第4話 怒りの矛先
俺は、まだ気になっていた。ヴィトルが"勝てる"と言う絶対的な自信を持たせた、その傭兵とは一体何者なのか。
拠点に向かう道の途中、俺は歩を止めた。
「どうしたの、オケアノ?」
ヴィトル達も、歩を止めて、俺に寄り添ってきた。
「いや…お前の言う、"勝てる"傭兵って言うのが、いまいち分からねぇんだ」
「ふうん」
ヴィトルは鼻を鳴らした。
「ま、実際に行動してみれば分かるさ」
「…ああ、そうだな。今はこの戦いに勝つ、それだけだ」
「それでこそオケアノだ。さ、早く行こう」
暗い面持ちのリギギ・ラグガなど他所に、ヴィトルは再び歩を進めた。
「軽傷者には、応急手当をしてやってくれ!重傷者は奥へ!」
左翼・傭兵隊の拠点では、件と思しき傭兵が、周りの仲間に忙しく指示を送っていた。
それを見るなり、リギギ・ラグガは、黙ってその傭兵に近付いていった。
「…何故だ。何故お前がここを仕切っている。ーークロト」
「…はっ」
リギギ・ラグガが"クロト"と呼んだそのゾロアークは、リギギ・ラグガの声に即座に反応し、振り向いた。
クロトは、呆気に取られた表情でリギギ・ラグガを見つめた。
「ど、どうして…どうしてアンタが…」
「…それはこっちの台詞だ」
怒気を含んで発せられたその言葉に、クロトは顔を歪ませ、その場で膝から崩れた。
「リッ…リーダー…!お、俺はッ…」
クロトが涙を流し、声を震わせて言葉を継ぐも、リギギ・ラグガは冷たくクロトを見下ろしていた。
「おッ…俺達は…俺達はぁッ…!!」
泣きながらも悲しみを押し殺し、クロトはとうとうリギギ・ラグガにこう告げた。
「ぎ…義賊団はッ……"首狩りのジズ"にやられてッ…壊滅したッ…!」
俺とヴィトルは、リギギ・ラグガの背後で顔を見合わせた。
俺の記憶には無いが、傭兵狩りに遭った際、救助に来たのはこの傭兵団と、リギギ・ラグガが以前率いていた、山賊団だったと言う。
規模などは聞いていないが、この傭兵団より遥かに少数だったそうだ。それでも、俺達含め、他の傭兵を解放した。それだけの実力があったと言う事になる。"首狩りのジズ"とは言え、たった一匹の傭兵に強者揃いの山賊団を壊滅させられるものか、と思った。
「他の団員は…殺されたか、散り散りに逃げていったか…そして、今ここに居るだけだ…」
壊滅した、と言う事実は、クロトと相違ない身なりの者達の少なさ、そして、クロトの涙が裏付けていた。
「…それは、本当なのか」
「嘘なんかじゃねぇッ!」
クロトは怒り任せに拳を振り下ろし、地面を殴った。
「…クロトよ」
リギギ・ラグガは、地面に突っ伏し、わなわなと不甲斐なさに震えるクロトの肩に手を置いた。
「覚えてるか、今度会ったら、酒でも飲もうって約束」
「えっ…あ、ああ…?」
なら良い、と呟くと、クロトの腕を、半ば強引に引っ張って立ち上がらせ、近くのテントへ引きずっていった。
俺とヴィトルも、慌てて跡を追った。
テントの中には、簡素な木の机と椅子が置かれ、その机上に酒瓶と木のコップが並べられていた。
テントの中には、ほのかに甘い香りが漂っている。恐らく、酒瓶の中は果実酒だ。
「まあ掛けろよ」
リギギ・ラグガは、身近にあった椅子にどかっと掛けると、俺達に促した。
全員が腰掛けると、沈黙が始まった。
「オケアノ、ヴィトル、お前ら酒は飲めるか」
「…オイラは、あんまり好きじゃないかな…ハハ」
ヴィトルはそう答え苦笑した。この気まずい雰囲気の中で酒なんか煽ってられるものか、と思った。
俺は飲めるが好きではないと返した。
「そうか」
それだけ言うと、クロト、そして自分の分の酒を注いだ。
「…リーダー」
「黙って飲め」
クロトの言葉を遮ると、リギギ・ラグガは一息に酒を喉へ通し、短く溜め息をついて、コップを机に叩きつけた。
「……不味いな、この酒。どこの誰が作ったか知らねえけど」
リギギ・ラグガは、淡々と言った。
「弔い酒っつうのは、本当に不味かったんだな。前に誰か言ってた通りだ」
そう言いつつ、リギギ・ラグガは再びコップに酒をなみなみに注ぎ、クロトに促す。
「お前も飲んだらどうだ、あの世じゃ酒なんて飲めやしねえんだろうからな」
クロトは少し躊躇っていたが、小さく頷くと、リギギ・ラグガに倣って一気に飲み干した。それを見て、リギギ・ラグガはふん、と笑った。
「…確かに不味いな…やっぱり酒は宴会で飲むに限る…」
クロトは天井を見上げた。
何を想っているのだろう。逝ってしまったかつての仲間だろうか。情けないと悔いているのだろうか。
「…そういや、何で俺をここに…?確かに、酒を飲もうとは言ったが…」
リギギ・ラグガは、すぐには口を開かなかった。
「……"首狩りのジズ"に襲撃された時、奴は何を得物にしていたんだ」