うみかぜの吹く林-1
掲載話:「うみかぜの吹く林-1」「うみかぜの吹く林-2」
なんだかんだであの緊迫した会話から先はニンゲンの世界に触れる話は一切なく、この世界について会話が続いた。
大体「ポケモン不思議のダンジョン」を知っていれば、なじみ深い話だ。この世界では五つの大陸といくつかの諸島が存在する。大陸の名前は、風の大陸、草の大陸、霧の大陸、水の大陸、砂の大陸。名前は誰が決めたのかは分からないらしいけど、とりあえず手抜きだなぁとか思っておく。まあとにかく、これは超ポケダンの設定に同じだから「ほほーん」程度で俺は解釈を終えた。実際に言ったら失礼だし、言ってないけど。
そして、これは重要だ。この世界では確かに「ダンジョン」というものが存在する。が、その実態は実際のポケダンとは違って、いつもダンジョン内の道は変わらないらしい。ゲーム版ではいつもダンジョンの構造が変わったり、何故かいつも同じ無機質な階段が存在してるけど、「ポケモン不思議のダンジョン」の「不思議の」が抜けた感じなんだな…… と思う。いや、アイテムや敵・モンスターハウス・罠は健在らしいので「不思議の」は入るだろうか。
さて、面倒くさい勉強パートは以上。何せよ丸太の上側を平らに磨いたようなベンチと見覚えのある金庫のようなものがあるからだ。ダークブラウンにところどころ落ち着いた金のラインがあり、正面の金色の歯車が印象的な箱。
レンテは俺に語る。
「これから私たちは『うみかぜの吹く林』というダンジョンに入ります。レンテはダンジョンは初めて?」
「あぁ、初めて」
ゲームでは飽きるほどやってきたけど。リアルな体験では初めてだ。なかなか楽しみだけど、やっぱり若干不安はある。HPとか絶対見れないんだろうなぁ。自分の体にダメージが来るんだろうなぁ。
「じゃあ念のため説明するね。あの箱は」
「預かりボックスってやつ? 人間の世界のゲームで瓜二つのものがあったから」
「あぁ、知ってるんだね。それなら話が早いね。念のため説明すると絶対失いたくないポケとか道具とかを保管するための金庫ですね」
「ダンジョンで倒れたら道具やお金を根こそぎ盗られるのはやっぱ同じか」
「うん。何故か消えちゃうんだよね。ダンジョンのモンスターは幻影とされてるのに、誰が盗っていくんだろう」
ん? ダンジョン内の敵は幻? 初耳な事象がこんなところにも。レンテが続ける。
「まあダンジョンは謎が多いったら多いし、もはや神のみぞ知るなので気にしない。とりあえず、オレンと復活の種と、色々準備しておくから待ってて」
と、レンテはその預かりボックスへと歩いて行った。俺は傍らのベンチへ……
四足歩行だから座れなかったッ……! 座る姿勢は自然にできる。完全に犬のお座りのポーズ。うわあ、肝心の座る作業が慣れるまで大変だよ。しかもこれをベンチとか座席の上でやって、いいのかなぁ?
それにしても、ゲームのダンジョン中間地点で預かりボックスなどはよく見る光景だが、ベンチ。お前は違う。ただ、ダンジョン前の休憩所となっているこの環境は、確かに預かりボックスやガルーラ像(DS版のポケダンでは預かりボックスの代わりに置かれていた)だけぽつんと置いてあるより良心的だろう。ゲームから四百年後の世界のようだが、なるほど。色々と世界に変化が有るのかも。
「お待たせ。ってベンチに座ってればいいのに」
へ? 座ってればいいのにって、どうやって座るんだよコレ。
「いや、二足歩行の人間からしたらこの座り方は違和感あるし、そもそもベンチに腰掛ける意味が分からない」
「あぁ、普通にベンチの上にそうやって座ればいいよ」
あ、普通にベンチの上に犬のお座りポーズ。土足で上がっちゃっていいのね。まあいいや。人間の価値観とポケモンの価値観は結構違うらしい。
俺は立ち上がる。レンテは群青のバッグの中身を俺に見せた。
「座り方はあとで話すとして、中身について教えておくね。リンゴ、オレン、ピーピーエイダー、復活の種、あなぬけの玉、ダンジョンの地図。この辺りが最低限必要なアイテムかな。これに、あつまれ玉としのぎの枝を入れておきました」
「ダンジョンの地図? って、あぁ。ダンジョンは自動生成じゃなかったな」
「自動生成ってどういう意味か分からないけど…… ダンジョンはいつも同じ地形だよ」
「なるほど。まあとにかくオレンとか復活とか、量もちょうどいいと思う。ありがとう、レンテ」
「いやいや」
俺の褒めに対し、レンテは少し照れ臭そうに笑った。結構素直な奴なんだろうか。もしそうだとしたら、素直なお礼ではなかったことが心苦しい。
彼女は続ける。
「とりあえず行こう。敵はあくまで幻だから、遠慮せずにね。準備はいい?」
「あぁ。大丈夫」
俺たちはダンジョンの入口へと進んだ。
さて、ダンジョンに入ったところでいきなりポケモンが現れた。開幕早々、横の木々の間から、ナゾノクサだ。まだこちらには気づいてない様子。
「アスハ、ワザ行ける?」
レンテが小声で、早い口調で問う。ついでにナゾノクサはこちらに気づき、走ってくる。
「おうよ!」
やるしかない。まだ遠距離だから、口にエネルギーを溜めて、溜めに溜めて、じゅうでんからの単発のチャージビーム―― 稲妻を纏った光線が突き進む。
ナゾノクサは避ける間もなくビームに当たる。も、あまりスピードを落とさずこちらに向かってくる。効果はいま一つだからまあ仕方ないだろう。
ただ、俺には少し体が温まったように、エネルギーを溜めやすくなったように感じた。チャージビームの効果、特攻アップ。こんな感覚なのか。寒い日によさげだ。
なんて言ってる場合じゃないけど―― 俺は全身から電気を溢れ出させる。そのまま突進でスパークだ。
ナゾノクサはよろめきながらも走るのを止めた。ただ、距離は近い。当てる。そのまま俺は突進して、
スカッ!
ナゾノクサの右への咄嗟のバックステップ。避けられた! そう思った瞬間に鋭い痛みが俺を襲う。緑の鞭のようなものが視線にちらつく。
つるのムチを撃たれたようだが、ダメージは少ないのか体に不調は感じない。そのまま、ナゾノクサの方に俺は向きを変える。
その瞬間、ナゾノクサに二つの斬撃が襲った。レンテだ。ナゾノクサは吹き飛ばされ、地面を転がると、そのまま静かに消えた。
勝負あった。ともあれ、うへぇ。やっぱりリアルなポケダンの世界に来てしまった。やっぱりあんな感じに転がってもらっちゃうと良心が痛む。凄く自然に消えたけど、ダンジョンで倒れるとあんな感じに消えるのか……
「お疲れ」
「ナイス、レンテ」
「ありがとう。アスハ、初めての割にはすごくよく動けてたよ」
「ありがとう。レンテのあのワザは?」
「れんぞくぎり。アスハが敵の気を逸らしてくれてやりやすかった。けど、あそこは電気ワザ以外で行こう? タイプ相性大丈夫だよね?」
れんぞくぎり。虫タイプだったっけ。まあいいや。今は気にしない。
「タイプ相性は分かってるけど、やっぱメインの電気ワザを撃ちたい気分なの」
「まあ勝てたからオッケーだけど、いまひとつのワザは避けてダメージが少ない方がいいよ。ダメージが辛くなってきたら言ってね? オレン渡すから」
「了解」
軽いミーティングを終えて俺たちは先に進む。
それにしても、ポケモンの体力はすさまじい。かなり激しい運動だった気がするが、息切れなどは全くなかった。レンテには申し訳ないけど、一段と人間に戻る理由が少なくなってしまった。
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初戦以降、順調なペースで散策できている。バトルの方も目立ったダメージは受けていない。ぼちぼちアイテムも拾いつつ敵を倒しつつで、現実のダンジョン探索にも慣れつつある次第だ。ただ、ダンジョン探索、疲れる。戦闘の集中オンオフの切り替えがなかなかキツい。気を抜いてるとやられちゃうから仕方のないものだが。
「もう少しで出口だよ。二人だと捗るからいいね」
「いや、結構戦闘のオンオフが疲れるな。少しダンジョン探索、ナメてた」
「確かに最初は私もキツかったな。けど、これはバトルに慣れて少しでも自然にワザを出せるようになるしかないからね。街に到着したら訓練所でバトルの練習だね」
なるほど。格ゲーとかスポーツとかでのプレイ慣れと同じ感覚のことだろう。確かにある行動をそれなりに練習すれば、意識せずともある程度できるようになるものだ。
「……アスハ」
レンテの呼びかけに俺はうなずく。即座に俺は単発の「チャージビーム」を放つとともに真っすぐに走った。
敵のチュリネはチャージビームを避けられず当たった。そこにすかさず俺は「かみつく」。そこに後ろからついてきたレンテの「れんぞくぎり」を当てる。効果抜群の攻撃にチュリネは倒れる。
「ナイス、レンテ」
「こちらこそ、ナイス切り込み」
こんな感じでレンテの「れんぞくぎり」を主軸として敵を順調に突破できている。戦闘も慣れてきたし、なんだかんだで「かみつく」も躊躇なく使えるようになってきた。少し越えてはいけない一線を越えてしまった気がするが、気のせいだろう。
何回か敵を倒しながら進むと小高い丘にたどり着く。丘を登ると眼前の林の奥に、入り江と町らしきものが見えた。風車がそのそばでたくさん回っている。それに小鳥のさえずりが聞こえる。ようやく余裕ができたところで、ダンジョンの中とは思えないほどのどかさに気づいた。
ダンジョンの中の絶景。そう呼んでもいい光景だ。俺はこういうものを見てみたいんだ。世界のダンジョンを廻って、本当にしたいこと。
「見えてきたね。あれがパラム。私たちが目指してる町。そして、ここ風の大陸の中でも一番の港町だよ」
「へぇ」
なんか見たことがある町だな、と思えば『超ポケモン不思議のダンジョン』にあった町だ。景観も全く変化のないまま、その風車の町は入り江の傍らにたたずんでいる。
「この丘を下ればダンジョンも終わり。もうひと頑張りだね」
レンテの言葉に俺はうなずく。やっと探索終了か。結構くたびれたなぁ。
ガサガサガサッ
と安心しきっているところで林中を何かが移動する物音が響く。まだ敵は来るのか…… と思うが何かがおかしい。
ダンジョンの敵はこんなに速く走ってこない。すでに発見されてる? まさか――
「ハァァァァッ!!」
間一髪のバックステップで俺はその「きりさく」を避ける。攻撃と声の元は、サンドパンだ。っていうかよく避けられたな今の。戦闘慣れしすぎだ、この体。
「なあレンテ。野盗かなんかだと思うけど、ここらで冒険一回目で出くわすものなの?」
「いや、珍しいパターンだね。敵の方が若干格上だけど、戦える?」
レンテはやる気満々の様子だ。彼女、最初に会ったとき俺を野盗と勘違いしてたみたいだし、正義感が強いらしい。
「パラムを目前にしてまであなぬけ使う気にもなれないな。リスクがあるのかもしれないけど、やるぞ」
多少疲れているし、タイプ相性も俺から見たらじめんなんて最悪だ。それとなくそのサンドパンにはややオーラが感じられる。これがレベル差だろうか。けど、ここまで疲れたのにダンジョンの入口まで戻るというのはとても面倒だ。
「……容赦はしない」
サンドパンはそう口にしながら俺に向けて切りかかる。来る――
敵は地面タイプ。電気ワザは効かない以上、避けた後に「たいあたり」で対抗する! 俺はバックステップを構えた。サンドパンが俺の目の前まで駆けてきた。タイミングが重要だ。俺はサンドパンの掲げる右手を注視する。
振り始めた!
俺は後方へと跳ぶ。
「きりさく」を避けるのに成功した。ただ、「たいあたり」を繰り出そうとするがそれはまたまた間一髪で止めざるを得なかった。
彼は「きりさく」と同時に一気に百八十度向きを変えた。サンドパンの後ろのトゲにかみつくのは躊躇われた。
サンドパンは向きを変えた直後に、レンテに向かって「スピードスター」を放つ。「きりさく」はフェイクか! 狙いは最初からレンテだった可能性が高い。レンテの方は完全に不意を突かれたようだ。
「嘘!? くうッ!」
「レンテ!」
「スピードスター」はレンテにもれなく当たる。追尾式の必中技。レンテに衝突しては煙へと姿を変えていく。
そこで、レンテの方を見ていた俺は何かの危機感にハッとする。その時には遅かった。
「邪魔だ!」
サンドパンの周囲を薙ぐような爪の攻撃は俺にクリーンヒットした。俺は数メートル転がる。
「ぐうッ!」
呻きながらも俺は体勢を立て直す。そのタイミングでスピードスターだった煙から飛び出したレンテが声を上げながら二対の「シェルブレード」を振るう。
三、四撃は当たるもサンドパンはエネルギーを込めたような爪で応戦する。レンテはシェルブレードを振るいながら話す。
「どうして、それだけ強いのに野盗のような真似をするんですか! 探検家などでも食べていけるでしょう!」
「世の中綺麗事で済ませられることばかりじゃないんだよ」
「なら私はその理由が知りたいです! なんで他のポケモンを襲ってまで!」
「お前が分かるようなものでもないし、お前に話す筋合いなんてない」
「訳が分からないです。それじゃただの悪党ですよ!」
「あぁ、悪党だよ俺は。そうとでも、呼べ!」
話ながらの剣戟も少しずつだが、レンテが押されている。若干サンドパンの攻撃がレンテに当たっているようだ。このままだとやられる。何かしなければ――
俺は「チャージビーム」をサンドパンに放つ。効果はない。けど、とにかく剣戟を止めるために注意を逸らさせる。
「おいおい。俺も混ぜろって」
変な挑発文句まで放つ。うん、我ながら残念な挑発だ。これは死んだな、俺。
「……いい売り文句だな。まずはルクシオから潰す」
全然良くないんだけどね。
サンドパンは俺に向けて走り出す。文句は置いといて、今度こそカウンターで体当たりとかみつくを狙う。
注視して距離を測る。あと少し…… って地面に潜った!? 「あなをほる」か。これはタイプ的に不味い。とにかく俺は立っている地点から早急に走り出す。
ズガァァン
俺が立っていた位置から勢いよくサンドパンが飛び出す。やはり動いて正解だった。
「うおぉぉぉっ!!」
即座に着地の瞬間に「かみつく」をかまそうと俺は走り出す。着地の瞬間の俺の「かみつく」は無事に当たった。
そこまでは良かったんだが、これは詰んだ。至近距離で「あなをほる」を使われたんだ。すぐに俺はその場から去ろうとするも
ズガァァン
健闘空しく俺は「あなをほる」の直撃で宙を舞う。本家のいりょく80。さすがの威力にさらに効果抜群だ。俺は地面に叩きつけられる。
「アスハ!!」
レンテの叫ぶ声が聞こえる。ギリギリ立てるぐらいだが、もうワザを繰り出すために動く余力がない。クッソ…… それなりに善戦したんだが。まだ一歩足りない。これじゃ多分レンテは勝てない、と俺の無意識が訴えかけてくる。でも、動くのも精いっぱいな状態。これで終わりか。終わりなのか。レンテとサンドパンの斬撃が繰り広げられている。レンテが若干数の斬撃を入れられているものの、依然押されている。これで勝てるのか? いや、これじゃ勝てない。
まだ、終われない。神様なんて普段は信じないが、望めるならあと一撃でも与えられる力を――
その時だ。俺の右後ろの足輪が光を放ったのは。