第8話 正規兵
その報せは、直ぐに戦場全体に広まった。
ーー左翼拠点、制圧。
これが何を意味しているのか、俺とヴィトルには瞬時に理解できた。
俺達は、走る速度を速めた。
遠目に、左翼の拠点が目に留まった。誰かが居る気配は感じられない。
(……まさかな)
嫌な予感は、ますます募るばかりだった。
全速力で駆け、左翼の拠点である小さい村に辿り着いた。
村の中央へと続く荒い道の先から、生臭い、血と臓物の臭いが漂ってきた。
「…これは」
俺は、門の前に横たわる死体に駆け寄り、しゃがみ込んだ。
首の骨が粉々に砕かれ、顔が明後日の方向を向いていた。
この状態では、即死は免れない。
「ラグ、単騎でここを落としたんだね」
俺達は村へ入り、横たわる死体の山を調べていった。
「ああ…考えられない事でもねぇ」
ヴィトルは、パンツァステッチャーを引き抜くと、俺に急ごう、と促した。その表情には、焦りの色が浮かんでいた。
「今、ラグの精神状態は正常じゃない。周りは全く見えてない筈だ。だとしたら、きっとラグは敵陣の真っ只中に居る」
心の臓が、強くドクン、と脈打った。
村を出てから数分後、敵の部隊を発見した。数は2000。対して、こちらは500。
「……ん?向かって来る奴らがいるぞ」
敵が俺達に気付いたらしく、槍、剣を構えた。
「ふん、たったあれだけで何ができる。殺せ!」
敵との距離が、どんどん縮まっていく。それに合わせて、敵も突撃を開始した。
俺は剣を引き抜いた。
「おおおおッ!」
10本の槍の穂先が、顔を目掛けて一斉に飛んできた。体を右に捻らせて躱すと同時に、身を低くして左の剣で一気に薙いだ。
二匹仕留め、続け様に右の剣を振り抜く。再び、二匹仕留めた。
鮮血を噴き出しながら崩れ落ちていく敵の陰から、新手が襲い掛かって来た。
不安定な体勢を立て直すには、時間が足りなかったーーが、視界の端から、光の筋が敵の側頭を貫いた。
「さあ、立って!」
ヴィトルの得物、パンツァステッチャーだった。ヴィトルは、貫いた敵を足蹴に得物を引き抜いた。
「寝っ転がってる暇は無いよ!」
「…言われなくたって、分かってるっつーの」
味方が、敵に飛び掛っていく。その姿に鼓舞された俺は、剣を振り続けた。
「ーーーー全く、無茶言いやがるぜ」
シエル、アーサー、ネオンは、まだ稽古の中途にあるノトスを拠点に残し、600の傭兵達を率いて包囲されている前線の砦に400、そしてシエルは200を率いて中央のカルロス、レノラの部隊に向かっていた。
カルロスから伝えられた新たな作戦は、"正面突破"であった。
「あら、団長が手を焼く相手だとは思えませんが」
アーサーは微笑んで、そう言った。
「ふん、好きに言ってくれ。…そう言えば、ギールはどこに居るんだ?」
「…ああ、ギールなら"執行者"の名が廃るとか言って"首狩りのジズ"を探しに行ったらしいです」
シエルは頭を抱え、溜め息をついた。
「…妙に静かだな」
「ええ。…血の臭いもします」
「それに、東ルオーナの兵士らしき死体がひとつもないです。まさか…」
右翼拠点を通りがかった三匹は、異変に気付いた。得物を手に取り、恐る恐る拠点に近付いていった。
「……何だ、これは」
シエルとアーサーは、顔を見合わせた。
拠点の周辺、そして内部には、赤黒く染まった累々たる死体の山が築かれていた。
「全滅じゃないか…一体どういう事だ」
「分かりません…こんな数、絶対に単騎では倒せません」
拠点の異様な様子に、傭兵達がざわめいた。
三匹は暫く佇んでいたが、作戦を思い出し、中央に向かった。
「数に負けるな!押し返せッ!」
中央では、他を遥かに上回る激戦の様相を示していた。
レノラは弓隊を指揮し、誤射に留意しつつひっきりなしに矢を放つ。
カルロスは味方に檄を飛ばしながら、ショヴスリを投擲した。風を切り、敵をニ、三匹貫く。
丸腰になったカルロスに、剣の切先が飛んできた。横っ飛びに突きを躱し、落ちていた剣を手に取った。
素早く斬り上げ、首を刎ねる。
「死ねッ!」
背後からの怒号。
振り向き様に剣で薙いだのと同時に、敵の振り下ろした剣を弾き返した。
斬り掛かって来たのは、キバゴだった。
「ぐっ…クソッ!」
キバゴは、懐からダガーを抜き出すと、カルロスに飛び掛った。
カルロスは、その短い切先に合わせて剣を振った。
「なッ…!?」
ダガーの刃は真っ二つに割れた。
そして、カルロスはキバゴの腹に回し蹴りを喰らわせた。
「かはッ…!」
「ふう……君、見た所傭兵じゃないね?しかも、まだ子供と見える」
地面に伏し、嘔吐するキバゴに歩み寄りながら語りかける。
「うっ……クソッ!傭兵めッ!」
語りかけに応じず、キバゴは折れたダガーを構え突進してきた。
しかし、カルロスはキバゴの顔面に拳を打ち付けた。ゴギッ、と鈍い感触が拳を伝った。
キバゴが後方に吹っ飛ぶ。
「質問に答えてよ。さもないと、君を僕の戦果にしちゃうけど」
カルロスは、剣を投げ捨てた。
キバゴは、よろよろと立ち上がり、折れて血を流す鼻を押さえながらカルロスを睨み付けた。
「な…何で…殺さないんだ…!」
「…聞きたい事があるからさ」
キバゴの睨み付ける眼差しが、一層鋭くなった。
「ふざけるな…!僕は何をされたって…!」
キバゴは再び、折れたダガーを力無く構えた。が――。
「何を…されたっ……て……」
とうとう、キバゴは倒れた。カルロスは暫く身構えたまま立っていたが、安堵し、長い溜め息をついた。
(何とか時間を稼げた…それより、早くショヴスリを取りに行かなきゃ)
カルロスは仲間を呼び、キバゴを縄で拘束して傭兵隊の拠点に連行するように指示した。
「ハァ…ハァ…とうとう、見付けたぜ…クソ野郎…!」
その声に反応した、フード付きの黒いローブを纏ったポケモンは、ゆっくりと振り返った。