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ティータイム 6th time-イチ-
47杯目 だから、帰らない

 森。木のうろ。
 久々の彼女の体温に促されて。うとうと。
 そのまどろみに、身を委ねていたのがいけなかった。
 気が付いたら、日はどっぷりと暮れていて。
 代わりに夜空を照らすのは月。
 はっと目を見開いた。

―――え、ちょっと、まって??

 夜だ、夜になっている。あたふた。
 周りを見渡す。うん、森だ。それもそうだ、あれから森に降り立ったのだから。

―――どうしよ、ちょっと出かけてくるだけって、すばるに言っただけなのに……

 気が付いたら夜でした。なんて。
 乾いた笑いしか出なかった。
 きっとつばさ達が心配をしている。早く帰らなきゃ。
 もそっ、と身体を動かそうとした。
 けれども、自身にかかる重さを思い出して動きを止めた。
 ちらっと隣を見やる。すやすやと眠るそれは。
 自分と同じ姿のファイアロー。久方ぶりに会った妹。
 この彼女を残して去ることは、出来ないなと思った。
 だって、彼女は家族だから。
 初めての彼女の我が儘。自分は“兄”だったのだなと、初めて自覚出来た気がした。
 この気持ちは大切にしたいと思った。
 けれども、つばさ達の元に帰りたいのも事実。だって、つばさ達は自分の――――。自分の――――。
 そこまで考えて、思考がぴたりも止まった。そこから先が分からない。
 つばさは大好きだ。想っている。
 喫茶シルベで共に暮らす彼らも好きだ。
 では、自分にとってつばさ達は何なのだろうか。
 どんなカタチでもつばさの一番にはなれない。
 それは初めから知っていたし、今更思うことはない。
 一番になれないからって、つばさの傍を去ろうとも思ってはいない。
 だって、自分はつばさが大好きで。
 同じカタチの気持ちではないけれども。
 つばさも想ってくれているのは分かっている。
 だから、傍を去ろうなんて思っていない。

―――でも、つばさちゃんはもう、大丈夫だもんね

 つきり。小さく痛むのはなぜだろう。
 そう思って、ふふっ、と小さく笑う。
 なぜだろう、なんておかしなことを。
 なぜなのかは知っているのに。
 どんなカタチでも、一番になれないのは分かっていた。
 けれども、それを自覚してしまったときに。
 何も感じない程、強いわけではない。

―――僕がいなくても、大丈夫だもんね

 だから、少しだけ。少しだけ、大丈夫かな。
 つばさの傍には彼と彼がいるから。
 もう、自分が傍にいる必要はないのだから。
 ならば、必要とされなくなった自分は。
 つばさにとって自分はどんな存在で。
 自分にとってつばさはどんな存在になるのだろうか。
 それがもう、分からなかった。

むにゃ。兄ちゃん……

 傍らで眠る妹。寝言で呼ばれて、妹にそっと身を寄せた。
 まあ、いいか。今はこの子の我儘に付き合う。
 そう、決めたのだから。
 少しくらい帰らなくても、つばさはもう大丈夫だから。
 そう思って、静かに目を閉じた。



   ◇   ◆   ◇



 時間は、ファイアローがすばると別れた頃まで遡る。



   *



 前からずっと考えていたことがある。
 すばるに、ちょっと出かける、と言葉を残して置いたから。
 だから、少しくらい遅くなっても大丈夫だろう。
 ばさりと羽ばたきの音が耳朶に響く。
 ファイアローが向かう先は、喫茶シルベの方向。
 だが、目的はそこではなくて。
 そこから少し離れた場所に真っ直ぐ立つ一本の木。
 太い幹に舞い降りる。翼を畳んで、枝葉に身を隠して暫し待つ。
 たぶん、そろそろのはずなのだ。
 いつからなのか、詳しいことは分からない。
 けれども、少なくとも白イーブイがタマゴから孵った頃からだとは思う。
 “彼女”がここで、こうして、様子を伺うようになったのは。
 枝葉の隙間からはばっちりと覗ける。喫茶シルベの様子がばっちりと。
 おまけに、二階の窓から中の様子まで伺えるではないか。
 ここに来たのは初めてだけれども、あまりの見えように半目になる。
 “彼女”に覗きの趣味があったのは知らなかった。
 まあ、毎日ではなかったようだし、大目にみるべきか否か。
 覗きをしていた理由も自分は知らないし。
 それに、ここのところ暫くは訪れている気配はなさそうだった。
 なのに、それがまた、最近になって頻繁に訪れているようで。

―――今度はこっちから会いに行こうかなって、思ってたんだよ

 隠れた枝葉から顔を出せば。
 ちょうど幹に止まったところの彼女がいて。
 その顔は驚きに染まっていた。

―――久しぶりだね、ニア

 ニア、と呼ばれた彼女は、ぱちくりと瞳を瞬かせて。

兄、ちゃん……?

 と、呟いた。



   *



 街の近くにある森。そこに二羽の隼が降り立った。
 ここはファイアローにとっては馴染みある森で。
 ファイアローは彼女を木のうろへと案内した。
 彼女は中の様子を伺うように覗きこむ。
 広さは思ったよりも広かった。これなら二羽で入り込んでも余裕がある。
 それに、何だかここは昔を彷彿とさせる。においとか、雰囲気とか。
 お互いがヒノヤコマの頃。互いに身を寄せあって暮らした、あの森に。ん。あの、森。

あの、森に……?

 そこでふと疑問符が浮かんで、彼女は思わずファイアローを振り返った。

ねえ、兄ちゃん? この森って……

―――あ、気付いた? そうだよ、この森は

 言葉を続けようとしたファイアロー。
 けれども、途端にその口を閉ざして。
 ぴりり、と。緊張したような、張りつめたような、そんな雰囲気をまとう。

お兄ちゃん

 瞬時に異様な雰囲気を感じ取った彼女は、緊張の色を浮かべた瞳を向ける。

―――大丈夫。ちょっと挨拶してくるね

 にこり。彼女へ笑顔を浮かべ、ファイアローは下の草地へと舞い降りた。
 刹那。ファイアローの視線の先。
 木の影が動く。姿を現したのは、森の大蜥蜴、ジュカイン。
 金に染まった目。それが非難するように鋭く細められて。

イチよ

 厳かに口を開く。

なぜ、余所者をこの森へ招いた?

 ちらり。一瞬、ジュカインの視線が上方へ向けられた。その先にいるのは彼女で。
 鋭く冷たいその視線に、彼女は瞬的にふるりと身体を震わせた。
 そして再度、剣呑な面差しでファイアローを見やるジュカイン。
 そしてファイアローは口を開く。

―――余所からの存在に敏感なのは知ってるよ。神経質になる理由も知ってる

 ファイアローは彼を真っ直ぐと見つめ返して。

―――だってここは、願い星が眠っている森だから

 一つ、頷いてみせた。
 千年に一度、目覚めるという願い星。
 その眠りを護る役目を担っているのが、この森の奥深くに住む一族。
 そして、目覚めの時を迎えた願い星のお相手をするまでが、その時代の当主のお役目らしい。
 その一族は永きの時を生き、密かに、けれども確かに血を受け継いでいて。
 一族の現当主は、皆から“長老”と呼ばれて慕われている。
 現当主は既に、願い星との対面をしたそうで、そのお役目を果たしている。
 それももう、二百年近くも昔の話だけれども。
 今は次代が決まるまでの繋ぎとして、当主の座に居るとかなんとか。つまり、隠居の身らしい。
 そんな一族が護る、願い星とは何か。
 実は詳しいことは知らない。
 それでも、この森にとってはとても大切な存在なのは知っている。

ならば、なぜ?

 一歩、ジュカインが踏み出す。
 彼の腕を飾る葉が光を帯びる。
 こちらの返答次第では、斬りかかるという意思表示だろうか。
 別に怯むこともないけれども。

―――そんなにぴりぴりしないでよ、若長

余所者に寛大な心は持ち合わせん

―――余所者、余所者って、本当に分からないの?

 むう、と少しばかり渋面になる。
 最近なのだ。彼がこの森を統べる者として、その立場に就いたのは。
 その責任を強く受け止めているのかもしれない。
 それはいいことだと思うけれども、先代の長はもう少しゆるかった。
 むむっと小さく唸っていた時。
 かさ、と。小さな音をたてて、葉が一つ落ちてくる。
 それが地に落ちた刹那。ファイアローの視界からジュカインが消えた。

―――君、もう少し肩の力を抜いた方がいいんじゃない?

 ファイアローが片足を持ち上げた時には。

―――あの子はニアだよ。もともとはこの森に住んでたでしょ、僕と一緒に

 ジュカインが決めようとしていた、技“リーフブレード”がそこに収まっていた。

なっ……!?

 驚愕に目を見開いたのはジュカイン。
 だが、すぐに表情を取り繕うと瞬時に後ろへ跳び退く。

この手が通用せぬのならば……

 次の一手に移ろうと、体勢を低く構え。

―――ねえ、僕の話聞いてる?

 ファイアローは半目になる。
 責任を果たそうとするのはいいことだ。うん、いいことだ。
 けれども、肩の力をもう少し抜いて、視野を広くするべきじゃないだろうか。
 相手の言葉に耳を傾ける余裕も欲しいところだと思う。思うのだが。

―――まあ、君がやる気なら、僕も付き合ってあげるけど

 にやり。不敵に笑う。
 タイプ相性で言えば、こちらの方が有利だ。
 それでも、ジュカインの構えには隙がない。
 やはり、森の長たる者。強さもないと務まらないということか。
 さあ、こちらも。と、身構えようとした刹那だ。

やめないか、そこ

 威厳のある声が割ってはいった。
 無意識に姿勢を正したくなる声の響き。
 そして、ばさりと傍らに妹が舞い降りてきて。

兄ちゃん、この声って

 ぽつりと呟いて。

もしかして、あの方?

 と、問う視線を向けてきた。

―――すぐに分かると思うよ

 そして、同時に声の方へ視線を向けた。
 気が付けば、ジュカインがその場で畏まっていた。

長老、おいででしたか

 彼が顔を上げる。
 木の影から姿を現したのは、九つの尾を持つ九尾。
 黄金の毛色に身を包み、空から落ちる日の光を弾く様は、まさに神の使いの如く。
 こちらへ歩み寄るキュウコン。その姿もまた、見惚れる程に美しい。
 一歩一歩、ただ、歩くというだけの動作なのに。
 なぜ、呼吸をするのも忘れそうになるのか。
 九つの尾を揺らしながら、確実にこちらとの距離を詰めて。
 そして。一歩分程の間隔をあけ、キュウコンはゆっくりと座った。
 赤の瞳が真っ直ぐに向けられ、まるで見定めるかのような。

やっぱりっ、長老だっ!

 と、思ったところで。
 傍らの妹が声を上げて、一歩分程の間隔を踏み出して詰めた。
 きゃっきゃっとはしゃぐ彼女に。
 キュウコンは瞳を細めてじっと見つめて。
 けれども、それはすぐに見開かれて、再び嬉しそうに細められた。

わっ!本当にニアちゃんじゃないっ!

 きゃっきゃっと笑い合う。
 それを傍で聞いていたジュカインが、驚きで目を丸くしていた。

え? ニア?

 彼は思わず呟き、瞳を瞬かせる。
 その反応を見た彼女達が、じとりと呆れ気味に見やる。

え、今なの? 今、気付いたの?

 というのはキュウコンで。

長老はいつ気付いていたのです?

いつって、イチちゃんが言ってたじゃない。この子はニアちゃんだって。

 え。と、ジュカインがファイアローを見やる。
 その瞳が、本当か、と問いかけていた。
 嘘、本当に聞いてなかったんだ。
 ファイアローは呆れを含んだ気持ちで胸中でぼやく。

―――だから言ったじゃん、ニアだって。僕達、この森の出身だよ?

 嘆息を一つ。

―――それに、幼馴染なのに忘れるとかひどくない?

 にやり。ちょっと意地の悪い笑みを浮かべて。

―――ライくん?

 名を口にすると。
 ひゅんっ、と。風をきる音が聞こえて。
 気がつけば、ファイアローの眼前には光を帯びた刃。
 ジュカインの“リーフブレード”が在って。
 その向こうには、ぎろりと威圧を放つ彼の瞳が在った。

イチよ、若長と呼べ

 刃先を突きつけられても、微動だにしないファイアロー。威圧にも怯むことはなくて。
 胸中では呑気に、肩の力を抜けばいいのに、と何度目かのぼやき。
 若長という型に拘り過ぎではないかとさえ思う。

ライちゃん、もっと気楽にしたらいいわよ?

 割ってはいるのは、再びキュウコンの声。

ですが、長老

 ファイアローに向けていた刃を納めると、ジュカインはキュウコンへと向き直る。

俺は先代のような長になりたいのです

でも、ライはライでしょ? 貴方にしかなれない長のかたちがあるはずよ。真剣なのはいいことだし、それは貴方の美徳だけど、ずっとは疲れてしまうわ

 諭すようなキュウコンの言葉。
 ジュカインは暫し思考を巡らせて。

努力します

 とだけ呟いた。
 それを聞いていたファイアローは眉間にしわを寄せた。
 自分の言葉には耳を傾けなかったのに、彼女の言葉には耳を傾けるのか。
 何だか納得がいかない。

―――何で、長老の言葉には耳を傾けるのかな

 ぽそっと、小さく呟いたつもりだったのだが。
 瞬時に突き刺すような視線を感じた。
 視線の先はたぶん。彼だろうから、気付かないふりをした。
 そんなときだった。

ねえ、ところで。みんなは私のことを長老って呼ぶけど

 キュウコンが口を開いた。

私まだ、二百五十三歳の彼氏募集中な年頃の女の子よ?

 順にその場の者を見やり、ぷくりと頬を膨らませる。

長老って、おばあちゃんみたいに呼ばないでっ

 そんな彼女の言葉に。
 この場にいる者達は苦笑いしかできなかった。
 千年の時を生きるというキュウコン。
 確かにキュウコンの間では若者なのかもしれないが。
 すでに二百年以上を生きている彼女は、この森にとってはお年寄りだ。
 だって。誰も彼女以上に生きている者も、生きる者もいないのだから。
 だから彼女は、長老なのだ。



   *



ここって、あの焼けた森の部分なの?

 木のうろ。
 そこから外を眺め、ファイアローは日の傾きで色付き始めた空を見上げていた。
 誰かの瞳に似ているなと思っていたところに、妹のその言葉で振り返った。
 うろの奥で翼をたたんで座る彼女が、感嘆の響きを持たせて問う。
 否。問うというよりは、確認の意味合いの方が強いと思った。

―――そうだよ。あの時の真っ黒に焼け焦げた森がここだよ

 うろの中をくるりと見渡して、彼女はほへえと気の抜けた声をもらす。

でも、数年でここまで緑は生い茂るの? あたちは見たことないよ

―――ここまでになるには、たぶんもっと時間が必要じゃないかと思うよ? それこそ、長老みたいな永い時が

 え、と妹がきょとんとする。

あれ、でも、この森は……?

 目をぱちくりとする妹がおかしくて、ファイアローは小さく笑った。
 だが、それが気に入らなかったらしい妹がむっと膨れるのを見て。
 誤魔化すように話を続けた。

―――たぶん、ここが願い星の森だからかな?

願い星の森?

 そう、とファイアローは一つ頷く。
 ここは“願い星の森”と一部では呼ばれいる。
 理由は単純。願い星が眠る地だから。
 気が遠くなるほどの昔から、この森は緑が生い茂る豊かな森だったらしい。
 それはひとえに願い星の存在があったから。
 願い星が千年の眠りにつくとき。彗星からエネルギーを得る。
 願い星はその時に得たエネルギーを、少しずつ、少しずつ大地に流して。
 そして、この森を育て、支えている。護ってくれているのだ。
 それが、この森にとって願い星が大切な理由。
 ではなぜ、願い星が森を護るのか。その理由は。
 それは、眠りを護る一族との、優しくて、それでいて残酷な。
 そんな嘘を護るためだと囁かれている。
 そして、長老は言う。
 彼は知っている。それでいて、知らないふりをしている。
 そう言ったのは、一族の当代で。
 森の皆からは長老と慕われている彼女だった。
 彼女は二百年近く前に願い星との対面を果たしている。
 その嘘が何なのか。長老が言う言葉の意味がなんなのか。
 それはよく分からないけれども。
 願い星がこの森を育て、支えているのは確かなこと。
 だから、この森は“願い星の森”と呼ばれている。

―――というわけだから

つまり、願い星さんからのエネルギーで、ここまで元気になったってこと?

 首を傾げる妹に、そうだよ、と頷き返す。

ふーん、すごいね

 別段。感嘆するような響きもない、素っ気ない返答に。
 まあ、それもそうか。と、妙に納得して苦笑する。
 一族の始まりは、その嘘からだと伝えられてはいるけれども。
 それが何だと言うのだろうか。
 ただ、森に住んでいるだけ者達には、関係のない話だ。
 うろから顔を出して空を見上げた。
 色付き始めた空はもう、橙から藍へ。その中で瞬く一つの星。
 もう、帰らなければいけない。そんな時間。
 そう思うと、言葉に出来ない気持ちが胸中に落ちた。
 あたたかいけれども、冷たくて。
 それでいて、ほんの少しだけ重たい。けれども、軽い。
 矛盾だらけな気持ち。言葉にすれば、たぶん。切ない、が近い。
 つばさのところに帰りたいのに。帰らなきゃと思うのに。
 一番にはなれない。それは知っていたこと。
 けれども、それを改めて自覚してしまったから。
 今はまだ、つばさのもとには帰りたくないと。
 そう思っている自分も確かにいる。
 妹の方へ振り向く。

―――僕、そろそろ帰らなきゃ

 仄かに笑む。
 そして、つきりとどこかが痛む。
 嘘だ。自分の気持ちに背を向けた。
 そしてまた。背こうとしている。
 また会おうね。またね。
 そう、続きを紡ごうとしたとき。

待って

 座り込んでいた彼女が立ち上がる。
 軽く目を見張るファイアローへ、彼女は真面目な顔をする。

兄ちゃん、嘘ついてる。帰らなきゃって、思ってないでしょ?

 え、と。思わずファイアローは声をもらす。

何があったのかは知らないけど。自分の気持ちに、気付かないふりはダメだと思うの

 そして、彼女は笑った。
 太陽みたいに。あの頃と変わらない笑顔で。

やっぱり、兄ちゃんはあたちがいないとダメだね

 彼女は思う。
 昔もよく口にしていたこの言葉。
 言葉にすれば、彼の傍に居ていいような気がした。
 だからこれは、彼への“自分”という存在の押し付けだ。
 でも、押し付けだけじゃ駄目だと思った。
 だから、自分も踏み出すことにした。
 違う世界に住む彼と、同じで居たいから。
 ねえ、と彼女は口を開く。

あたち、ずっと探してたの

 何を、と首を傾げる兄。

兄ちゃんと一緒にいられる場所。だって、兄ちゃんはもう決めちゃってたんだもん

 兄に助けられたあの時。
 その時の記憶は曖昧で、あまり覚えてはいない。
 覚えているのは、ただ必死に迫りくる炎から逃げていたことだけ。
 それから覚えているのは、必死に兄を探していたこと。
 そして、やっと兄の場所が分かったと思えば。
 そこは人の世界だった。自分では手の届かない場所。
 だから、遠くから眺めて。初めはそれだけでよかった。
 兄の無事な姿を見ることができた。それだけでよかったのに。
 それでもやはり、ふりつもる気持ちはあった。

兄ちゃんはやっぱり、どこまでも、どこにいっても、あたちの兄ちゃんだった

 目を細めると、瞳がゆれた。
 その言葉に、逆にファイアローは目を見開いた。

―――ぼくは、にいちゃん、なの?

 呆然。そんな表現が当てはまる。
 突然のファイアローの呟き。
 それに彼女はきょとんと首を傾げて。
 何を当たり前なことを。と思った。

兄ちゃんはあたちの兄ちゃんでしょ? 家族だもん

 家族。それは絶てない繋がり。
 そこでファイアローは、妙な感覚を覚えた。
 その言葉が、妙に心に引っかかる感覚がしたのだ。
 けれども、兄の様子に気付かない彼女は続ける。

でもさ、兄ちゃんは自分の場所を見つけちゃってたもんね

 ファイアローは必死にその感覚を追いかけていたから。
 彼女の言葉は聞こえてはいない。

なら、さ

 彼女はそこで、一旦言葉を置く。
 ここでようやく、話を聞いていない様子の兄に気付く。
 むう、と不機嫌に顔を染めて。じいっと彼を睨む。
 ん、と何かを感じたファイアローが彼女を見やると。
 眼前には妹の顔があって。

あたちもそこに行くしかないでしょ?

 彼が驚きの声をもらす前に。
 へへっと彼女は笑った。

だからね、あたちされるのっ!

 話を掴めていない彼は、何を、と問う。

あたちもゲットされるのっ!

 と、あまりに満面の笑みで彼女が答えるものだから。

―――うん??

 という言葉しか。
 ファイアローからは、咄嗟に出てはこなかった。
 そして、ようやく取り出せた言葉。

―――ゲットさせるって、誰に? まさか、つばさちゃん?

 驚きと困惑の混ざった響き。
 けれども。違うよ、と彼女は首をふる。

そこは兄ちゃんが見つけた場所でしょ

 一緒の世界にはいたい。
 けれども、兄のいる場所は兄が見つけた場所。
 一緒の世界の一緒の場所にいたいわけではない。
 “自分”という存在の押し付けじゃなくて。
 もっと別の方法での繋がりを欲する。

あたちもあたちの場所を見つけたいの

 だから、一緒に探してよ。
 もう、遠くから眺めるのはいやだから。



   ◇   ◆   ◇





■筆者メッセージ
今話にて出てきた、願い星と一族の始まりの物語は、
作者の短編作品「また明日」です。(投稿済み)
一つの嘘から始まった、一族の始まりの物語。
ばす ( 2019/05/17(金) 20:29 )