第9話 対峙
「加勢する!行くぞ!」
「シエル!」
カルロスの目には、仲間を率いて突撃してくるシエル、アーサー、そしてネオンの姿が飛び込んできた。
側面から攻撃を受けた敵は、蹂躙されていった。
「ぐぇ」
「げぶぁ」
「うぐっ」
剣で斬り伏せられ、槍で突かれ、槍斧で叩き斬られていく。圧倒的な兵力を擁していた敵は、みるみる内に屍の山と化していった。
しかし、その背後から新たな一団が姿を現した。
「退け!百突きのルボロ、ここにあり!」
凡そ1500の兵士達の先頭に立ち、名乗りを挙げたチャオブー。
豪勢な鎧を身に纏い、トライデントを器用に振り回す。鎧と槍の穂先が光を反射し、カルロス達の目を刺した。
「さあ、平和ボケした屑共を一匹残らず蹴散らすのだ!」
穂先をカルロス達に向けると、呼応して、崩壊しかけていた敵軍が猛然と突撃を開始した。
「ひゃ、百突きのルボロだ!逃げろッ!」
「駄目だ、勝ち目は無い!撤退しろッ!」
味方ーーその全ては東ルオーナの兵士ーーが、戦わずして一匹、また一匹と散り散りに敗走した。
カルロス達傭兵を除いて。
「へえ、あんな奴居たんだ。生まれて初めて聞いたよ、百突きなんて」
「試してみたらどうです。あの槍使いの力を」
敵の突撃が止まる。
そして、両陣営の視線が一気にカルロスとアーサーに集まった。二匹は、馬鹿でかい声でルボロを挑発したのだ。
束の間、沈黙が流れ、傭兵側からどっと笑いが起きた。
「ハハハ!そりゃあ良い!あんな鎧着てるって事は、臆病者ですって言ってるようなもんだ!」
「槍を使わせたら、ウチのカルロスが世界一だぜ!」
傭兵達は、口々にルボロを罵り、笑った。
「なっ…!ルボロ様を侮辱するとは…!」
困惑する兵士達の奥で、ルボロが怒りに身を震わせていた。
「…我慢ならん…!」
やがて、兵士を掻き分け、突飛ばし、ルボロがカルロスの眼前にやってきた。
「やあ、初めまして、だよね。僕はーーー」
「死ねッ!!」
ルボロはカルロスの顔面目掛けてトライデントを突き出した。トライデントは、深々と地を抉った。
「ーーーひどいなぁ。君が名乗りを挙げたんだから、僕にも名乗る権利があるよね」
カルロスは何事も無かったかの様に突きを躱し、背後に立っていた。
ルボロの表情は一変、焦りに満ち、深々と刺さったトライデントを早く抜かねばと、必死になっていた。
鎧は、背後がザルになっていたのだ。
「僕はカルロス、槍使いカルロス。傭兵団・ルヴィストン副団長さ」
「まっ、待て!これを抜いてーーー」
カルロスは一閃心臓を一突きにした。鮮血が穂先を染めた。
ルボロの目から光が消え、その場に膝から崩れる。素早く引き抜き、血を振り払った。
傭兵達は歓声を上げた。
「隊長は死んだ。さあ、どうする」
不敵に笑いながら敵に問い掛けるカルロス。
敵は、一目散に敗走した。
「良くやったぜ、カルロス。よっし、陣形を整えて砦に向かうぞ」
「クソッ…まだ見つからねぇのか!」
俺とヴィトルは、相変わらずラグガを追っていた。唯一の手掛かりは、惨殺された死体。その死体が、車輪の轍の様に続いているのだ。
焦りが、ますます募っていく。空は、いつの間にか灰色の雲に覆われていた。
ーーーあの時、引き止めていればーーー
後悔が、脳裏をよぎる。
「あの野郎…弔い合戦でもやるつもりなのか!?」
そう考えると、尚更悔しくて堪らなかった。
だが、実感はすぐそこまで近付いていた。俺も、ヴィトルも、それを感じ取っていた。
氷柱の如く、冷たく鋭い空気がクロトの肌を刺す。
目前に対峙する、横たわる無数の屍に囲まれた仇敵ーーー首狩りのジズはゆっくりとクロトに向き直った。
フードの奥から覗く双眸が、クロトの身を震え上がらせ、得物のダガーは小刻みに鳴った。
「…お前は確か…。ああ、あの義賊団の、団長か」
ジズの声は低く、静かだった。クロトは歯を食い縛ってダガーを握りなおし、ジズを睨んだ。
「ああそうさ…!俺はクロト、義賊団・ヴァイエン団長だ!」
ジズは鼻を鳴らした。
「弔い合戦、というやつか。くだらんな」
「てめえ…ッ」
「弱かったのだ。お前の仲間も、お前自身もな」
「ふざけやがって!!」
クロトは目を血走らせ、地を這う程身を低くしてジズの懐に飛び込んだ。
ーーーーもらった!
しかしクロトが振り抜いた一撃はジズの籠手で受け止められていた。
「どうした。俺は得物を抜いていないぞ」
ジズはクロトの腹に痛烈な蹴りを入れた。衝撃で吹っ飛んだクロトは腹を抱え倒れ込んだ。
「がッ…!あっ…!」
悶絶するクロトを横目に、ジズは屍の側に落ちていた長剣を手に取った。裏返したり、軽く振ったりしてから、クロトに向き直った。
「ふむ…。お前に俺の得物を使うのは勿体ない。こいつで良いだろう」
「…嘗めやがっ、て…ッ…くそったれが…!」
何とか顔を持ち上げたクロトは、悪態をついた。
「あいにく俺は高名な首しか狙っていない。お前の仲間の首を斬った時も、そこらに転がっていた剣で斬った。さあ、仲間を弔いたいなら掛かってこい」
「…そう、かよ…。なら俺も、こいつで斬るのは…勿体ねえ…!!」
一対のダガーの切っ先がジズに向けられた。
クロトは不敵に笑むと、鍔に仕込んだ引き金を引いた。
鎖で繋がれた刃が鍔を離れ、ジズの心臓に向かって目にも留まらぬ速度で飛翔した。
しかし。
激しい金属音が鳴り響いた瞬間、クロトは絶望した。
ジズは剣を振り上げ、クロトの苦し紛れの一撃を粉々に打ち砕いていたのだった。
欠片は日の光を反射し宙を舞い、そして背の低い草の中に消えていった。
「…終わりだ」
呆然とするクロトの前にゆっくりと歩み寄り、剣を振りかざした。
ーーーーすまなかった
クロトには、聴こえていただろうか。
白銀の刃は残酷にもクロトの想いを断ち斬った。