第2話 生きる為
「『生きる為』…?」
俺は聞き返した。
「何度も言わせんな。男に二言はねぇ、って奴だぜ」
「……で、そいつはどういう意味だ?」
辺りはすっかり闇に包まれており、どこかでヨルノズクが鳴いた。
「あれは……7年前の事だ」
ロッソは静かな、低い声で語り始めた。
俺はかつて、アイアント一匹すら仕留める事が出来なかった。
後少しの所までは行けるのに、肝心な所で逃がしちまう。
そんな出来損ないの俺は、家族と木の実だけで生きていこうとした。
だが……家が貧乏でそれは叶わなかった。
本気でさ…死んでやろうかと思ったんだ。
どうせいつか餓死する、だからいっそ一思いに自殺した方が良いってな。
でも俺は思い出した。
世の中にゃあ、死にたくても必死で生きてる奴らが居るって事を。
それからだ。俺が生きる為に努力をしたのは。
体を鍛え、なけなしの木の実を食べて生活し……
そんでもって、ついにアイアントを狩る事に成功した。
けど…それだけじゃダメだった。
何せ金がなかったからな。
ある日、俺は金欲しさに強盗を働いてしまった。勿論、奪った金は持ち主達に返され、
俺は牢に入れられた。
−−また振り出しか−−
そんな時、一人の男が声を掛けてきたんだ。
”お前を解放する。その代わり――”
「傭兵になれ、って訳か」
「ああ。どうやらそいつは、俺の家族とツテがあった奴らしい」
俺は「ふぅん」と頷いた。
気が付けば、もう火が消えかかっている。
薪を足し、再び火を焚いた。
「大方、麻薬か何かだろうな。俺の親父はいつからか可笑しかったし」
ロッソは溜め息を一つつき、その場に横たわった。
「初めてだ…こんな事話したのは…」
「今まで話した事無かったのか?何でそんな事を…」
「…何だろうな…確信出来るんだ。”お前になら話しても良い”って」
「…?」
「安心…って言うんだろうか…うまく言えねぇけど、そんな感じがするんだ」
「何だそりゃ…俺は傭兵やってんだぜ。もしかしたら、今にもお前を殺すかも知れねぇだろ」
「そうか。なら、今すぐ俺を殺してみろよ」
そう言われたが、俺は剣を抜けなかった……いや、”抜かなかった”。
「出来ねぇだろ」
「……」
「お前は甘いんだ、良い意味でな。そう言うのを…何て言うんだ?慈悲って言うのか?」
慈悲…
俺は核心を突かれた気がした。
今まで俺は、強盗だの略奪だのはしなかったし、無駄な殺生はしなかった。
良く軍がやる”残党狩り”にも参加しなかった。
思い当たる節は幾らでもあった。
「すげーな…全部見抜かれちまったか」
「いいや、お前にはまだ何かありそうだ。まぁ深く問い詰めはしねぇ」
「……話を折って済まないが、寝ないのか?もう遅いぞ」
「そう言やそうだったな…急に眠くなってきやがった……悪い、寝させてもらう」
「お前、まさかそこで寝る気か?」
ロッソは体を起こし、こう返した。
「俺は余所モンだ。さっき言ったみたいに、俺がお前の寝首をかいちまうかも知れねぇぜ」
「外で寝てもおんなじ気がするがな」
俺がそう言うと、ロッソはクックッと笑った。
「まぁ良い。俺は外で寝るから、お前はテントで寝るこったな」
「ああ、そうさせてもらう」
俺はテントに入り、寝息を立てた――。
「――それで、その後どうなったの?」
「次の朝起きた時は、もうロッソは居なかった。何の痕跡も残さずにな」
俺は夜空を仰いだ。
「あれ以来、どんな戦場へ出てもロッソに会う事は一度も無かった。考えられるのは…死んじまったか、他の大陸へ出たか…」
「そんな事無いよ」
カルロスは俺の肩に手を掛けた。
「そのロッソって人と出逢ったのも、きっと何かの縁。だから、また何処かで会える筈だよ」
「縁…か…まぁ、そうかもな。良くも悪くも」
沈んでいた気持ちが、カルロスのお陰で少し楽になった。
それでも、俺の顔が綻ぶ事は無い。
消えてしまったのだろうから。
「さて…そろそろ寝るか。長い時間喋っちまったしな」
「ねぇオケアノ?」
「何だ?」
カルロスは少し躊躇ってから言葉を継いだ。
「その……オケアノが死んじゃったらどうしようかな、って…」
「はぁ…?じゃあ、お前が死んだら俺らにどうして欲しいんだよ」
「それは…忘れないで欲しいけど…」
「だったら、それで良いじゃねぇか。俺だって忘れられない方が良いに決まってるしな」
「…うん。そうだよね。有難うオケアノ」