第3話 2日目
俺はすっきりしない気持ちで目覚めた。横では、カルロスとシエルが寝息を立てている。
何となく、俺は外へ出てみた。
「……」
テントから出た瞬間、
微風が俺の体をなぜた。空は瑠璃色に染まり、”夜明け”と呼ぶに相応しい。
「あの」
その光景に、柄にもなく見惚れていた俺は、誰かに声を掛けられても気が付かなかった。
ハッとして我に帰ると、目の前にアーサーが立っていた。
「体の方は、もう大丈夫なんですか?」
良く良く考えてみると、当たり前のように地面に立っていた。
まだ少し体は痛むのだが。
「ああ」
「そうですか…。良かったです」
澄んだ声だ。何故こんな奴が傭兵などという汚い仕事をしているのだろうか。
「何か用があったか」
「ああ、いえ。私、いつもこの時間に起きるんです。この空が好きで」
珍しい趣味だ。
「変ですよね」
「別に構わねえよ。そう言う趣味位あったって、俺は良いと思う」
そう言うと、アーサーの表情が少し明るくなった。
「…有難う御座います」
礼を言われるような事を言っただろうか。
「良いですよね、こう言う空。何て言うか、心が安らぐと言うか、原初の自分に戻れる気がするんです」
俺は黙って聞いていた。
太陽がゆっくりと昇り始めている。その様子を、俺とアーサーは眺めていた。
「…オケアノさん」
突然、アーサーが俺を呼んだ。
「何だ」
「その…オケアノさんの目、赤いじゃないですか」
「それがどうかしたのか?」
「目が赤い人は、”西洋”と”東洋”のハーフだと聞いたものですから、そうなのかと」
俺もそんな話を聞いたような気がする。
ただ、親の顔など知らない俺にとっては、”西洋”も”東洋”も関係無い。
目が赤いなら、赤いままで良い。
「すみません…下らない事を」
暫くして、カルロス達がテントから出てきた。それに呼応して、傭兵団の面々も起きてくる。
「オケアノって、いつから起きてた?」
目を擦りながら、カルロスが聞いてくる。
具体的な時間は良く分からなかったから、俺は、
「そうだな…空が瑠璃色に染まる頃、とでも言っておくか」
「ほほお、大分ロマンチックな事言うじゃないか」
横からシエルが入ってきた。
「またお前か…本当、他人の話に首突っ込むの好きだな」
「明るく振る舞ってないと、自分を見失う気がするんだよな」
シエルはさらりと言ったが、潜む苦悩を感じ取れた。
「そう言えば、ネオンの様子はどうだ」
「ああ、大分良くなったそうだ。まだ風邪の症状は残ってるけどな」
”そうか”と小さく返して、俺はカルロスを一瞥した。
「…お久しぶりです」
ごほごほと咳こみながら、ネオンは言った。
ネオンの身体のあちこちに、俺と同じような傷の数々が刻まれていた。俺より幾分も浅いものだったが。
「すみません…風邪なんか引いちゃって…」
「気にしなくて良いよ。オケアノなんか、全身に包帯を巻いて何日も動けない羽目になったんだから」
皮肉を言われた気がした。実際そうだが。
「あの…ここって一体」
「傭兵団ルヴィストンの野営地だ。お前は覚えてねぇかも知れねぇけど」
ネオンは唖然としている。”あの傭兵団が”とでも思っているのだろう。
「詳しい事は色々省くが…俺達は助けて貰った。お前の看病もしてくれた」
「そう…だったんですか」
「暫くはここから動かない…いや、動けない。俺達がこんなだからな」
ネオンの見舞いを終えテントを出ると、背中に”パンツァーステッチャー”――両手刺突剣――を
携えたブイゼル――ヴィトルが立っていた。
「ヴィトル。どうしたの?」と、カルロス。
「何かあったの?」
「いいや、別に用は無いんだ。ただね」
そう言って、ヴィトルはパンツァーステッチャーを抜き、刃先を俺に向ける。
俺とカルロスはぎょっとし、顔を見合わせた。
「オケアノと戦ってみたくてね」
「な、何言ってやがる!」
まだ怪我が完治していない為、剣はまだ握れない。その上、テントに剣を置いてきている。
何かの冗談じゃないのか、そう言おうとした矢先…
「…なーんてね、冗談だよ」
冗談だった。それも、心臓に悪い冗談。
ヴィトルは再び、パンツァーステッチャーを背中の鞘に納めた。
「ヴィトル!」カルロスは声を張り上げる。
「そう言う冗談は程々にっていつも言ってるじゃん!」
「ごめんごめん。どんな反応するか気になって」
どんな反応するか気になって、だと?
その言葉を聞いて、俺は思わずプッツンと切れそうしそうになった。
歯を食い縛り、怒りを抑える。
「ごめんね、オケアノ…ヴィトルっていつもこうだから」
何てことだ。俺はこれから、しょっちゅう心臓に悪い冗談を吹っ掛けてくる
奴と一緒に生きていかなきゃならねぇのか。
俺はその場に腰を下ろし、空を見上げる。