第6話 鉄の心
「ふぅッ…段々と掴めて来た気がするぜ」
剣を回し、地面に突き立てる。”掴めて来た”等と言ったが、今は付いて行くだけで精一杯な位だ。
不躾にも剣を杖代わりにして、腰を落とす。
「すまねぇ…少し寝させてくれ」
「別に良いよ」
草の上に寝転び、大の字になる。
澄み切った真っ青な空を見上げ、ゆっくり目を閉じた。
―――どこだ?
真っ白で、何も分からない。立っているのかも分からない……夢…なのか。
そんな事を思いながら、俺は足を前に出そうとした。
すると、世界が突然切り替わり、打って変わって炎の燃え盛る――戦場に立っていた。
あちこちで誰かが誰かを殺し、そして又その誰かを誰かが殺す。今まで見て来た光景だった。
俺は、背に累々たる屍を築き上げているのに気が付いた。それも同じだ。
だが――不思議な事に、何故か俺の体には、血の一滴も付いていなかった。結論は――俺の身に
起こった。
鮮血が迸り、体の至る場所に付着する。それが誰の血だったか――考えたくなかった。
知りたくなかった。
「あ……ぐ……」
呻き声を上げ、俺の目の前に横たわる誰か。腕を斬り落とされたのだろうか…左腕が無い。
背中、腹等、あらゆる場所に斬り傷が確認出来る。そこから血が吹き出しており、地面を赤く
塗り潰している。
俺は何故か、その誰かをただ見つめている事しかしなかった。覚えている。こいつは――
「うおおおああああッ!?」
何かを振り払う様に飛び起き、辺りを見回した。
「オケアノ!?」
「はぁッ……い、今のは…」
ヴィトルが焦りの表情を浮かべた。
「オケアノ…?何があったの?」
暫く、俺は放心していた。自分でも良く分からなかった。たかが夢――夢だ。
誰かが死ぬ夢を見たって、本当に死ぬ訳じゃない――恐らく、だが――。それなのに、何故だ。
あいつが死ぬ夢なんか――
そう思った時、背筋に悪寒が走った。ある事に気付いたんだ。
――あいつは、俺以外の誰に殺された?あいつの事だから、易々死ぬ事は考えられない。
だとしたら――。
頭から水を被った様に、嫌な汗が
忙しく顔を伝っていき、草の上に滴となって垂れる。
ヴィトルが、必死に俺を落ち着けようとしているのを横目に見ながら、その内俺は気を失った。
「――――――う…」
「ハァ…良かったよ、死んじゃったかと思った…」
「ヴィトル…俺は…」
ヴィトルは何かを言おうと口を開け、結局何も言わなかった。
何故気を失っていたか、俺は分からなかった。暫く沈黙が流れる。
「オケアノ」
不意に、ヴィトルが声を発した。
「……悪い夢でも見てたの」
「…分からねぇ…ただ、妙な生々しさは覚えてる…」
又沈黙が流れ、静寂が深まる。すると、誰かがこちらへ向かって来るのが分かった。
「どうしたんだ」
足音が止まり、声を掛けられた。振り向くと、シエルが立っていた。
「何かあったのか?」
「……」
俺は口を開かなかった。今は何かを話したい気分じゃ無かったからだ。
「…あんたの事だ。俺もあまり深くは聞かないさ…ただ、一人で抱え込むより誰かに話して
みる方がよっぽど気が楽になるぞ」
見上げると、シエルは黙って頷いた。
「昨日あたりも言った気がするが、あんたはもう少し誰かを頼ると良い」
「…分かってる…分かってるが…」
言おうとした瞬間、風を切る音がした。それは俺の顔を掠めていき、地面に刺さる。
矢だ。
慌てて振り向くと、ならず者の様な
身形の集団――40人程だろうか――が、野営地を取り囲む様に陣取っている。
「てめぇがオケアノか…」
ならず者の集団の隊長格らしき奴が言った。
「…だとしたら、どうするんだ」
「へへ…てめぇをブッ殺して、俺らは金を頂くんだよ」
俺は確信した。こいつらは、恐らく林賊やら傭兵狩りやらの一団だろう、と。
「ふぅん…本当にそれで良いのか?あのオケアノだぜ」
シエルはスクラマサクスを抜く。
「何だァてめぇ?関係ねぇ奴が口を挟むんじゃねぇ」
「関係なくないな。何せ俺らは…」
不敵に笑みを浮かべ、シエルはこう言った。
「仲間なんだからな」
隊長格は、顔を歪めた。
「仲間だァ!?てめぇらたった3人しか居ねぇじゃねぇか!」
「…戦いは数だけじゃねぇんだぜ」
俺は言ってやった。
「てめぇら戦いっつーモンが分かってねぇ様だから、俺”ら”が直々に教えてやろう」
立ち上がり、剣を手に取った。
「纏めて来いや。俺としてはそっちの方が良いんでな」
シエルとヴィトルは頷いた。
「言われなくてもやってやらァァ!あいつらを殺せェェッ!」
隊長格はとうとう顔を真っ赤にして、部下達に突撃を命じた。
怒号を上げ、俺達に向かって来る。
「オケアノ、大丈夫か」
「ああ、もう体は十分に治った…いつもの様に剣を振るえる」
あちこちで断末魔が響く。いや、断末魔なんて聞こえないのだが。幻聴なのだろうか。
敵の腰の辺りを目掛け、剣を水平に振り抜いた。骨もろとも肉を斬り裂き、生々しい音と共に上半身と下半身が独立――血を吹き出しながら、上半身は宙を舞う。
それでも、敵は怯まずに歯向かってくる。
敵の足を払い、宙を舞った所に剣を突き出した。胴を貫き、敵はダランと脱力する。
「ぐっ……おい!もっと増援を呼べ!」
隊長格が怒鳴った。
ぞろぞろと敵が現れ、間髪を入れずに突撃をかましてくる。
「まだ来るのか…」
少々呆れつつも、敵を薙ぎ払っていく。
「ええいッ!矢だ!矢を射て!」
隊長格は忙しく部下達に催促し、矢を放たせた。
弓弦が音を立て、矢は唸りを上げて俺達に飛んでくる。俺達はすかさず矢を弾き、前進する。
――そこで俺はハッとした。
俺の視線の右前方に――カルロスの寝ているテントがある。そこへ、矢が心を持たずに
飛来する。
「クソッタレがッ…!」
力を振り絞って飛び込むが、既に――――
「そらァッ!」
突然現れた誰かが、矢を一刀両断した。辛うじて矢はテントに到達しなかったが、この
誰かが来なければカルロスは死んでいた――
「よう、オケアノ…だろ?」
地面に横たわっている俺を横目に、そいつは言った。
俺と同じ――傭兵の匂いがした。
「”マーク・ルピア”――助けに来たぜ」
ニヤリと口角を上げて名乗った”ワカシャモ”は、俺の手を取って立ち上がらせてくれた。
少しふらつきながらも、俺は前を見据える。突然こいつが現れたのが功を奏したのか、敵は身動ぎ出来ずにいた。
「…オケアノ」
「何だ…お喋りなら今の内だぞ」
短い会話を繰り広げる間にも、シエル達は敵を掃討して行く。
「俺は”守り”が得意なんでね」
”鉄心”と言う二つ名から、どういう事かは大体予想出来ていた。
「前に出るより、本陣を守る方が良い――が、折角だから一緒に戦わせてくれるか」
「駄目だ」
俺はきっぱり言った。マーク・ルピアの顔が一瞬凍りつく。
「な、何でだよ!?」
「…さっき、あそこに居る奴に向かって言ったんだ」
マーク・ルピアを押し退け、前に出る。
「”戦いは数だけじゃない”ってよ…援護に来て貰って悪いが、後ろに下がっててくれ」
そう、あんな事を口走ってしまったばかりに、これ以上数を増やす訳にはいかなかった。
ましてや、こいつの実力が分からない。矢を斬ったのは、本物の証か、はたまた偶然か……
「…分かった」
悔しそうな声で了承したマーク・ルピアは、前線を押し上げる俺達の後ろへ下がった。
刀身は血にまみれ、剣先から血が滴る。足下の草を、赤く染めていく。
気を取り直す様に剣を振るって、べったり付いた血を払った。
戦局は、相変わらず俺達に傾いている。所詮、林賊はこんなもんなんだ。
――と思っていたのだが、斬れども斬れども、敵の増援は止まる事を知らない。流石に、俺達も息が上がる。空気を貪りながら、敵の波を駆け抜けて行く。景色が流れて行き、気が付けばそこは血の海と化していった。
「オケアノッ!」
突然誰かに呼ばれ、意識を取り戻した。
目の前には矢の雨が迫っており、これはもう、俺でもお手上げ――どうしようも無かった。
シエルやヴィトルは、俺よりも遥かに離れてしまっている。マーク・ルピアも――
「……は?」
思わず、間抜けた声が洩れた。影が俺を横切ったかと思えば、弾き返せるだけの矢を必死に
弾き返す誰かが俺を庇っていた。
その誰か――カルロスでは無い。槍では無かった。
「全くよぉ…だから俺は”守りが得意”だって言ったんだ」
ワカシャモ――他ならぬ、マーク・ルピアだった。
俺は自分の目を疑った。マーク・ルピアは、俺の後方――60m程後ろ――に居た筈だ。
それが、何で今俺の目の前に居るのか、さっぱり分からない。
「俺は絶対に諦めない――”鉄心”の名に掛けても、な」