第4話 2日目・夜
気が付けば、月が空に昇っていた。と言うのも、俺は相変わらず寝ていたんだ。
色んな奴から”寝てろ”の嵐。流石に俺も、それに逆らう訳には行かなかった。
全身に怪我をしてるんだから、当たり前っちゃ当たり前なんだが。
それでも、寝てばかりいるとどうにも気が滅入ってしまう。
「どうする?"朝日"でも聞く?おとぎ話だけど」
体の自由が効かないのを良い事に、カルロスはニヤニヤしながらそんな事を言ってきた。
舌打ちをし、そっぽを向く。後ろでクスッと笑う声が聞こえた。
少しの苛々の中、俺は一つだけ疑問を抱いた。
俺達傭兵は、おとぎ話なんて一つも知らない。だが、カルロスは明らかに”知っている"口調"だった――ましてやこんな時代、おとぎ話を子供に読み聞かせる家なんか無い筈だ。
それに…"あの時"、俺は"戦争で親を亡くした"とカルロスに言った所――キレた。
つまり……カルロスには親が居た…?それも、裕福な……。
頭の近くに置いてあったランプの灯が、ボウッと揺らめいた。
暫くテントに居ると、シエルがやって来た。
「あ、シエル。随分早いね。皆まだ起きてるのに…どうかした?」
「別にどうもしてないぜ。ただ、今日位は早寝してみようと思ってさ」
カルロスは”そっか”と返す。シエルは静静と寝袋に入った。
「じゃあ…僕達も寝ようか」
「…ああ」
俺はランプの灯を吹き消した。
テントの中は、驚く程静かだった。
向こうで聞こえる、傭兵団の面子のざわめきを除いて。恐らく、作戦会議か何かでもしてるんだろう。
月明かりが、テントの薄い壁を介して俺達に淡く降り注ぐ。
「なぁ」
不意に、シエルが小さく声を発した。
「…俺を呼んだのか?」
「ああ」
少しの間。
「……あんたはさ、カルロスの事どう思ってる?」
「は…?どう思ってる…?」
「そう。あ、好きとかそう言うのじゃ無いからな」
当たり前だ。
「………どう思ってるか……」
直ぐには口に出なかった。何せ、"カルロスをどう思ってるか"なんて気にしなかったから。
最近、シエルにはつくづく悩まされる気がする。
何故こんな質問ばかりして来るのだろうか。意図も無く質問してくるなんて到底思えないが。
…何だろう、俺は結局、"仲間"と言うのが分からないまま来てしまったのだろうか。
「…分からねぇよ」
「はぁ?」
そう答えると、シエルは呆れたような声を出した。
「俺さ…ある戦場でカルロスと出会すまでは、一匹狼だったんだ」
ゾロゾロと言う足音が聞こえてくる。話が終わったんだろう。
「…で、俺はカルロスを負かした。結局戦いは勝ったんだが…カルロスは何故か"一緒に行きたい"とか言い出して、俺は引き受けた。本音は、嫌だったがな」
俺は言葉を継ぎながら、シエルに語る。
「最初は俺、"一緒に行動なんざ、邪魔になるだけだ"って思ってたよ」
「ふぅん」
「解放戦争の時も、俺は一人突っ走って敵の大将を殺した」
あちこちから、話し声が聞こえる。
「それからリギギ・ラグガとノトス、アランと出会って…傭兵狩りに遭った」
いつの間にか、そこらから笑い声が飛び交う様になった。
少し静かにして欲しいものだ。
「…俺はあいつらが捕まっても、何も出来なかった。いや…何もしなかった、なのかもな…」
俺は溜め息をついて、言葉を継ぐ。
「あいつらは…俺を慕っていた筈だ。だが…俺が何もしなかったせいで、きっと俺を見損なっただろうぜ」
カルロス達は、俺にいつも通り接してくれていた…が、心から接してくれていた気はしなかった。不思議と、そう感じたんだ。思い込みかも知れないが。
「俺は独り善がりだった…だからああいう不測の事態に」
「あー、もう…ぐちゃぐちゃうるさいぜ」
突然俺の言葉を遮って、シエルが突っ込んだ。
「ハァ…さっきから聞いてればよぉ…俺が俺がって、何でもかんでも自分のせいに
するなよ」
「自分のせいにするな…?」
シエルは”そうだ”と頷いた。
「傭兵狩りに会ったのは想定外だったろう。俺は知ってるぜ…生き物って言うのは、"想定外の出来事に出会すと何も出来ない"んだ。実際、俺だってそういう場面は幾度と無く経験してきてる」
「!」
「何も出来なかったって言うのは、あんたのせいじゃ無いんだ。あんただって、動きたかったのに動けなかったんだろ?」
俺はただただ、黙っている事しか出来ない。
「それにな…本当に心から慕っている奴は、絶対に裏切らない」
「…何でそう言えるんだ」
「……それはな――」
「――ん…」
いつの間に眠りに落ちたんだろう。目を開けると、既に3日目の朝を迎えていた。
寝返りを打って、隣を見やる。カルロスもシエルも、静かに寝息を立てている。
俺は上半身を起こす。相変わらず怪我は痛むが、それでも大分良くなった。
「……」
俺は、昨日の夜シエルと話した事を思い出していた。
シエルが"心から慕っている奴は裏切らない"と言っていた理由…
幸い記憶力が良いから、いつの間にか寝てもハッキリと覚えている。
「――――…か」