第5話 共に
「何故、それを」
「……聞いてしまったんだ。申し訳ないけど」
「起きてやがったのか」
「まあ、ね…。中々暗くならないから、気になって」
風が弱く吹いている。青臭い匂いが俺達を満たした。
「……ねえ、独りで戦う本当の理由は、何なの」
俺は口を割らなかった。代わりに、一対の剣を抜いた。
「…もうてめえの詮索にはうんざりだ」
カルロスが面食らい、身構えた。
俺の握る剣が、何故か震えていた。握りもしっかりしない。こんな事は無かった。どんな大軍を前にしても、剣が震える事など無かった。
歯を噛み締めた。
「誰にだって、思い出したくもねえ記憶がある。それを呼び起こしやがったのは、てめえだ…。そんなに気になるなら、聞き出してみろや。腕を落とそうが、何をしようがな」
あの瞬間が、絶えず駆け巡る。
呼吸の間隔が短くなっていた。
「…分かった」
カルロスは柄頭を先端に、槍を構えた。
動き出しは同時だった。
が、俺は最初の一歩で体勢を崩し、柄を払う為に振った剣は、見事に空を斬った。
次の瞬間、顔の左側面から脳へ鈍い衝撃が駆けた。
一瞬の出来事だった。
高く遠い空を仰ぎながら、俺の意識は深い底へ沈んでいった。
「―――…オケアノ、大丈夫?」
意識が戻ってくると、カルロスは俺を抱き起こした。
まだ衝撃が頭蓋の内側を反復している。
「…負けか」
カルロスは黙っていた。
「俺は、約束は果たす質だからな…。不本意だが、話してやるよ」
「俺はそもそも、ずっと独りだった訳じゃねえ。傭兵になりたての頃、俺と同じ志をもった奴がいた」
戦う時も、飯を食う時も、敗走する時も、悔しがる時も、喜ぶ時も、一緒だった。そうしていく内に、俺達は強くなり、誰にも負けないと思っていた。
「……だが、そいつはある戦で孤立し、救援を要請したが派遣されず、呆気なく死んだ。俺はそいつとは離れた場所で戦っていた。戦の後、俺が着いた時には辺りは焼け野と化し、そいつは無残に死んでた」
日が暮れた後も、俺は涙が枯れる程泣いた。
どんなに強くなった仲間が居ても、結局そうやって死んでいく。この世の無情を噛み締めた。どんな綺麗事を並べても、この事実だけは変わらない。
「何度も後を追おうとした」
しかしその都度、己の中の何かが歯止めを掛けていた。
あらゆる戦場に出て、運良く生き延びる。俺だけが、かつて磨いた技を残して戦っていた。
何の為に―――。
それから俺は、何があろうとも仲間などつくらないと決めた、と話した。
「……」
カルロスは目を伏せた。
「誰かの憎しみ、哀しみなんて、分かる筈がない。当事者じゃねえからな」
あいつが受けた痛みなんて知る由もなかった。だからこそ悔しくて堪らなかった。
「…で、どうする?これでも仲間になりたいと思うか?」
カルロスは黙っている。
何を想っているのか。勿論、それも分からない。
「俺としては、独りの方が良いんだがな」
「……それって、本気で言ってるの」
その言葉が、鐘のように反響した。
「僕だって、仲間の死を何回も目の当たりにしてきたよ。悲しかったし、辛かった…。彼らの気持ちだって、何も分からなかった」
「でも、一つだけ分かった事があるんだ」とカルロスは続けた。
「そういう現実から逃げて、忘れようとする事の方が、何倍も悲しい。忘れてしまう事が、怖い」
カルロスは俺の左隣に腰を下ろした。
「君の言う事は尤もさ。でも、本当にそれで良いの?君の唯一の仲間だった彼も、浮かばれないんじゃないかな」
俺は、恐らくどこかで気付いていた。
独りでは何も出来ない――――。
だが、再び失う事が恐くて、現実逃避していた。そして、途方もない夢をたった独りで叶えようと、自分を騙しながら生きてきたのだ。
俺は、どうしたかったのだろう。
何かが音を立てて崩壊していった。
「だから僕は、君の理解者になりたい」
俺はカルロスに向き直った。
「……ありがとう。宜しく頼む」
カルロスは微笑み、拳をつくり俺に向けた。俺もそれに応じ、拳を合わせた。
俺は、もう逃げない。
あの日、あいつと共に目指した、途方もない夢をこの手で叶える為に。