第1話 風邪
頭が痛い。内側から鈍器で殴られている様な、鈍く重い痛みが、寄せては返す。
加えて、灼熱に晒されているかの様に熱い。口から漏れる息が炎のようだ。
視界が、溶かした飴の様に歪む。目の前が様々な色に塗り替えられていく。そんな中で、何かが頻繁に聞こえてくる。
こんな状況でも、覚えているのは――
「――はッ…」
突然目が覚めた。妙に現実的な、夢では無い様な夢を見ていた。
テントの中だった。
起き上がると、額から布がするりと落ちてきた。微妙に湿っている。周りを見回すと、水の入ったたらいや薬の様なものがあちこちに転がっていた。
「……そうか……風邪、ひいてたんだっけ…」
喉が痛む。加えて幻聴も――
「――え?」
幻聴では無かった。いつの間にか聞き慣れた音。剣を打ち合う音、肉の裂ける音だ。
僕は跳ね起き、テントを飛び出た。
太陽の光が目に刺さる。けれど、そんな事を言っている場合じゃない。
視線の先には、散らばる死体と、その死体の血で染まったであろう――傭兵達が居た。
いつの間にか、剣戟は終わっていた。思わず、その傭兵達の元に駆けていった。
「あ……」
喉が思う様に機能せず、声が出てこない。
「あ…の……」
「……ん?」
振り絞った苦し紛れの声が、やっと届いた。
「ネオン!大丈夫なのか!」
内一人――オケアノが肩をがっしりと掴んで来た。
「い…痛いで…す」
「あ…す、済まねぇ…つい」
肩の骨が内側にめり込みそうだった。それほど心配してくれたのだろう。
そう思うと、何故か笑いが込み上げて来た。
「ど、どうしたんだよ」
「いえ…オケアノ君らしいな…なんて思いまして…」
俺らしい?と、首を傾げる。
「あ、別に深い意味は無い…ので……それより、血…洗って来た方が…」
今の状況は意外と怖かったので、血を流して来る様に提案した。
近くを流れていた川に向かってオケアノ――その他数名――が向かった頃、別の誰かがテントから出て来た。
「ネオン。もう大丈夫なの?」
「え、ええ…何とか」
カルロス君だった。
「あの…カルロス君は…」
「ん、ずっとテントの中に居たよ。僕が出なくても良さそうだったからね」
そんな理由で、と返すと、カルロス君は笑い飛ばした。
「あはは、オケアノが仲間の寝てるテントが攻撃を受けそうになったらどうするかなぁって見てたんだ」
「えっ」
すると、笑顔から一転、深刻そうな表情を浮かべて、こう言った。
「…オケアノ、何か思い詰めてたからさ」
「何について…ですか…?」
「やっと落ちたか」
全身血塗れだった俺達は、水浸しに成りつつも血を洗い流した。とっとと拭くなり乾かすなりしないと、今度は俺達が風邪をひく羽目になってしまう。
「それより、あの死体はどうする。放置なんか出来ないぞ?」
「油はあるのか」
シエルは
頭を振った。
「なら、埋めて処理するしか無えな」
本当は燃やして処理したかったが、止むを得ない。
「早く上がろう。仕事は早く済ませないとね」
「ああ」
ふと空を見上げた。日は地平線の彼方に沈み掛け、空は濃紺に飲まれようとしていた。
「…ん?そう言えば、あいつは何処に…」