第二話 スタートアップ!
「ちっ。ただならないことなんだろうな。避難するぞ、ミオ」
「うん」
突然の轟音に驚き、店じまいの準備を始める。
だが、マイだけは違った。
「お父さん、ミオ」
「なんだ?」
「先に避難所に向かっておいて!」
マイは急いで外に飛び出した。
「おい、マイ!待て!」
「シズルちゃんが危ないの!友達を放っておけないよ!」
「お前…死ぬ気か!?避難情報ってことは、危険な状態なんだぞ!」
「でも、シズルちゃんも危ないんだよ!?」
にらみ合う親子二人。その様子を見たミオは、
「お父さん…」
「…ちっ、言っとくが」
マイをまっすぐ指さしてこういった。
「死ぬなよ!死んだら1年近く説教してやる」
「…」
死。その文字がマイに二の足を踏ませようとする。
だがマイの心は決まりきっていた。
「分かった。ミオも…気をつけてね!」
「お姉ちゃんこそだよ」
そしてマイは、自転車を駆って港へ向かった。
ビ〜〜〜!キィンキィン!ドドドドド…キィンキィン!
一方こちらはアントリア海の国防軍。
スワンナのれいとうビーム、エアームドのストーンエッジ、どちらも受け止められる。
「ダメです!リフレクターとひかりのかべによって、攻撃が防がれてしまいます!」
「全方位、しっかりと守りを固めている…か。一度後退して、シンボラーの注意をひきつけろ!」
「了解!」
しかしシンボラーの目は、
「…!」
眼下の巨大な「的」に向けられた。
「ま…まずい!」
向きを変えると、サイコショックを打つ。
ギュ〜〜〜ン…ズド〜〜〜ン!
「いやあぁ!」
「ぬおわぁ!」
船の照明が、全て消えてしまった。
「予備電源!急げ!」
「ダメだ!電源すべてが落ちてる…!」
ズド〜〜〜ン!
今度は甲板に直撃した。
「レーダー故障!前方を確認することができません!」
「くそ、海難信号を!近くにある港にSOS発信だ!」
「ダメです!電源が落ちているため、海難信号、発信できません!」
船内はパニック状態だ。しかしシズルは、
「…」
冷や汗こそかいているが、落ち着いていた。
「…マイちゃん…来ちゃダメ…!」
「シズルちゃん!」
港にやってくると…
「え…?何…これ…!」
飛び交う無数のポケモン、視線の先には、
「…あれは…!?」
巨大な真っ白なシンボラー。
「…!?」
反射的に危険を感じ、コンテナの影に隠れる。
「あれが、さっき避難指示で言ってた…」
その時、電話が鳴った。
「…!?……シズルちゃん!?」
急いで出る。
「もしもし、シズルちゃん!?」
「マイちゃん大丈夫!?」
「それはこっちのセリフだよ!シズルちゃん…巨大なポケモンが出たって…!」
「私なら、大丈夫です。だからマイちゃん、早く避難して!」
「大丈夫なことないよ!」
力強く反論するマイ。
「大丈夫じゃないから、シズルちゃんの事ずっと心配してるの。船で来るって言ってたのに、海でポケモンが暴れてるって聞いたら…」
「ま、マイちゃん…」
しかしその時、
ズド〜〜〜ン…
「!?シズルちゃん!?シズルちゃん!」
電話は途切れてしまった。
「…」
マイの顔から、一気に血の気が引いた。
「お嬢様!お嬢様!しっかりしてください!お嬢様!」
頭から血を流して倒れているシズル。
呼吸はしているため、意識を失っているだけのようだ。
「い、いかん、もはや一刻の猶予もない…船を捨て、脱出するぞ!」
だがしかし、シンボラーの目は船の方を向いていて、
ギュ〜〜〜ン…
「…!?」
サイコショックが飛んできた。
ズド〜〜〜ン!
しかし目の前で何かにぶつかりサイコショックは相殺される。
「うぐ…!」
フライゴンだ。乗っていた男は力なく墜落するフライゴンからジャンプし、
「フワライド!」
フワライドを出し、上空に飛んだ。
「…く、急げ!急がないと…また狙われるぞ!」
倒れているシズルの口が動く。
「マイちゃん…助けて…」
「!?」
その様子は、マイからも見えた。
「ど、どうしよう…このままだと…!」
だが、自分には打つ手がない。
ポケモンは持っていないし、そもそも泳げない。
「…」
歯を食いしばるマイ。
その時、ポケットの中に何かが入っているのに気づいた。
「…?」
昼間、男に渡しそこねたモンスターボールだ。
「…」
そのボールは、君に助けを求めているのかもしれないよ
あの男に言われた言葉を思い出す。
君に助けを求めているのかもしれない?
むしろ助けて欲しいのは自分の方だ。
「おや、また会ったね」
「え?」
さっきの男だ。掴まったフワライドから降り、マイに駆け寄る。
「とはいえここは危険だ。なんでここに来たんだい?」
「…」
マイは立ち上がり、
「ねぇ。教えて!」
「うん?」
「このモンスターボール、どうやって使うの!?」
「…」
すると男はポリポリと頭を掻き、
「それが分かったら苦労しないよ」
と、言い放った。
・ ・ ・
「…は?」
「だから、使い方なんてわからないって言ってるんだよ」
「じゃ、じゃあ。昼間言ったあの言葉って…」
しばらく考えたあと、男はこういった。
「我ながら、いいアドリブだったとは思う」
「…」
もはや怒る気も失せた。
その時男の通信機から…
「進藤君、応答しろ。進藤君」
「えぇ、あ、はい。失礼しました」
浦川からの通信だ。
「現在あのシンボラーは、引き続き攻撃が命中した船を狙っている。このままでは撃沈は時間の問題だぞ」
「しかし、僕は既にポケモンを撃破されています。代わりのポケモンを大至急、お願いできますか?」
「むぅ…しかし…」
ここでマイが口を挟む。
「じゃ、じゃあフワライドはなんなの?」
「うん?」
「あ、あれは戦闘用じゃないんだ。緊急脱出用だから、戦闘には不向きだ」
ちょっと待て。と浦川。
「そこにいるのは誰だ?」
「あ?いや…ん〜っと…」
解答に困っているようだが浦川は冷静に、
「代わってくれないか」
と、男に言った。
「もしもし…」
「聞こえるか。俺はホロロジウム危機管理センターの副所長、浦川 和真(うらかわ かずま)だ。
君は何故このような場所にいる。避難指示を聞いていなかったのか」
カズマの危機迫った声が、マイの耳を刺す。
「…わ、私は…友達を助けるために…」
「君はポケモンレンジャーか?はたまた軍隊なのか?」
「あ、いえ…」
「避難しろ」
重々しく、そして突き放すような言い方で言った。
「…嫌です」
「君は何を考えている。一般人になんとかできるほど、あの敵は得体が知れるものではない。
君にどうこうできる相手ではないと、何故分からない。何故わざわざ死にに来るような真似をしている」
「…だけど、友達が苦しんでるのに、私一人だけじっとしているなんて」
「避難しろ。3度は言わん。どんな夢を見てここに来たかは知らんが、何も知らない君がここで出来る事など、何一つない!」
しばらく黙りこくるマイ。
「…」
「黙る暇があるなら代われ」
「分かりました…」
男に代わる。
「進藤君、たった今…」
カズマが何かを言おうとすると、
「…!?」
「浦川先生?」
「おかしい。すぐ近くに一匹のポケモンの反応が…」
男はフワライドの方を見た。
「これ、ですか?」
「いや違う。だが、確かに近くに…」
「…」
静かにシンボラーの方向を見る。
無数の鳥ポケモンがかき乱すようにシンボラーの周囲を飛んでいるが、シンボラーのサイコショックによって落とされていた。
「…」
自分に出来ることは何もない。
カズマの一言が重くのしかかる。
だが、このままシズルを、黙って見殺しにするのか?
それは嫌だ。
するとマイは、フワライドに駆け寄り、
「!?」
掴まった。
「ちょ、君!?何してるんだい!?」
「決まってる…止められても、私はどうあっても助けたい…大切な友達を!」
「…ダメだ。フワライドであいつのもとへ近づくなんて、死にに行くようなものだ。君が死んだら悲しむ人は」
「シズルちゃんが死んでも同じだよ!」
はっとする男。
「…もういい、進藤君。彼女への攻撃を許可する」
「…で、でも…」
そうしているうちに、フワライドは宙へ浮き始めた。
「!?」
「何をしている進藤君。早く止めないと…」
「いえ、浦川先生…」
「何だ!?」
マイのズボンのポケットが、灰色に輝いていた。
「あなたが言っているポケモンの気配とは…」
「…!?これは…何だ…ポケモンの気配が…徐々に大きくなっているだと!?」
カズマは驚きを隠せない様子だ。
「進藤君。今君のハンドヘルドコンピューターに、バルジーナを送った。彼女を追え」
「連行ですか?」
「違う…ひょっとしたら、ひょっとするかもしれん…!」
「シズルちゃ〜〜〜ん!」
声の限りシズルの名前を呼ぶ。
すると…
「!?」
煙を上げている船を発見した。
「シズルちゃん…!」
しかしシンボラーはマイの方をまっすぐ見つめていた。
「!?」
まずい。狙われた。
しかし回避する術は持っていない。
シンボラーがサイコショックを打つ。
ギュ〜〜〜ン…ドゴン!
フワライドは大きくのけぞるが、なんとか耐えた。
「うぐ…!」
「民間人!?民間人が何故ここにいる!」
軍隊の一人がそう言う。
「なんでって…!」
弁解する前に、再びサイコショック。
ドゴ〜〜〜ン!
「う…」
今度は急所に当たった。
フワライドとマイはそのまま、力なく自由落下していく。
落ちる先は、船の甲板だ。
「ダメ……もう…!」
マイは目を閉じ、覚悟を決めた。
「シズルちゃん…!」
だがその時、
ポケットに入っているモンスターボールが…
「!?」
激しく輝いた。
そしてボールが開き、
「え…!」
キラン!
マイは、その中に入り込んでしまった。
「な、何だぁ!?」
ドゴ〜〜〜ン!
「ぬおぁ!」
そしてもう一人も撃墜され、シンボラーの注意は再び、目の前の巨大な「的」に向けられた。
「…?」
ボールの中で、マイが目を覚ました。
…目の前に、シュバルゴの姿が見える。
「聞こえるかい?」
「…!?」
声が聞こえる。聞き覚えのある声だった。
「あなたは…さっきの…?」
「自己紹介がまだだったね。僕は進藤 裕二(しんどう ゆうじ)。このフュージョンボールの開発者だよ」
「え…で、でも、あなたは何も知らないって…」
「済まないね。少し君を試していた。君が何を考えているのか…君がどこまでも、諦めない心を持っているのかを」
眼下を見ると、今も何体ものポケモンが撃墜されている。
「助けたいかい?」
「え?」
「目の前にいる、人々を」
「…」
こくりと頷く。
「なら、目の前にいるシュバルゴと、融合するんだ」
「は…?融…合…?」
「<スタートアップ、エスカバリア>こう叫んで欲しい」
「え、エスカ…バリア?」
分からないことがありすぎる。
だが、目の前で撃墜される人々を、そして、シズルを助けられるかもしれない。
それだけで、マイは十分だった。
「…」
マイは、シュバルゴに腕を伸ばし…
「スタートアップ!<Escavalier!>」
キラ〜〜〜ン!
「お嬢様、お気を確かに…!」
「ん…」
目を覚ますシズル。その目には、
「!?」
サイコショックを打とうとする、シンボラーが見えた。
「…!?」
ギュ〜〜〜ン…
その瞳から、サイコショックが放たれる。
シズルは覚悟を決め、目を閉じた。
ガイ〜〜〜ン!
「…」
「ふんぬ…ぐ、ぐぐぐぐぐ…!」
「え…?」
目の前で、誰か…いや、何かが槍を構え、サイコショックを受け止めている。
シュバルゴ?いや、違う。
灰色の全身鎧。胴体部分は青色。兜の赤い飾り。
そして大きな二本の槍。確かにここまではシュバルゴだ。
だが、このシュバルゴは人間の足を持ち、さらに言葉もしゃべっている。
「ぬおりゃ〜〜〜〜〜!」
キィン!
サイコショックを弾き返す。
ドゴン…!
シンボラーに命中した。
「ひ、ひえぇ!すごい力!?」
そしてその声は、無二の親友。
「ま…」
「え?」
「マイちゃ〜ん!」
マイの声だった。
「シズルちゃん!…よかった…無事だったんだ…!…って、血が出てるよ!?」
「大丈夫。少しフラフラするだけです」
ホロロジウム軍事センターのモニターにも、その様子は映し出されていた。
「何だ何だ?」
「人間…?ポケモン…?」
その様子を見ていたカズマは、
「進藤君。うまくいったようだな」
と、声を上げた。
「全員に命令!」
「はい!」
「おそらくあの少女が、今回の勝利の鍵となる!あの少女を援護し、連携して打ち破るぞ!」
「了解!」
ホロロジウム軍事センターは、にわかに慌ただしくなってきた。
「聞こえるかい?小鳥遊さん」
通信が入る。ユウジの声だ。
「ん…進藤さん?」
「ユウジでいい。目の前に見えるあのポケモンは、エンプティ。
このままいくと、対岸に上陸される。そうなる前に、何としても凌いで欲しいんだ」
「で、でも、このままだと届かないよ」
シンボラーはある程度船に接近しているとはいえ、かなり高い位置を飛んでいる。
その時、目の前からバルジーナが降りてきた。
「そこで、このポケモンさ」
上にはユウジも乗っている。
「バルジーナ…」
「君の力があれば、きっとやつに勝てる。頑張ってくれ」
「…」
するとバルジーナに乗り、
「やってやるわよ。もちろん!」
上空に向かって飛んでいった。
「マイちゃん…!」
シズルは強く祈った。
「負けないで…!」
「はあああぁぁぁ!」
ギィン!
シンボラーを槍で突こうとするが、見えない壁に阻まれる。
「くっ!」
さらに白い斬撃が飛んできた。エアスラッシュだ。
「!?」
キィンキィン!
同じく見えない壁が、エアスラッシュを阻む。
「な、何?」
「援護します!」
ネイティオのひかりのかべだ。
「…はい!」
バルジーナを急降下させ、シンボラーの真下へ回り込む。
「聞こえるか?」
「!?…あなたは…確か…」
「俺だ。浦川だ。今見たところ、シンボラーは上部に壁の隙が見える。そこを狙うんだ!」
「壁の隙…分かりました」
再び急上昇。
「他の者は、あの少女に攻撃が及ばないよう、全力でフォローせよ!」
「了解!」
バルジーナが急上昇。それをシンボラーが捕捉。
そこへネイティオがシャドーボール。
キィン!
ひかりのかべでガードするシンボラー。すかさずエアスラッシュを放とうとするが、
キィン!
今度は背後から、エアームドがラスターカノンを撃つ。
シンボラーは苛立っている様子で、サイコショックをため始めた。
「今だっ!」
マイはバルジーナから飛び降り、槍を二本同時に突き出した。
「おぉりゃ〜〜〜!」
キィン…!
「やっぱり…さっきと感じが全然違う…ふん…ぐ!」
バリバリバリバリ…ゴォン!
ついにリフレクターが破れ、
ズシャ〜〜〜〜〜!
メガホーンが一閃。
そこへ大量のポケモンが一斉に攻撃を放つ。
スワンナのれいとうビーム、ネイティオのシャドーボール、エアームドのラスターカノン…
大量の攻撃を受けたシンボラーは、その場で静止した。
「うわぁ〜〜〜!」
そのまま落下していくマイ。
「マイちゃん!」
声を上げるシズル。
ゴウン!
マイは船の上に叩きつけられ…
「…」
「マイちゃん!しっかり!マイちゃん!」
「…」
ひょいっと、起きた。
「はぁ…死ぬかと思った…」
「ま、マイちゃん…」
「エンプティ・シンボラー。活動を停止している模様」
オペレーターが、目の前のモニターを見ながらそう言った。
「よし、なんとか上陸は防げたようだ」
「いえ、まだです。浦川先生」
ユウジの声が聞こえる。
「何?」
「奴の動きを完全に止める方法を、試さなければ」
「どういうことだ…」
一方その頃、その様子を、
「…」
グルースシティのセントラルタワーでじっと見つめる少女が。
「…」
その少女は、右手を開いてじっと構えた。
「邪魔…しないで…!」
TO BE CONTINUED…