第一部
パラム到着
掲載話:「パラム到着-1」「パラム到着-2」「パラム到着-3」前半



 オレンジに染まる地平、真上を見ると既に夜空が顔を覗かせていた。地面すれすれの夕日が海に伸びている。もうすぐ一日が終わる。

 夕暮れの小道を俺とレンテは歩いていた。木々の隙間から海がすぐ近くに見える。一定の間隔を刻む波の音が俺達を包み込んでいた。なんだかんだで「うみかぜの吹く林」から一時間以上は歩いた。その分、目標となる町「パラムタウン」はどうやら目前まで迫っているようだ。あともう少し。俺は気を奮い起こす。

「秋は日が短いね。これはパラムに着いたらすぐに宿入りかな」

 レンテが語りかける。宿入り、レンテはパラムに定住しているわけではないのだろう。いや、それよりもだ。

「むっちゃ寒い。宿探したりするんだったら結構辛いな」

「大丈夫大丈夫。宿は私が使ってるところ、もう一部屋確実に空いてると思うから。それにしても寒いね」

 レンテは俺にそう言いながら笑いかける。気恥ずかしくて俺は笑えない。

「そうそう。かなり重要な話があるんだった」

 レンテは不意にそう話す。

「重要な話?」

「うん。重要な話」

 レンテは歩を止めて俺の方を向いてこう言った。



「アスハ。ここからあなたがニンゲンだったということは秘密でお願い。危険かもしれないから」

「危険?」

「そう。言いづらいけど、この世界でニンゲンが来た時は必ず大きな事件が起こっている話。ここからニンゲンに反感を持っているポケモンが少なからずいるの。もしかしたら町を追い出されるかもしれない」

 確かに、俺たち人間はこの世界にとって事件の種だろう。何かしらの世界の意思があって人間はこの世界に来ているんだ。多分、俺も。と言っても俺はそんなの、思い切り無視するのだが。

「分かった。と言っても俺もあくまでただのポケモンの探検家としてこの世界にいたいからさ。全然バラす気はないから安心してほしい」

「了解。あなたは記憶喪失の探検家ということでよろしくね」

「記憶喪失までならまだセーフなのか。まあ、了解」

 オーケーオーケー。レンテは笑いながらそう答えると、また歩き始めた。




 いやはや、冷えてきた。先ほどの会話から十分くらい歩いただろうか。景色に変化が有ったのはその辺りだ。

 風車のてっぺんが見えてくる。徐々に地面から夕陽に照らされたオレンジの建物が浮かび上がってきた。

 下り坂の手前で俺は立ち止まった。夕陽の前にどでかい風車がシルエット上に移り込んでいる。オレンジ色に少し染められたクリーム色の建物の群が眼前に広がっている。そして、今立っている道から真っすぐと続く町の道路にはたくさんの人影(ポケ影?)が見える。

 到着した。ポケモン達の街に。レンテは振り返ってこう言った。

「ようこそ。風車の町、私たちの拠点パラムへ」



----------



 俺たちは今、パラムタウンの大通りのような場所を歩いている。

 夕暮れ時の町は移動するポケモンたちで賑わっている。うわあ。カクレオンの店見つけた。他にも色々なポケモンが店を開いているようだ。すれ違うポケモンはムクバード、コジョフー、ニダンギル。ルリリやリオルなど子供が走り去っていく。おっルカリオだ。格好いい。ハハコモリとカゲボウズの二人が俺たちの方を見て、あらあら、と言った。もしかして勘違いされてる? やめろ! 俺とレンテはそういう関係じゃないから! それにしても、なんかべタな言葉だけど、本当にポケモンの世界に来ちゃったんだな。

 ひとまず俺は奥さん方(?)にあらあら、と言われた恥ずかしさを紛らわすためにレンテに向かって話す。

「今日の探索だけどさ。もう少し俺もうまく戦えたよな」

「えっ? 上出来だと思ったけど」

「アレじゃダメなんだ。レンテを主軸に戦ってるんじゃ。もっと強くなりたいって思ったし…… 足輪なしで勝ってやりたい」

 レンテは少しの間押し黙る。そして答えた。

「……うん。そうだね。私だって押されたのは悔しい。お互い経験を積まなくちゃ」

 彼女もそれはもちろん、思うところがあったらしい。少しうつむきげに答えた。

「……アイツもここにいるのかな」

「うん。多分ここか郊外に住んでいるんだと思う」

 やっぱりそうだよな、と俺は思う。すなわち、リベンジのチャンスはかなりあるということだ。いや、負けたのはヴァースの方だから、彼自体が申し込む可能性すらある。足輪なしで勝つためにも、もっと強くならなければいけない。この気持ちはきっと本物だ。

「ところで、皆帰ってるのか? この時間帯にはほとんど帰っちゃうものなの?」

「うん、そうだね。帰るポケモンがほとんどかな。夏とかだと夜も賑わってることが多いけど、今の時期は寒いから夜は専ら家だね」

「まあ、この世界で夜に開いてる店なんてあまり想像つかないし、納得かも」

「夜にも一部の飲食店はやってるけどね。まあそこに行く以外はないだろうな。ダンジョンなんて灯りもないし」

 飲食店はあるのか。嬉しい誤算。

「はぁー。なるほど。飲食店とか色々試してみたいな」

「いずれ少しずつ回ろうね。まあ、これから行く宿のママさんの料理もきっと満足できると思うよ」

 あれ? でも思い出すとポケダンの世界のご飯って、木の実を盛り合わせただけだった気がしないでもない。店巡りはまさか全部同じ味? 危ないのかコレ。危ないのかコレ?

「でも、料理って木の実を盛り合わせただけとかないよな」

「うん。それは昔のことだね。でも、あるニンゲンが料理をこの世界に持ち込んだらしくて。霧の大陸から少しずつ調理が広まったという話。今も盛り合わせは主流だけど、煮込んだりすりつぶしたりするものとかもあるよ」

「へぇ」

 おおよそ霧の大陸の伝説、マグナゲートの話の時期だろう。うへぇ。昔の人間の皆さん、頑張りすぎです。



 ここでレンテは歩みを止め、俺の方に颯爽と向いてから、言葉を発した。

「さて、とりあえず着いたよ。ここが私たちの宿、『黄昏時のそよ風』です」

 疲れた。ようやく着いたのか。我ながら頑張ったなぁ、と何とも言えない達成感が俺を包んだ。この建物が宿屋の『黄昏時のそよ風』……



 ん?



 薄いオレンジの塗装が他と一線を画している建物がそびえていた。看板には確かに『黄昏時のそよ風』という文字が。えぇと。その。なんだか。すごく。



「ネームセンスとかが、すごく不安なんだけど」

 言ってしまった。うん。建物のデザインは大丈夫なんだけど、『黄昏時のそよ風』ってなんか双方の言葉のイメージが違いすぎるよ。俺はそういう文学とか得意じゃないけど。

「アハハ。私も最初はそう思ったよ。経営苦しいんだろうなぁって思って入ってみたんだけど、ネームセンス以外はすごくいいところだよ。料理はおいしいし、気配りはいいし…… 一応常連さんもいるんだよ?」

「へ、へぇ。」

 レンテさん、経営苦しいだろうからこの宿に入ったって…… まあ、レンテの人柄から一応大丈夫だとは思うけど、宿名。かなり困惑。



 一陣の寒風がパラムの街を通り過ぎる。凍てつくほどの秋の風。寒いしとりあえず入ろうか、とひとまず俺達は宿へと入ることにした。



----------



 宿に入ると、そこはカウンターとテーブルの並んだレストランのような部屋となっていた。お会計場所のようなカウンターの近くの壁は白く、レストランスペースの壁にはオレンジ色がまんべんなく塗られている。みかんの色と言う表現がぴったりだろう。どことなくフレッシュな気配が漂う。

 入ったところを迎え入れたのはサクラビスだった。フワフワ浮いている。





 ん?





「え…… 浮いてるッ!?」


 サクラビスって完全に海で泳いでるポケモンじゃなかったけ? ついでに地面に足ついてなくて浮いてるし!! 絶対『ふゆう』持ちじゃないよね、このポケモン!

「え? 浮いてるって、普通のことですよ? と思えばレンテさん、お帰りなさい。お疲れ様です」

 普通のことなの!? 今更ながらレストランにまばらにいるポケモンの目線が痛い。俺の顔、間違いなく赤くなっているだろうか。

「い…… いきなり申し訳ないです。俺、記憶がごっそり抜けてるらしくて」

「ケラシアさん、ただいまです。いきなりごめんなさい。そうなんです。彼、記憶喪失で倒れてて…… まだ部屋空いてますよね? とりあえずそちらで詳しい話をさせて頂いてもいいですか?」

「え、えぇ。とりあえず移動しましょう」

 ぺこりとお辞儀をするとサクラビスはお会計場所の隣の階段を昇って行った。浮遊しながら。俺も突き刺さる視線の数々から逃げるように、素早く階段を上った。皆さんご迷惑をおかけしました。上がってこないでくださいね、とレンテが話しているのが聞こえる。「ご迷惑をおかけしました」と何故言わなかった、自分。レンテに対する申し訳なさが、そして自分の不甲斐なさが、なんとも寂しい気持ちを自分にもたらした。同時に、レンテのその正しい態度に対する嫉妬が、これまでのレンテへの思いも含めて、一層その自分への寂しさを増長させた。


やふ ( 2018/02/14(水) 18:18 )