第2話 槍使い
味方が続々と俺に続き、壁上で激戦が繰り広げられた。そのお陰で、地上では破城槌が門に対して攻撃を行う事が出来た。
俺の駆け抜けた跡には、血と屍の道が出来ていた。
逃げる敵を追って櫓や塔にこそこそと隠れていた敵を斬り伏せていくと、豪快に木が裂ける音が聞こえた。門が破られたのだ。
猛然と味方が雪崩れ込み、地上でも戦闘が始まった。
このままなら、制圧は時間の問題だった。
「誰かあいつを止めろっ!」
しかし、空気が一変した。声の方角へ視線を向けると、そこには巧みに槍を捌く”槍使いのカルロス”が奮戦していた。
面倒な相手だ。折角盛り上がった味方の士気が、再び挫かれようとしている。
俺はカルロスの元へ駆け出した。
「おおおおッ!」
敵を突き飛ばし、剣を振りながら走る。
カルロスは一直線に向かってくる俺に気付き、槍を構えた。
「”双剣のオケアノ”……!」
カルロスの槍の間合いは長かった。懐に飛び込む前に、顔に穂先が突き立つかも知れない。
だが、その間合いの内側へ入れば別だ。
カルロスは驚くべき速さで槍を突きだした。それに合わせ剣を振り抜き、穂先を払った。高い金属音が響き、その振動が剣身から柄、俺の腕を伝い、そして馴染んだ。
「くッ!」
もうこいつは槍を突けない。この剣の餌食だ。
細い首筋に向かって、振った。
しかし剣は空を斬り、捉える事はなかった。
カルロスは槍を手放し、自分の後方へ身を翻していた。手放した槍は、俺の背後に突き立った。
カルロスはすかさず、一騎討ちに気を取られ、周りを囲んでいた守備兵の中のひとりの剣を奪い取ると、俺に突貫してきた。
剣と剣は火花を散らし、鍔迫り合いになった。
「ッ…やるじゃねえか」
「そっちこそッ…!」
俺とカルロスは同時に飛び退き、間を置く。
「…終わりだッ!」
先に動いたのはカルロスだった。
俺は二振りの剣を交差させ、カルロスの振り下ろした一撃を受け止める。そしてそのまま、剣を左右に振り払った。
「!」
カルロスの剣は真っ二つに割れた。間髪入れずに、がら空きの脇腹へ突きを入れた。
直前に身を返した為、手応えは浅かった。だがそれで十分だ。剣の斬れ味が大分落ちていたのだ。
カルロスは苦痛の表情を浮かべ、脇腹を押さえたまま地に伏した。死んではいない。まだ息はある。
暫時沈黙が満ちた後、歓声が上がった。
「敵の武将は倒れたぞ!一息に制圧しろっ!」
多大な被害を生んだものの、戦いには勝利した。これによって、バピテス軍は多少の優位を掴んだだろうか。
もう日は暮れかかっていて、俺達生者と積み上げられた死体の山の影が長く伸びていた。
戦いの後、捕虜に混じり縄で縛られたカルロスが目に入った。
俺は、カルロスをこのまま捕虜として惨めに死なせたくなかった。解放し、またどこかで命を懸けて戦いたいと思っていた。
「なあ、あのカルロスの処遇を任せてくれないか」
報酬金を受け取り、俺は指揮官に頼んでみた。
「何だと?処遇を決めるのは私だ!傭兵ごときに任せられるか!」
当然の対応だ。だが俺は食い下がった。
「だが一番に梯子を登り切り、敵の武将を捕らえたのは俺だ。手柄はでかい。何か文句でもあるのか」
「ふざけるな!」
指揮官は顔を真っ赤にして、俺に剣を振り下ろした。
俺は素手でその白刃を受け止めた。血が滴となって地面に落ちた。
そして、それを奪い取り投げ捨てると、俺は指揮官の顔面に正拳を打ち付けた。
生々しく鈍い感触だ。指揮官の顔面はめり込んでいた。
周囲は騒然とした。
「行くぞ」
カルロスを抱き上げ、突き立ったままだったカルロスの槍を抜き、歩き出した。
「ま、待て!反逆者め!」
背後で呼び止められたが、振り返ると俺に気圧され、怯んだ。
俺は何も言わず、砦を抜けた。
暫く歩いた頃、カルロスを下ろし縄を解いた。
「さあ、どこへでも行け」
カルロスの目前に槍を突き立て、歩こうとした。
「ま、待ってよ!」
カルロスが呼び止めた。だが俺は応じなかった。
「待ってったら!話を聴いてよ!何で僕を解放したのさ!?」
このまま黙って去ろうとすれば、ずっとついて来そうな予感がしたので、俺はその質問にだけは答えることにした。
「お前とまた戦う為だ。じゃあな」
「…ちょ、ちょっと!それだけの為に…」
「うぜえんだよ」
俺は苛立ち、剣を抜いてカルロスに切っ先を向けた。
「捕虜になって死ぬよりマシだろうが。せめてもの情けだと思え」
そう言うと、カルロスは黙り込んだ。
「…言う事はそれだけだ」
やっと静かになる。
そう思って俺は剣を収め、踵を返して歩き出した。
日は稜線の向こうに隠れ、星が輝き始めていた。
(今日はこの辺りだな…)
剣を受け止めた手に処置を施し包帯を巻き終え、近くの小川で剣にを磨いていた。
その時。
「誰だ!」
背後に気配を察知し、まだ水も切っていない剣を振り抜いた。
「冷たっ」
「て、てめえ…!」
そこに居たのはカルロスだった。
カルロスは顔に跳ねた水を手で拭っていた。
「何でついて来やがった!」
「だ、だって、所持金は全部持ってかれたから、仲間に合流するまでに生きていられるかどうか…」
「仲間あ…?」
「そう。だから、その仲間と合流するまでの間だけで良いから、僕を連れて行ってよ」
面倒な事になった。
俺は考えた挙げ句、その仲間とやらに合流するまではカルロスを引き連れる事にした。折角出逢えた好敵手に野垂れ死にされるのも情けない。
「とにかく、合流までだ。その後は、俺についてくるなよ」
「本当?ありがとう、オケアノ」
この出逢いが俺の運命を変えたという事に気付くのは、もっと後になってからだった。