第一部
練習試合-1
掲載話:「四足歩行という問題-1」「練習試合-1」




 朝が来た。ポケダン世界、二日目。窓を覗くと曇り空。すぐ近くに砂浜のある大通りがあった。ちらほらと見えるのは人影ならぬポケモンの影。相変わらずのポケモン達の世界だ。体もルクシオのまま。

 結局夢オチなんてことはなかった。いや、これから唐突に夢から覚めるという可能性もあり得るかな。

 起きた時点での心情はいまひとつなものだった。昨日はレンテ達に恥ずかしい所を見られてしまったな、とか、相変わらず見世物の世界なんじゃないか、とか。それにやはり気持ちが落ち着かないとはいえ、世界を救うという行為をしないという決断に若干の罪悪感は感じてしまう。まあ、まだ何も起こっていないから杞憂であることを願いたいんだけど。

 ここで考えれば考えるほど深みにはまっていく感覚に俺は気づく。こんなことを考えても仕方ない。こういう時はとりあえず、シャワーだ。なんとなくだが、人間の頃も気持ちの整理のためにシャワーを浴びていた覚えがある。ケラシアさんに浴びれる場所があるか聞いてみよう。



 ケラシアさんにシャワーの場所を聞くと、嬉しいことに宿内にあった。お風呂まであるらしい。「え? お風呂まであるんですか?」と聞くと「どちらも人間の皆さんの発案ですよ」とのこと。霧の大陸に降りた人間の方々、最高だな。



 ということで浴室(男性用と女性用に分かれていた。無論男湯)に来てシャワーを浴びたのだが…… 四足特有の問題に至る。

「やばい。体拭けない」

 頭にタオルを乗せ、水を滴らせながら、ロッカールームの前で俺は立ちすくんでいた。

 そう。体をブルブル震わせない限り、体の水気を取れない問題。一応前脚を手のように使って物(今回の場合はタオル)を持つことができるのだが、それでは後ろの方に届かない。えぇと…… 流石に(元)人間としての尊厳があるので体ブルブルは避けたい。けど、するのが常識なら、終わる。

 どうしよう、これ。ほとんど常識だろうし、聞くのもためらわれるし、何より近くにポケモンがいない。えぇ…… 体震わせるか? 震わせるのか、俺!? いや、他のポケモンが来るかもしれないし、もし拭いてもらうのが常識なら恥ずかしすぎて死ぬ。どうする? 俺、震えてみるか、ポケモンが来るのを待つか「あぁ、すみません。通ります」

 目の前から声がかかる。思わず上を向くと、声の元はルカリオ。格好いい。彼はもう一度俺に向けて話した。

「ちょっと通りたいんだけど、いいですか?」

 完全に一回目は聞けていなかっただけに俺はかなり焦って答えながら退く。

「あっ! すみません! すみません!」

 ごめんなさいね、と言いながらルカリオは俺の前を通る。その時だ。

「……ドライヤー苦手なんですかね? お拭きしましょうか?」

 救世主かと思った。やはり体ブルブルの選択肢はなかったようで、しなくてほっとした。

 そして、風呂場の壁に取り付けられた機械がドライヤーだというのには全然気づかなかった。



 おい。ポケモンの世界にも機械あるじゃん。どういうことだよ。



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「けど、まさか子供じゃあるまいし、体を拭かれるとは思わなかった。それに機械もあるとは思わなかった」

 木の実のソースのかかったカットオレンを食べながら、俺は少し不機嫌顔でレンテにそう呟いた。

「あぁ。詳しくは知らないけどドライヤーは『ねっぷう』っていうワザをため込んでおいてボタンを押すと一定時間少しずつ出してるって話だね。機械で温風を作ってるわけじゃないよ」

「いや、それほとんど機械っていう次元だから。絶対頭いい元人間が作ったろ」

「うん」

「やっぱりな」

 レンテの「当然だよ?」と言うような軽い「うん」に俺は答えた。

「それに大丈夫だよ。時々ドライヤーが苦手なポケモンはいるよ」

「でも少し恥ずかしいわ…… あぁ、辛い」

「でもなんだかんだでそのルカリオさん、コウさんだっけ、とは意気投合したんでしょ? 良かったじゃん」

「まぁそうだけどさ……」

 そう。そのルカリオのコウさんとは体を拭いてもらってる間にシャワーの良さやお互いの身の上話(元人間は流石にバラしていない)をして仲良くなった。なんだかんだで二枚目のポケモンと友達になれて嬉しいし、「探検に誘ってもらったら駆けつけるよ」とも言って下さった。でも、体拭いてもらって繋がる、って。このシチュエーション誰得だよ、本当に。結構恥ずかしい。



「まあそれは置いといてさ、今日まず行きたいところがあるの。ご飯食べたらすぐ付いてきてもらってもいい?」

「行きたいところ? まあ、いいけど」

「良かった! じゃあしばらくしたら宿の入り口前に集合で!」



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 レンテに連れてこられたのは町の中心部。そこには受付らしきカウンターとスタジアム(?)が二つ並んでいた。多分サッカー場のスタジアム並みの大きさだろう。それなりに大きい。その闘技場らしきものには壁にツタが張られていてどことなく「風車の町」と調和したもので目を奪われた。

 ひとまず俺はレンテに向けて聞いてみる。

「ここは、スタジアム……?」

「半分正解だね。ここが道場。出会ったときに話したけど、ここがダンジョン以外で唯一ワザの使えるところだよ。他のポケモンとバトルができるの」

「へぇ」

 すみません。出会ったときに言われてたの、今の説明聞くまで忘れてました。

「ここに来たってことは観戦? それとも、やっぱりバトル?」

「バトルだね。強くなってヴァースに勝ちたいんでしょ? まあそうじゃなくても私も強くなりたいからお手合わせ願いたいな」

 レンテは笑顔でそう答える。その笑顔、断るに断りきれない。そして彼女は「それに」と付け足し、こう述べた。

「それに、アスハの足輪。この使い方を把握していつでも発動できるようにしておいた方がいいと思う。その発動条件を見つけるのもこのバトルの意義」

「それは、確かにな」

 確かに足輪の発動は何が引き金だったのか、気になるし、知る必要がある。ダンジョン内の戦闘を有利に進められるし、何しろ以降ヴァースと戦う際、制御して勝ちたい。

「決まりだね! じゃあバトル場を借りてくるよ!」

 レンテは否応なしの勢いでカウンターへと走っていった。それはなんというか、無邪気な声で。おそらくどうしてもバトルしてみたかったのだろう。そう予想させるのに十分な、そんな口調だった。



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 そして、俺たちは歓声溢れるスタジアムに…… という訳ではなく隣にあった観客席のない仕切りの中の広場へと案内された。といっても広さは観客席がないから例のスタジアムには劣るもののサッカーのコート並みの広さだ。相変わらず仕切りにはツタが至る所に吊るされている。

「では、準備ができたら構えてください」

 審判らしきポケモン、アーマルドが入ってきた扉を閉めながらそう指示し、場内の審判のカウンターらしきところ(これは野球場のベンチみたいなところだ。一段下がっている)へと向かう。とりあえずレンテと俺は「よろしくお願いします」と挨拶する。

「すごくお洒落な闘技場だな。全然道場って感じじゃない」

「そうだね。町によって道場のデザインは結構違うらしいよ。といっても私は二つしか回ってないんだけどね。トニトルシアの道場は道場発祥だけあってかなりシンプルな場所だったなぁ」

「ちょっと待て。トニトルシアって地名? どこ?」

「風の大陸の伝説の舞台の町だよ。シグレとリナリヤのチームトニトルスの」

 あぁ。救助隊のポケモン広場か。って町の名前が英雄のチームの名前から名づけられてるって…… トニトルスもこそばゆいに違いない。ふと審判の方を見ると疑念の目で見つめている。「なんでこいつトニトルシア知らねぇの?」だろうか。少し恥ずかしい。まあ元人間だとバレてなさそうだから大丈夫だろうか。

「まあその話はあとで。ともかく始めよう。悪いけど、手加減なしでアスハを倒します」

 レンテが構えながら告げる。その動きの速さに少し苦笑しながら俺も構える。

「準備早すぎだろ。分かった。経験的にレンテの方が絶対上だろうけど、食らい付く」

 その姿を見受けただろう審判が声を出す。

「戦闘用意……」





「はじめッ!」

 レンテが俺に向かって走ってくる。相変わらずの恐れを感じない眼差し。出会ったときもそうだったし、流石だ。ただ、自分でも驚くくらいに俺は集中できていた。冷静に次を取る行動を判断できる。

 ともかく俺は「チャージビーム」を溜める。至近距離で迎え撃つ! 近づくレンテとの距離を俺は確かめながら口に電気を溜めた。



 近づくレンテとの距離を確認。「チャージビーム」はいつでも撃てる状態。レンテが撃とうとしているワザは「シェルブレード」か「れんぞくぎり」。至近距離になった時に「チャージビーム」で仕留める! およそ十メートル、今!!

 バチィッ! 短いビームを吐き出す。ところがそれはジャンプで避けられる。そしてレンテの後方に構えた二枚貝からは青白い光。これは、「シェルブレード」だ!

「ハァッ!!」

 レンテの掛け声に合わせた二振りを俺はバックステップを取る。青白い光の先が顔に当たる。

「ッツウッ……!」

 若干の痛みと電撃を当てられなかった悔しさに声が漏れる。

「口から電撃が見えたから『チャージビーム』が来るってすぐ分かった! もう少し隠して、アスハ!」

 レンテの忠言。ちょっと恥ずかしいが、まあそういうことなのだろう。どうやって隠す? 「チャージビーム」と「スパーク」のフェイク? いや、思い出した。あのワザは行けるかもしれない。


やふ ( 2018/02/14(水) 18:26 )