小さな森の運び屋さん
森の運び屋さん
運び屋さん―――。
それは、ポケモンの手紙や荷物を届ける仕事。
ポケモンとポケモンの想いを繋げる仕事。
そう。それはまるで、糸と糸を結びつけるかのように。




広大な緑に降り立つ影がひとつ。
ここはポケモン達から、ひだまりの森と呼ばれている自然豊かな森だ。
ひだまりの森に降り立った影は、よく見ると二匹のポケモンの影だった。
一匹はファイアロー。首もとには、結び目を前に回し、赤を基調としたチェック柄模様のスカーフを身に付けている。
彼はひだまりの森の隣に位置する、やすらぎの森を拠点としている運び屋だ。

皆からは「森の運び屋さん」と呼ばれ慕われている。
そんなファイアローの背から降りたのは、肩からポシェットを提げた、可愛らしい丸い目に、赤いほっぺが特徴的なピカチュウだ。
彼もまた、運び屋のファイアローと共にやすらぎの森で暮らすポケモンで、
時々、運び屋の仕事のお手伝いをしながら、日々学校で勉学に励んでいる。

やすらぎの森に住む彼らが、なぜ隣の森に位置するひだまりの森に降り立ったのかというと、やすらぎの森に住む、スーというポケモンから預かった小包を、ひだまりの森に住む「チー」に届けるためだ。
そして今回、その仕事を引き受けたのが「運び屋」であるファイアロー、はやてではなく、「運び屋のお手伝いさん」であるピカチュウ、いとだった。
彼にとっては初めての「運び屋」としての仕事。つまり「初仕事」になる。期待と不安に胸を膨らませ、このひだまりの森へと足に地を着けた。


「さーて、まずは……」

いとが背から降りたのを確認したはやては、方針を決めようと思案する。
まずは小包に書かれた住所を特定しなければならない。

ある程度はひだまりの森の地理の知識があるはやてだが、今回の「ひだまりの森の あさやけの丘の樹の下」という「あさやけの丘」については全く場所が分からないでいた。
手がかりは、包まれるのに使われているこの葉だろうか。

やすらぎの森ではこの葉は見たことがない。もしかすると、ひだまりの森に生息する植物の葉かもしれない。
うーむ…と唸っているはやてを横目に、いとは周りを見渡す。
風に遊ばれ、ざわざわとおしゃべりを楽しむ木の葉たち。
風に運ばれてきた仄かな甘い香りを追った先には、可愛らしい小さな花たち。
ここもやすらぎの森と同じく、自然豊かな森だ。

それが何だか無性に嬉しくて、思わず彼の顔に笑みがこぼれる。
そのとき、彼の両頬にある赤い電気袋が、ぱちぱちという音と共に小さく火花が散った。
耳をぴんっとたて、きょろきょろと辺りを見回す。
今のは…。
先程まで、のほほんという空気を醸し出していたいとが、突然その色を変え、辺りを見回し始めたのに気付いたはやては声をかける。

「どーかしたのか?」

やや硬いその声に、こちらは焦燥感を滲ませて答える。

「誰かがっ…呼んでるっ…」

呼んでる?
その答えの意味を掴み損ねているはやてに構うことなく、いとは注意深く辺りの様子を伺う。
今のは確かに、誰かが自分を呼んでいた。

とても小さな、声なき声で呼んでいた。

きみはどこなの、どこにいるの?

静電気のような微弱な電気が、彼の電気袋から放たれ森を駆けていく。
暫くすると、彼の問いかけに答えるかのような微弱な電気が返ってきた。

あっちだっ……!

駆け出した彼の後をはやても追った。




あいつ足はえーもんな…

そんなことを思いながらも、陸地を走るのはけして得意とは言えないはやては、数歩前にいるいとと共に走っていた。
ファイアローである彼は、飛び立った方がもちろん早いのだか、現在彼らが走っているところは、文字通り森のなか。

周りは木々が生い茂っており、いとを追いながら飛ぶのはなかなか困難だ。それで彼は仕方なく走っている。

どこまで走る気だよ…!

そんな想いがはやての胸中に降り立った頃、いとが突然その足を止めた。
うおっ!と慌ててそれにならうはやて。
はぁはぁと息をきらしながら、いとは言葉を紡ぐ。

「ぼくを呼んだのは、きみだよね?」

その言葉にんん?と訝しげにいとの前方を確認すると、そこには一匹のデデンネがいた。
木の根もとにちょこんと座り込んでいる。

いとを見上げるその小さな瞳は、弱々しい輝きを放って揺れている。
明らかに元気がない様子だった。
どうしたの?、といとが問いかけても答える様子はなく、どうしようはやてさん……と、こちらを振り返って目で問いかけてくるいとと、むむむ…と唸るはやての目が交差する。

きゅるるるる……

互いの目を数呼吸分の時間交差させていた彼らは、突如響き渡ったその音に、目を数回ぱちくりさせて、音の主へと目線を滑らせる。
目線の先には先程のデデンネ。
再び、きゅるる…と音を響かせたデテンネは、小さくポツリと言葉をこぼした。

「おなか……すいた………」

*****

現在彼らは、ひだまりの森に住むホルビーのもとを尋ねていた。

彼は、ひだまりの森を担当地区している、一般的に「おまわりさん」と呼ばれる役割を担っている。
はやてがホルビーと何やら話をしている。

話をしている彼らとは、ある程度の距離があるので、会話の内容までは分からなかった。
ちらりと自分の隣にいる彼女、デデンネの様子を伺う。
もう食べられませんという、満足げな顔でお腹をさすっている彼女を見て、先程の出来事を思い返し、無意識に嘆息がいとの口からこぼれ出る。


お腹がすいたと喚くデデンネに、はやては自身が持っていたきのみを、首に巻いていたスカーフから取りだし、デデンネに差し出した。
そう、そこまでは良かったのだ。
差し出されたきのみを受け取るかと思いきや、彼女は苦虫を噛み潰したような渋面をつくり、一言、いらないと言ったのだ。
そこからが大変だった。
はやてといとは、手当たり次第にきのみを見つけては、これはどうだ?あっちはどうだ?と彼女に問いかけるが、どれも首を縦にふることはなかった。
それが何回繰り返されただろうか…数えるのも嫌になってきた。
そろそろはやての中の何かが、ぷつりと切れそうになろうかというころ、それを察知したかのように、きのみを探しに行っていたいとが姿をみせた。
彼の両手には、桃といわれる果物によく似た、淡いピンク色のきのみが抱えられていた。

モモンの実と呼ばれる、甘い味が口に広がるきのみだ。
彼はそのきのみを彼女に差し出す。
すると、不機嫌です!という表情をしていた彼女は、一気にぱあっと顔を輝かせ、モモンの実にかぶりついた。
その食べっぷりは、よっぽどお腹を空かせていたのだろうと思わせる程で、なのに好みはうるさく、とんだわがまま小娘だ。と、はやては呆れ混じりに嘆息する。
その横で彼に気づかれない様、いとはそっと安堵の息をもらす。
はやては短気なのだ。いつ暴れだすか、実は内心どきどきしていた。


本日何度目かの大きな嘆息をしたあと、肩に提げているポシェットから、大きな葉で包まれた小包を取り出す。

「本当は早く、この預かった小包をチーさんという方に届けたいのに…」

思わずこぼれた言葉にいとは気づかない。
きっと届くのを楽しみにしているはずだ。
でも…と、興味ありげに小包を見上げている彼女に視線を向ける。
届けるのは、この子を無事に家へと送りとどけてからだ。
きっと、この子の家族がとっても心配しているはず。
自分よりも幾分か幼さを感じさせる、見た目や舌足らずな喋り方。
何らかの理由で家族と離れてしまったのではないかと、いとは考えていた。
思案していたいとを現実に引き戻したのは、先程から小包を凝視していた彼女の言葉だった。

「わたち、このはっぱさん ちってるよ」

舌足らずな言葉で、彼女はいとにそう告げる。
え?と思わず聞き返したいとに、彼女はさらに続ける。

「さっきね、あっちのほうでみかけたの!」

へへっと、愛らしい笑みを浮かべた彼女は、同時にいとの手を引いて駆け出す。
えっ…と、咄嗟のことに反応が遅れたいとは、彼女に引っ張れるがままになる。
どうすれば、と助けるを求めるように瞳をはやてに向けるも、当の彼は未だにホルビーとの話に夢中でこちらに気付いていない。

「あ……ちょっと……」

二匹の姿は森の奥へと姿を消した。


*****


はやては飛び回りながら目でいと達を探していた。
彼らの足ではそう遠くへは行ってないはずだが。



*

ホルビーとの話の最中、ふと彼らの方へ振り向けば、姿かたちがないではないか。
彼の瞳に怒りの炎が宿るのにそう時間はかからなかった。

あんのやろぉっーー!!

はやての絶叫が響き渡ったのは言うまでもない。

*


ばさりと、自身の羽ばたきの音がする。
目で彼らの姿を探しながら、はやては別のことを考えていた。
彼の脳裏によぎるのは、先程のホルビーとの会話。
デデンネに出会った経緯をホルビーに語り、恐らく何らかの理由で家族とはぐれ、迷子になったのではないかと、はやての推測も添えた。
だがしかし、渋面を作ったホルビーから得た返答は、はやてを悩ませるものだった。
ホルビー曰く、現在ひだまりの森に迷子のお知らせは届いてはいない。

そもそも、この森にはデテンネという種族は暮らしていないという、驚くべき返答だった。
ではあのデテンネはどこから来たのか。
彼女自身に聞いても分からないの一点張りで、途方にくれていたところに、丁度通りかかったのがホルビーだった。
森のおまわりさんであるホルビーなら、何か知っていると思ったのに。
そこでどうしようかという話になり、このままホルビーが保護をするかどうかの相談を、彼女を交えて行おうかと思って振り向けば、彼女自身の姿はいと共々消えていたわけである。

あいつらは一体どこに……
ふと彼は空を仰いだ。
日差しが心地よいくらいの晴れ渡った空なのだか、遠くのほうに見えるあの暗い色をした分厚い雲。
一雨来るかもな。
降りだす前に見つけ出さなければ。
地質の関係で、雨が降りだすと湿地状態になる危険ポイントもある。知らずに踏み入れてしまえば、文字通り底沼だ。
彼の脳裏にいと達の姿がよぎる。
ちっと小さく舌打ちをし、胸中にある一抹の不安をかき消すかのように、ばさりとよりいっそう強く羽ばたき、彼はスピードを上げた。




*****


彼は窮地に立たされていた。
はやてに何の断りもなく彼から離れてしまった。
きっと怒られる。いや、叱られるという表現の方が正しいのかもしれない。
誰かが言っていた。

感情的ではなく、相手のことを想って言うのは、「怒る」ではなく「叱る」という。
何だかんだ言っているが、はやてがいとのことをとても大切に想ってくれているのを知っている。
だから尚更、彼に心配をかけてしまったことに申し訳なさもあるし、何より、彼が叱ると……とてつもなく怖い…。
自分に非があり、自分のことを想って叱ってくれてるのだから、反論も出来るはずがなく…。
そこで彼の眉間にしわがよる。

「あれ、でもこの場合、ぼくは強引に連れていかれたんだから……」

思わず言葉がもれる。
彼の数歩手前を歩いていたデデンネが不思議そうに振り替える。

「ねえ いにちゃ。なにを ぶつぶつ いってるの?」

まだ舌足らずな彼女は、「いと」とうまく言えないらしく、彼のことを「いにちゃ」つまり「いとにいちゃん」と呼ぶことにしたらしい。
ううん、何でもないよと彼女に返し、別の話をすることにした。

「ねえ、この小包のはっぱを見たことあるって言ってたけど、場所はちゃんと覚えてるの?」

「ふふん!だいじょぶ!わたちにまかせて!」

どーんっ!と胸を張る彼女。
いとには不安しか感じない。はは、と乾いた笑みがうかぶ。
でも、いとがひだまりの森に来たのは、この小包を届けるためだ。

彼女が知っている場所が、小包に書かれた住所とは限らない。

けれども、何か次に繋がるものが見付かるかもしれない。
ある種の決意を胸に、彼は大きく頷いた。

「よしっ!いこっか!」







彼の不安はある意味当たっていた。
力なくよぼよぼ歩く彼は、よく見ると体のあちらこちらに細かい擦り傷を作っていた。
足を踏み出す度に足の傷がツキンと痛む。
先程いばらの道を突破したのだが、そのときにどうやらトゲに引っかけたらしい。

はあ…。

今日の何度目かの嘆息と共に、またもや彼の数歩手前を歩く彼女は、元気一杯にその足は軽い。
いとよりも小さい彼女は、いばらの道も何のその。
ひょいひょいすき間を通っていく。
途中で見失うほど速度も速かった。
けれども不思議なことに、そこは最初に出会った時のように、互いの微弱な電気を発することにより、難なく彼女のあとを追うことが出来た。
意志疎通を行えるあれはなんなのだろう。
そう考えこむいとを彼女の声が現実に引き戻す。

「いにちゃ!みえた!」

彼女が指差す先に見えたのは、丘にそびえ立つ大きな一本の樹。
幹は太く、生命の力強さすら感じさせる大きな樹だ。
足の痛みなど忘れ、彼女と共に駆け寄ったいとは、改めてその樹を見上げる。
空に届きそうなまでの高さ。思わず息をするのも忘れてしまう。

どれ程そうしていたのだろう。
ずっと見上げているのに飽きたらしいデテンネは、いとのポシェットをくいっと掴む。
それにはっとしたいとは、本来の目的を思いだし、慌ててポシェットから小包を取り出す。
改めて小包に使用されている葉と樹の葉を見比べる。
間違いない。同じだ。
きょろきょろと辺りを確認する。
この樹がそびえ立っているこの場所、この丘。
もしかしてここが住所に書かれていた「あさやけの丘」なのだろうか。とすると、丘の木の下に「チー」という方が住んでいるはず。
だが、家らしいものは見当たらない。
やはり場所違いか…。

振り出しに戻っちゃったのかな……。

いとの瞳に落胆の色がにじむ。
傍らでいとの様子を伺っていたデテンネが、何かを言おうと口を開きかけた時、二匹に声をかける者がいた。

「うちに何か用ですか?」

その声にばっと振り返るいと。
びくりと肩を震わせ、とっさに彼の後ろに隠れるデテンネ。

その様子に声の主は申し訳なさそうに、驚かせてしまってごめんなさいと詫びた。

「ここにポケモンが訪ねてくることなんて、滅多ことにないことだから。私も驚いてしまって」

苦笑いを浮かべながらそう続ける彼女に、いとは別の姿を重ねていた。
白と茶のしましま模様に細長い体。ふさふさのしっぽ。
そして鈴を転がしたような優しい可愛らしい声。
やすらぎの森に住む、いつもいとに優しく接してくれるおねえさんにそっくりの彼女。
間違いない、彼女が「チー」さんだ。



彼女の家は、木の根元に穴を掘る要領でつくられた家だった。

どおりで見回しただけでは見つからないはずだ。



こと、と彼女は小包を机に置いた。

「じゃあ、これをお姉ちゃんに届けてください。小さな森の運び屋さん」

柔らかな微笑みと共に、机に置かれた小包をすっと差し出すチー。

「はい!ぼくに任せてください!必ずスーおねえさんに届けます!」

それを確かに受け取り、大切そうにポシェットへしまういと。
よし、無事届けられた。
あとはやすらぎの森に帰り、スーおねえさんにチーさんから預かった小包を渡して報告すれば、仕事は完了だ。
自然とポシェットの肩紐を握る手に力がこもる。

「では、ぼくたちはこれで失礼します!」

そして外に出ようとする彼らを彼女は引き留める。

「待って!」

え?と振り向くいとに、指をぴんっと立てて微かに眉根を寄せる彼女の顔に困惑する。

「帰る前に手当てをさせて」

微笑む彼女の手には薬草と包帯が握られていた。

*

すたすた歩く彼の足取りは、先程より軽かった。
チーに手当てをしてもらったお陰で、かなり痛みが和らいだ。
そこでふと思い出したことがある。
チーやスーの種族はオオタチだ。
この世界に住むポケモンは、それぞれ個々に名前を持っている。
このあたりではみんな個々に持っている名前で呼びあっている。

だが、遠く離れた地では、お互いのことを種族名で呼びあっているところもあるという。

その地でその者の名前を呼ぶのは、家族や親しいものだけ、という風習があるらしい。
いとも森に住むポケモン達のことは、個々に持っている名前で普段呼んでいるもので、実は種族名を知らないポケモンもいたりする。
スー姉妹の種族名も恥ずかしいことに、今さっき思い出した。
学校の授業で少しずつ習ってはいるが、あまり真面目に聞いたことがない。

これからは真面目に授業を受けようと、決意を新たにしたところで、ふと足を止めた。
それにならって並ぶように歩いていたデデンネも足を止め、どうしたのかと疑問を投げかけるように見上げると、こちらを見ているいとと目があった。
何かを問うように彼の瞳がゆれる。
首を傾げる彼女に、いとは口を開いた。

「ねぇ、きみの名前は何ていうの?」

驚いたように軽く目を見開く彼女。
なまえ…。
声にはならないが、そっとその言葉を口にする。
どこから来たのか、そう聞かれた彼女は答えられなかった。だって、覚えていないのだから。
どこからか来たのかと聞いたあの大きな鳥は、じゃあ名前は?とは聞かなかった。聞いてくれなかった。
それが少し寂しかった。

「……い」

「ん…?」

声が小さく聞き取れなかったのか、彼は優しく聞き返す。

「…い。ゆ…い…。……ゆいっ」

今度ははっきり、喉に力を込めてその名を告げる。
見上げると彼は、きょとんとした顔から次第に優しげな笑顔に変わり、くしゃりと彼女、ゆいの頭を優しく撫でてくれた。

「ゆいちゃんって言うのか。うん、可愛い名前だね。手伝ってくれてありがとう、おかげでとっても助かったよ」

目線をゆいに合わせてお礼を言う彼に、瞳を潤ませた彼女は思わず抱きつく。
突然のことに尻餅をついたいとは、一瞬驚くが、腕の中で静かにすすり泣く彼女を認めると、よしよしと幼子をあやすように優しく抱き締めた。

名前を呼んで欲しかった。ずっと。
永らく呼ばれることのなかった自身の名を。




*****


普段は森の中をスピード出して飛ぶことはない。
次から次へと視界に現れる木の幹を避ける。
我ながらよくぶつからないものだと舌を巻く。
晴れ渡った青空は分厚い雲が隠してしまった。

雨粒を今にも落とそうと待ちわびているかのように。

あれから彼は、もしかしてという思いと共にホルビーのもとを再び訪れた。
ホルビーのもとにいと達が戻っていないのを念のため確認したあと、あさやけの丘の場所を教えてもらい、そこへ足早に向かった。
そこでチーに会うことができ、先程までいと達がいたという話を聞いた彼は、いと達が去っていった方向へ翼を羽ばたかせる。

ばさりと自身の羽ばたき音を聞きながら、彼の目元に険の色がにじむ。
別れ際にチーから聞いた言葉がある。

いとちゃん、足を痛めていて心配なの。手当てはしたんだけど…。

引き留めておけばよかったと申し訳なさそうに詫びる彼女に、いや、気にするな。手当てをしてくれてありがとう、とお礼を述べ、その場をあとにした。
あいつは時に、自身のことは二の次にする面がある。
今はあのデテンネと一緒にこの森の何処かを歩いてるはず。
彼女に不安を感じさせないよう、もしかしたら無理をしているかもしれない。
彼の目元はより一層険しさを増す。

脳裏によぎるのは、夜は寂しいと半べそで自分の懐に潜り込んできた幼子。
よしよしとあやすように自身の翼で包み込んだら、安心したのかすぐに規則正しい寝息をたて始めた幼子。

目を開いた彼は、思いを断ち切るように羽ばたいた。




*****


幼い彼女の手を引いて彼は歩いていた。
そう、宛もなく。
最早自分達が森の何処にいるのかすら見当もつかない。
どうしよう。
隣を歩く彼女にちらりと視線を滑らせれば、らんらんと鼻歌を歌いながら楽しげに歩く姿がある。
先程の件で、今まで溜め込んでいたものを吐き出したのだろう。気持ち的に楽になったようだ。
それについてはよかった、とそっと安堵し、考えを切り替える。
今は森の何処を歩いているのか。

ホルビーのもとへたどり着ければ、とりあえず何とかなるだろうと結論付けて歩いてはいる。
けれども、一向にそれらしい場所には出ない。
そう、認めたくはなかったが、完全に彼らは迷っていた。
いとの瞳が不安で揺れる。
目頭が熱くなるのを自覚する。
けれども、泣いてはだめだ。泣いては。
隣にいるゆいを不安がらせてはだめだ。
そっと目元を拭う。

「……だいじょぶ…?」

遠慮がちな声にはっとする。
慌てて笑みの形を作ったいとは、不安げに瞳を揺らすゆいに目線を合わせようと屈む。

体重を乗せた足に、ツキンと和らいだはずの痛みが走る。

「うん、大丈夫だよ。すぐにはやてさんのところに着くから、そしたら一緒にやすらぎの森へ帰ろう?」

「いっしょに?」

言葉を反復する彼女に、うんと優しく頷き返し、くしゃりと頭を撫でる。
心地良さそうに小さく笑う彼女に、さあ行こうかと再び歩き出そうとしたとき、ぽつりとした。
えっと空を仰げば、分厚い雲が空を覆っている。
ぽつりぽつりと地面に染みをつくっていく。
やがて、待ってましたと言わんばかりに大粒の雨が降り注ぐ。
直ぐに文字通り、濡れ鼠になった二匹は急いで近くの木の下へと駆け込む。

ざー。雨粒の音だけが響き渡る。

どれくらいそうしていたのだろう。
もう分からない。
いとの瞳が揺れる。
ふいにすすり泣きが聞こえた。
はっと振り向けば、静かにすすり泣く彼女の姿があった。
大丈夫だよと声をかけようとして、何が大丈夫だ、とその声を飲み込む。
どうすればよいのか分からない。
もう、自分では分からない。
だけど、だからと言って自分まで泣くわけにはいかない。

これ以上、彼女に不安は感じさせられない。
ぽんぽんと彼女の肩を優しく叩き、そっと抱き寄せる。彼女は温もりを求めるようにすがりついてきた。
そんな彼女が幼き日の自分と重なる。
寂しいと言って潜り込んだら、しょーがねーなーと面倒くさそうに呟きながらも、その大きくて温かい翼で優しく包み込んでくれた夜。
その温もりに心底安心して眠りについた夜。
ツキンとした足の痛みに目をしかめる。
まるで、無視をするなと抗議をするかのように再び痛みだす。
瞳が揺れる。
目頭が熱くなる。
今は無性に、あの夜の温もりが恋しかった。

刹那―――。

ばさりと大きな音が彼らの耳朶を叩いた。
はっと目をやれば、大きな影が迫ってきていた。
咄嗟にゆいを庇うように覆い被さる。

「やっと…見つけた…」

疲労を滲ませた声が降ってくる。
聞き覚えのあるこの声。
がばりと振り仰いだいとと、険しい眼差しで降り立ったはやての視線がかち合う。
このやろーと言葉を発しようとはやてが口を開きかけたのと、いとがそんな彼に飛び付いたのはほぼ同時だった。
突然のことに言葉を思わず飲み込む。
困惑ぎみに、自身に飛び付いて来たいとを確認すると、顔をくしゃくしゃに歪ませたいとがいた。
一瞬うっと言葉に詰まるも、すぐにふっと微笑み、もう勝手に離れんじゃねーよ、という言葉と共に優しくその顔に触れる。
さらに顔を歪ませたいとは、もう堪えきれないと、はやての胸に顔を埋める。
うん、うん、と嗚咽と共に何度も小さく頷くいとに、分かればいいんだと優しくその小さな頭を撫でる。
一部始終を見ていたゆいは、いとがはやての胸に顔を埋めるのも見て、こちらも堪えきれなくなったのか、遠慮する素振りもなく、いと同様にはやての胸に顔を埋める。
いとに負けじと大粒の涙を流すゆいに一瞬目を丸くするも、よしよしと大きくも温かい翼で二匹を包み込んだ。




*****




やすらぎの森へ帰った彼らは、チーから預かった小包をスーに無事届け、いとの「初仕事」は終わりを告げる。
そしてまた、変わりない日々を送る。
いや、一つ変わったことがある。
結局ゆいは、彼らと暮らすことになったのである。

おまわりさんであるホルビーが保護するという話もあったが、今回の件で、すっかりいととはやてになついてしまったゆいは、頑として譲らなく、彼らと暮らすことを選んだ。





運び屋さん―――。
それは、ポケモンの手紙や荷物を届ける仕事。
ポケモンとポケモンの想いを繋げる仕事。
そう。
それはまるで、糸と糸を結びつけるかのように。





*****













それから季節は廻り、何度目かの春を迎えようとしていた―――。

木の上に建てられたログハウス。
森に住むビッパ達が削り出した木材を、同じく森に住むドッコラー達の手によって建てられたハウスだった。
窓から朝日が差し込む。
日差しが眩しいのか、まだ夢の世界にいるはやてが、んん…と唸る。
隣で寝ているいとも同様だ。
そんな彼らに元気な声が降り注ぐ。

「ほら、ヤローども!仕事の時間だよっ!!」

頭に響き渡るその声に顔をしかめながら、むくりと起き上がるはやてが不機嫌にぼやく。

「まだ仕事すんには早い」

たく、とんだじゃじゃ馬娘に育ちやがって、と小さく小言を言い捨ててから、再び眠りに就こうとする。
しかし、それを捨て置くじゃじゃ馬娘ではなかった。
じゃじゃ馬娘ことゆいは、ずんずんとはやてに歩み寄り、面倒くさそうに閉じた瞼を持ち上げたはやてに、今にも噛みつきそうな形相で睨み付け言い返す。

「わたし、じゃじゃ馬娘じゃないもんっ!か弱い女の子だもんっ!!」

べーと舌を出す彼女に、か弱いー!?と、驚きにも呆れとも取れる素っ頓狂な声をあげるはやて。
そんな彼らのやり取りを背景に、いとは朝日が差し込む窓を開け放ち、ひんやりとした空気を感じる。
目を閉じ、ゆっくり深く息を吸い、そして吐く。
ゆっくりと持ち上げたいとの瞳にうつるのは、朝露に濡れた一輪の花。
あ…、と小さく感嘆の声がもれる。
淡いピンクの色をした可愛いらしい花は、さくらだ。
そっか、とはたと思い出す。
このログハウスは、さくらの樹の上に建っていた。
春になればさくらが咲き誇る。
満開になったさくらは、それはもう絶景だ。満開になるのが待ち遠しい。
自然と笑みが零れた彼は、まだぎゃんぎゃんと騒いでいる二匹に声をかける。

「いつまでも遊んでないで、ほら、仕事の始まりだよ」

その声に、はーいっ!と元気よく返し、朝食の準備に動き出したゆいに、ちぇ…と面白くなさげなはやて。
くすりと笑いが零れてしまったいとに、意味ありげな視線を送る。
それに気付き、ごめんごめんと苦笑いしたいとは、そのまま目線を窓の外へと移す。
それにつられて、同じように窓の外へと目線を移したはやては、おお…と小さな感嘆を上げる。
朝日を弾く朝露に身を包んだ一輪のさくらが、きらきらと輝いていた。





春の足跡はすぐそこまで来ている。
もうじき、「小さな森の運び屋さん」から「森の運び屋さん」と、彼が呼ばれるようになって初めての春が来る。
けれども、同じく「森の運び屋さん」と呼ばれるはやてとは、肩を並べるにはまだ遠く。
「森の運び屋さん」となった彼の物語は、まだ、始まったばかり―――。

■筆者メッセージ
2016年5月頃の短編です。
ばす ( 2019/01/17(木) 19:31 )