第一部
動かなければ、何も始まらない
掲載話:「パラム到着-3」「動かなければ、何も始まらない」「夜の思案」



「とりあえず鍵を閉めておきました。あと小声で話しましょうか」

 サクラビスがそう言いながらこちらへと向かってくる。

 宿の一室は人間の世界のホテルから電化製品を抜き取ったような感じだった。正直、『超ポケモン不思議のダンジョン』の方ではベッドが干し草だったのでそれを少なからず覚悟していたが、ふかふかなベッド。さらに木でできた棚や机などのインテリア、薄い黄色に塗られた壁などに優しい雰囲気がある。これまでのレンテへの嫉妬などによる自己不信を少し和らげでくれた。

「ともかく、お名前をお伺いしても大丈夫ですか?」

「アスハと言います」

「アスハ君ね。私はこの『黄昏時のそよ風』のオーナーのサクラビス、ケラシアと申します。よろしくお願いしますね」

「はい、よろしくお願いします」

 自分でも昼のような声の張りがないと感じた。もう少し張らなければ、と思うもやはりレンテに気づかれる。

「アスハ、少し元気ないよ? まさか一階でのこと、結構気にしてる?」

「そういう意味じゃないんだ。とりあえず、今は大丈夫」

「あぁ、ならいいんだけど…… それでケラシアさん、本題なんですけど」

 レンテは続ける。

「このことは内密にお願いしますね。そして驚かないでください。アスハは…… おそらく元ニンゲンです」

「え?」

 ケラシアさんの前に俺の素っ頓狂な反応が響く。え? そこバラしちゃうの? 自分への不信感を吹き飛ばすほどの衝撃発言に俺は口をあんぐり開けた。

「元ニンゲンですか……? なんとまあ。英雄様を泊めた宿として人気になっちゃいますね」

 フフフ、と笑うケラシアさんにレンテが突っ込む。

「ケラシアさん、結構反応薄いですね」

「いや、レンテさんが薄くしろと言ったんでしょう?」

 しばらく衝撃で反応ができなかったが、俺は小声でレンテに聞く。

「というかレンテ、なんでバラしちゃうの?」

「大丈夫。ケラシアさんは元人間を英雄視してる人々が集まった村の出身だから」

 いや。多分長い付き合いじゃないよね? 信じちゃうの? それ。レンテさん人柄良すぎです。ちょっと色々と心配です。まあ、バラしちゃうのと聞いてしまう俺も不用心だったけど。

「そうですね。この世界には英雄様を祭る村がちらほらあるんです。そのうちの一つで私は生まれました。ニンゲンの方々は我々の世界の救世主としてこの世界に来る。それが村の伝承です」

 ちょっと待て。膨張しすぎだ。俺たちは好きでこの世界を救いに来たわけじゃないんだ。ただ、今までの人間たちが凄いだけで…… 言わなければならない。申し訳ない内容だが。

「アスハさんはニンゲンの世界から来たんですね。ならば私は全力でサポートを「すみません。昔の元人間がしてるといっても、俺にはできません」

 話を遮った俺は続ける。

「俺は…… 元人間だとしてもこの世界を救おうとする気にはならないんですよ。俺にはそんな大層なことなんてできない」

「アスハ……」

 レンテの悲しげな声が聞こえる。期待をしていたのかもしれないけど、やっぱり何か心に引っかかるものがあるのだ。無理だ。

「昔のみんなが眩しすぎる人ばっかだったんですよ。確かに俺はゲームでそれを体験したりはしたけど、でもなんかダメなんです。なんというか、世界を救おうとすること自体が、怖い」

 そう。多分そういうこと。何か恐ろしいものなんだ。そういうのを引き受けることが。

「つまり世界を救うのに自信が持てないということなんですか?」

 俺は押し黙る。少し認めたくなかった。自信が持てないとか、自分が不甲斐なさ過ぎて。つまり、そういうことだ。

 ケラシアさんは少しの沈黙の後、続けた。

「アスハさん、よく聞いて下さい。これは村の意見なのですが、ニンゲンがこの世界に来る理由はこの世界を救うだけじゃないと我々は思うのです。というより、おそらくそれだけじゃありません」

「……ニンゲンへの恩賞、みたいなやつですか?」

 レンテの呟きにケラシアさんがこくりとうなずく。

「ニンゲンに対して、何らかの気づきや成長を与えてくれるんだと思うのです。むしろそれが本分なのではないか、と。これは私の妄想なのですが、この世界の大きな事件はニンゲンの気づきや成長のために起こっているようにも思えるのです」

 ケラシアさんは続ける。

「あなたの場合はきっと、自信。自信がもらえるはずだと思います。私たちはそれを全力でサポートしますし「やめてくれッ!」

 思わず大きな声で遮ってしまう俺。すぐに「小声で話そう」というくだりを思い出し、申し訳なくなる。

「ごめんなさい…… でも、その話は俺をとにかく世界を救わせようと強要されているみたいで落ち着かなくなる。強要されてどうにかなる気持ちじゃないんです。もう少し考えさせてほしい」

「……失礼しました。少し熱くなってしまいました」

「いいんです。ケラシアさんのせいじゃなくて、俺のわがままなんだから」

 ケラシアさんが謝るところを俺は取り消す。そこにレンテの声が響く。
 
「わがままじゃないよ。アスハだって、アスハなりに考えてくれてるんだから」



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「わがままじゃないよ。アスハだって、アスハなりに考えてくれてるんだから」

 レンテは少し目を逸らして言った。

「ごめん、アスハ。実はケラシアさんの意見を聞けば、少し世界を救うやる気が出てくれるんじゃないかって、企んでた。でもそれはなんというか、アスハにとって余計なお世話な考え方だったよね。ごめんなさい」

「い、いや、いいんだ」

 いきなりの発言に俺はたじろぎながら答える。薄々はレンテの思惑を予想できていた。ただ、これを隠さず言われてしまうなんて考えもしなかった。

 やっぱりレンテも俺には眩しすぎる。

「アスハは一流の探検家になりたいんだよね? その目標は、私も同じ。でもダンジョン探索は一人じゃ上手くいかない場所だって多いから。だからアスハ。あの場所で会えたのも何かの縁。私とチームを組んでください。アスハは今は使命のことなんて何も考えなくていいから。お願いします」

「へ?」

 レンテは頭を下げてそう願った。唐突すぎる勧誘にさらに俺は不意を突かれる。彼女はダメ?、と聞く。ただ、俺には積み重なったレンテへの嫌みなどと言った罪悪感のようなものが気持ちを沈み込めたまま押さえつけている心情だった。

「でも、俺には…… あんたとチームを組む資格はないよ」

 言葉がこぼれる。彼女はなぜ?、と問いかける。

「嫉妬しちゃうんだ。あんたの行動を見てると、俺にはないものばかり持ってて。そんな奴とチームを組んでも上手くいかないだけだ」

「それは違うよ。嫉妬とかも大切な感情だし悪くない。それでチームを組んで上手くいかなくても、また許し合ってやり直せばいいから」

「違う。そういう意味じゃない。それだけじゃない。俺なりにもレンテのことを考えてるんだ。俺とチームになって、あんたは楽しくやれるのか?」

「楽しさは確かに自然にできるものかもしれないけど、作るものでもあると思うから」

「俺はダンジョン探索に関して、強くないしそんなに優しくもないし……」

「アスハさ。それでもいいの! そこまでやりたくないなら、なんで宿に入る前にバトルの時に私の手助けができるようになりたい、って言ったのさ」

「うっ、それは……」

 なんであいつはそこまで俺に対する正論が言えるんだ。俺は絞るように声を発す。

「……確かに俺は一人じゃ何もできないと思ってる。だから俺は確かに戦闘でレンテと行動したいって言った。けど、怖いんだよ。俺みたいな奴が、そういうのを組んで誰かが不幸になるのが。分からないけどさ。過去に何があったのか分からないけどさ!」

「それが本音だね。でも恐れていて何もしないんじゃ何も変わらないから、動くしかないの」

「……そんなことを言っても、動くこと自体が怖いんだから仕方ないじゃないか。正論でなんとかできるもんじゃない」

 レンテは少し押し黙り、ゆっくりと口を開く。

「それでも、動けるところから少しずつ動かないと変化がないのは真理だよ。アスハ、一緒に記憶を探そう。アスハにとってはきついかもしれないけど。冒険をしながら記憶を取り戻すの。何が原因か分からないと、不安で押しつぶされちゃう」

 キツい言葉だ。世間はやはり、動かなくちゃ何も始まらないとうるさく言う。半分心の中で分かっているのが普通なのに。

 ただ、やっぱり俺は逃げているだけなのだろう。何らかの重圧で、過去から目を背けているんだ。それに、世界を救う責務だってそうだ。いや、それを聞いたから出来る気が出てきたわけじゃないのだが、少しずつ変わらないといけないんだ。

「そんなに言われたらやらざるを得ないじゃないか…… 確かに俺は変わりたい。そのためには過去を調べないといけない。そうなんだよな……」

 俺は一息呼吸を入れる。俺は、変わるんだ。

「こちらこそ俺とチームを組んでください。俺みたいな酷い奴で申し訳ないのですが、どうぞお願いします」

 レンテはそれを聞くと、笑顔を作ってこう言った。

「大歓迎だよ。こちらこそ至らぬところもあるかもしれませんが、お願いします」



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 夕食を食べる前に俺とレンテは今後の方針などをあらかた決めた。ケラシアさんの言った夕食の時間が来て一階に降りていく時には、宿に最初に入った時に若干大きな声を出してしまった理由で一階に降りた後の痛い視線が怖かった。しかし、幸いお客さんはほとんど帰っていた。なんとか痛い視線を感じずでホッとする。

 夕飯はかなり美味しかった。野菜と木の実ばかりだったけど。少し肉が恋しい。ただ、モモンとナナシの甘酸っぱいソースがかかったサラダ、辛いクラボの実などで作ったらしいスープカレー(よく見るルーの茶色いカレーではなく少し赤かったりする。辛い。)、これまたモモンを絞ったジュース等かなり料理にバリエーションがあった。辛かったけど美味かった。




 夕飯を食べ終わった後、レンテと別れて自部屋へと入る。電気を消した部屋の中で、特にやることもなくベッドに潜り込む。何か明日から暇つぶしできるものが欲しいな。

 それにしても、本当にポケダンの世界に来ちゃったんだな―― これで寝たら元の世界へ帰っているとか、どうなんだろうか。正直、世界を救うという使命から抜け出せる安心感とせっかく好きなポケダンの世界から追い出される肩すかし感と微妙な気分だ。

 この世界に俺が来た理由って何なんだろう―― やはり気になる。多分小さなことではないのだろうけど。いや、ゲームの救助隊ではキュウコンの祟りで来た人間もいるものだし、そういう類? そしたら嬉しくない。過去を知るのはやっぱり滅入ってしまう。動くしかないのだけれど。

 ただ、使命もこなしたくない俺みたいなやつがこの世界にいていいのだろうか。相変わらず不安になる。この世界にもしかしたら益を成さないかもしれない俺がいる意味があろうか。いや、この話はダメだ。俺は本能的に思案を止める。

 ただ、英雄を祭る村から来たというケラシアさんは「気づきや成長のために事件が起こる」と言っていた。その言葉からしたら俺は

 ただ、彼女のその言葉は的を射ている。ゲームとしてのポケダン、俺達を楽しませるために作られた世界とシナリオ。俺達人間からしたら、作られた世界――

 ただ、その世界の当事者になった以上、そんなことはあってたまるかと思う。もし本当に、そんな世界なんだったら、ここが見世物の世界なんだったら…… 俺は、見世物なんじゃないか?

 もしそうなら気に入らない。俺は作られた歯車によって運命を回されるんじゃない。俺は俺の意思で生きる。仮に俺を見世物にしているとして、神様のレールに沿って生きるなんて、ごめんだ。

 個人的に世界を救うなんてシナリオは、レールだ。気に入らない神様の作った正規ルート。そもそも俺は怖くて乗れないんだ。それに、乗れるとしても乗りたくない。

 とはいえ、それでポケダンの世界が滅亡するのもためらわれる―― ダメだ。分からない。結局、自分が進むべき方向は依然と一寸先も見えない霧に覆われているものだ。

 とにもかくにも、今考えても仕方ないことだ。今は寝よう。事態が起こり始めた時の状況に応じて考えよう。




 ただ、俺は作られた未来に乗るのはごめんだ。もしここが見世物の世界なんだったら、抗ってやる。





 今振り返ってみると、それはただ、自分の使命のできない理由を正当化しようとしただけだったのかもしれない。けど、ここで確かにこの世界に対する疑念が生まれた。以降、俺はこの疑念に向かい合い続けることになる。

やふ ( 2018/02/14(水) 18:21 )