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ティータイム 6th time-イチ-
49杯目 出会いは星散る中で

 朝。
 目覚めたとき、不意に呼ばれていると思った。
 だから、傍らで眠る兄を起こさないように。
 そっと、外へと飛び出した。



   ◇    ◆    ◇



 森の中を、木々をぬうように避けながら飛ぶ。
 方向はたぶん、こっち。それは直感だった。
 その方向を真っ直ぐ行けば。その先には人が造り上げた街がある。
 街の気配を色濃く感じながら。人の気配を色濃く感じながら。
 ただ真っ直ぐ、“そこ”を目指した。
 あ。もうすぐだ。たぶん、すぐそこに“それ”がある。
 目の前に広がる光に飛び込んだ。
 視界が拓けた刹那。自分は“それ”と。

「なっ……?ちょっ?!」

 振り返った“それ”と。
 ぶつかった。



   *



 まだ痛む額を抑えながら、むくりと上体を起こして振り返る。

「いってぇー……、何かとぶつかったな」

 振り返った先。そこで目を回して転がるものに。

「イチ……か?」

 思わず呟いた名。けれども。

《よく似てるけど、この子、女の子だよ?》

 否定する彼女の声。

《それより、大丈夫? すばる》

 傍まで歩み寄ったエーフィが、心配気に顔を覗きこんでくる。

「大丈夫っていえば大丈夫だけど」

 額に触れながら、これはたんこぶになるかもな、と呟く。
 まあ、それはいいだろう。問題は。

「これ、どうすんの?」

 すばるとエーフィの視線が、未だに目を回している“これ”へ向けられる。
 そして、互いの顔を見合う。

《でも、放っておくわけにもいかないよね》

「まあ、そうだな」

 と、再度視線を向けたとき。
 ぱちっと、勢いよくまぶたが持ち上がった。

「おっ、気がついたか」

《大丈夫?》

 顔を覗きこむすばるとエーフィを交互に見やって。
 彼女、ファイアローは数度瞬く。きょとん、と首を傾げたあと。
 はっと目を見開いて、慌てた様子で身体を起こす。それはもう、勢いをつけて。
 ごんっ。と。小気味よい音が響き、三者の視界に星が散った。

「……ってぇー……」

《なんでボクまで……》

―――いったあーい……

 三者それぞれから呻き声がもれる。
 そして、とあることに気付いたすばるが、がばっと顔を上げる。
 見開かれた桔梗色の瞳。それが瞬くことも忘れて凝視するのは。
 ふるふると頭を振って、痛みをやり過ごしていたファイアローで。
 その視線に気付いた彼女が、顔を上げてその視線に首を傾げて。

―――ん?

 言葉が、こぼれた。

「やっぱ、気のせいじゃねえよな」

 すばるが眉間にしわを寄せると同時に。
 ファイアローも眉間にしわを寄せる。
 両者が睨むように視線を交え、幾分か経った頃。
 ファイアローがぴくりと身体を小さく跳ねさせた。
 半瞬遅れて、エーフィの耳がぱたりと動いて。
 視界の端でそれをとらえたすばるが、どうしたのかと問いかけようと振り向いたとき。
 ようやく、すばるの耳にも届いた。
 ぴいい、と。長くて高い声。どこかで聞き覚えのある声。
 あ、この声は。すばるがその声の主を思い浮かべた。

―――呼んでる……行かなきゃ

 思考のすきまに滑り込んでくるファイアローの声。
 否。声ではない声。
 カタチのないものが心に届いて。それを”言葉“として認識しているだけ。
 本当は言葉なんて通じ合えてはいない。先ほどからずっと。
 なのに。どうして。心が通じ合えているのか。交わせているのか。
 すばるがファイアローの方を向き直ったときには。
 彼女は空へと舞い上がっていて。呼ぶ声に応えるように、高く鳴いていた。
 どんどん小さくなっていくその姿を目で追いながら。

「なあ、ふう」

 傍らで同じようにするエーフィへ問う。

「お前、シンクロの精度上げた?」

《上げてないよ。そんな神経使うことするわけないじゃん。しばらく動けなくなるんだから》

 シンクロの精度。
 それを上げるということは、すばるとエーフィの同調をさらに高めるということ。
 エーフィと深く重なったすばるは、一時的とはいえ、彼女以外のポケモンとも、シンクロのような効果を得ることができる。
 彼女のそんな力。その影響が、傍に在る月の存在にまで及んでいる。甚大過ぎる。
 過去に彼女が制御出来ず、気が付かないうちに、その影響を受けていたことがすばるにはあった。
 最初の一度は、ギャロップのほたると出会った頃。その後も数度あった。

「じゃあ、制御出来てねえ、とか?」

《失礼だなっ。ボクはちゃんと力を押し込んでますぅー》

「それなら、なんであいつのこと分かったんだ?」

 首を傾げるすばるに。

《でもあの子、すばるとの波長は合ってるみたいだったよ?》

 彼の方を見上げるエーフィ。

「波長が?」

《うん。ボクとの波長が似てたし、すばるも長期的にみて、そろそろ体質に影響あってもおかしくないから、それでじゃないのかな》

「ちょっと、待て」

 聞き捨てては置けない単語に、思わずエーフィを見やる。

「体質に影響ってなんだ? おいっ」

《ん? 少しずつ、すばるんの体質を馴染ませてたこと?》

 あっけらからんと答えるエーフィの言葉に。
 すばるの眉間にしわが刻まれた。

《すばるんは、ボク以外のポケモンとはシンクロしにくい体質だよ》

 優雅に、そして呑気に、彼女はひょんひょんと尾を揺らす。

《ボクがそうやって、体質改善してあげたから》

 にんまり。自慢気なエーフィに、すばるは頭を抱えた。
 自分のパートナーが、自分に秘密でとんでもないことをしていた。
 きっと、数ヶ月単位ではないだろう。それこそ、年単位――。
 そこまで考えかけて、やめた。考えるだけ無駄だ。

《すばるんは、ボクじゃないとダメな身体なんだから》

 ふんすっ。鼻息が荒い気がするのは気のせいではないだろう。

「妙な言い方はすんなっ」

 半目になって唸る。
 言いたい文句は山程ある。けれども、今はそんな場合ではない。

「さて」

 気持ちを切り替え、すっくと立ち上がれば。
 まとう空気も一変して緊張感を帯び始める。

「いくぞ、ふう」

 発した声音も幾分か硬い。
 その声に応えるように、エーフィは瞳を瞬かせると。
 すばるの前へ踊り出て、降り仰ぐ。

《あの子達の気配、あっちからする》

 すばるが一つ頷けば、エーフィはさっと駆け出す。
 エーフィの感知能力は優秀だ。微弱な空気の揺れも敏感に察知する。
 そこでふと、エーフィが駆け出した方向が同じことに気が付く。
 脳裏に過るは、先程のファイアローの姿。
 その彼女が飛び去った方向と同じだ。
 そんなことをぼんやりと考えながら。
 急かすエーフィの声にすばるも駆け出した。

「あいつらまでいなくなっちまったら、つばさが泣くからな」

 ぽつり、と。
 二色の毛玉を思い浮かべながら、すばるは呟いた。



   ◇   ◆   ◇



 ふわりと舞い降りて、その風圧で草葉がゆれた。
 何だかとても緊張している。
 どっどっ。と。鼓動が早鐘を打っていて。力強くて。息も弾んでいて。

―――やっと見つけたよ、ニア

 とたとた、と姿を現した兄の声に顔を上げた。
 まったく、と嘆息をもらす兄へ。
 そのまま自分も、とてとて、と歩み寄って。
 こつん、と。兄の首もとへ顔を埋めた。
 触れる羽毛がふわふわで、その感触に感覚を委ねる。

―――ニア?

 兄の呼び声に。

何でもないよ

 とだけ答えた。
 呼ばれた気がした。呼ばれた気がして、気が付いたら飛び出していて。
 そして出会ったのは、あの青年で。
 そして、なぜか。どうしてなのか。
 あの青年の顔が、心に焼き付いて。
 どうしても、忘れられない。
 刹那。

―――ニア、離れて

 そっと紡がれた言葉。
 訝しげに顔を上げて、兄をちらりと見やった。
 兄はこちらを向くことなく、上を見上げていて。
 首を傾げながらも、そっと兄から離れると。

―――何か、来る

 とだけ、兄はぽつりと呟く。
 そして、兄が一歩下がったとき。
 がさがさ、と音がして。
 傍の木。その枝葉がゆれた。そして。

―――ちょっとまってよおおーっ

 焦る声と共に、茶の毛玉が落ちて。ぺちょっ。顔から着地した。
 そしてその上に。ぽすっ。白の毛玉が着地を見事に決める。
 自慢気な顔をしていた白の毛玉だけれども。
 その下。茶の毛玉がむくりと起き上がるものだから。
 ころりんっと転がって。兄の方まで、ころころころりんと転がって行く。
 こつん、と兄へぶつかって。仰向けの体勢のまま。

―――イチおにいちゃん、みつけたのっ!

 えへへっと。とても嬉しそうに笑った。
 そんな彼女に続くように。
 茶の毛玉も兄へ駆け寄って。

―――ボクたち、イチおにいちゃんをおむかえにきたんだよ

 と見上げる彼に。兄は目を丸くしていて。

―――僕を探しに来てくれたの?

 その言葉に頷く、茶と白の毛玉。
 兄は、そっか、とだけ呟いて、嬉しそうに目を細めた。
 けれども、白の毛玉の一言で顔色を変える。

―――パパたちにはないしょなの

―――えっ……?

―――ラテたち、もうおおきいもん。ラテたちでおでかけへいきだもん

 どやっ。自慢気な笑顔がそこに在った。
 ちらり、と兄の視線が隣の茶の毛玉へ向けられる。
 そちらも、心なしか自慢気な笑みだった。
 少しだけ胸を張っている姿が可愛らしくて。
 小さく笑ったら、兄に軽く睨まれた。

―――笑ってる場合じゃないよ。カフェラテ達がいないって、大騒ぎだよ、きっと

 起き上がった白が首を傾げて。
 茶は、やっぱりまずかったかな、と片前足を顎に当てて呟いた。

―――まずいよー。やっぱり、じゃなくてまずいよ、まずいからね?

 兄が茶を諭すように言えば。
 茶は顔を上げて。

―――うん、ごめんね?

 少しだけ申し訳なさそうに笑った。
 けれども、その隣では。

―――ラテ、おそらとびたいっ!

 きらきらと輝いた顔で兄へと迫って。

―――せなかにのせてっ!

 彼女の尾は、ぶんぶんと元気よく振られている。
 ねえねえ、とせがむ白に。
 おちつきなよ、と茶。
 そんな二匹に頭を抱える兄。
 三者の姿がそれぞれで、何だかとても微笑ましくて。
 思わず頬がゆるむ。ゆるむけれども、あんな表情の兄は知らない。
 自分の知らない兄の姿。それが何だか、何だか、少しだけ寂しく思う。

ばす ( 2019/06/01(土) 15:51 )