ようこそ、喫茶シルベへ












小説トップ
Afternoon Tea -カフェラテ-
04.こぼれたそのきもち

―――……ね……。……んね、カフェ……

 そんなか細い声で目が覚めた。
 もぞもぞと大きなふかふかクッションの中で身動ぐ。
 顔を上げて、ぼんやりとした視界の中で窓を見やった。
 夜は深まって、朝に向かっている時間帯。
 まだ眠い。寝よう。睡魔の囁きに耳を傾けようとした時。
 茶イーブイの耳に、けほけほと咳き込む小さな音が届いた。
 ぴくっと耳が跳ねて、クッションに埋めかけていた顔を上げる。
 隣を見やれば、呼吸を荒くしたニンフィアの姿。
 うっすらと汗ばんでいる気もして、妙に体温が高いことにも気付く。

―――ラテ、どうしたの?

 慌てて声をかける。
 すると、彼女のまぶたが震えて、うっすらと桃色の瞳が覗く。
 しばらくその瞳が彷徨って、やがて茶イーブイを認めたようで、彼女は薄く笑った。

―――……んね、カフェ……

―――え? 何? ごめん、うまく聴こえない

 茶イーブイが耳をニンフィアの傍へ近づけた。

―――ごめんね、カフェ……

 今度はきちんと聴こえた。けれども。

―――ラテ、ごめんねってなにが?

 彼女の言葉の意味が分からない。
 なぜ、彼女は自分に対して謝るのか。
 困惑げに染まる彼の表情に。
 ニンフィアはさらに言葉を重ねようとしたのだけれども。
 声がもつれて咳き込んでしまう。
 だから彼女は、自身のリボンを伸ばして彼を引き寄せた。

―――ラテ?

 戸惑いの声が茶イーブイからもれた。
 伸ばされたリボンが、彼の胴に幾重にも巻き付いて。
 ふわりと浮き上がった。否。持ち上げられたのだ。
 それはそのまま、ニンフィアの傍へ。
 しゅるりとリボンが解かれて、彼女に抱えられる。
 触れ合う箇所から伝わる彼女の体温。
 いつもよりも高いその体温に。
 とくん、と場違いに彼の鼓動が跳ねた。

―――カフェ……あの頃と、同じで……いら、れ……なくて……ごめ、ね……

 え、と思って、彼女に抱えられた中で彼女の顔を見やる。
 薄ら笑いする彼女は、確かに真っ直ぐと彼を見ていた。けれども。
 途端にそんな彼女の瞳が苦しげに歪む。
 げほげほと咳き込む。先程よりも激しいそれに。
 彼女はとっさに身体をくの字に曲げようとしたが。
 抱え込んだ茶イーブイの存在を思い出して堪える。
 繰り返す呼吸は浅くて速くて。苦しそうで。
 彼女から這い出した茶イーブイが。

―――ラテ、待っててっ。すぐにつばさお姉ちゃんを起こすからっ

 焦った声で身を翻す。だが。

―――や……だ……

 しゅるん。伸びたリボンが彼に巻き付いて。
 そのまま引きずられ、彼女に再び抱えられる。
 今度はぎゅっと抱き込まれてしまって、抜け出すことは困難で。
 触れた箇所から伝わってくる体温の高さ。
 それに茶イーブイの焦りはつのるばかり。

―――ねえ、ラテ。熱が上がってるんじゃない?

―――……やだ……

―――やだじゃなくて、すぐにつばさお姉ちゃん起こした方がいいよ

―――や、だ……やだ……

―――ラテ?

 ここで彼女の様子がおかしいことに気付く。
 そっと彼女の顔を伺えば、何かにうなされているようで。
 ずっと、やだ、とうわごとのように繰り返していた。
 熱でうなされているのかもしれない。
 そう思って抜け出そうともがいたり、彼女の身体を押し退けたり。
 けれども、一向に弛む気配はなくて。
 これが進化系と進化前の力の差だろうかと途方にくれかけたとき。

《どうした、カフェ?》

 低い声音で、静かに響く声が落ちた。
 ふつふつと沸騰したそれが、急速に温度が低くなって鎮まるように。
 焦った気持ちが落ち着きを取り戻す。
 顔を上げれば、夜空に瞬く星が自分を見下ろしていて。
 その優しい静かな色に安堵の息をもらす。

―――りんパパ、どうすればいいの……?

 思ったよりも情けない声だった。
 見上げたブラッキーの顔が滲み始めてよく見えない。

《落ち着け》

 冷静なブラッキーの声に、すんっと茶イーブイは鼻を鳴らす。

―――ラテが……

《分かってる》

 そのままブラッキーは、ニンフィアの額と自分のそれを重ねた。
 触れた箇所が熱い。ブラッキーは眉間にしわを寄せる。

《風邪か……? 熱が思ったよりも高い》

 その言葉に茶イーブイの身体が強張った。
 身を離したブラッキーが彼を見やる。

《俺はつばさを起こす》

―――あ、ボクは何をすればいい……?

 不安にゆれる瞳がブラッキーを見上げた。
 それに僅かに目を細めてブラッキーは思う。
 身体は大きくなっても、時折垣間見える幼い表情。
 成長したと思っても、まだ彼は歩んでいる途中なのだ。
 金の瞳が動く。
 やだ。やだ。それを繰り返してばかりの娘に、彼は再び額を重ねて目を閉じる。
 刹那。彼の身体を走る青の輪模様が光を帯びた。
 窓から落ちる月の光。それは源となる光。
 波紋のように光が走る。それがブラッキーの身体を通して、ニンフィアへと広がって。
 浅くて速かった彼女の呼吸が、幾分か穏やかなものになる。
 すーすーと、少しばかり落ち着いた呼吸の音に。
 茶イーブイはそっと胸を撫で下ろす。
 額を離して目を開けたブラッキーが、静かにそんな彼を見おろして。

《ラテの傍にいてやれ》

 と、彼の頬へ自身の頬を刷り寄せてから、ブラッキーは近くのベッドへ飛び上がって行った。
 それを見送った茶イーブイは、ちらりとニンフィアを見やる。
 すーすーという呼吸の音だけで、うわごとように繰り返していたあの言葉はなかった。
 彼はぺろりと彼女の頬を一舐めして、そっと彼女へ身を寄せた。

―――やだって、一体何が嫌なの? ラテ

 答えなんて返って来るわけのない問い。
 でも、問いかけずにはいられない何かがある気もして。
 彼女が元気になったら、答えをくれるのだろうか。
 そんなことを思いながら、重ねた自身の前足に頭を置いて、目を閉じかけた時。

―――置い、て……いか、……で……

 閉じかけていたまぶたを持ち上げる。

―――……ラテ?

 首を傾げる。

―――……そ、ばに……い……て、よ……

―――僕ならここにいるよ? どこにも行かないから、だから、今は寝よう?

 そう、優しく声をかければ。
 彼女は仄かに笑ったように思えた。
 本当に、嬉しそうに。安心するように、穏やかに。
 そして、小さな、本当に小さな声で彼女は紡いだ。

―――……カフェ……す、き……

 ゆっくりと彼の目が見開かれた。

―――へ?

 間抜けな声がもれたものだ。
 それっきり、彼女からはすーすーという寝息しか聞こえて来なかった。
 しばらく身を固くしていたのだけれども、はっと我にかえって。

―――え、あ、ねえ? それ、どういう意味で? ねえ、ラテ?

 軽くつついてみたり、揺すってみたり。
 けれども、彼女からはすーすーという寝息が返ってくるだけで。
 やがて彼は諦めて、不機嫌にふすっと息をこぼしてから、重ねた前足に頭を乗せた。
 そして最後にぽつりとこぼす。

―――ボクも好きだよ、ラテ

 まあ、キミの“好き”とボクの“好き”のカタチは違うだろうけれども。
 それは胸中にこっそりとしまいこんで。
 彼はまた言葉をこぼした。

―――早く気付けばいいのに。君の中にある気持ちの、そのカタチに気付けばいいのに

 ちらっと彼女を横目で伺う。
 むにゃむにゃと緩む口元が可愛くて、むかつくなあって、思わず顔が綻んだ。



   ◇   ◆   ◇




ばす ( 2019/12/20(金) 19:23 )