第2話 1日目
あれから、特に何も起こらないまま俺達は夜を迎えた。
…いや、一つあるとすれば…
その夜を迎えるまで、俺はずっとカルロスに傷の手当てをされていた。
”あの時よりは良くなった”とか言ってたが、正直どうなのか。
傷自体、あまり負った事が無いのだ。
と、どうでも良い事を言っても仕方無い。
「おいオケアノ、来てくれるか?」
テントの中で寝ていた俺は、誰かにゆり起こされた。
「ん…何だ、お前か…」
俺を起こしたのは、シエル。
「何か用か」
「あー…まあー…そう、だなあ」
ハッキリしない声を上げる。
俺はそれに苛立ち、
「何も無いなら寝させてもらう」と告げた。
そう言って寝返りを打とうとした瞬間、シエルは慌てて俺を引き止めた。
「あー分かった!あるから!」
「あるなら最初から言えば良いだろ」
俺は訳が分からないまま、シエルの後を追った。
こんな怪我人を呼び出して、一体何のつもりなのか。
「実はさ」
唐突に、シエルは口を開いた。
「何だよ」
「話があるんだ。ま、ちょっと大袈裟な話かも知れないけど」
「はあ…。何でわざわざ外で」
「そうだな、俺は外が好きなんだよ。あんな狭い所じゃ、あんたも嫌だろ?」
そんなどうでも良い理由で、怪我人をわざわざ外に連れ出したのか。冗談だとは思うが。
俺は呆れて、溜め息をつく。
連れて来られたのは、近くにあった林を抜けた先――平原だ。
青白い月明かりが、全てを照らし出す。
「まぁその辺に掛けてくれ。立ち話もなんだしな」
俺は言われるがまま、身近な岩の上に腰を下ろした。
「で、さっき言った大袈裟な話ってのはなんだ」
少し間を置いてから、シエルはこう切り出した。
「あんたが連れて来た、ノトスとか言う子供の事だ」
「何だ、ノトスがどうかしたのか?」
シエルは月を見上げながら言う。
「あの子供がこの世界で生きていくには辛すぎる」
「そんなの当たり前だろ」
「当たり前だからだ」
暫く沈黙が流れる。
聞こえてくるのは、風に応じる木々のざわめきだけだった。
「知ってるか。今の多くの子供は、小さい内から軍人として生きるよう親から教育を受けるそうだ」
「!」
「それでだ。”僕は兵隊さんになって、王様の為に活躍するんだ”って言って、”死”を
恐れない精神を持ってしまう」
言われてみればそうだった。
今まで、戦場で何度も経験した事がある。
小さい子供が、奇声を上げて突撃してくる光景を。
片っ端から首をはねられていく光景を。
「だがあの子供は違う。”死”を恐れている。親から狂った教育を受けていない証だ」
「…」
「何で傭兵なんかになったんだろうな」
「…金を稼いで、家族を楽させたいから、と言っていた」
そう言うなり、シエルは唸り声を上げる。
「やっぱり、か」
「ああ」と、小さく返した。
「まともに働いたところで、金なんか稼げねぇからな」
二度目の沈黙。
「…なぁ、あんた」
「今度は何だ」
「率直に聞きたい。あんたは、あの子供をどうしたいんだ?」
言葉を濁らせる訳にはいかなかった。
だが、正直俺もノトスをどうしたら良いか分からなかった。あんな小さい内から殺しの技術を教えるのは如何なものだろうか。
かと言って、また”傭兵狩り”のような奴らに出会した時の事を考えると、自分の身は自分で守らなければならない。
「俺は」
「あれ…オケアノとシエルは?」
「居るぜ。お前の後ろにな」
そう言って、俺はカルロスの首に手刀を軽く当てた。
カルロスは「わっ」と声を上げ、俺を振り向いた。
「何だあ、ビックリしたあ…」
「後ろを取られんな。戦場なら死んでるぞ」
すると、横から「クックッ」と笑う声が聞こえてきた。
シエルがニヤニヤしながら、俺とカルロスのやり取りを傍観していた。
「どうしたの?シエル」
「いやあ、お似合いだな、って思ってさ。どっちかが女だったら、きっと良く出来た
恋人同士だろうなあ」
「お、おい!何言ってんだ!」
カルロスを一瞥すると、恥じらいを見せる所――なのだが、何故か嬉しそうな顔をしている。
「恋人、かあ。強ち間違いじゃないかもね」
「はあ!?お前まで何を」
「あれ?怪我のせいで思い出せない?僕がオケアノに…」
「お、何だ何だ?」と、ニヤケ面のシエルが入ってきた。
「カルロス、お前何かやらかしたのか?あのオケアノに」
などと言って、シエルとカルロスは笑い合う。
そうして俺は二人を追い掛け回した。
あの時、シエルにああ言ったものの、結局、俺の心は…
駄目だ。考える程、胸糞が悪くなってくる。
本当に、クソのような時代に生まれた事が悔やまれる。