動き出す物語-2
「でもね、これだけは言わないといけない。アスハと私は、きっと世界を賭けた戦いに巻き込まれる」
レンテはこう言った。その瞬間、ぞわっとする感覚に襲われた気がした。即座に言葉が口に出る。
「俺はやる気はない。そんなの、他に任せる」
レンテのポカンとした表情で俺は我に返る。
「突然、悪い」
慌てて俺は謝る。でも、なんだ? あの感覚。ただ、絶対に引き受けちゃいけないという直感があった。色々分からない。けど、ともかく俺は世界を救うとかそんな大層なことはしたくない。
「けどさ、俺は気楽にやりたいんだ。世界を救うなんてのは、俺には荷が重いしさ。多分俺はそんなので呼ばれるわけないし? そもそも自信がない」
「けど。元人間が来た時は今のところ、必ず大災害が起こりそうになってる。しかも回避するには元人間の力が必要なものばかりなの」
「俺の特別な力なんてあるわけ」
「あなたのその右後ろの足輪で証明は十分だよ。付けてる感覚もないんでしょ? 絶対何かあるって」
「絶対何かあるとか言っても。俺には荷が重すぎるって。俺には無理だ」
「出来る出来ないの問題じゃない! 私たちにとっては死活問題だし、一流の探検家になる前に世界が滅亡したとしたらそれじゃ意味ないでしょ? だからお願い。考え直して」
正論だ。確かに一流の探検家を目指すのに、世界が滅亡するとかいうオチは望まない。反論できない。
「……もうその話はよしてくれ、レンテ。マグナゲート、じゃない。霧の大陸の伝説では他の人間もここに来まくったんだろ? そういうやつらに頼んだらいいし。……とにかくそんなことはやりたくないんだ」
「そんなことって言わな「もうやめろ」
彼女は俺の遮りに面食らった様子を浮かべ、「ごめん」と答えた。かなりしょんぼりした様子だ。
しばらく無言の移動が続く。気まずい雰囲気。レンテに悪いことばかり言ってしまってる。それは分かってる。分かってるけど。どうも気持ちの整理がつかないというか、とにかくそんな大層なことをやれる自信がない。自分でもよく分からない胸騒ぎだ。
レンテが口を開く。
「アスハ。アスハは元の世界に帰りたくないの?」
「ん。特段帰りたいとかいう感覚はないなぁ」
「お父さんとかお母さんとかは?」
「えぇと。ん?」
「ん?」
この瞬間、俺はようやく記憶の異常に気づく。
ない。肝心な記憶が―― ポケダンとか、大都会のビル群とか、あっちの食べ物とか、そういうものは記憶に残っている。だが所詮、中枢に関わらないものだ。親の顔とか、この世界に来る前何をしていたとか、肝心な記憶がごっそり抜けているのだ。
まるで昔のことを思い出させないように――
「記憶にないんだ。肝心な奴、昔のこととかがごっそり抜けてる。記憶にあるのは、当たり障りのないことだけだ」
「そんな。親の記憶もないってこと?」
「そんな感じ」
「でも。親とか友達とか、心配してないのかな? と思っちゃうな、私は」
「まあ確かにな。でも親も友達も分からないし、実感が湧かない」
「……ニンゲンの世界に戻りたいとか、どうしても思わない?」
やっぱりレンテはあの話に誘導しようとしてる、と俺はこの瞬間に確信する。
「知らない。けどさ、忘れるくらいなんだからどうせロクでもないものだったんだろ」
「ロクでもないものなんて」
「もういい。いいから。俺はこの世界に来れて満足してる。」
「それでもさ、やっぱり戻る方がいいと思うよ。友達や家族が急にいなくなったら、私だったら耐えられない」
「もうこの話は終わりにしてくれ。お前が焦るのは分かるよ。世界が滅亡するかもしれないってさ。でも、杞憂かもしれないし。……少し考える時間が欲しい」
レンテはまた「ごめん」と発し、口をつぐむ。気まずい雰囲気の間を、やたらと冷たい風が通り過ぎて行った。
優しくしてもらってる以上、レンテにはとても言えない。だが、こればかりは自分の心に偽ることはできない。
彼女はいい人すぎるんだ。彼女は見ず知らずの俺の元々人間だったという旨も信じてくれている。わざわざ俺を街まで誘導してくれるし、明るく振舞ってくれる。
ただ、一方でその優しさと正論が人の心にズカズカと入ってくる。それに、人によく見られようとしている気がしてならない。
俺はレンテのことが苦手だ。