ようこそ、喫茶シルベへ - ティータイム 6th time-イチ-
53杯目 僕の言葉で

んで? お前達は何で、こんな朝からここにいるわけ?

 ニャースからの当然といえば当然の問いに。
 茶と白の毛玉は互いの顔を見合う。
 この時点で、すっかり警戒はとかれていた。

―――イチおにいちゃんをおむかえにいくの

 しゅぱっと。勢いよく前足を上げて、口を開いたのは白イーブイ。

―――どこかでみかけてませんか?

 場所を問うのは茶イーブイ。
 何となく“幻影”の存在をうっすらと察している彼。
 “イチ”が誰かは言葉にしなかった。
 ニャースを見上げる白と茶の毛玉。

うーん……?

 当のニャースは思案する。
 毛玉の言う“イチ”が何を指す存在かは分かっている。
 それに、彼の姿は確かに見た。昨日だけれども。
 迎え、ということは、もしかして帰っていないのだろうか。
 けれども、現状が把握出来ない。
 迎え、とは一体何事か。
 不明瞭なことはたくさんある。
 それでも、見上げてくる毛玉の瞳は真剣そのものだ。
 たぶん、本当のことなのだろう。それならば。
 思案する顔の下。ニャースの口の端がそっと持ち上がった。
 なあ、サラ。今日は幾つも愉しい話が出来そうだ。

あ、思い出した

 ニャースの呟き。
 朝の静寂の中に響いた声は、何だか明るかった。

昨日の夕方頃、だったと思うぜ? 森の方へ飛んでいく姿を見た

 ぱあっと輝く毛玉達の顔。
 それにニャースは苦笑する。
 余程の目的があるらしい。
 ニャースの言葉を受け取った二匹。

―――ありがとうっ!

 と、二匹声をそろえて礼を言えば。
 くるりとニャースへ背を向けて。
 たたっと走って行こうと駆け出す。
 なの、だけれども。
 ニャースはまたもや苦笑する。
 そっちは森へ続く方角ではない。
 諦めの息を一つ落として。
 駆けて行く背へ声をかける。

おいっ!

 反射的に振り返る二匹。
 瞬間。ニャースの姿がぐにゃりと歪んで。
 瞬き一つでその姿形が変わる。
 ニャースからムクホークへ。
 途端。どびゅんっと白イーブイが戻ってくる。
 ムクホークを見上げる彼女の瞳。
 それが、きらきらと輝いている。気がする。

―――かっくいいー……

お、おう……そりゃ、どーも……

 頬がひきつる感覚は、きっと、気のせいではないだろう。
 こほん。咳払いを一つ。
 ムクホークは身を沈めて二匹を見やる。
 そろって首を傾げる毛玉達に。
 にやり。得意気な笑みを顔に浮かべて。

乗れ。優しい俺様が森まで連れて行ってやる

 またもや、そろって顔を輝かせた二匹。
 我先にと競うようにムクホークの背へ飛び乗る。
 けれども、跳躍一つでムクホークの背へ飛び乗った白イーブイに対して。
 茶イーブイはよじ登って、落ちた。
 むむっ、と。難しい顔をしたあと、もう一度よじ登る。
 けれども、落ちた。
 再度よじ登ろうとしたところで、ふわっと彼の身体が浮き上がる。
 見兼ねたムクホークが首皮を咥えて、ひょいっと背に乗せてやった。
 だが、彼はそれが気に入らなかったようで。
 むっと口をへの字にした彼は、何だか悔しそうだった。
 悪い、と苦笑混じりに一言詫びを入れたムクホークは。

んじゃ、落ちんなよ

 と、ばさりと両翼を広げて。
 羽ばたき一つで空へと舞い上がった。
 わあっ、という歓声を背に乗せながら、ムクホークは森へと一直線に向かう。



   *



 はしゃぐ声を聞いた気がして、ハクリューは振り向いた。
 主の命を受け、彼女は自慢の両耳を広げて淡い空を駆けていた。
 あまり関わった記憶のない幼子。それでも、やはり心配はするもので。
 彼女も必死に幼子達を探していた。
 振り向いた先。一羽の椋鳥を見つけた。
 遠目だからよくは見えない。
 それでも、彼女には“それ”がそれでないことに気付く。
 だって、飛んでいるように見えて飛んでいない。
 あれは、風に乗っているだけだ。
 それでも、その芸当は見事だと舌を巻く。
 観察力はあると自負している。
 主と仲間達と、いろんな場所を旅してきた経験があるのだから。
 椋鳥に見える“それ”に首を傾げながら、彼女は軽く目を見開いた。
 “それ”の背に乗っているのは、探していた幼子に見えた。
 目を凝らす。白と茶の二色。やっと、見つけた。
 その事に安堵して。“ムクホーク”が向かう先を見定めると。
 身を翻して静寂を切り裂く。ひゅっと風を裂く音を耳に残しながら。
 彼女は自身の主の元へと向かった。



   ◇   ◆   ◇



 なぜ、森にいるのか――。
 その話を毛玉二匹から聞いたファイアローは頭を抱えていた。

―――みんな心配してるよ……駄目でしょ、黙っていなくなったら……

 目線を子イーブイ達に合わせて、めっ、と目で訴える。けれども。

―――ラテたち、イチおにいちゃんのおむかえにきたの

 白イーブイがファイアローに迫る。眼前まで迫る。
 そんな彼女の瞳が思いの外真剣で。
 ファイアローは思わず怯みかける。

―――で、でも、黙っていなくなるのは駄目だよ

 そう。それはどんな理由でも駄目だ。
 つばさは優しいから。
 きっと心配して、自分のせいだと感じて。
 責任を背負い込んでしまう。
 そうしたら、彼女はつぶれてしまう。
 と、そこまで思って首をふる。
 いや、今はもう大丈夫だ。
 彼女の傍には彼らがいるのだから。
 でも、だからと言って黙っていなくなるのは駄目だ。

―――うん。そう、駄目だよ

 つばさには笑っていて欲しいのだから。
 今度はファイアローが白イーブイに迫った。
 彼の勢いに圧され、白イーブイは少したじろぐ。

―――つばさちゃんに悲しい思いはさせたくないでしょ?

 そして一変。ファイアローは穏やかに笑む。
 けれども、彼の言葉にむっとする白イーブイ。
 口をへの字にして、半目になる。

―――じゃあ、イチおにいちゃんもめっ!

―――はい?

 ずいっと。ファイアローの眼前に迫る白イーブイ。
 額と額がくっついて。触れた箇所がほんのりとあたたかかった。
 ファイアローの瞳に白イーブイが映って。
 そんな彼女のちいさな瞳の中に。

―――あ

 確かな怒りの色を見つけた。
 “イチおにいちゃんをおむかえにきたの”。
 木霊する幼子の声――言葉。
 それがずしりと重しとなる。

―――つばさおねえちゃん、ね

 ぽふっと、やわらかな感触。
 ファイアローの頭に乗りかかろうとして失敗したようで。
 転がり落ちて来た茶イーブイが、ぷるぷると身を振るわせて、起き上がって。
 白イーブイの隣にちょこんと座る。

―――ないてたよ?

 ひゅっと。誰かが息を詰めた音がした。

―――ないてなかったけど

 茶イーブイが前足をぎゅっと握った。

―――ないてたよ?

 垂れていた頭を持ち上げて。
 子イーブイ達を見下ろす体勢になるファイアロー。

―――なかしたのは、だれ?

 茶イーブイが真っ直ぐにファイアローを見上げる。
 茶イーブイの瞳は凪いでいた。
 別に、白イーブイのように、はっきりとした色が在ったわけではなかった。
 それでも、彼の瞳は真剣だった。
 ファイアローはゆっくりと、吐息のように言葉をこぼした。

―――僕のせい、だよね?

 ファイアローの瞳が瞬く。
 白イーブイが、ぶんぶんと首を縦に振って口を開く。

―――ラテ、いやなの。つばさおねえちゃんにげんきないの。ラテはいやなの

 途端。ファイアローを見上げる彼女の瞳が、ゆれた。

―――つばさおねえちゃんにげんきないの、イチおにいちゃんがいなくなったから

 ゆれた瞳に、涙の色が差して行く。

―――イチおにいちゃんがかえってこないから

 そこで堪らず、白イーブイは飛び込んだ。
 ファイアローの懐へ飛び込んだ。
 彼の身体と翼の隙間に、小さな身体を滑り込ませて。
 彼の体温に、あたたかさに、身を包んだ。
 ファイアローから吐息がこぼれた。
 もぞもぞと動く、懐に潜り込んできたきた小さな存在。
 彼女のくぐもった声が聴こえた。

―――イチおにいちゃんが、もう、かえってこないから、だよ。ラテもいやだもん。だから

 そこで、にょっと懐から白イーブイが顔を出した。

―――イチおにいちゃんも、めっ!

 白イーブイの瞳。
 そこに先程までの涙の色はなかった。
 けれども、ファイアローの瞳は瞬く。

―――ちょっと、待って……?

 ぱちくりと瞬く。

―――僕が“もう”帰って来ない……? “もう”って、何……?

 首を捻るファイアローに。
 茶イーブイが、こつん、と頭をファイアローの腹へ小突く。

―――だってイチおにいちゃん、なにもいわずにいなくなったよ?

 小突いた頭をぐりぐりと擦り付けて。押し付けて。

―――だから、そういうことでしょ?

 小さく呟く。
 その声音は、すがっているようにも感じた。

―――え……どういう、こと……?

 けれども、ファイアローのその言葉に、茶イーブイは反射的に顔を上げた。
 ファイアローを見上げる茶イーブイの瞳。
 凪いでいたその瞳に、はっきりと感情の色が滲む。

―――だからっ!! イチおにいちゃんがっ!!

 彼から飛び出た声。
 その声音の強さ、大きさは、普段の彼からは想像もつかなくて。
 びくっと身体が跳ねたのは白イーブイ。
 驚きで目を丸くしたのはファイアロー。

―――イチおにいちゃんは、もうかえってこないんでしょ?

 続いた言葉は、普段通りの落ち着いた声音。
 それでも、彼の瞳には感情の色が巡っている。
 これは何の色だろうか。
 苛立ちに、少しの怒りが混ざって。
 その中に、寂しさの色と、ちらりと覗く――怖れの色。
 その色を見つけて、ファイアローははっとする。
 不意に彼の瞳が歪んだ。
 彼が何よりも嫌いで怖れるもの。それは。

―――だまって、いなくならないで

 瞳に巡っていた感情の色がかきまぜられて。
 それがしずくとして押し出される。
 溢れ出す前に、彼は顔をファイアローへと押し付けて。埋めて。

―――イチおにいちゃんも“カフェ”のいちぶなの。ひとつでもかけたら、もう、“カフェ”じゃないの。だから

 くぐもった茶イーブイの声。
 “だまって、いなくならないで”。
 そうやって、言葉が続いたわけではないけれども。
 ファイアローには確かにそう聴こえた。
 だが、ファイアロー自身はそんなつもりは一欠片もなかったわけで。
 確かに、ちょっと気持ち的に拗ねがあって。
 勢いに任せて、という部分はあったかもしれない。そこは認めよう。
 でも、この先帰らないつもりはなかったのだし、なぜここまで話は飛躍しているのだろうか。

―――あのね、カフェくん、ラテちゃん……

 それを言葉にしようとしたとき。
 ファイアローの動きが止まった。
 聞こえた。なにが。聞こえたのだ。なにが。
 声だ。どんな。すすり泣く声だ。どんな。
 か細い声だ。誰の。幼子の声だ。誰の。
 ファイアローの懐から白イーブイが飛び出した。
 とんっと静かに着地を決めると。
 彼女はそっと彼へ歩み寄った。
 すすり泣く幼子は――カフェ。
 幼子が手にした幸せは、息をする。
 それが、幼子にとっての幸せの音。
 傍には幾つも幸せの音が在ったから、幼子は“カフェ”となった。
 その音が一つでも欠ければ、もうそれは“カフェ”ではない。
 この先ずっと、同じずっとではないかもしれない。
 それでも、幸せの音が在れば大丈夫なのだと思った。
 幼子が何よりも怖れるのは、幼子が知らない間に“それを”絶たれること。
 それが、すすり泣きとして現れる。
 そっと。白イーブイが茶イーブイへ、少しだけ体重を預けた。
 彼女の尾が、ふわりふわりと何度も彼の頬を撫でる。
 そして、彼女は見上げる。ファイアローを見上げる。
 それを向けられたファイアローは。

―――ごめんね

 幼子達に言葉を落とした。
 ぴくりと身体が跳ねたのは茶イーブイで。
 何に対しての詫びなのだ、と身体を強ばらせた。

―――ちゃんと、僕の言葉で伝えるべきだったよね

 幼子達と目線を合わせるため、ファイアローは身体を低く沈める。

―――“ちょっと、出かけてくるだけだよ”って、君達にも

 幼子達を交互に見やって。

―――つばさちゃんにも、りんくんにも

 茶イーブイが顔を上げた。
 そんな幼子達の瞳をしっかりと見据えて。

―――僕の言葉で、きちんと伝えるべきだったよね。だから、ごめんね

 誰かを通じての言葉じゃなくて。
 きちんと自分を通じての言葉じゃないと、駄目なときもあるのだ。
 たぶんそれは、今のこの状況とか。
 あの時は拗ねていたから、“誰か”に言葉を預けてしまった。
 あの時にきちんと、“自分”で言葉を置いてきていたら。
 たぶん。いや、きっと。泣かせることはなかったのだと思う。
 茶イーブイの目尻にたまったそれ。
 それを翼で拭ってやると。彼は真っ直ぐ見つめて確認をする。

―――ほんとなの? かえってくる? いなくならない?

―――帰るよ、絶対に。僕の帰る場所は、あそこなんだから

 ファイアローが茶イーブイの頬に自身のそれを重ねる。
 くるる、と。宥めるように発する声。
 くすぐったそうに片目をすがめた茶イーブイはされるがままで。
 その隣で口をへの字にした白イーブイが。

―――ラテもなのっ!

 と、ファイアローの反対側に回り込めば。
 同じように頬と頬を重ねて、きゃっきゃっと笑い声をもらす。
 それから暫く。幼子と一羽はそうしていた。
 互いの頬から伝わる確かな体温。
 存在を確かめるように、それから暫くはそうしていた。
 その中で、ファイアローはぽつりと言葉をこぼす。

―――帰ったら、つばさちゃんにも謝らなくちゃね。怒られちゃうかな? それとも、泣かせちゃうかな?

 苦笑混じりの声音に。

―――ラテもいっしょにかえってあげるもん

 白イーブイがファイアローの顔を覗きこんで告げる。

―――ラテたちもおこられるから、いっしょにごめんなさいしてあげるっ!

 つばさ達に黙って抜け出したのは、幼子達も同じだ。

―――ボクとラテもいっしょだから、こわくないね

 彼女の隣で、茶イーブイがはにかんだ。
 そんな幼子達にファイアローも。
 えへへ、と一つ笑って。

―――そうだね、みんな一緒なら怖くないね

 だから、一緒に帰ろうね。

―――カフェくん、ラテちゃん

 幼子達を両翼で捕まえるように包み込んで。
 小さな、小さな声で言葉にした。

―――迎えに来てくれて、ありがとう



   *



 遠目で幼子達と一羽を見やる彼女。
 微笑ましいものを眺めるように目を細めて。

ああいうの、いいな。

 彼女はぽつりと呟く。

兄ちゃん、いいな

 もう一度呟く。

あたちにも見つけられるかな……?

 あのようにあたたかいものを。場所を。
 自分はきちんと見つけられるだろうか。
 兄の傍に居たい。その気持ちは嘘ではない。
 だから、人の世に身を置くことを決めた。
 兄はもうきっと、森には帰って来ないから。
 兄の帰る場所は、やっぱりあそこのようだから。
 ならば。自分が同じ世界に行くしかないではないか。
 けれども、同時に憧れるのだ。
 兄にとっての“それ”。憧れる気持ちもまた、嘘ではないのだ。
 自分が居なくなれば、あの幼子達のように迎えに来てくれたり。
 一緒に笑って、泣いて、怒って。そんなことに憧れる。
 だって。兄はしてくれなかったから。
 自分をあの炎から助けてはくれても。
 その後の自分を探しには来てくれなかった。
 自分から探して、やっと見つけたのはこちらだ。
 そういえば。一緒に笑って、泣いて、怒って。
 そんなこともしてきた記憶がない。
 どちらかと言えば、こちらが押し付けていた記憶がある。

あたちと兄ちゃんって、家族といえば家族だけど、あまりそれっぽいことしてない……?

 少しだけ不安に思った。
 だけれども。それでも。

でも、あたちが“今”兄ちゃんと一緒にいるのは

 はしゃぐ白の幼子に転がされた兄を眺めながら。

兄ちゃんがあたちを探して、見つけてくれたからだよね

 くすりと一つ笑う。
 きっと、兄と向き合わせてくれたのは。

それも、“つばさちゃん”さんと出会ったからなのかな

 そんな彼女にも興味を惹かれる。
 そしてまた、忘れらない少年の顔がある。
 あの少年にはまた出会えるような。
 そんな、予感がする――。
 ざあっと風が吹き抜けて、彼女の羽を撫でて行く。
 意味もなく空を仰げば、吸い込まれるように木の葉が舞い上がった。

ばす ( 2019/07/09(火) 22:46 )