第6話 止まない雨は無い
オケアノの処置まで、とうとう2日。
長かったと言えば長かっただろうし、短かったと言えば短かった。
翌日も雨は降っていたけど、昨日よりは小降りになっている。
朝方騒いでいたからか、少し気分がスッキリした。
ベッドから飛び起きるなり、ネオンの体調を確認する。
「…駄目だ。全然良くなってない」
ネオンは、依然として高熱、風邪を患っていた。
当然と言えば当然だった。何せここは、布団が無い上に嫌に風が通る。
雨のせいで冷えているから、尚更だ。
どうすれば―――
「どうしたの?」
僕の肩を誰かが叩いた。
振り向いた先に居たのは、ついさっき起きたと思われるウェルク。
欠伸をしながら、そう問い掛けてきた。
「ネオンの風邪が良くならない所か、酷くなってる気がするんだ」
「看病してやらなかったのか。時間はあった筈なのに…」
歯痒い気持ちになった。
こんなに辛そうにしているネオンを、ただ見ている事しか出来ないのか、と。
そんな僕を尻目に、ウェルクは格子窓を覗いてこう言った。
「でもカルロス…案外早く来るかもしれないね」
「えっ?」
外へ出て仕事をする頃には、空を覆っていた鉛色の雲はほとんど無くなり、雨も止んでいた。
一気に降ったからだろうか。
空を仰ぎながら、外に連れ出された。
いつもと変わらない作業をしていると、昼まではまだ2時間程あるにも関わらず、鐘が鳴った。
「集合!」と、呼び出しが掛かった。
砦内で働いていた傭兵達が、一斉に集まる。
僕とウェルクも、渋々声の元へ走った。
「これより、マールス殿にお話し頂く!
絶対に聞き逃すな!」
正直、あんな野郎の声を聞きたくないし、顔も見たくなかった。
ヌッと現れたマールスは、腕組みをしながら話し始めた。
「さて…話と言うのは他でも無い。既に聞いていると思うが、2日後、ある一団がこの砦を潰しに来るそうだ」
一団――。
僕は悟った。
山賊団と傭兵団。きっとそうだ。情報が漏れてしまったのだ。
しかし、ウェルクは案外早く来るかも、と言った。もしかして――。
「まぁ簡単な話…そいつらを返り討ちにしてやれ」
「出来る訳無い」
僕は声を大にして言った。
その場に居た全員が僕を振り向く。ウェルクの姿は、無い。
――分かっている。今の僕には何も出来ない。
けれど、分かっているからこそ、黙っている訳には行かない。多くの仲間が立ててくれた作戦を、無駄にはしない。
「…何だって?」
「耳がイカレてるのかい?出来る訳無いって言ったんだよ、クソ野郎」
そう言った瞬間、マールスの額に青筋が立った。
「ほう…良くそんな口が聞けたモンだな」
ジリジリと詰め寄って来る。
僕はピクリともしなかった。この後、どうなるか知っているから。怖くなかった。
マールスの拳が眼前に迫った。思いっきり拳を食らった。
脳が揺れ、きな臭い匂いが広がった。
けれど、もう慣れている。今なら、こいつの拳も痛くない。
それに、仲間が黙っちゃいない。
「――何だ…?地震か?」
地面が小さく揺れ始めた。
その揺れは、次第に大きくなった。そう、地震なんかじゃない。
仲間だ。
「突っ込めッ!」
怒号が砦内に轟く。
その低く強い声は、聞き覚えのある声だ。
マールスの背後に立っていたクロトは、ニヤリと笑った。
「やっぱり…その声だぜ」
目にも留まらぬ速さでマールスの背中をダガーで斬り付けた。血が吹き出し、ぬかるんだ地面に伏した。
周りに居た傭兵達は、狼狽している。
「自由を求めるなら――戦え!」
その一声で、傭兵達が鬨の声を上げた。
すかさず僕も立ち上がり、武器庫に走っていった。
突然の奇襲に、砦内の傭兵狩り共は対応出来ずに倒れていった。抵抗を試みる奴も居たが、それは意味を成さなかった。仲間が絶えず敵陣に雪崩れ込み、斬り伏せていく。
俺は敵の攻撃をいなし、先へ進む。
「本当に斬らないんだな。リギギ・ラグガ」
あのフタチマルが話し掛けてきた。
スクラマサクス――サクスという短剣を刀剣サイズにした武器――を振り、血を落とす。
「一度決めた事だ。曲げるつもりはねえ。それにコイツは斬れない」
「斬れない?面白い奴だな」
「お喋りが過ぎた。行くぞ」
「言われなくても行くさ。仲間が待ってるんだ」
「あった…!」
武器庫から、僕の使っていた”ショヴスリ”――ウィングド・スピアの発展型――を見つけた。
僕は深呼吸をし、気持ちを入れ替え武器庫を飛び出た。
砦は制圧寸前まで追い詰められており、傭兵狩り達の死体があちこちに倒れている。
突撃して行く山賊、そして傭兵達。
集団の中から高々と掲げられている赤地の旗。そこに描かれているのは
”交差した金の剣、そして上下に描かれた白と黒の獅子”。
カルロスは、その紋章の意味を知っていた。”不屈の精神を”。カルロスは感極まる。本当に来た――と。
その旗を掲げるのは、他には居ない。その傭兵団は――
ルヴィストン傭兵団