって投げつけた。
グサ!
シンボラーに刺さると…
……ドクン、ドックン、ドックン……
少女の心臓は、ゆっくりと動き始めた。
そしてシンボラーの色は……
「!?」
ブシ、ブシブシブシブシ……
グワッシャ〜〜〜〜〜!
どす黒い、血赤のような色へと変わった。
「な、何だ……!進藤君!」
「見えています……!エネルギーの反応が、振り切れている…!…?」
焦るユウジとカズマ。もちろんそれは、
「な、何……あれ……?」
マイも目撃していた。
そしてシンボラーは、
「ギエェ〜〜〜〜〜イ!!」
シンボラーのものとは思えない、大きな鳴き声をあげ、翼を羽ばたかせると、
ギュインギュインギュンギュンギュイ〜〜〜ン!
大量のサイコショックを放った。
ズドドドドンズドンズド〜〜〜ン!
「うぅ……」
そのサイコショックは、避難所にも響いていた。
「お、お姉ちゃん……大丈夫、だよね……?」
地面にサイコショックが激突したことによる地響き。
シンボラーが暴れていることによる風の音。
それらひとつひとつが、「待つ者」の精神を不安定にさせる。
「……」
「聞こえるか、大丈夫か?」
「は、はい……なんとか」
マイはとっさの反応でシズルをかばっていた。
「ま、マイちゃん、重い……」
「あぁ、ごめん」
立ち上がるマイ。
「どうにかして、あいつを止めないと、島に上陸されたら、結果同じだよ!?」
「だから早くエンプティブレイクを発動しないと。で、でもどうする?」
「……」
するとマイは、バルジーナに乗り込んだ。
「よせ、やめろ!もうあいつは手がつけられないぞ!」
「でも、止めなきゃダメなんでしょ!?」
そのままバルジーナに乗ってシンボラーに突撃。
「ギギ!?」
「おらぁ〜〜〜〜〜!」
キィン!
「え……?」
確かに腹部に命中したはずだ。
しかしシンボラーの体は、とてつもなく硬い超合金のような感触をしていた。
「ギオ〜〜〜〜〜ッシュ!」
「!?」
エアスラッシュを振りかざしてくる。マイは急降下することでかろうじてかわすが、
ビュオンビュオン!
「くっ!」
今度は上に飛ぶ。
ビュオンビュオン!
「うわぁっと!」
しかし飛んだ先にもエアスラッシュが飛んできて、よけるだけで手一杯だ。
「ダメだ。一旦距離を取るんだ」
「は、はい!」
カズマの声が聞こえたが、距離を取ろうと背を向けた瞬間……
「ギエェ〜〜〜イ!」
ビ〜〜〜〜〜!
れいとうビームが飛んでくる。
「技が変わってる!?」
ガイン!
なんとか二つの槍で押さえるが、
「ぐっ……!」
エンプティブレイクを試したためか、体にうまく力が入らない。
「んぁ……!」
「マイちゃん……!」
「……」
シズルは突然、
「あの、私も助けたいんです!友達を!」
と、ユウジに言った。
「な、何?急に言われても……」
「マイちゃんみたいに、私も変身できますか?」
「……」
目を閉じるユウジ。それがすなわち答えだった。
「え……」
「フュージョンボールは、僕が開発した中では小鳥遊さんが持っているもので最後だ」
「そんな……じゃ、じゃあポケモンを……!」
「無理だ」
案外あっさりと言う。
「見てくれ、あの<化物>を。もはや<ポケモン>ではなくなっている。
それに僕のポケモンはもういない。{非常脱出用のフワライドも、ハンドヘルドコンピュータに保管できるポケモン}も、
使い切ってしまったんだ」
「……」
落ち込むシズル。
「……残念だが、現実というのは非情なものなんだ」
しかしシズルは、
「いえ」
「え?」
そう反論したあと、マイの方を見た。
「マイちゃんが戦っているのに、私一人戦えない。そんな現実があるなら、私はそれを変えます」
「え、いや、何を」
するとシズルは、黒服を呼んで、
「ホエルコをお願いします」
「え?は、はぁ」
黒服はモンスターボールを出すと、シズルはそれに乗り込んだ。
「ちょ、ちょっと、君!?」
「進藤君!何があった!?」
「……」
「……進藤君?」
キィン!
なんとかれいとうビームを跳ね返すマイ。しかし……
「!?」
立て続けにエアスラッシュが飛んできて、
ズシャズシャドゴンドゴン!
「ぐぅ……!」
ドゴ〜〜〜ン!
「うわぁ〜〜〜!」
バルジーナが墜落、そのままマイも自由落下。
「マイちゃん!」
落ちる先は海だ。
しかしシズルとマイとの距離は、大きく離れている。
「ダメ、間に合わない……!」
するとシズルは…
「……たぁ!」
ホエルコからジャンプし、マイに向かって跳んだ。
ザバンザブ〜〜〜ン!
海の中でマイを見つけるシズル。
だが、シズルにはひとつ、致命的な弱点があった。
それは……
「むがごぶごぶ……!」
…生まれた時から、泳げない。
体育は常に赤点ギリギリ、もしくは赤点だった。
「……」
パッと目を開けるマイ。すると、
(シズルちゃん……!)
目の前で、溺れかけているシズルが見えた。
泳ごうとするが、重い鎧が邪魔でうまく泳げない。
(くっ、やめてよ……泳がせてよ……!)
そのままマイは沈んでいく。しかし……
「!?」
シズルはそれでも、手を伸ばしてきた。
(し、シズルちゃん……!)
と、その時だ。
キラン……!
「!?」
煌々と光るフュージョンボール。すると……
目の前に、フュージョンボールが現れた。しかも、青色のものが。
(これは……!……シズルちゃん!)
ホームランの要領で、しずるに向かって打ち返す。
「!?」
薄れていく意識の中、シズルはそれを取り……
キラン!
「あ、あれ、ここは……?」
目を覚ますシズル。すると目の前に、チルタリスがいた。
「まさか、新たなフュージョンボールが登場するなんて、思ってもないよ」
「きゃあ!頭に声が響いてくる……!」
ユウジの声だ。
「何か、よくわからないけど、君と小鳥遊さんの間に、強大な力が働いたらしい。
それでフュージョンボールが複製され、今に至るというわけだ」
「……」
「さぁ、君も」
じっと、目の前にいるチルタリスを見つめ、
「守りたい人のために、融合するんだ」
「はい!」
「スタートアップ!<Altaria>!」
ビュオ〜〜〜!
ザバ〜〜〜〜〜ン!
大きな水しぶきが上がったかと思うと、海中から何か飛び出した。
「げほっ、げほっ……!」
目を開けると、目の前には、
綿雲のような服を身にまとい、水色の体をした女の子…
「し、シズルちゃん!?」
シズルが飛んでいた。
「変身してるし……飛んでる!」
「わ、本当だ。マイちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫。そんなことより」
マイが何かを言おうとすると、
「ぼんやりするな!来るぞ!」
「え?」
ドゴンドゴンドゴ〜〜〜ン……
カズマの声が聞こえたと思うと、サイコショックが直撃した。
「!くそっ……」
しかし、
「浦川先生。大丈夫ですよ」
「何?」
目の前に、白い綿雲が盾のようになってシズルを守った。
「コットンガード……か?」
「やったね!シズルちゃん!」
しかし引き続き、エアスラッシュが飛んでくる。
「と、飛ばすよ、マイちゃん」
「……うん!」
シズルの背後から、追い風が吹いてきた。
勢いよく飛ぶシズルとマイ。エアスラッシュはかすりもしない。
「聞こえるか、二人共」
「「はい」」
「今のシンボラーにまともに攻撃をしても、跳ね返されるだけだが、おそらく奴は、コスモパワーを使って防御を固めている……
急いで殴らねば、今度こそ何も効かなくなるぞ!」
「「了解!」」
高速でシンボラーの周囲を飛び回る。
シンボラーのれいとうビームも、まるで赤子の手をひねるかのように軽くかわす。
「これだけ勢いが付いてたら……シズルちゃん!突っ込める?」
「え……で、でも……」
シンボラーは闇雲に攻撃をしながら、合間合間にコスモパワーを使う。
「……う、うぅ、大丈夫、かなぁ……」
「……」
不安になるシズルに対し、マイは親指を立ててこう言った。
「大丈夫!なんとかなるって!」
「……」
そう言うと、シズルの心の中は晴れ渡ったようで、
「しっかり、掴まってね!」
「大丈夫!」
ギュイ〜〜〜ン!
蒼い弾丸のように加速していくシズル。そして…
「「はあぁ〜〜〜〜〜!」」
ガイン!………ガリガリガリガリ!
コスモパワーに守られたシンボラーの肌を、シザークロスが切り裂く。
「ギィアァス!」
相当効いたようだ。
「やった」
「ダメだ、ここでエンプティブレイクを使えないと……!」
一瞬安堵の表情を浮かべるが、ユウジが釘を刺す。
「じゃ、じゃあ!どうすればいいの!?」
「どうするって、そりゃ……何とかしてくれ!」
「はぁ!?」
ここへ来て口喧嘩。と思いきや、
「大丈夫です」
「え?」
シズルが軽く、マイに目配せする。
「……?」
「信じて。マイちゃん」
「……うん!」
すると二人同時に力を溜め始めた。
「「はあああぁぁぁぁ!」」
「なるほど、一人で力を溜めても無理でも、二人同時ならというわけか」
そして二人の前に、巨大なモンスターボール型の光が現れる。
「!?……これは……!」
「それは、ブレイクボール!そこに力を与えて、奴にぶつけるんだ!」
「分かった!」
マイは力の限り飛び上がり、右腕を締めて構える。
「エンプティ〜……」
ゴオオオォォォ……!
「ブレイク!」
そして勢いよく右の槍を突き出すと、巨大なモンスターボールは槍のような形に変わってシンボラーに接近し…
ドウン……!
「ギエアァ〜〜〜!」
キラ〜〜〜ン……ドゴ〜〜〜ン!
衝突。大爆発を起こした。
そのまま二人は、港に向かって舞い降りた。
変身が解けたマイの右手には、シンボラーが入ったモンスターボールが。
「……」
「マイちゃ〜〜〜ん!」
「え?うわっ」
そこへ、シズルが飛び込んできた。
「怖かった……すごく怖かった……!マイちゃんがいなかったら、私……!」
「シズルちゃん……それは私も同じだよ」
二人は抱き合って、喜びを分かち合った。
「はぁ……どうやら、何とかなったようだな」
一安心のカズマ。
「いえ、まだまだこれからです」
「ん?」
ユウジがそう言った。
「この戦い、今回だけでは終わりませんよ」
そしてセントラルタワーの屋上にいた少女……
心臓の音は、止まっていた。
「私の……邪魔を……!」
そのまま少女は、タワーの屋上から飛び降り……
ブオン……
消えていった。
「で?結果的にはうまくいったと」
翌日の朝食。また家族団らんとなることができた。
「えへへ」
「えへへじゃねえだろ!一歩間違ってたら間違いなくお前死んでたぞ!?」
「ご、ごめんなさい」
「お姉ちゃん、心配……したんだから……!またあいつ、出るの?」
心配するミオ。
「ごめんね。ミオ、父さん。でももう大丈夫。私は……簡単には死なないって約束する」
「どんな約束だ」
箸を置く父親。
「まぁ、ともかく無事でよかったよ」
「ありがとう、父さん」
その時、インターホンが鳴った。
「何だこんな時に。ミオ、出てくれ」
「うん」
ガチャ。
「……で?栗生って子はどうしたんだ?」
「うん。しばらくこの地方で暮らすって。今日から私の学校に転校してくるってさ」
「そうか。そりゃよかったじゃねぇか」
何気ない話の最中に、ミオが戻ってきた。
「お姉ちゃん。おねえちゃんにお客さんだよ」
「え?」
「あぁ。済まないね。突然の来訪、許して欲しい」
「……?」
首を捻るマイ。どこかで聞いたことがあるような声…なのだが。
「あぁ、俺だ。浦川 和真」
「……え?」
声と同じようにダンディな見た目だ。
「浦川…さん?昨日はお疲れ様でした」
「あぁ。君と君の友人のおかげで、俺たちはどうにか勝利を得ることができた。感謝しているよ」
「……」
しかし言葉には、昨日のようなトゲが感じられない。
「あ、そうだ。わざわざのご訪問悪いんですけど、私学校があるんで……」
話を切ろうとすると、
「そう、その学校のことで君に話があるんだが……」
「はい?」
「……」
呆然と立つマイとミオ。それもそのはず。
昨日まで登校していた学校が、跡形もなく消えている。
「……どういうことか、説明してください」
「いや、すまん。島の方での犠牲者は出なかったのだが、君たちの学校は……この有様なんだ」
「そんな……ど、どうするんです!?私は普通に学校生活をエンジョイしたいのに」
と、そこへ。
「その心配は無用だよ」
車に乗った男、ユウジだ。
「既に君たちへの転校先は決まってるからね」
助手席には、シズルも乗っていた。
「乗って、マイちゃん。ミオちゃん」
「え?」「え?」
戸惑う小鳥遊姉妹。
「「え?」」
気がつくと、モノレール乗り場にやってきていて……
「「えぇ〜〜〜!」」
グルースシティまで、モノレールで15分だ。
TO BE CONTINUED…