第5話 戦線復帰へ向けて
少し寝ぼけながら、テントの幕を捲った。
誰も起こしに来なかったから、恐らく俺は寝てても良かったんだろう。
「あ、オケアノ」
ヴィトルが俺に気付く。”パンツァステッチャー”を操りながら、視線をこちらに向けた。
「もっと寝てても良かったのに」
予想通りだった。
「そう言う訳には行かねぇよ…寝てばっかいると、どうも気分がスッキリしねぇ」
「…って事はつまり…」
久し振りに俺は剣を手に取った。
軽く作ってはあるが、暫く持たなかったせいでやけに重く感じる。まぁそれは良いとして…
よりにもよって実戦相手がヴィトルになってしまった。別に嫌いとかそう言う訳では無いのだが、
”愚者”と呼ばれているこいつと戦うのは何となく気が引ける。
「準備出来た?」
「…ああ」
小さく返して、剣を構えた。刃こぼれ無し――錆無し――
刃が日の光を反射して輝く。
「それじゃあ――闘るよ」
ヴィトルは一瞬にして俺に詰め寄る。かと思う間も無く、鋭い一閃が目の前に飛んできた。
体を捻り、突きをかわす。パンツァーステッチャーの刃先が空を斬る。
「やっぱり…噂に違わぬ瞬発力だね――けどっ」
ヴィトルも体を捻らせ、さっきの突きの勢いを殺さず”無い刃”で俺の腹目掛けて斬り掛かって――いや、殴り掛かって来た。間一髪の所で打撃を防ぐ。金属音が辺りに谺した。
鉄が擦れ合い、火花が散る。
「ちぃッ…それは流石に予想してなかったぜ…」
パンツァーステッチャーを弾き返し、距離を取る。
「っ
痛…」
右腕に痛みが走る。咄嗟に腕を引っ込めてしまった。
間髪を入れず、再びヴィトルが突進してくる。
「ぐッ…!」
逆手の剣を振り抜き、突きを払う――筈だった。ヴィトルは剣の射程外で急停止したんだ。
剣は勢いに乗って空を斬り裂く。お陰で俺は全身隙だらけになってしまった。
「はッ!」
首を掠め、突きが飛んで来た。パンツァーステッチャーは俺の首を抑えている――つまり、
俺は”負けた”んだ。
「くッ……」
「ふぅっ…オイラの勝ち、だね」
あっという間に勝負は決した。ヴィトルはパンツァーステッチャーを引き、鞘に収める。
俺は、暫く呆気にとられていた。
怪我があるとは言え、ここまでやられるとは…
「勝っちゃった♪」
のほほんとした調子で言うヴィトル。
「良いリハビリになった?」
「…少しはな」
ヴィトルの案内で、傭兵団弓隊隊長・レノラの訓練を”見学”する事になった。
レノラは一人、数百メートル離れた木に向けて”ロングボウ”――弓の一種――を引いている。
ここで俺は一つ、”ある事”を思い出した。
”ロングボウ”の扱いに長けた、北西の島国”イングラテ王国”――。
この王国は、北方の属国”スコーティエ伯国”との”フォルカークの戦い”、そして同じく
属国だった”ウェルズ王国”との”アデリスの戦い”で”ロングボウ”を使って勝利――制圧し、瞬く間にイングラテ王国は2つの国を併合した。
レノラの弓を引く姿勢は、目を見張る美しさだった。
そんな事を思っている内に、弦から矢が離れ、目標の木に向かって真っ直ぐ飛んで行く。
「――命中…」
レノラが小さく溢す。矢は木のど真ん中に突き刺さり――貫通していた。
「やぁレノラ」
「……あら、ヴィトル…に、オケアノまで」
ヴィトルに声を掛けられるまで、俺達に気付かなかった様だ。
「中々…良い腕だな」
「当たり前でしょう?私はあのイングラテ王国出身なのよ?これぐらい出来て当然だわ」
呆れた様に返すレノラ。自分の腕を驕るのが癪に触る。…まぁ、実際に凄いから何とも言えないのだが。
レノラは弓をクルリと返す。
「まだこんなの序の口よ?400位離れても当てれるわよ?」
得意顔で言う。誰も見たいとは言っていない。
「遠慮しとく…俺はまだ用事があるんでな」
「む、自分から来といてそれってどうなの?」
俺が自ら来た訳じゃない。ヴィトルに連れて来られただけだ。
「兎に角、俺は行くぜ」
俺はそう言うと、ヴィトルに目で”行くぞ”と促した。
歩いていると、ヴィトルは”あっ”と何かを思い出したらしく、突然足を止めた。
俺はヴィトルの背中にぶつかり、鼻を痛めた。
「ってぇな…どうしたんだよ」
「そうだ…オケアノ、今、皆んなが攻略に出てるんだけど」
「どこにだ」
ヴィトルは俺を振り向き、身を乗り出す。
「ここから西に20km――”レジャワール城塞”さ」
「レジャワール…つまりここは、”東ルオーナ国”の中か?」
東ルオーナ国は、アンダルジ候国の南に位置する国だ。そこから北東へ進むと、”北の帝国”が待ち構えている。
何年か前までは”神聖ルオーナ帝国”と呼ばれていたが、内部分裂や革命で東西に分裂した。以降、東ルオーナ国と西ルオーナ国は、直接的な戦闘はしなかったものの、干渉を繰り返していた。しかし、東ルオーナ国から鉄や鋼と言った軍事的資源が見つかると、西ルオーナ国はここぞとばかりに軍を動かした。更に、東ルオーナ国の首都・コンスタンノープルは、貿易都市として栄えている。それにつけこんで、侵攻を始めた。東ルオーナ国は、突然の出来事に対応出来ず仕舞い――結果、国土の4分の1を失う羽目になった。
「まぁね。ここの軍から雇われてるんだ」
「そうか……所で、あの傭兵狩りの砦は東ルオーナの中だったのか」
「いいや、アリカンテの領土だったよ」
最近、色々な事を忘れている感じだ。
「まぁどこの国にも居るからね…それに、国も賄賂を渡してあいつらを行動させてるし」
どれだけ腐り切っているんだ、この世界は、と俺は思った。
吐き気と虫酸、怒りが同時に走った気がした。
「……そうか……それで、そのレジャワール城塞はどっちの支配下なんだ」
「今の所はこっちらしい。けど、向こうの攻撃が激しい上に、”首狩りのジズ”が居るんだ」
”首狩りのジズ”―――
そいつは、南の大陸に位置する”ザラエ王国”出身の傭兵だ。かなりの強者らしく、前から有名な奴だった。
”首狩り”と呼ばれている理由は、”敵の首を斬り飛ばし、戦闘後に回収するから”だそうだ。何とも気味の悪い話だ。
ジズの得物は、”ファルクス”と呼ばれる曲刀。鎌の様な刃を持ち、手足の1本や2本、簡単に斬れる。
「ヴィトル、さっきお前”今の所はこっちらしい”って言ったよな」
「うん」
「…って事は、戦況が変わらないのか?」
ヴィトルは頷いた。
「ギール達から報告は来てるんだけどね」
俺は段々、イライラしてきた。戦況が変わらないと言う事に対してでもあるが、何より今回は"傭兵が攻勢に出ていない"と言う事だ。無敗と畏怖されている傭兵団だ。一度戦場へ出れば、一瞬で戦況が変わる筈だ。いくら向こうに"首狩りのジズ"が居るとは言え、退ける事位は出来る。それが、何故変わらないのか。兎に角怒りが込み上がって来る。
「僕達も援軍として行くから、リハビリも兼ねて訓練してようよ」
「…ああ」
そうして、俺は再び剣を手に取った。