うみかぜの吹く林-2
掲載話:「秘められし力」「うみかぜの吹く林-3」
せめて、あと一撃でも与えられる力を――
そう願った俺の後ろ右脚の足輪は突然、光りだした。
力がみなぎる。不思議なことに重かった瀕死寸前の体は、何事もなかったかのような軽さになっていた。いや、それどころじゃない。確実にダメージを受けていない体をも超えるほど軽い。
俺はゆっくりと立ち上がる。神様の奇跡か伝説幻のポケモンの加護か知らないが、一撃でも与えられる力を足輪は俺にくれたようだ。都合のいい話だ。でも、とりあえず勝つためならとにかく今叩くしかない。
「うおおぉぉぉっ!!」
俺は溢れる力を「チャージビーム」としてサンドパンに放つ。そして、そのチャージビームを追う勢いでサンドパンに向けて突進した。
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度重なるサンドパンの斬撃を受け止めながらも、少しずつひっかきが当たる感覚。痛み。正直、勝てるビジョンが見出せない。少しは攻撃を当てられるけど、そろそろ集中力も切れてきたしこれ以上は当てられないかもしれない。負けるかもしれない。アスハもギリギリ瀕死にはならなかったものの、動けないようだ。
でも、今回はアスハという連れて行かねばならない仲間がいるんだ。諦めたくない。復活の種をすべて使ってゴリ押ししてでも、勝ちたい。そんな諦めと執念が混じり合った複雑な気持ちを横に私は戦っていた。
そんな戦局を変える出来事が起こる。アスハの足元が輝きだした。あれは…… 足輪が付いていた場所? 私は後方に跳び、息を整える。サンドパンは追撃してこない。あれほど長い剣戟だったんだ。追撃するのはさすがにサンドパンにとっても負担なのだろう。
アスハがゆっくりと立ち上がるのが横目に見える。あれほどダメージを受けていただろうに動けるなんて、おそらくあの足輪の効果? あの足輪、強力すぎる。やっぱり何かのカギを握っているような気がしてならない。
「アスハ……!」
私は荒い息の中、彼の名前を呟く。サンドパンもそれに気づき、アスハの方を見て、愕然とした様子を浮かべる。そして、アスハには何か白い陽炎のようなオーラが見える気がした。強者が持つ雰囲気。それはサンドパンをも凌ぐほどの――
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「アスハ……!」
フタチマルの呟きで、倒したと思われるルクシオに顔を向ける。驚くことに、そいつは何事もなかったかのように立ち上がっていた。しかも、雰囲気が今までと違う。上手く言えないが、神聖なオーラ。目も陽炎が揺らめくような白い光が備わっている。これはおかしい。勝てないかもしれないぞ、という危機感を感じた。
「うおおぉぉぉっ!!」
ルクシオは雄たけびを上げながら電気の遠距離技を繰り出す。電気ワザは地面タイプの俺には効かない…… はずだがこれまた「避けなきゃまずい」という危機感が現れる。咄嗟に避けようとするも避けきれず、当たる。
おかしいダメージだった。そもそも地面タイプが電気ワザにダメージを受ける時点でおかしいが、その威力。見た目と全然違う。フタチマルのシェルブレードで受けたダメージも蓄積して、おそらくあと一撃受けるとやられる。そう確信できる。
気が付くとルクシオは電撃を纏いながら突進してきていた。すぐ近くだ。まずい。俺は咄嗟に「あなをほる」
ルクシオがいると予想される場所まで進んで、なるべく素早く地面から飛び出す。それはルクシオに確かに当たった。しかし、先ほどのように瀕死寸前まで持っていくことはできなかった。耐久力が前と全然違う? 何故なんだ。
ルクシオは着地した直後に遠距離の電気ワザを仕掛ける。避けられない。負けたのか――
迫りくる光線を見ながら俺は彼らを敵にしたことを後悔した。直後その電気ワザは俺に着弾した。
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サンドパンを倒すまでが記憶にあまり残っていない。多分、今までにないというくらい俺は集中していた。
体が軽いだけじゃなく、次にすべき動きが頭にあって、さらにすぐに動けるという感覚。スポーツにおける「ゾーン」ってこんな感じなのかな。それが戦う間、ずっと続いているようなものだった。体力が一気に吹き返したといい、この足輪、強すぎる。
サンドパンを倒した直後、体が一気に重くなった感覚に陥る。なんというか、体力が半分くらい削られている感覚だ。そういう自分のHPのようなものも感覚的に感じることができるポケモンって、凄すぎ。
「……体の調子とか、大丈夫?」
レンテが近づきながら話しかけてきた。
「あぁ。多分体力の半分くらい消耗してるけど」
「良かったぁー」
レンテは胸をなでおろす。そして話をつづける。
「ごめん。あの状況、心配させたよね。あそこでチャージビームを撃ってくれてありがとう」
「問題ない」
レンテはオレンの実を手渡しながら続ける。
「アスハの足輪が発動しなければ私、負けてた。本当にありがとう」
俺はそのオレンの実を貰って、答える。ただ、やっぱり、なんというか素直に受け取ることはできなかった。
「俺が好きで発動したわけでもないし、別に礼を言われるほどじゃないよ」
「でも、これを発動させたのは紛れもなくあなただよ。礼を言われるべきだと思うよ」
そんなこと言われても…… やはり素直に受け取ることができなかった。俺は続ける。
「そんなことよりさ、このサンドパン、どうする? ジバコイルの警察官にでも突き出すの?」
倒れているサンドパンの顔色が曇るのが見えた。やっぱり嫌か。
「やだなぁ。面白い冗談だね。今の警察官はコイル種だけじゃないよ」
「うるせえ。俺が知ってる世界は四百年前の世界なの」
レンテはフフフッと笑った後、少し真剣な表情で続ける。
「まあそれは置いといて、私は警察には突き出したくない。お願い。サンドパンに対しては私に任せてもらいたい」
その言葉は意外だった。かなり正義感が強いとは思っていたのだが。
「……まあいいけど」
「ありがとう」
レンテはサンドパンに向けて歩み寄る。そしてこう聞いた。
「あなたの名前は?」
「……ヴァース」
「ヴァースさん。あなたは冒険者を倒して所持品を奪おうとしていたで合っていますか?」
「あぁ。合っているよ」
「なんでそんなことを?」
「友人のためって言ったら信じるか? 詳しくは言う気はないが」
友人のため、って正直俺は納得しがたいものだった。そもそも具体的じゃない。何かを隠そうとしている気がしてならない。ところがレンテは信じた。
「分かりました。と言っても今のは重要でも何でもないんだけどね。私が一番聞きたいことです。今後はやらないと約束できますか?」
サンドパンのヴァースは驚きの表情を浮かべた。そのすぐ後に、若干の苦笑いを浮かべた。
「いやいや。そんなこと言って今後もやりますって言う奴いるのか? それで見逃すんだったら嘘つかれるぞ」
レンテは少し口調を強くして語る。
「信じたいんです、みんなを。お願いします。守ってください」
「……」
ヴァースは少し沈黙して、こう言った。
「大層な志だ。まあ根っから悪ってわけでもないからな。分かった」
俺は若干そのヴァースの受け答えに嫌悪を抱く。ひねくれた奴だ。最も、俺が言えることじゃないかもしれないが。それを気にしないレンテは凄いと思うが……
レンテはバッグよりバッジだろうか? それを取り出してヴァースにかざす。
「俺が言うことじゃないかもしれないがその信念、折るなよ」
ヴァースはそんな言葉を語りながら、周囲の光とともに消えた。(ゲームのテレポートみたいな感じだ。)
俺はその行動を素直には受け取れなかった。あの行動は完全に人格者のものだ。素晴らしい。素晴らしいと思うけど…… 甘すぎるし、出来すぎている。やっぱり見えを気にしているんじゃないかとか疑ってしまう。言えないけど。そんなのデリカシー的に言えないけど。
「なあ、本当にあんたは世界中の全員が、悪いことをしなくなるって信じられるのか?」
不意に俺の口からそんな言葉が漏れる。分かってる。これは嫌みだ。ここまで世話になってるのにこんなのを言う俺は不届き者だろう。
レンテは少し悲しげな表情を浮かべる。そして俺に背を向けて、ダンジョンの出口へゆっくり歩きながらこう言った。
「信じたいんだよ。出来る出来ないの問題じゃない。でも、そう信じないと、きっとそんな世界にはならないから」
「……そうか。変なこと聞いて、ごめん」
きっと正しい。その言葉は正しい。けど、なんでこんなに素直に受け取ることができないんだ。
気まずい雰囲気が若干申し訳なくて、俺は話を濁した。
「まあ、レンテのやり方は良かったと思う。とりあえず、パラムタウンに進もう」
「あぁ、そうだね。パラムタウンに行こう」