一話
誰が定めたかは知らないが、長の座を賭けた決闘は種族の掟だった。
あらん限りの力を込めた右の刃が振り下ろされるのを、そして続け様に左の刃が下からの連撃を叩き込もうというのを、私の双眸は鋭さを持たない太刀筋と捉えている。
一振り、二振りから、打撃とも斬撃ともつかない彼の怒りが延々と続いていくが、私の鼻先を通り空気との摩擦で鈍い音を掻き鳴らすだけだった。
剣嵐の圧力を、自分の体を別の次元から操作しているような感覚が、詰められた分だけ距離を空けるという単純な方法で回避させ、彼の間合いを支配する。
群れの長を張ってきた誇りの領域に出入りを繰り返す、刃を振るうことなく剣戟を捌ききる私の体術は彼の目には侮辱に写ったらしく、その目に居るであろう私を激怒で焼き尽くそうとしていた。
私が見えていない、ということだ。
業を煮やし、彼は両腕を交差させ、腕の双刃を水平に重ね、私の首を刎ねる構えをとった。
私は、背を向ける一瞬が生まれるがそれが最適と判断したため、摺り足を保ちながら横回転する振る舞いを見せた。
彼はもう眼中に無い、ということだ。
鋏と化した刃が交差する力を解き放つ。
我が肉体は回転の中の背を向けた一瞬、横回転する力をねじれによって縦の方向へ変え、こうべを爪先の方に振り下ろし事なきを得る。
彼にしてみれば私が目の前から消えたようなもの。そして直後、下からの一撃が彼の頭を貫く。
私のこうべを追いかけるように、右足が踵から天を突き、その途中にある無防備な顎を打ち抜いたのだ。
舞からの一撃で勝負はついた。
――同じ種に産まれたのに、この違いはなんだ。
群れを成す種に産まれたにもかかわらず、私は群れから外れひとりで生きてきた。
そんな己が彼らの眷属であるか確かめる為、もっとも原始的でもっとも尊い、種の掟である決闘を挑んだ。
群れる理由も一人で生きる理由もなかったが、理由はなくとも鼓動は脈打つ。
孤独の時間は、血脈の音が心の中で広がっていくの感じさせ、いつしか震えとなった。
私はなぜ生まれたのか、なぜ生きているのかわからなくなった。
わからなくても生きていける自分がさらにわからなくなった。
同じ種の彼らは、こんなことを考えるだろうか。
それが知りたくての決闘だが、一族と私の差異は、決闘によって深まるばかりだった。
隔たりは力量差であったし、戦い方の差でもあった。
群れで敵を囲み、長が止めを刺すのが彼ら本来の戦い方だ。
そしてその一族らしい伝統的な戦闘法が、一対一の決闘において悪い方に作用したと言える。
弱り、動けなくなった獲物しか仕留めてこなかった大振りの一撃が、弱肉強食の世界をひとり生きてきた私に通じるはずがなかったのだ。
種に殉じた彼と、種の特異点である私。
勝ったのは私だが、正しかったのはどちらであろうか。
私は群れの長になるつもりは微塵もなかった。己の生に答えが欲しかっただけだ。
しかし勝利から私の望むものは、何も得られなかった。
まさかこうやって考え、悩むこと自体、種として間違っているのではないか。
ならば私はどうすればいい。どう生きればいい。
生きるというのは、苦しい。