赤目のイーブイ
彼女は目の前で倒れたポケモンを抱きかかえて、町外れにある森の中へ向かった。森という森ではないが、相手の数が少ないのをみてのことだった。
「……まぁ、身を隠すには少し不十分だけど、なんとか凌げるか……?」
森の被害も尋常ではなかった。血で染め上げられたものが数多かった。地、葉、水…。亡骸はなかったが、ここでの戦闘の激しさを物語っていた。ちょうどいい大きさの一本の木があったのでそこに隠れた。
「ふぅ……。……寝てるのかな?」
ポケモンの正体はイーブイ。息もしていたので生きていることは確認できた。ただ、身体がぼろぼろで体重も持った感じだと軽かったのだが、生命力はぎりぎりあるようだ。
「しかし、よく生きてられたね…。」
彼女がそう呟いた。それに答えるように名の無いイーブイは目をゆっくりと開けた。
「……?」
「おっ、起きた?大丈夫かい?」
ぼやけている視界がだんだんと明白になっていくとともに、何故かイーブイは警戒し始めた。完全に目を覚ますと、CHEERYの手を一噛みし、素早く遠退いた。
「シー―――!!」
甘噛み程度の痛さではなく、本気の鋭い痛さで手を噛んだため、彼女は手を引いた。
「いった!!助けてあげたのに、その仕打ちはないっしょ…。」
イーブイは睨みつけるような目で、彼女の方を見た。彼女は一瞬怯んだがすぐに立て直す。こういうのは戦闘で慣れている。常に隣り合わせしているから。
「そんな目で睨んでも、私を怯ませられるとでも?…ん?よく見たら君…。」
彼女はふと、あることに気付いた。イーブイの目色が赤かった。
「イーブイって、目、赤かったっけ?」
それも、ただの『赤』ではない。澄み切ったなどといえない、濁りきった赤。まるで、どろどろの血のよう。一生変わることがなかろう、その汚れきった目。このイーブイは最初から赤目のイーブイとして生まれてきたのだろうか?彼女はそう思った。
「っ……。君、いままで何を見てきたんだい…?どのような光景をその目で見てきた…?」
彼女の口から自然に零れた。彼女は同じようなものを目してきた。戦場にいる、数々の敵。泥沼の、その地にいるもの全てがそのような目をしていた。一心に銃を撃ち続けている彼らには、心を見失ってしまった。だから、自分と共闘するポケモンもただ利用しているだけのものになってしまっている。
このイーブイもきっと、そのやつらと同じなんだろうと思った。
「……う。」
「……?」
「君は、違うよね。きっと……。」
だが、彼女はそれを直、撤回した。それを思っていれば、もうこのイーブイは息をしていない。彼女は殺ってしまっていたであろう。ここにいるイーブイは、同じ目をしているのに、何故か殺せなかった。「助けたい」という想いが強かった。
改めて、言葉を投げかけた。
「私は…君を助けるよ。」
「……!」
「私が……君の心と目を救ってあげる。だから……おいで。」
「……」
さっきまで警戒していたイーブイだったが、CHEERYの想いが分かったのか。微かな足取りでこちらに来ている。そして、彼女のほうを見つめた。
「……」
イーブイはその濁った目で訴えていた。
―僕を……助けてくれ―
通じたのか、彼女は小さく頷いた。
「なんか、みずくさいこと言っちゃったな。私の性には合わないや!」
彼女がそういうと、イーブイは肩の上に自然と乗っかってきた。
「まぁ…外見はパートナーだけど、あんま無茶しないでね。」
彼女は大きく息を吸うと、いつもの顔に戻り、暗殺者らしい風貌になった。
「さて…いきまっか!!」
そして、彼女は名の無いイーブイと行動を共にすることとなったのである。それに伴い、時の歯車が動き出すのであった。