第3話 攻勢
「そろそろ起きろ。もう軍が動く時間だ」
全員に軽く張り手を食らわせて、無理矢理起こさせた。
軍が動くのは、大体どこの軍も朝の6時からだ。太陽の昇り具合から、もうじきと見える。
「んーっ……」
気だるそうに身体を伸ばすシエル達。俺はそれを横目に、いそいそと荷物を抱える。
「まあそう焦るな。軍が動くって言っても、戦闘に入るのはもう少し先だ」
「…実際に登るのは初めてなんだが、キツすぎるだろッ…」
ポッペンシュテイン山は、見た目からは予想出来ない様な崖、急過ぎる坂、他にも包囲された時の為の防衛策か、あちこちに逆茂木が設置されていた。
「本当にっ…疲れる事ばっかりだよ…」
ヴィトルが後ろで愚痴を小さく溢した。
「速く歩きなさいよ!余計に体力使うじゃない!」
レノラが怒鳴り散らすと、辺りに声が響いた。
「…怒鳴り散らす方がよっぽど体力使うじゃんか」
「黙って登れ。もし敵が出てきたらどうするつもりだ」
「あッ!」
「どうした!?」
突然、後方に居たノトスが声を上げた。
「気にするな。つまずいただけだ」
ノトスの代わりに、リギギ・ラグガが応えた。
「なら良いが…気を付けて登れよ」
4時間程かけて、ようやく頂上のジロンド城塞に辿り着いた。
その頃には、シエル達の体力は尽きようとしていた。
「全員居るな…中に入るぞ」
門が右手にあったので、外壁を廻る手間が省けた。
「…ん、誰だお前は?」
2匹居る門番の内、左側の門番が俺に名を問うた。
「傭兵のオケアノだが」
「なっ…何故お前がここに!」
2匹の門番が槍の刃先を俺に向けた。それでも、俺は動じない。
「…俺の仲間が、てめぇらの味方をしてる」
「な、何だと?」
とうとう、俺は焦れったくなって抜剣した。
「ひっ!」
「早くしろ。さもないとてめえの首が飛ぶぞ」
2匹の門番は、黙って何回も頷き、門を開けた。
「悪ぃな」
剣を鞘に収め、シエル達を呼んで城塞に入れた。
城塞内では、負傷兵とその看護に追われる兵士達が忙しく行き交っていた。
住民と思われるポケモンの姿や影は、一つとして無い。
「…見ろ」
俺はシエル達に促した。
「…綺麗に斬られてるな」
俺達の視線の先にあるのは、首の無い遺体。それも、雑兵とは違う装備を身に纏った者達だ。見渡すと、そこかしこに寝かせられている。
「"首狩りのジズ"か」
「ああ…間違いねぇ。俺達も、ああならない様にしないとな」
俺達は城塞を後にし、外で作戦を立てる事にした。
今も、山の裾野で怒号が響く。
「さて、ここの兵士から聞いた話だと」
ヴィトルが地面に紙を広げた。
各部隊の展開している場所を示した地図のようだ。
「主軍は中央に展開してて、右翼、左翼に大隊を配置。でも、右翼が壊滅して右ががら空きになった」
うーん、とヴィトルは唸った。
「肝心の傭兵隊は…主軍よりもずっと後ろで、前線には居ない」
はぁーあ、と長い溜め息をつくヴィトル。
「で…傭兵隊は3つに分かれてるね。中央の部隊にギール、右翼にアーサー、左翼に」
ヴィトルはそこまで言って、地図を独占した。
「ど、どうした?」
「これ…ラグガ、ちょっと見てよ!」
ヴィトルは、リギギ・ラグガに地図を渡し、"ここ"と指差した。
「……!な、何でだ…!?」
「だから、どうしたんだよ」
「どうしたもこうしたもねぇよ…何で"あいつ"が居るんだ…!?」
シエルは"ああ"と納得したが、俺には何の事やら、さっぱり分からなかった。
「このポケモンが居れば…勝てるよ!」
ヴィトルは目を輝かせて言った。
あいも変わらず、俺は理解出来ていない。
「そうと決まれば、早速作戦を伝えるよ!」
登るに辛い山は、下るのにも一苦労する。楽だと思ったが、逆に、斜面が牙を剥いた。何せ、罠だらけの急斜面の道を走って下るのだから、一歩間違えれば死ぬ。
そんなこんなで、俺達は何とか山を下れた。すると、暫く歩きもしない内に、傭兵隊と思われる集団が見えた。
「よし、じゃあ、オケアノとラグはオイラに付いてきてくれるかな」
ああ、と、俺とリギギ・ラグガは承諾した。
「で、団長はノトス、ネオンと一緒にアーサーの隊に向かってほしいんだけど」
「ああ、任せておけ」
「分かりました」
「レノラとカルロスは、ギールの隊に向かって」
「言われなくても行くわよ」
「分かった」
ヴィトルは頷くと、パンツァステッチャーを抜剣した。
「オイラ達の方で作戦の準備が出来たら」
と、パンツァステッチャーを∞の形に振った。
「拠点にある旗を振って合図する。そしたら、次にレノラ達が振ってくれよ」
全員、黙って頷いた。
「じゃあ行こう!"不屈の精神を我らに"!」
ヴィトルは嬉々としていたが、傍らに居たリギギ・ラグガの表情は、どこか、まるで望んでいない事が起きてしまった様な……そんな顔だった。