小さな森の運び屋さん
小さな森の運び屋さん
これは、彼の小さな冒険の始まりとなるお話。

風に遊ばれて木葉達が踊る。
風に遊ばれて草花達も踊る。
それらが踊ることにより奏でられる自然の音楽に、立ち止まって耳を傾ける一匹の黄色いポケモンがいる。
午前の授業を終え、帰路につき、そのままお仕事のお手伝いをしようと、彼を探して空を見上げた丁度その時、心地よい風が黄色い毛並みを優しく撫でていった。
そして耳をふとすませば、自然が奏でる音楽が聞こえてきたのだ。

風が吹き抜けてゆく……

どれ程の時間が経っただろうか、
短い時間だったような、長かったような…そんなことを考え始めたころだった。
突如、細長く、先っぽだけが黒い彼の耳がぴんっと立ち上がる。
何かの音を捉えたようで、先程まで音楽に聞き入って閉じたままだった瞼を持ち上げ、丸っこい可愛らしい瞳が顔を覗かせる。
彼が空を見上げたのと、羽ばたきの音ともに声が空から降ってきたのはほぼ同時だった。

「おめー、こんな時間にこんなところで何してんだ?」

その声に満面の笑みで、えへへー待ってたんだよー!と返す彼、ピカチュウの名は、いと。

「はぁ?待ってただぁ?学校はどうした?」

と返しながら、いとの側に舞い降りてきた彼、ファイアローの名は、はやて。


「えーっ!朝ちゃんと言ったじゃんっ!今日の学校は午前授業だけだよって!!」

少々不機嫌な響きを持たせて、いとはぷくーと頬を軽く膨らませてみせる。

「あぁ…?そうだったかぁ…?」

と、少々首を傾げながら思い出す素振りを見せるも、ほんの数秒で終了。
まぁ、細かいことは気にすんなと、にかっと笑う。
そんな彼にいとは、じとりとさらに不機嫌が増した目付きで睨み付ける。


ここは多くのポケモン達が暮らす自然豊かな森。
いくつもの小川が森の近くや森の中を流れ、その最終的な合流地点がこの森にある湖だ。ポケモン達の憩いの場であり、森やポケモン達の生命の源になっている。
この森をポケモン達は「やすらぎの森」と呼んでいる。やすらぎの森には様々な種類のポケモンが暮らしており、ピカチュウのいともその中の一匹だ。
やすらぎの森に住むポケモン達はそれぞれ皆、適材適所で役割を自然と分担している。ある者は子供達に勉強を教え、ある者は草花を使ってバッグやアクセサリーを造ったり。
先程いとと話していたファイアローのはやても、空を飛べることや、森のみならず森周辺の地理に詳しいこともあり、手紙や荷物を届ける「運び屋」を森に住む者の役割としていた。しかも、いとから見ると不思議なことなのだが、口調は少々荒いし、あまりポケモンの話は聞いてないことも多々あり、その上短気な面もあるくせして、仕事はきちんと行うし、ポケモン付き合いも上手い方なので、何故かな、評判はいい。「森の運び屋さん」なんて呼ばれて、やすらぎの森では知らない者がいないくらい親しまれている。
いとは、普段は森の学校に通っているが、学校がお休みの日などは、はやてのお手伝いをしたりしながら彼と共に暮らしている。


未だにぶつくさと文句を垂れているいとに、いい加減飽きた様子のはやては、あーわかったわかった…と言ってから

「で?おれを待ってたってーことは、おれに何かよーがあったんだろ?」

と、話題を変えることにした。
その言葉を受け、あ…忘れてた…という顔をするいと。
そうだ、そうだ。すっかり忘れてた。
うんうんと一匹で頷いてるいとに、早くしろよと急かすような視線を送るはやて。そんな視線を感じたかどうかは分からないが、いとはいそいそと肩からかけているポシェットから何かを取り出した。
因みにこのポシェット、この森に住むハハコモリお手製のものだ。糸を編み込んだものを薄茶色に着色し、白色の糸の縫い目と、ポシェットを閉じるために使われる大きめなボタンが可愛らしいデザインとなっている。
いとが取り出したものは、ピカチュウであるいとが両手で抱えるられる程の小包だった。

「小包じゃねーか。どうしたんだ?」

「うん、あのね。午前の授業が終わって、はやてさんのお手伝いしようと思って歩いてたらね、スーおねえさんに頼まれたの」

頼まれたねー…と半ば飽きれ気味だ。先程、本日中の配達を済ませたばかりである。
ちらりとはやては、結び目が前にくるように首に巻いてるスカーフの中を確認する。
予断だか、この赤を基調としたチェック柄のスカーフもまた、ハハコモリお手製の物である。いとのポシェット同様、糸を編み込んで造られたものだ。丈夫に出来てるうえに、大きさも十分あるので、配達物を入れて移動するのに随分と重宝している。
あぁ…やっぱり今日の分は全て終わっている。
目線をスカーフからいとに戻すと、迷惑だった?と少し不安げに見つめる瞳があった。
うっ…と一瞬言葉を詰まらせ、仕方ないという感じで苦笑する。本当はこのあと呑気に昼寝をするつもりでいた。
さよなら、おれの昼寝。
惜しみながらも、昼寝に心の中でそっとお別れを告げたはやては、目線の高さをいとに合わせ、

「さて、届けにいくか」

とにかっと笑う。
その言葉を聞いたいとはぱあと顔を輝かせ、うん!!と力強く頷いた。

*****

力強い羽ばたきの音が耳のすぐそばで聞こえる。
自分だけでは絶対に経験することの出来ない、風をきるということに内心では感激していながらも、その表情は責任重大といわんばかりに引き締まっている。
はやての背中に乗って、いとはとなりの森に向かっていた。
はやては、また何でとなりの森まで飛ばなきゃならないんだと内申ぼやいていた。が、いとにあんなやる気に満ちあふれた顔をされたら、そんな考えもどうでもよくなってしまう。
先程までのやりとりを思いだし、ふっと微かにはやての顔に笑みが溢れる。

*****

彼らが飛び立つ頃に少し遡る。
届けに行くにしても、まずは宛先を確認しなければならない。

「それにしても、この葉の形は見たことねーな」

そう言いながらはやてはまじまじと見つめる。
今いとに抱えられている小包は、この森では見かけたことのない葉で丁寧に包まれていた。

「あのね、スーおねえさんがね、となりの森に住むチーさんって方に届けてほしいんだって」

となりの森ー?!とぼやきながら小包を確認してみると、確かに丁寧な字で『ひだまりの森 あさやけの丘の樹の下』書かれていた。
ひだまりの森とは、大きな川を挟んでやすらぎの森の隣に位置する森だ。普通に歩いて向かうとしたら道中はそれなりに険しい道もあるため、かなりの時間がかかる。はやてが飛んで向かえば話は別だか。
ひだまりの森のあさやけの丘か…場所が分からない訳ではないが、はやてが飛ぶにしてもそれなりの時間がかかる場所に位置している。
やすらぎの森内かと思えば、となりの森まで飛ぶはめになるとは。けれども、先程届けに行くかといとに言ってしまった以上、行くしかない。
そんなはやての内申事情を表情からいとが読み取ったのかは分からないが、言葉を口にする。

「スーおねえさんにはいつも、おいしいお菓子とか分けてもらってるでしょ。スーおねえさん、困っているみたいだったから…。力になってあげたいの…!!」

はやてをまっすぐ見つめるいとの瞳はゆれていた。
そんなまっすぐな瞳を受けとめ、何かを問うように力強く見つめ返す。
だが、いとはひるまない。
その瞳から何かを読み取ったはやてはその口を開く。

「んじゃ、それはもうおめーの仕事だな」

え?
てっきり小言を言われると思っていたいとは、一瞬目を見張ったが、すぐに僕の仕事?と繰り返す。
その様子はまだ理解しきれていないようだった。
そんな彼にはやては諭すように教える。

「スーから小包を受け取ったのはおめーだな」

頷くいと。

「渡すとき、スーは何ていってたんだ?」

その問いにいとは記憶を手繰る。

*

『それじゃ、いとちゃん。この小包を届けてくれる?』

スーはそう言っていとに小包を差し出した。
わかった!はやてさんに必ず渡すから安心して!
任せろと言わんばかりの笑みでそう答えたいとに、彼女は首を横に振って言った。

『ううん。はやてさんじゃなくて、いとちゃんに頼みたいの』

僕に?
まだ理解が仕切れていないようで、軽く首を傾げる。

『えぇ。私が会ったのはいとちゃんだもの。いとちゃんも森の運び屋さんでしょ、だからいとちゃんに頼みたいの』

ふふっと優しく微笑む彼女。

『ひだまりの森のあさやけの丘に住む、私の妹、チーにこの小包を届けるのをお願いします、小さな森の運び屋さん』

にこっと、春の木漏れ日のような暖かな笑みを溢した彼女は、改めて小包をいとへ差し出す。
小さな森の運び屋さん……。
そう呼ばれたのが妙にこそばゆく、照れくさかった。同時に嬉しさに似た感情もあった。
今までは、はやてのお手伝いでしか「運び屋」の仕事をしたことはなかった。
配達物を頼まれることもあったが、それはあくまで「お手伝い」として頼まれただけで、いと自身に頼んだのではなく、はやてに頼んだも同じことだ。
だから彼女に「小さな森の運び屋さん」と言われたのが、配達を頼まれたのが何より嬉しかった。
その小包を受け取りながら、
わかった!僕が必ず、チーさんの所へお届けします!
と満面の笑顔で答えた。

*

あ……!
思い出したようにいとの目が見開く。
そうだ、確かにスーは自分に頼むと言った。それを聞いた自分は、必ず届けると言って小包を受け取った。

表情からそれを読み取ったはやては軽く微笑む。
初仕事だ。思えばこいつも、いつのまにか大きくなったものだ。少し前までは、一人では寂しいと、四六時中くっついてきていたというのに。
感慨深さを感じていたはやては、いとの声で現実に引き戻された。

「はやてさん、改めてお願いします。僕を…ひだまりの森まで連れていってください!」

真剣な眼差しのいとの姿がそこにあった。
ホント…大きくなりやがって…。
はやてには、今のいとが大きく輝いて見えていた。

「んじゃ、行くか!おめーの初仕事だっ!」

にかっと笑うはやてに、真剣な面差しでうんっ!と力強く頷き返した。

*****

力強い羽ばたきが風を縫う。
羽ばたく音が、力強い音が聞こえる。
おめーなら大丈夫だ。
そう言ってるような気がして、ちらりとはやての様子を伺うと目があった。
ふっと軟らかな笑みが返ってくる。
そして目線を前に戻し、ぐんっとスピードを上げる。

スピードが上がった勢いで、さっきよりも強い風が叩きつけてくるようにいとを襲う。
思わず目を瞑る。けれども、不思議と勇気が湧いてくる。
まるで叱咤激励されてるようだ。

ちらりと目を開ければ、にやりといたずらな笑みを浮かべるはやてがいた。
それを確認したいとは、苦虫を噛み潰したような表情になる。
いとの心中なんて彼にはお見通しなのだ。
何だかそれが無性に悔しかった。いつもそうだ。自分ははやての考えていることなんて微塵もわからないのに、逆に彼には何でもお見通しなのだ。
だが、悔しさと同時に暖かなものを感じるのもまた事実。それだけ気にしてもらえて、分かってもらえて、それがとっても嬉しい。

自分が頼まれたのだから、自分が届ける。

そう言ったら、一気に「初仕事」という言葉の重みを感じた。
引き受けたからには責任が生まれる。
そう考えたら、きちんと届けられるだろうか…、もし小包を無くしたら…等々、考え出したらきりがないが、いとの胸中にいくつもの不安が生まれた。

はやてはそれを読み取り、いとなら大丈夫と励ましてくれたのだ。
相変わらずいたずらめいた笑みを浮かべている彼に、自信ありげな笑みを浮かべて答える。

「僕なら大丈夫だもんっ!」

提げているポシエットの肩紐をぐっと握り、遠くに見え始めたひだまりの森の緑を指差す。

「ほらっ!見えてきたよっ!」

れっつごー!
はしゃぎだす子供を背に、あきれ混じりに一つ嘆息すると、おうっと短く返してひだまりの森に向けて羽ばたく。


その姿は段々と小さくなっていき、やがて、広大な緑へと吸い込まれていった。


これは、彼、いとの小さな冒険となるお話。
そして、小さな出会いのお話。だがそれは、また別のお話――――。



■筆者メッセージ
2016年3月頃の短編です。
ばす ( 2019/01/17(木) 19:29 )