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ティータイム 3rd time-追憶-
23杯目 また始まる、いつもの


「で、そろそろかな」

 カウンターテーブルに頬杖をついたつばさがぼやく。

《何がだ?》

 それに対して、ブラッキーが首を傾げて返した。

「……ん」

 つばさが億劫そうにブラッキーへ向き直る。
 そして、そのまま視線は階上へと続く階段に。

「たぶん。そろそろ毛玉が転がり落ちてくる」

 毛玉、という単語に要領が得ないブラッキー。
 その彼がつばさの視線を追ったとき。
 その先で。
 ぽすんぽすん、と。
 軽くて軟らかな音が聞こえて。
 階段から転がり落ちてきた。
 それは、白と茶の毛玉で。
 何やら言い合いをしているようで。

―――まだダメだよっ!おはなしおわってないかもしれないよっ!

 そう言って、白の毛玉をとめるのは茶の毛玉。

―――もういいのっ!ラテがそうおもったから、もういいのっ!

 と、茶の毛玉の制止を振り切って。
 こちらに駆けてくるのは白の毛玉。
 とてててて。
 そんな足音に、思わず頬が緩むつばさに。
 少し面倒そうな顔になるブラッキー。

《こいつらか……》

「そう」

 つばさが駆けてきた白イーブイを抱き上げる。

「そろそろ、イチの限界かなって思って」

 そして、ちらりと彼らは階段へと視線を向けると。
 ばたばたと駆け降りる音がして。
 ひょこりと顔を覗かせた、ファイアローの姿を認める。

―――ラテちゃん抜け出しちゃって。お話終わってた?

 ごめんね、と謝る彼に。

「大丈夫、もう終わったから。ありがとう、イチ」

 とつばさが返すと。
 えへへ、と笑みをもらした彼は。
 とても嬉しそうだ。
 そして、次いで騒ぎだすのが。

―――ラテ、おなかすいたっ!ごはんっ!

 つばさの膝上で抱えられた白イーブイだ。
 朝ごはんにするには早い時間だが。
 夜に抜け出した彼女ならば。
 お腹を空かせているのも仕方がないか。
 そう思ったつばさは、準備を始めることにする。
 膝上の白イーブイを下に降ろし、すくっと立ち上がる。
 そのままカウンター席の奥にあるキッチンへと足を向けて。

「トーストにしようと思うけど、何トーストがいい?」

 振り向き様に皆に問う。
 私はバターにしようかな、とつばさが呟くと。

―――じゃあ、僕もバター!

 と、間髪を容れずに言うのはファイアロー。

―――つばさちゃんと同じがいいーっ!

 えへへ、と笑みまで浮かべる。

「はいはい」

 と、つばさが軽く流したら。
 何かがご不満だったらしく、ファイアローは頬を膨らませた。

「あとはどう

 する?
 と発する前に、つばさの言葉に被せてきたのは。

―――ラテ、ももんのじゃむがいいっ!

 片前足を高く上げて言うのは。
 つばさの足元まで来た白イーブイだ。
 その姿はまるで、挙手をしているようで。

―――あまいのがすきーっ

 にぱりと笑う。
 だが、それに渋面を作ったのはつばさだ。

「うーん……モモンのジャムはね、残り少ないの」

 ジャムはこれから、喫茶シルベで取扱いを予定している品物だ。
 どのジャムを取り扱おうかと、まずは自分で食べ比べをしている段階で。
 つまり、吟味をしている最中ということで。
 あまり分量はないのだ。
 それに、モモンの実を使ったそのジャム。
 それがまさに、吟味の真っ只中。
 ここで無くなってしまうのは少々困る。
 なので。
 白イーブイには我慢してもらおう。
 我慢も覚えなければならない。
 そう思って、口を開こうとしたとき。

《なら、その残りのモモンのジャムは俺が食べる》

 と、ブラッキーが言う。
 思わず。

「は?」

 と、声がもれたつばさ。
 だが、それ以上に反応を示したのが彼女だった。

―――あーっ!パパ、またラテのももんのじゃむ食べるのっ!?だめええええっ!!

 てりゃっ、とブラッキーへ白イーブイ渾身の“たいあたり”が決まる。
 けれども。
 白イーブイの威力では、まだまだ彼には通用しない。

―――ラテのももんのじゃむううううっ!!

 それでも必死の様子で何度も。
 彼へ“たいあたり”を決める白イーブイ。
 愛しのジャムを、彼に渡すわけにはいかない。
 その思いだけだった。
 けれども、力の差は悲しい。
 それは時に残酷なもので。

《ジャムは俺のものだ》

 と、ブラッキーが前足を軽く払うと。
 ちょうどそこには。
 何度目かの“たいあたり”を決めようとしていた彼女が向かっていて。
 それが、彼の前足に弾かれて。
 ころころころりん、と。
 転がってしまう。
 そして、転がり終わる頃には。
 大きな瞳が揺れ始めて。
 目尻にあふれる、それ。

―――ううう……パパの、いじわる…………ラテの、ラテのじゃむうううう……

 その光景に、つばさは頭を抱える。
 こうみえて、ブラッキーは無類な甘党だ。
 だからといって。
 父としての自覚が皆無なのもどうかと思うが。
 そもそもジャムは、彼らの。
 白イーブイのものではない。
 はあ、と重い息を吐き出したとき。
 つばさの足を、ちょんちょん、とつつく存在があった。
 ん、と思って目を向ければ。
 こちらを見上げる茶イーブイの姿。
 物欲しげに見上げてくる瞳に。
 もしかして、と口を開く。

「カフェも、モモンのジャムがいいの?」

 と問いかけると。
 遠慮気味ではあったが、こくり、と小さく彼は頷いた。

―――ボク、たべたことなかったから……、たべたいなとおもって……

 そういえば、とつばさは思い出す。
 少し前に一度、味の感想を求めて。
 彼らに食べてもらったことがあった。
 その際だ。
 茶イーブイの分は、白イーブイが横からぶんどっていたことを。
 それなりの、あとになってから知った。
 食い意地がすごい白イーブイである。
 今度機会があれば、茶イーブイにあげようと密かに思ったものだ。

―――だめ、かな……?

 見上げてくる茶イーブイの瞳が。
 うるっと揺れた。
 その瞳に。
 きゅんっ、と音が鳴る。
 つばさの胸の音だ。
 そしてそれは、すぐに喉から滑りでた。

「じゃあ、モモンのジャムはカフェの分ね」

 そんなつばさの言葉に。
 即座に反応を示したのは。
 つばさの足元にいた茶イーブイでも。
 めそめそとしている白イーブイでも。
 どちらでもなかった。
 反応を、即座に示したのは。

《おいっ、それは俺のだ》

 つばさに詰め寄る、ブラッキーだった。
 つばさは思わず半目になる。
 どうやらこのブラッキー。
 父親どころか、大人の自覚もなかったらしい。
 冷めた目を向けたつばさは。

「イチ」

 と、一言だけ口にした。
 たったそれだけだったのに。

―――はーいっ!

 と、元気よく返事をしたファイアローは。
 そのままブラッキーの尾を咥え。

《おい、離せっ。降ろせっ》

 騒ぐそれには気付かぬふり。
 そして。
 何処かへと姿を消す。
 その行き先は、ファイアローのみ知る。
 からんからん、と。
 喫茶のドアベルが響いて。
 次いで、ばたん、と扉が閉まる音。
 そして。
 ぱんっと乾いた音は。
 つばさが手を叩いた音で。
 それが、準備の合図だった。

「さあ、うるさいのは片付けたから」

 つばさは笑顔で屈むと。
 茶イーブイと、めそめそ白イーブイの頭を撫でて。

「トーストにモモンのジャムをのせようね」

 だから、お手伝いできる?
 と二匹に問いかける。

―――できるよっ!

 と、声をそろえて答えた二匹は。
 我先にとキッチンへ駆けて行く。
 白イーブイの涙は、いつのまにか引っ込んだようだ。

「さて、食パンは四枚で、バター二枚とモモンのジャム二枚ね。あとはヨーグルトと……、美味しいカフェラテもいれようか」

 さあ、ごはんの準備だ。
 駆けて行った二匹のあとに続いて、つばさもキッチンへと向かう。
 準備していた食パンの枚数が一枚足りないことに気付いて。
 さらに。
 ちょうど食べきってしまったことに気付くのは。
 疲弊しきった、ぼろぼろのブラッキーが戻ってくる頃で。
 それはもちろん。
 用意を忘れていた話。
 わざとではない。
 たまたま、忘れていただけの話。



   *



 また始まる。
 いつもの朝。
 いつもの日常。



   *



 そして、季節の針は時を刻み。
 冬とは暫の別れ。
 春の足音は、すぐそこまで聞こえている。

ばす ( 2018/07/30(月) 12:33 )