第一部
ファーストインパクト
掲載話:「ファーストインパクト-1」「ファーストインパクト-2」



 さて、今、俺は海沿いの雑木林を歩いています。踏み固められた土の小道、左手に見えるのは小高い木々と入り江、奥側には多くの風車が特徴的な街が小さく見えています。
 できれば場所を教えて皆さんにこの光景をおすそ分けしたいように思うのですがそれは出来なさそうです。

 おそらく自分は「ポケダン」の世界に飛ばされたという件について――

 もう一度自分の脚に目を向けると、淡い水色にあたかも腕輪を付けたかのように入る黄色のラインの前脚。後ろ脚は黒の毛と水色の薄毛に覆われています。自分の記憶が間違っていなければ、四足歩行の「ルクシオ」になってしまったようです。ついでに視線の先にいつもいる赤い鼻が慣れるまで気になりそうです。

 今、一緒に歩いている人に視線を移すと、水色の肌に先っぽの黒い手足、黒い耳。藍色のスカート(みたいだけど体の一部みたいだ)と黒いしっぽが特徴的です。……「フタチマル」ですね。分かります。ヒトじゃないけどこの世界では人ですね。

 風車の林立する街へと視線を移すと、やたらと大きな嘴が特徴的な鳥が海へ向かって飛んでいます。よく見ると絵にかいたような手紙を咥えているようです。……どう見てもペリッパーです。いかにも「ポケモン不思議のダンジョン」シリーズで出てくるペリッパーの宅配便。

 夢じゃないのか確かめたいのだけど、四足歩行のために頬をつねる真似すら全くもってできません。ただ代替案として脚を自分で思い切り踏んだのですが、痛かったので現実なのでしょう。うん。一体全体、ルクシオになってしまった俺の明日はどっちだ!?







 数時間前のこと――



 ルクシオの姿で森の中を突っ立ていたところから俺の記憶は始まる。

 ん? なんで俺四つ足で立ってるんだ?――

 下を見れば、脚が完全に犬のそれだった。しかもやたら派手な水色と黄色のパステル調。自分で動かせる。踏むと痛い。

 どうも痛みを感じる時点で古典的な方法曰くどうやら夢じゃないらしい。

 とりあえず歩いてみる。苦戦するかと思いきや、四足歩行は初めてのわりには自然にできる。なぜか体が覚えている、という感覚だ。

「えぇと…… どうしたもんだろなー」

 とりあえず歩きながら独り言をぼやいてみる。

 ただ、これは見たことがある。プレイしたことがある。ポケモン不思議のダンジョンの始まりに酷似しているんだ。デジャヴ? 少し意味が違うか。

「……フフッ」

 まさかのポケダンの世界観だ。非現実的すぎて笑えてくる。本当に笑えてくる。けど、楽しみなんだ。今までゲームでしかできなかった、大好きだったゲームの世界に入れたことが―― この笑いはおそらく前者2後者8の比率だろう

 ひとまず俺は森の先へと進み始める。独り言を言った割には既にしたいことは決まっている。まずは自分のワザを確認するためにひらけた場所を探すんだ。






 少しだけひらけた場所に出た。生物学でいわゆる「ギャップ」と呼ばれる場所。うろ覚えだけど。ここならワザの練習をしても被害は…… 木々に向けてワザを使わない限り大丈夫なはずだ。燃えないだろう。多分。

 ルクシオになったことでルクシオとしての基本的な行動は既に体が覚えているらしい。四足歩行、走る、ジャンプ…… おそらくワザの出し方も―― 元人間としてはやや抵抗があるが、仕方ないね。順応するしかない。


 さて、とにもかくにもワザを使ってみましょうか。一刻も早くワザを撃ってみたい気分だ。


「フゥ……」

 すっと一呼吸。深呼吸で落ち着こうとしようとも、相変わらず気持ちは高揚している。

「まずは…… 電気ワザ」

 まず、体内に電気をめぐらすイメージ―― やはり体に染みついている感じだ。これからの動きも即座に思いつく。これを外まであふれるほどため込む感覚で……

 バチバチバチィッ!

 おおっ! 我ながら電気を纏っている! 少しピリピリするけど全然ダメージも受けてないらしい。厨二病心がくすぐられるね。魔法みたいな感じで。ここから敵にタックルするのがこれからの動きとして頭に浮かんでいるけど、木に当てたとして森を燃やしちゃったら不味いからここでやめておこう。ともあれ、これが「スパーク」か。ひとまずエネルギー放出を止めて……

 まあワザは使わないに越したことはないだろうけど、ポケダンの世界に酷似してる以上、使う可能性大……

 ん? 「フラッシュ」の使い方も頭に入っているぞ。体内に電気をめぐらすイメージから…… 溜め切らないタイミングから一気に放射する感じで――

 ピカッ!!

 稲光のような眩しい光が閃く。一方で、自分は目を瞑る必要はなかった。自分の出すワザにはある程度耐性が付くのだろう。凄いな。ただ仲間まで目くらましさせてしまいそうなので、このワザは使うかどうか保留だ。

 んーと、「かみつく」か…… これは保留。なんか木を噛みつくのもどうかと思うし、流石に元人間としてのプライドが……

 おっ、「チャージビーム」。これも撃ってみたいな。口元にエネルギーを貯めるイメージで…… 空に向けて……

 バチバチィッ!

 音とともに空へと紫電を纏う光線が伸びる。上手くいったと思う。遠距離攻撃はこれだけかな。これも「かみつく」に同じく慣れるまでが元人間的に大変そうだ…… 

 えぇと、「じゅうでん」。これはエネルギーを溜め続けるワザか。確か「じゅうでん」は次に撃つ電気ワザの威力を上げながら特防も溜める技だから…… あれ? このワザ、かなり強いかも。この世界でワザを撃つのが交互というのは想像がつかないし…… 電気ワザの前にいつもお世話になりそうだ。じゅうでん。

 さて、他には…… 「にらみつける」 うーんこれは今確かめようがないからパスだけど、睨みつければ相手の防御を下げられるらしい。えーと、「たいあたり」 木に当ててみるのは…… 少し怖いからパス。俺の方に倒れてくるとしたらちょっとごめんだな。実際に敵が出てきたら使ってみる。「ほえる」 まだ元人間的に恥ずかしいな。パス。「いばる」 さすがに独り言で威張るのはどうかと思う。パス。

 っと…… 覚えているワザはこの辺りかな。うん。近距離から遠距離まで揃ってるし、「じゅうでん」さんがいるから心強いワザ構成かも。それにしても、電気のビームを吐いてしまったり、電気を纏ってタックル出来たり…… 本当にポケモンなんだな。電気エネルギーを体に溜めることも、無意識下で息をするかのようにできる。いや、この姿になってワザが撃てないというハードモードよりは断然いいけど。



 ところで、何より気になったのだが…… 今更だけどワザ、4つ以上ない? あれ? この世界、ポケモンの世界とはちょっと違う?



「まぁいいか。細かいことは気にしちゃいけないな」

 寂しさを紛らわすために、独り言を呟く。ワザの確認は終わった。これからどうしよう。そろそろ別のところに行ってみたいとは思っているが、完全に迷子だ。とりあえず歩くしかないのだろうか。

「止まりなさい!」

 思案の横で声が響く。少し甲高い声。

 声の元へと振り返ると、そこには、2刀の淡い青を放つ刃を持ったポケモンが今にも飛び出せそうな姿勢で、広場の縁に立っていた。両手にはそれぞれに2枚の貝。そこから何か淡い青のエネルギーが刃状に伸びてるみたいだ。「フタチマル」だろうか。声から考えるとおそらく女性だろう。

「ってあれ? 一人だけ……?」

 彼女は戸惑いの声を一瞬上げるも、構えを崩さず、述べる。

「ともかく、私の質問に答えてください。さもなければ、容赦はしません!」

 堂々とした口調。鋭い眼光だ。タイプ相性はあちらの方が不利だろうに全くのためらいも感じない――

 正直、何故怒っているのか分からない。本当に状況が分からないのだが、意地を張って敵に回すのは良くない。そう確信できる。

「えぇと…… 状況が飲めないのですが、了解です」



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 俺の返答に対して、フタチマルは構えを崩さずに、強い口調でこう問う。

「なぜここでワザを使っていたのですか?」

 えぇと。怒っている理由はこれだろうか。ともかく、個人的には後ろめたいことはしていないと思う。正直に言おう。

「ワザの練習です」

「ワザの使用は道場とダンジョンのみと決められているのですが」

 えっ? 初耳だ。あっ。そういえば、確かにゲームでも街とかでバトルするポケモンはいなかったなぁ。これはやらかした。ただ、嘘をつくよりは本当のことを言った方がトラブルは起こらないだろう……

「申し訳ない。知らなかったです」

「えぇっ……? 常識だとは思うのですが…… 生い立ちは?」

 フタチマルは戸惑いを隠せない様子で返す。マジか。常識だったのか…… これは本当にやらかしてしまった。どうしよう。生い立ちとかの嘘も思いつかないし、仕方ない。

「俺は元々人間で、たった今この世界に来たとか言ったら信じてくれます?」

 当たって砕けろだが。あーあ。我ながら早々に言ってしまった。いわゆる「自分は宇宙人だ」というハチャメチャな展開に近い発言。俺なら絶対に信じない。ゲームで信じられるのはあくまでご都合主義だろう。ただ、これは(多分)現実な以上、あり得ない話だ。

 フタチマルは一瞬驚きを浮かべた後、食い入るように俺を見つめてくる。これは呆れられてるのかな。十数秒の沈黙の後、彼女は前傾姿勢を解いて続けた。

「つまり貴方は今さっきポケモンになって、戸惑いながらもワザを撃てるか確認していたとかですか?」

「あぁ、はい」

 別にあまり戸惑わなかったけど。むしろウキウキだった。

 二度目の長い沈黙。その後の彼女の返答は。

「分かりました。信じます」

「…… へ?」

 あり得ないものだった。俺のかなりの素っ頓狂な声が響く。聞き間違いだろうか。いや、そこは普通信じるなよ。ポケダンの世界からしたら異物だぞ。自分で言ってて悲しいけど俺は異世界からの異物、これが現実だ。

 彼女は二枚の貝を腰に戻しながら、ついさっきまであった緊迫が嘘であったかのようなトーンで話す。

「あぁーっ、良かったぁ! てっきりお尋ね者かと思ったよ。戦わないといけないかと…… 本当に緊張したぁー!」

 いきなり軽くなったな。でも、なるほど。ここで彼女が怒っていた理由が分かった。つまりは俺は他のポケモンを襲っているかと誤解されていたのかな。でも、えぇ……? 自分『人間です』宣言したらその誤解が解けるって、おかしくないか? とにかく質問しなければ。

「えぇと。こちらからも質問していいですか?」

「いいよ。あとタメ口で大丈夫よ」

「いや。俺が殺人犯かと勘違いしてたんだと思うのですが、俺が人間だと言ったらなんで疑い晴れちゃったんですか? というか普通『人間でした』とかいう宣言、信じないですよね?」

「タメ口でいいのに。君ほど謙遜してる人は初めてだよ」

「あっ、はい。では遠慮なく」

「えっとね。一番の理由はあなたの後ろ脚の腕輪かな」

 腕輪? と思い後ろ右脚を見てみると、ハッとした。確かにある。細かな装飾が施された銀の腕輪。脇には腕輪に結ばれた白い布が風になびいている。ただ、不思議なことにそれをつけている感触が全くもってないのだ。何もつけてない感触なのに、確かに後ろの右脚に見える腕輪。まるで幻を見ているかのような感覚。

「え? 何故か驚いてる様子だけど…… まさか付けてるの気づいてなかったり?」

「まるで付けてない感触がないんだ。いや、そんなことは今はいい。それよりこの腕輪から何故『元人間』設定を信用したんだ?」

 我ながら自分の発言後に嫌というほど気づく。動揺してるな、自分。

「うん。この装飾の細かさは私たちの世界では作れない。作れるとしたら、伝説のポケモン。アルセウスくらいかも。それに貴方の反応、総合的に考えて完全に素で出てるように見て取れた」

「俺が他のポケモンからこの腕輪を盗んだ可能性は?」

「それは貴方の純粋な反応からして全くないと思う。私は信じるよ」

「じゃあ俺が嘘が上手すぎるペテン師だとしたら?」

「それはない。仮にもしそうだとしたら私は完全に負けたってことにしとくよ」

 いや、信じすぎじゃないか? いまいち納得できないのだが、この世界について知らない以上矛盾を指摘することができない。まあ、実際元人間だから濡れ衣着せられに行くのもどうかと思うけど。

「私はレンテ。あなたは?」

 彼女、レンテはそう告げた。

「俺は…… アスハ」

「アスハね。とにかくこの近くの街まで一緒に行こう。行く当てもないでしょ?」

 レンテはそう言って、俺に手招きをした。確かに行く当てもない。ついていこう。



 これが俺のレンテとの出会いだ。そしてのちに、彼女は俺に大きく影響を与えてくれた一人になる。


やふ ( 2018/02/12(月) 17:04 )