第1話 傭兵の戦い
「…………」
俺は空を仰いでいた。雲一つ無い、どこまでも遠く、澄んだ真っ青な空を。
風が心地好いこの草原も、いずれ焼け野原になってしまうのだろうか。
そんな事を思いつつ上体を起こし、剣を抜いた。
鞘から抜いた剣――これはある鍛冶屋に頼んで作ってもらった代物だ。
どんな武器よりも軽く、どんな武器よりも鋭く、どんな武器よりもしなやかに。
そして……この剣を作ってもらう時、俺はこう頼んだ。
”この醜い争いを終わらせれるように”と。
これが、この剣のドラマだ。
俺は何時も何時もこいつを研ぎ、戦で血まみれになったら丁寧に洗い流し……
まるで子供の世話みたいだ。
俺はこいつを太陽に翳し、いつも誓っていた。
どこからか、低い足音が聞こえてきた。兵士が行軍してくる音だ。
「バピデス軍か」
俺は呟き、立ち上がった。
それが見つかり、行き先を攻略するであろう指揮官が迫ってきた。一際重装なのですぐに分かる。
俺は身構え、何時でも戦闘に移行出来る用意をする。
その指揮官は
「傭兵オケアノだな。我々の作戦に同行して貰う」と言った。
「報酬金は銀6枚だ。換算すると、貴様ら傭兵の2ヶ月分。同行しないのであれば、この場で斬るぞ」
単純に腹が立った。斬り捨てたいのはこっちだ。
俺が本気を出さなくてもこんな奴は一発で殺れるが、こんな所で戦闘になるのは避けたい。
それに俺達傭兵は、金が無くちゃ生きていけない。
そう言う訳で、俺は渋々頷いた。
「話の分かる奴だな。付いて来い」
俺は隊列に加えられた。
周りを見渡すと、俺と同じ傭兵が大勢居た。今や傭兵は軍の7割を占める程雇われている。
傭兵の使われ方はこうだ。
軍は俺達傭兵に突撃を命じる。それだけだ。
そして突撃した傭兵の7割が帰って来ない事なんてザラだった。
それを見るや否や、本隊は退却を始めたり、残り3割の傭兵を突撃させ、全滅という事もある。
傭兵がそう言う扱いを受けているのが、俺は許せなかった。
だが、この世界に産み落とされてしまった以上は、仕方ないことなのかも知れない。
だからこそ、俺は戦争が終わるまで戦い続けるつもりだ。
程なくして、目標の砦の目前に到着した。空堀に囲まれ、そこには無数の白骨がところ狭しと横たわっていた。
幾度も攻撃に晒された壁は修理に修理を重ね、元より強化されている。それは、こうした攻撃を何度もはね除けてきた、そしてこの軍が何度も敗走し、代わりに相手を勢いづけているという事だ。
攻略は難航しそうだ。
周りを見渡すと、この辺りに生えている筈の樺はほぼ生えていなかった。
攻城兵器を製造するのに使い果たしてしまったのだろう。全く馬鹿馬鹿しい事だ。
数少ない樺を切り出して作った梯子は数本に留まり、破城槌も、矢や石を防ぐ屋根は設けられず、また車輪も無い、持ち上げて使う実に簡素なものだった。
「こんなんで大丈夫なのかよ」
「今日は死ぬかも知れねえ…」
傭兵達は狼狽した。無理もなかった。
「―――第1陣突撃!」
指揮官の号令と共に、楽隊の笛が高らかに鳴り響いた。
目の前できっちり揃っていた隊列が一息に崩れ、敵の砦を目掛け突撃していった。
俺は第2陣に組み込まれていた為、号令が掛かるまではおとなしくしていなければならなかった。
第1陣が砦までの道を半分も過ぎると、砦の壁上から矢が降り注いだ。ばたばたと傭兵も正規兵も倒れていった。後続はそれらを飛び越え、踏み越え、前進していく。
それだけならまだ被害は小さかった。
空堀に消えていった前線の部隊は、出し狭間から滝のように流れる煮えたぎった油に焼かれ、石の嵐に晒され、阿鼻叫喚の様相を呈していた。
暫時そんな戦況だったが、何とか梯子が砦壁に掛けられると、指揮官は俺達を振り向いた。
「よし、梯子が掛かった。第2陣突撃!」
再び笛が鳴らされた。
瞬間、俺は誰よりも速く先頭へ飛び出し、隊を置き去りにした。
走っていくと、血と焦げた肉の臭いが濃くなった。だが、そんなものはとっくの昔に慣れた。
これが戦場だ。
梯子を登りきれた者は誰も居なかった。登る途中で矢に射抜かれ、墜落した。それは好都合だった。
群れを掻き分け、梯子に飛び付き、2段飛びに梯子を掛け上がった。
最後の段を飛び越し、身を躍らせた。
俺に向けられたあらゆる敵の視線は、自らの死を悟ったものだった。
「――お、オケアノだあっ!」
目前に迫った敵の首を、剣を振り抜きざまに斬った。身体を離れた首が宙を舞った。
鮮血が視界を遮り、周りの敵兵にも飛び散る。
着地と同時に側面へ駆け出し、敵を斬り裂きながら駆け抜けた。
「押すな、押すな!」
混乱する味方に揉まれた兵士が、悲鳴と共に次々と壁上から墜落していった。
「がっ」
「ぐぶ」
「ぎゃっ」
脚を払い、腹を裂き、首を刎ねる。瞬く間に、俺の身体は深紅に染まった。だがそんな事はどうでも良い。
俺は勝って、勝って、下らない戦争を終わらせる。
戦争を終わらせる為だったら腕だろうが足だろうが何だってくれてやる。この命だって惜しくない。
俺は――――
「傭兵オケアノだッ!」