練習試合-2
掲載話:「練習試合-2」「練習試合-3」
俺はすかさず「じゅうでん」を使う。『うみかぜの吹く林』ではそこまで手強い敵のいなく使う必要のなかった、そして地面タイプであるヴァースには使う余地もなかったこのワザ。だけど、防御も固くしてかつ電気ワザを強化するこのワザはおそらく汎用性が高い。今こそ使うときだ。そして使い慣れしなければならない。
「オーラが変わった…… 強化ワザ……?」
レンテは戸惑っているようだ。この初見の一撃が大事。十中八九、「じゅうでん」を受けた電気ワザは効果が大きくなるし、勢いのある一撃になる。これを効果的に当てる攻撃は……
と考えているのが仇になった。レンテが即座に動く。彼女が持つ刃の色は…… 「シェルブレード」。
先手を取られた。後手の反撃でワザを使うしかない分、ワザのフェイクなどが使えない。戦略の幅が狭まってしまった。これは即座の思考が相手が一枚上手だったということ。悔しい。ともかく「チャージビーム」で迎え撃つしか…… いや、忘れていた。体から電撃を放つ「スパーク」で守るという手がある。
俺はレンテの「シェルブレード」を「スパーク」で受け止めてカウンターを狙う。十五メートル、レンテがステップする、今!
バチバチバチィッ! 「スパーク」を俺は繰り出す。が、レンテは寸前で立ち止まり「シェルブレード」を止める。その瞬間に水の流れが重たく、かつ勢いよく当たる感覚。俺は吹っ飛ぶ。
「読みに負けたね。『スパーク』はうみかぜの吹く林で見てるし、予想してた。『シェルブレード』はフェイク。当てたワザは…… まだ秘密だね」
地面に転がる俺。おおよそ体力は半分くらい削られたか。
「読まれてたのか…… クッソ…… それに飛び道具かよ」
俺はそう呟きながら立ち上がった。
そうだ。俺が「じゅうでん」をレンテに見せていないように、レンテにも俺に見せていないワザがあるに決まっている。レンテは「シェルブレード」「れんぞくぎり」、そして今の遠距離ワザ。明らかに少ない。「たいあたり」等はあり得るとしてまだ何かがある。でも。
「でも、レンテのメインは近距離ワザなはずだ……」
俺の呟きにレンテは答える。
「分からないよ? と言いたいところだけど、そうだね。私の得意ワザはやっぱり『シェルブレード』と『れんぞくぎり』かな。もうバレてるだろうし」
「……分かった。俺の得意ワザは今のところ『チャージビーム』かな。ならば遠距離で攻める!」
「了解。でも負けないよ」
また俺とレンテは動き始める。今度は遠距離戦だ。俺は「じゅうでん」と「チャージビーム」を交互に撃っていく作戦。強化されスピードがそれなりにあるであろう「チャージビーム」でレンテに当てにいく。レンテの動きも無理に近距離戦へ持ち込もうとしていないようだ。おそらく例の遠距離ワザで攻撃してくるだろう。
レンテの移動先を予測して、レンテのやや前方に「チャージビーム」! なかなか速い一撃にはなったが、少し前方すぎて当たらず。レンテが避けてすぐ攻撃。手を前に突き出すと現れた水を集めた球が少しカーブしながら飛んでくる。完全追尾ではないが追尾が入っているのか。ただ球速はややゆっくりめなので軌道を予測すれば避けることができる。と思えば時々レンテが近距離へと出ようとするから距離を離すのも大変だ。
二回目のチャージビームを撃とうとしたところ、レンテが本格的に前に出る。俺は距離を取る。その時に現れたレンテの水弾。俺は避けようにも、後ろに下がった直後のために避けきれなかった。体が水に押し戻される感覚に耐えながらの「チャージビーム」。レンテは避けきれず、手の甲に当たる。
この駆け引きがこの後二回続いたのか。「チャージビーム」はレンテにもう一撃ヒット。俺には水弾がもう一回当たった。ただこの遠距離バトル、かなり避けるための神経を使うし何より休憩が入らないから大分疲れる。何より俺が壁寄りに来ていた。もう下がれない。また戦略負けだ。悔しい。
ここが要だ。俺は即座に状況打破を考える。……これは使うしかない。「フラッシュ」で目潰ししてから素早く短めの「チャージビーム」、そしてじゅうでん強化「スパーク」で突撃しかない。
俺は「フラッシュ」を繰り出す。これは効いた。レンテが眩しさに目を瞑っている間の「チャージビーム」、なんとか真正面に当てられた。そしてすぐ「じゅうでん」…… 力が入らない。発動しない!?
その瞬間、レンテの反撃。とてつもない勢いの水に俺は吹っ飛ばされた。「みずでっぽう」のクリーンヒット。俺は後方の壁に衝突する。起き上がろうとするも足に力が入らない。
「戦闘やめ!」
審判役のアーマルドが大声で発する。
食らい付こうとはした。しかし戦略においてあっけなく俺は負けた。
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ふっかつのタネ初体験を経て闘技場を後にした俺とレンテは、道場敷地内のとあるテーブルを囲んでいた。近くのスタンドで飲み物を買っての休憩兼反省会。それにしても、道場にスタンドまであるなんて…… 娯楽施設だ、ここ。ゲームの救助隊の方での道場はダンジョン探索の練習みたいな施設だったけど、この世界では純粋にバトルというスポーツを楽しむ場所なのだろう。
俺はレンテに言葉をこぼす。
「悔しいな…… 完封負けじゃないか…… 本当に悔しい……」
「いい線行ってたよ? 今回は私のワザ構成が分からなかったし、ハンデ戦?」
レンテはそう励ます。俺は素直に受け取れない。俺は続ける。
「でも、ヴァース戦の時にせよ、相手のワザは最初は分からないだろ? そう考えると、駄目だ」
「うーん。私以外の人にバトル申し込んでみたら?」
「それは…… 頼むの恥ずかしい」
ボソッと答える俺。レンテはフフッと笑い、答える。
「アスハは恥ずかしがり屋だなぁ。まあそういう人のため、かどうかは分からないけどランクマッチって制度があるよ」
「ランクマッチ……?」
「そう。実力に合わせたランクに振り分けられて二週間おきに同じランクの人と戦うの。何連勝かしたらランクアップ。何連敗かしたらランクダウン」
レンテの説明に俺は思う。いわゆるレギュレーションバトルに似たものか。よくできている。と同時に、どことなく元人間の方々の作った制度な気がしてなんというか…… 萎縮する。
「まあ、検討してみる」
「うん。私も参加してるし、その日は私、アスハとダンジョン探索もできないから…… 前向きに検討してくれると助かるな」
レンテは手元の
「そういえば、レンテのあの水の弾のワザは結局なんなんだ? 遠距離ワザの撃ち合いのとき主軸にしてた……」
「あれは『みずのはどう』だね」
「時々『こんらん』状態を付与するワザか」
「そうだよ。詳しいね」
「こんらん」状態。ゲームでは攻撃が命中しにくくなったり、自分を攻撃してしまったりする状態異常。この世界でどんな効果が現れるか分からないが、次にレンテと戦うときは注意が必要だ。
「ワザを知りたいといえば私もだ。あの自己強化というか、オーラが一瞬変わるのが度々あったけどあれはワザ?」
「そうだな。『じゅうでん』ってワザ」
「なるほどなぁ。次に出すワザの攻撃力を上げるとかそんな感じか……」
「うん。それに防御力も上げるらしい」
「はぁ。強いワザだね。羨ましいな」
さて、もう一つ疑問が残っている。試合終盤のあの事象についてだ。
「あとさ、俺、最後に『フラッシュ』で目潰しした後に『スパーク』で攻撃しようとしたんだけど、発動しなかったんだよな。あれがなければもう少し善戦できたはずなんだけど、原因って分かる?」
レンテはえぇと、と少し考えてから答える。
「別のワザと迷いながら繰り出そうとしたか、短時間に連続でワザを出そうとした?」
「……それだ。連続でワザを出そうとしたわ」
「なるほど。誰でもだけど連続でワザを出すことはできないの。私たちのワザを出すエネルギーの問題って言われてるけど、これは訓練とかしても増やせないらしいね。少し時間を経ないとワザは繰り出せないよ」
「鍛えようとしても鍛えられない体力みたいな問題か。……でも、待てよ。『フラッシュ』の後に『じゅうでん』は発動したが」
「すごい! アスハ。稀にいるタイプだよ! 二回連続でワザを出せるポケモンなんて!」
「マジかよ……」
なんとなくだが、元人間待遇の香りがプンプンする。いかにも、「足輪とその力で世界を救え」感がすごくて笑えない。
レンテが少し間を開けて言葉を発する。噂をすれば何とやら、な話題だ。
「足輪、発動しなかったね」
「あ、あぁ」
「私もどういう発動条件なのかとか、知りたいからなぁ。追い詰められたら発動って訳でもないし、他に条件に心当たりは?」
「そうだな……」
足輪の発動条件はできるだけ早く知って上手く活用したい。考えられる条件…… 追い詰められたら自動発動ではないとしたら。
「……絶対に負けたくないって思うこと、か」
「確かにあり得るね。次は…… 私を親の仇だと思って向かってきて」
「いや、それはどうかと思う。でも厄介だ。今回もそれなりに対抗心はあったから。負けたくない気持ちがまだ足りないのか、はたまたさらに条件があるのか……」
最も考えられる並列した条件は、明確な敵意を向けられるということだろう。考えたくないが、殺されそうになったときというのもあり得るか。しかし、そのトリガーが必要な可能性は薄い。ヴァースはあの時、俺たちを殺そうとしていたかというと、そんな恐怖はなかった。それこそ、ヴァースがやたら強いペテン師でない限り、全く考えられない。
レンテが語る。
「その辺りは明日の練習試合で考えようか。とりあえずそろそろ依頼見に行かないと今日中に達成できないかもしれないから、動いてもいい?」
「依頼……? まあいいけど」
決まり! と言いながらレンテは立ち上がり、飲み終わったカップをスタンドへと戻しに行った。俺のカップまで持っていって…… どんな気の利きようだ、あいつは。