ふれあい
また明日


 ジラーチの眠りを護る、キュウコンの一族がいる。

 一族のはじまりは、彼と出会った彼女がついた、ひとつの嘘だった。
 それは、とても優しい嘘で、とても酷な嘘で―――。



◇ ◆ ◇



 ぼくは空を見上げていた。
 きらきらと瞬く星屑だけは、千年前と何も変わらないことを、僕はこの七日間で初めて知った。
 ジラーチとしてこの世に生まれ落ちたのは、ぼくの感覚としてはついこの間のこと。
 なのに、生まれ落ちて眠りに就いて、次に目を覚ましたら、千年という時が流れていたなんて。
 ただ眠たくて、寝たくて、その欲のままに、ほんの少しだけ眠ろうと思っていただけなのに。
 そして今、とても眠たい。
 この眠さには覚えがある。
 一日を過ごした疲れを癒す眠さとは違う。ぼくはこれから、また千年の眠りにつこうとしているんだ。
 じわりと、見上げていた星屑が滲んだ。
 一つ、目を瞬くと、はたはたと何かがこぼれ落ちるのを感じる。
 泣いてなんかないさ。
 もう眠たくて仕方なくて、欠伸をしてしまっただけさ。

「また、みんないなくなっちゃうのかな…」

 ぽつりと呟く言葉は虚空に消え、誰もその言葉には答えてくれない。
 ただ、星屑が瞬くだけ。
 それが何だか腹立たしくて。

「何できみたちは何にも答えてくれないのさ?」

 手を伸ばしてみても、星屑には届かない。
 そんなことは分かりきっていたけれども、どうしても触れてみたくて。
 でもやっぱり届かない。
 まるで嘲笑ってるみたいに感じた。

「だまったままなんてずるいよ…」

 またじわりと星屑が滲んだ。
 頬を伝う熱いもの。
 また欠伸をしちゃった。

「みんないなかった」

 眠る前に、また明日ねって手を振って別れた。
 ぼくは『明日』のつもりで目覚めたのに、ぼくの『明日』はみんなの『明日』とは違っていて。
 ぼくの『明日』はみんなにとっての『千年』だった。
 見る風景も変わっていて、ぼくは必死になってみんなを探した。
 でも、見つからなくて。
 ああ、みんなは星屑になったんだって思った。
 だからぼくはこの七日間、夜になると夜空を見上げた。
 みんなが笑っているように思えて。
 それからぼくは、その日その日に起こったことを、みんなに話したんだ。たくさんのことを、みんなに話したんだ。
 新しいみんなもできたんだよ。
 それをともだちっていうんだって教えてくれた。
 星屑のみんなも、ともだちだったんだよね。

「ああ…どうしよう…、もう眠たくて仕方ないよ」

 でも、これで眠ってしまうと。
 ぼくの『明日』はみんなの『千年』で。
 もう、みんなには会えない。
 ぼくはぺたりと座り込む。
 みんなと別れるとき、また明日ねって手を振れなかった。
 だって、みんなの『明日』はぼくには来ないから。
 顔を俯かせたら、大粒のものがこぼれ落ちた。
 欠伸、とまらないな。

「何を、泣いているの?」

 ふいに声が聞こえて、がばりと振り返った。
 そこにいたのは、六つに分かれた尾を持つ狐さんだった。茶色の毛がとてもきれいだと思った。

「泣いてなんかいないよ。眠たくて、欠伸をしちゃっただけさ」

 ぼくは慌てて目元を拭う。
 それが可笑しかったのか、彼女はくすくすと笑った。
 ほくは少しむっとしてしまう。

「ごめんなさい。何だかあなたが可愛くて」

 彼女はふわりと柔らかに微笑んだ。

「わたしはスバル、ロコンのスバルよ。あなたは?」

「ぼくはスタルだよ」

 彼女はふふっと笑う。

「響きがとても似てるわね。よろしく、スタル」

 ぼくは言葉に詰まった。
 そんなぼくを、スバルはとても不思議そうに見つめる。
 だって、よろしくって返しても、ぼくはすぐに眠ってしまう。
 もうぼくが起きていられる時間もあまりないのに。
 どうしてきみと出会ってしまったの?
 どうしてきみは声をかけてきてしまったの?
 瞳が揺れる。

「やだな、また欠伸をしそうだよ」

 そんなところは彼女に見せたくなくて、ぼくは彼女に背を向ける。
 そしたら、背に重さを感じて、次にぬくもりが伝わって。
 ふわりと揺れる尾が頬をくすぐり、ぼくは小さく声をたてて笑った。

「眠たいの?」

 そっと優しく呟く彼女に、ぼくは小さくこくりと頷いた。

「もう、寝る時間みたい」

「そう…。じゃあ、また明日会いましょう」

 うん、また明日って答えそうになって、ぼくは慌てて口をつぐんだ。
 だって、ぼくの『明日』は。
 黙ったままのぼくに、彼女はまた続ける。

「また明日よ。わたし、あなたとたくさんお話してみたいもの」

 ふふっと笑う彼女の声。
 その声がだんだんと遠くなっていく。
 一層強く感じる、彼女の重さ、彼女のぬくもり。
 絶対に忘れないでいようと思った。
 だから、さいごにお願いしてもいいかな。

「ねえ、スバル」

「何?スタル」

「ぼくのお願い、聞いてくれる?」

「?」

 彼女が、視線をこちらに向けたのが気配で分かった。

「ぼくが眠るまで、このままでいて欲しいんだ」

 少しの間のあと、彼女は静かに、うん、と頷いてくれた。
 ああ、もうだめだ。
 目も開けていられないよ。
 そしてぼくの記憶は、そこで途切れる。



   *



 突然、背を預けていたものが掻き消えて、わたしはぱたりと倒れんこでしまった。
 頭をふるふると振って立ち上がっても、どこにもスタルの姿はなくて。
 瞬間、眩い光を感じて空を仰ぐと、そこには結晶のようなものに包まれていくスタルの姿があった。
 ああ、彼は永い永い眠りにつくのか。
 繭に包まれたスタルは、それはとてもきれいで美しかった。
 繭はゆっくりと静かに下降を始めると、やがて地に溶けるようにして消えていった。
 わたしは繭が消えた場所まで歩み寄ると、そっと前足で触れる。

「おやすみ、スタル。また明日会いましょう」

 あなたとたくさん話したいの。
 わたしは知っているから、あなたの『明日』と、わたしの『明日』が少し違うことを。
 だから、あなたの『明日』が来るまで、わたしはずっと待っているわ。

「だから、おやすみ」






   ◇   ◆   ◇






 きらきらと星屑が瞬く空を仰ぐ。
 九つに分かれた尾が、星屑の如く瞬いているように見えた。

「今夜の夜空も綺麗ね」

 けれどもわたしは、もっと綺麗で美しいものを知っている。
 今でも目を閉じれば、鮮明に思い出すことができるの。
 たくさんの、たくさんの時が流れた。
 気が遠くなって、いつからか数えるのをやめてしまったけれども。
 それでも毎夜空を仰いでは、『明日』は今日でもなかったのか、と息を一つ吐いて一日を終える。
 そして今日もまた、彼の『明日』ではなかったらしい。
 いつものように息を一つ吐きそうになったとき、地に波紋が生じた。
 目を見開く。
 水面に雫が落ちるように、光の波紋が地に拡がり、一筋の光が伸びた。
 その光を追って空を仰ぐと。

「………スタル」

 久方に呼んだ名。
 それに呼応するように繭が現れ、眩い光の中、彼の姿が見えた。
 彼の目がゆっくりと開かれる。
 眠たそうに擦る仕草が可笑しくて、思わずくすくすと笑ってしまった。

「おはよう、スタル。と言っても、今は夜だけど」

 自分が言ったことがまた可笑しくて、わたしはまた笑った。



   *



「ううん…」

 呻き声とと共に目を開けると、そこに星屑みたいに瞬く、九つの尾を持つ狐さんがいた。
 黄金色の毛がとてもきれいだとおもった。
 眠たくて目を擦ると、狐さんがくすくす笑い出したんだ。
 ぼくはそれに少しむっとして、そこではっとなる。
 あれ?
 このやりとりって、『昨日』もした?
 でも、ぼくの『昨日』ってみんなの『昨日』とは違うから、だから、そんなはずないのに。
 そう思っていたら、狐さんは言った。

「おはよう、スタル。と言っても、今は夜だけど」

 そう言って、狐さんはさらに笑った。
 はたはたと、何かが目からこぼれ落ちたのに気付く。
 やだな、また欠伸をしちゃった。

「何を、泣いているの?」

 彼女が首を傾げて尋ねてくるから、ぼくは慌てて目元を拭って答える。

「泣いてなんかいないよ。起きたばかりで、欠伸をしちゃっただけさ」

 そうだよ、欠伸がとまらないだけ。
 泣いてなんかいないよ。

「そうね、起きたばかりだもの。でもね?また明日会いましょうって、会えたでしょ」

 ふふっ、と微笑む彼女の顔をよくみたいはずなのに、滲んじゃってよくみえないよ。

「おはよう、スバル」

 やっと紡いだ言葉は掠れていて。
 何だかかっこわるいな。

「まだ欠伸がでるの?」

 からかうような彼女の瞳。
 ぼくはむっとして返す。

「そうだよ、欠伸をしちゃうよ。ぼくはねぼすけさんだから」

「本当、ねぼすけさんよね」

 くすくすと彼女の笑みが深くなる。
 何だか言い返せなくて、ぼくは彼女に背を向けた。
 これ以上、こんな姿はみせられない。
 やめてよ欠伸。もうでないでよ、欠伸。

「…………っ」

 ぼくってこんなにも泣き虫なんだ。
 ううん。泣き虫じゃないよ。
 だって泣いてないもん。
 起きたばかりだから、欠伸をしてしまっただけ。
 それだけ。
 ねぼすけさんなの。

「………?」

 さらりと、柔らかであたたかなものが頬を撫でた。
 ゆらゆらと揺れる黄金色の尾。
 目元を拭いながらゆっくりと振り返ると、そこにふわりと微笑む彼女がいた。
 その微笑みを目にした途端、ぼくは彼女の胸に飛び込んだ。

「…………っ!!」

 声を上げた。
 だって、また明日って。
 また明日って彼女は言ってくれて、今日また会えた。
 きみの姿を見れば、ぼくの『昨日』がきみの『昨日』とは違うってことくらいは分かる。
 けどきみは、また会えたでしょって言ってくれて。
 それがどれだけ嬉しかったか、きみは知らないでしょ。

「たくさん、話をしようよスバル。ぼくは、きみの話をたくさん聞きたいんだ」

 やっと口にできた言葉。
 彼女は静かに頷いて。
 ぽたり、とぼくの頬に何か熱いものが落ちてきたのを感じた。
 そっと顔を上げると、彼女の目元に光るものがあって。

「スバルも眠くて欠伸をしちゃった?」

 そう尋ねると、彼女はきょとんとした表情を一瞬したあと、少し照れくさそうに笑った。

「そうね、私もねぼすけさんだから」

「泣いてるんじゃなくて?」

 ぼくがいたずらっぽく返したら、彼女は少しむっとした。
 きみでもそんな顔をするんだね。
 それが嬉しくてぼくは笑った。
 さらにむくれたきみだけど、気付いたら一緒に笑っていたね。
 ねえ、スバル。
 たくさんたくさん、話をしよう。きみの話が聞きたいんだ。



   *



 たくさんたくさん話をしたね。
 そしてあなたはまた、永い永い眠りにつこうとしている。
 眠たそうに目を擦するスタル。

「ぼく、もう眠る時間みたい」

 眠たげな声で彼は言う。

「うん。おやすみ、スタル」

 ささやくように答えると、あなたは無邪気に笑ってわたしに言ったの。

「また明日会おうね、スバル」

「……っ」

 咄嗟に言葉が出なかった。
 あの時は、また明日会いましょうって言えた。
 でも、もうあなたの『明日』にわたしはいないの。いないの。
 どうしたの?って首を傾げて笑うあなた。
 欠伸をしちゃっただけさ、と言っていたあなたの姿を思い出す。
 だから。だからわたしは、あなたに嘘をついてしまった。

「そうね、また明日会いましょう。たくさんお話をしましょう」

 そう言って微笑んだ。
 そうして彼は、さいごにくしゃりと笑うと目を閉じた。




 嘘をついた。
 あなたに悲しい想いはさせたくなくて、嘘をついてしまった。
 あなたの『明日』にわたしはいない。
 それを知ってしまったら、あなたはまた悲しくなってしまう?
 それならば、嘘を嘘にしなければいい―――。






   ◇   ◆   ◇






「ううん……」

 呻き声と共に目を開ける。
 もう何度目かの目覚めだ。
 それをみんなは、千年からの目覚めとか言うんだ。
 うん、知ってるよ。
 ぼくは千年眠って七日間だけ起きるんだ。
 その七日間のあいだにたくさんのともだちができるんだけど、ぼくが眠って迎えた『明日』に『昨日』のみんなはいないんだ。
 それは少しさみしいことだけど、仕方のないことだってことも知ってるよ。
 夜の空を見上げると、星屑が瞬いた。
 あそこに『昨日』までのみんながいる。
 今度は何の話をみんなにしようかな。
 うんうんと首をひねってなやんでいたら、声が聞こえた。

「おはよう、スタル。と言っても、今は夜だけど」

 くすくすと笑う声がして、ぼくは振り返った。
 そこにいたのは黄金色の狐さん。キュウコンさん。
 そして、ぼくはいつもこう答えるんだ。

「おはよう、スバル。今日もきみの話をたくさん聞きたいんだ」





 ぼくの『明日』に『昨日』のみんなはいないけど。
 ぼくの『明日』に『昨日』のきみはいる。
 それがどれだけ嬉しいことか、きみはきっと知らないんだろうな。




   ◇   ◆   ◇




 キュウコンは千年の時を生きると言われている。
 ジラーチは七日間を過ごしたのち、千年の眠りにつく。


   *


 ジラーチの眠りを護る、キュウコンの一族がいる。
 キュウコンの一族の長には、長の証である名を与えられる。
 その名を、スバル、という。
 千年毎に目覚めるジラーチは、その時を生きる当代のキュウコンと七日間を穏やかに過ごすのだ。

 これは、そんなジラーチと、キュウコンの一族とのはじまりの物語。

 キュウコンは願った。
 きみが悲しい想いをしないようにと。
 ジラーチは知らない。
 ジラーチが迎える『明日』にいるキュウコンが、『昨日』のキュウコンとは違うことを。

 一族のはじまりは、彼と出会った彼女がついた、ひとつの嘘だった。
 それは、とても優しい嘘で、とても酷な嘘で―――。


   *


 千年毎に繰り返される嘘が、廃れることがないようにと。
 わたしは切に願う――――。




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■筆者メッセージ
2017年7月頃
ばす ( 2019/05/17(金) 20:49 )