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    • 大掃除(2019/12/31更新)











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大掃除(2019/12/31更新)

 年末。年末といえば大掃除。

「さあて、部屋を掃除しますか」

 窓を前に腰に手を添えて一言。
 いつもは一つに結わえて垂らしている髪も、今日ばかりは違っていた。
 くるりと幾重にそれを巻き上げ、そこに出来ただんごにかんざしを挿す。
 これならば、動きまわっても髪が邪魔をすることもないのだ。
 かんざしの先を飾るのは片翼を模したチャーム。
 それがきらりと高く昇った日の光を弾く。

「今日は掃除日和。よきかなよきかな」

 ふふっと笑ったつばさが窓を開け放つ。
 ひゅおっと冷えた風が部屋に吹き込んだ。

「うわっ、さむっ」

 思わず寒さに首をすくめた。
 けれども、すぐに部屋を満たすあたたかなそれがつばさの身を包み込んだ。
 それにほっと息を吐き出して、何とはなしに振り返れば。

―――えへへ

 と、ファイアローが笑っていて。

―――これであったかいでしょ?

 彼の特性、焔のからだ。
 それが部屋を包み込めば、外からの風もすぐにあたためられてしまう。

「うん、あったかいよ。ありがと、イチ」

 わしゃわしゃと首を撫でてやれば、彼は頬を染めて嬉しそうに笑った。
 くるる、と喉を震わせて笑う彼を一頻り撫で回したところで。

「さあ、イチ。掃除始めるよ」

 途端。ええー、と。眉間にしわ。
 笑顔から一変、不機嫌で顔が染め上がった。

―――もうちょっとだけ

「掃除手伝ってくれたら、私すごく助かるんだけど?」

 途端。彼が大きく目を見開いて。
 次の瞬間。にぱあっと笑顔が咲いた。

―――じゃあ、お手伝いするっ! 僕は何をすればいい?

 くるくると囀ずりまで始めた彼に苦笑しながら、つばさがはたきを彼に差し出す。

「まずはほこりを落としてくれたら嬉しいな」

 差し出されたはたきを嘴で受け取るファイアロー。

―――はいっ!

 元気に返事を一つ。そのままくるりと後ろへ振り向いて。
 先ずは視界に入った棚上。とったとったとそこへ向かい始めたところで。
 その隣。ベッド上でごろりと寝転がる夜闇色。
 それがくわあとあくびを一つ。重たそうに片目のまぶたが持ち上がる。
 薄く開いた金の瞳。それが見つけたのはファイアロー。
 そして、ぽつりと言葉がこぼれた。

《相変わらずちょろいな》

 ブラッキーがもう一度、くわあとあくびをしたところで。
 とったとったと歩みを止めたのはファイアロー。
 持ち上がったままの片足。それがすとんと下ろされた。

《?》

 訝しげな金の瞳に映るのは。

《…………!》

 ファイアローの顔。それが大きく映り込む。
 気が付いたらそれが目前に迫っていた。
 金の瞳に驚愕の色が滲むのは当然のこと。
 見開かれた金の瞳。そこに映るファイアローの顔が笑った。

―――あっれー? ここに大きな“ほこり”があるー

《……おい、イチ》

 ブラッキーの夜闇色の体毛がぶわりと逆立った。
 嫌な予感。身の危険を感じた。

―――“ほこり”は払わないとね?

 ばさっと聞こえた音は、彼が片翼を広げた音。
 それが、目の前にまで迫って。

《おい、やめ――》

 ごとん。音が響いた。
 重そうなものが落ちた音。

―――お掃除完了。さあ、次いこっ次っ!

 くくるっ。楽しそうな囀ずり。
 彼が向かうはその隣の棚だ。

《……おい》

 払われた“ほこり”が呻いた。

《おいっ》

 払われた“ほこり”が声を発した。

《――おいっ!》

 払われた“ほこり”が叫んだ。
 けれども、その“ほこり”が睨む先。
 ファイアローが棚上を囀ずりながら、ほこりを器用にはたきで払っているところだった。
 彼には“ほこり”の声が届いてはいないみたいで。

《…………》

 “ほこり”の眉間にしわが刻まれる。

「あんた、何してんの?」

 そんな“ほこり”に声が落された。

《何でもないっ》

「そんなとこで寝てないで、あんたは物を退かすの手伝ってよ」

《は?》

 金の瞳が不機嫌に煌めいて、つばさを見上げた。

「だから、物を退かすの――」

 ばしんっ。
 ブラッキーが尾を床に叩きつける。
 苛立ち。彼がまとう空気がそう訴えていた。
 だが、相対するつばさも黙ってはいない。
 ブラッキーを見下ろす橙の瞳が不満げに歪んで。

「りん、何か機嫌悪い」

 その場にしゃがむ。

《ふんっ》

 ぷいっと顔を背けたのはブラッキー。

「…………」

《なんだ》

「別に。ただ――」

 ちらり。金の瞳がつばさを見やる。
 半目になった橙が睨んでいた。

「うざい」

 うっ。言葉に詰まった。
 うざい自覚は、まあ、少しだけあって。
 やり場のない苛立ち。いや、悔しさ。だろうな。と思う。
 彷徨う金の瞳に、つばさがくすりと笑った。

「んじゃ、手伝ってよ」

《…………ああ》

 つばさが立ち上り、ブラッキーがむくりと身体を起こした。
 そして、改めて彼はつばさを見上げて。
 よーし、やるぞー。と、気合いをいれるつばさに目を細めて小さく笑った。
 実は結構、物事に取り組む前に見せる、彼女のこの横顔が好きだったりする。

《家具を持ち上げればいいんだろ?》

 見上げて問えば。

「うん。よろしく、りん」

 へへっと、橙の瞳が笑った。
 ブラッキーの技、サイコキネシスで持ち上げられた家具。
 その隙につばさが、たまった一年分のほこりを片付けるのだ。
 これが毎年のシルベの年末風景。
 そう、ここまでは毎年通りだった。ここまでは。
 きゅいいい。突如、声が聞こえた。
 ぴたりと動きを止めたつばさとブラッキー。
 互いに顔を見合わせて、首を傾げる。

「なに? 今の声」

《カフェ……か?》

 声のした方へ振り向く。
 振り向いた先は、本棚と本棚の間。
 その間の小さな隙間。
 そこからにょっきりと生えたのは。

「カフェ!?」

 ぎょっとしたつばさが慌てて駆け寄る。
 きゅいいい。涙目の茶イーブイが隙間から顔を出して、つばさを見上げていた。
 どうやら抜け出せないようで。
 駆け寄ったつばさが手を伸ばして引き抜く。
 抱き上げられた茶イーブイは、そのままつばさの胸に飛び込んで。
 すんすんと鼻を鳴らして、顔を押し付ける。
 その背をあやすように撫でながら、つばさはあることに気が付く。

「ねえ、カフェ……。なんであなた、こんなにほこりまみれなの……?」

 彼の体毛のあちらこちら。目に見える程の大きさのほこりが絡み付いている。

―――だって、だって……ボク、いやだっていったもん。なのに、むりやりおしこまれて……

「押し込まれて……?」

 何だか嫌な予感がした。
 つばさは思わずブラッキーへ視線を落とす。
 その嫌な予感は彼にも伝わっていたようで。

《なあ、カフェ。ラテはどうした?》

 すんっと鼻を鳴らして、茶イーブイは一度ブラッキーの方を向いてから。
 ゆっくりと自分が抜け出て来た隙間の方を向く。
 橙と金の瞳。同時にそちらへ向けられた時。

―――ばあっ!

 白の体毛をいっそ気持ちいい具合に汚した白イーブイが飛び出す。
 体毛に絡まっているのは、一年分のほこりで。
 つばさは思わず肩を落として、ブラッキーは重い息を吐き出した。
 すんっと鼻を鳴らす茶イーブイと、うきうき顔の白イーブイ。

―――ラテもおてつだいしたのっ!

「…………どんな?」

―――はたきっ!

「…………あ、そう」

 あれのことだろうなあ、と。
 つばさは静かに思った。
 ふわふわとした素材に持ち手がついて。
 ほこりやちりを絡めとる掃除道具。
 彼女はそれの手伝いをしたに違いない。けれども。

―――ふえ?

 がっちりと首後ろの薄皮を掴まれた白イーブイは。
 文字通りにぷらーんと持ち上げられてゆれる。

―――はなしてよっ! ラテはまだおそうじするのっ!

 じたばたと暴れ始めた彼女を。

「その前にあなた達のお掃除ですっ」

 橙の瞳が睨んだ。それに負けじと睨み返す白イーブイに対して。
 抱えられたままの茶イーブイは、ただただ小さくなるしかなかった。
 一人と一匹のやいやいと賑やかな声は。
 廊下、階段。と次第に小さくなっていく。
 そして、部屋に残されたのは機嫌のいい囀りだけで。

―――つばさちゃんが嬉しいって、助かるんだって

 くるっくるっ。くるるっ。
 もちろん、ファイアローは気付いていない。掃除に夢中で。
 部屋に自分だけ残されたと彼が気づくまで、あと数十分。
 そして、落ち込んだ彼をつばさがなだめるのに要すのが数時間。
 これが、とある年のシルベの年末だった。

ばす ( 2019/12/31(火) 19:51 )