第8話 決着
「畜生ッ!畜生ッ!!」
そう叫びながら、俺は砦の中を駆け抜けていた――叫んでも、オケアノが戻って来る訳が無いのは分かっていた――。
俺は、ネオンとカルロスの居た地下室に戻って来た。
相変わらずカビの臭いと寒気が凄いが、今は気にしている場合じゃない。
「オケアノ!どこに居るんだ!」
自分の声だけが虚しく谺する。
「ここじゃ無かったら…一体どこに居るんだ…ッ!」
舌打ちをし、部屋を飛び出た。松明の仄暗い灯りに照らされる地下を見回して、壁を蹴った。
その時、今まで気が付かなかった”鉄の扉”を蹴っていた。一見するととても強固そうな扉だが、錆のせいで簡単に壊せそうだった。
「…まさか…!」
俺は鉄の扉に向けて構え、剣を振った。
鉄の扉は音を立てて吹き飛び、扉の先が明らかになった。
そこには、張り付けにされているオケアノと、驚愕しながら今にも剣を刺そうとしている、マールスのクソ野郎が居た。
「とうとう見付けたぜクソ野郎ッ!!」
溜まりに溜まった怒りが爆発する。
オケアノは全身に醜い傷の数々を負い、顔を項垂れていた。
「おおおお!!」
それを見て、俺の怒りに更に火が付く。剣を構え、奴に目掛けて突撃した。
「絶対に許さ―――」
言い終える前に俺の横を黒い影が過った。
かと思う間もなく影はマールスの背後に回り、手刀を食らわせた。
マールスは床に倒れこみ、ピクリとも動かなくなった。
「だ、誰だ…」
「…アラン・ノゼル・ベリーワークス…知っているだろう?」
静けさの奥に、純粋な殺気を感じさせるこの声。
確かに、あの”アラン・ノゼル・ベリーワークス”だ。
「お前…何でここに」
「…会っただろう…あのフタチマルに」
どういう事なのか、まるで分からない。
「私は…あのフタチマルの仲間なんだ…」
何故居なかったかは、言うまでもない。
いや…居なかったというよりは、”気配を感じさせていなかった”のだろうか。
「伝えるのが遅れて済まなかった」
「…そんな事よりも、オケアノの解放が先だ。急いで下ろしてやってくれ」
「ノトスを頼むよ…シエル」
「ああ…。こんな子供まで……」
僕は自責の念にとらわれながら、ノトスの事をシエル――僕の仲間のフタチマル――に託した。
ショヴスリにベッタリと付いた血を見て、さっきの出来事が蘇った。
「ねぇシエル…」
「何だ、カルロス」
「やっぱりさ……子供が傭兵なんかやるモノじゃないよ」
「当たり前だろ。最も、俺達みてぇなのは別かも知れんがな…」
その言葉は、僕の心に重くのし掛かった。
知ってる。知ってるよ。
けど―――その”当たり前”が通用しないのが今なんだ。
「カルロス」
突然、低い声が僕を呼んだ。
慌てて振り向くと、オケアノを抱えたラグ…そして、あのアランが居た。
「ラグ…」
「何とか救出には成功した…が、怪我が酷い。暫くは戦場に出られんだろう」
オケアノを一瞥する。
最後に見た時より、酷くなっていた。
多分、僕より酷い筈だ。
「……う……」
誰かが小さな唸りを上げた。
「オケアノ…?」
「…カルロス…か……久し振りだな…」
かすれ声…だけど、声はしっかりオケアノだった。
「はは…久し振り…オケアノ…!」
―――情けねぇ。
俺は心底そう思っていた。
正直、カルロス達には顔を合わせたくなかった。だがどうせ俺が居なかったら、死んだだの何だのと喚いただろうから。
「…オケアノ、実はコイツも連れてきている」
リギギ・ラグガは、そいつを乱雑に投げ出した。
マールスだ。
「俺はさっきまで、コイツをブチ殺してやろうと思っていた。だが、こんな奴の血で
俺の信条を穢すなんて事は絶対にしたくねえ」
「つまり…俺にやれ…と…」
「ああ…今のあんたにゃキツイかも知れねぇが、あんたしか居ない。一番侮辱されたのはあんただからな」
そう言うと、リギギ・ラグガは俺をゆっくり立たせた。
久し振りに地面に足を付けた気がする。
足がふらつくも、俺はコイツを――
横たわるマールスの腹を軽く蹴り、目を覚まさせた。
「……ん?」
「よう……」
思うように声が出ない。
「どうだ…?最悪の目覚めの気分は…」
「な、何を……ひッ!?」
マールスは辺りを見回し、情けない声を出した。
「こ、これは」
「テメェの仲間は全滅した。で、ここに居るのは…俺の…」
そこまで言って、言葉に詰まる。
仲間、と言う言葉は知っている。が、果たして仲間と呼んで良いのか。
俺は少し葛藤した。
「仲間だ!」
声を張り上げたのは――カルロスだった。
カルロスを振り向くと、ニッと笑った。
そうか、仲間か。
「そう言う訳だ」
「た、頼む!許してくれ!償いなら何でもする!金だっていくらでも」
「生憎だが」と、言葉を遮った。
「俺はそういう男じゃねぇんだよ。ましてや、償いなんざいらねぇ」
俺は声を振り絞る。
「それに…俺”達”はテメーを許す気はハナからねぇんだよ」
拳に力を込め、マールスの顔面目掛けて突き出した。
拳は顔面にめり込み、骨を砕いた。マールスは後ろに吹っ飛び、血を吹き出した。
「…テメーは正真正銘の最低な男だぜ」