四話目
腕を肩の高さまで上げ、Qタロウは何かを呟いた。
揺るやかな呼吸を持つ白い指先が闇に円を描く。
動線に沿って指の後を追うように、ぽつぽつと青い炎が開花していく。
「地獄の釜が開くころ、死者を迎え、送る火があるように、私の故郷にも似たものがあります。
これはこの世ならざる者を導く『おにび』です。
冬至でもないので南瓜のランタンはありませんが仮装はすでに出来ています。
私はこの場において青行灯。怪談の終わりと始まりを暗示する鬼。
命じましょう、現れなさい『ユキメノコ』」
自らを鬼と自称するものの一言には逆らえようのない迫力が供わっていて、死ねと言われたら死んでしまうような確信があった。
それは私がこの場に囚われていて、既に『雪の巫女』の一部と成っていたからという実感もあった。
神話の中で侵略者に剣を突きつけられた先代の気持ちが今の私には理解できる。
逆らうことの出来ない力に命を握られるこの感情は……
「……もう一声ですか……仕方ない……『かなしばり』を」
するりと、私の口を塞いでいたものが外れた。
体は未だに拘束されているものの、部分的に自由を得た唇からはたまらず、感情が零れ落ちた。
「……ああ!」
心から溢れ出た感傷は流れる涙と平行して膝の上に落ちていき、染み入る冷たさを持っていた。
私は『喋るな』の禁を破ってしまった。
それがQタロウの狙いだったんだ。
「口きかぬ女房は物の怪の立場です。
よってあなたは今『雪の巫女』ではなくなりました。
ただの『旅人』には危険な状況ですが、あなたと一つになった『ユキメノコ』を引き剥がすにはこうするしかありませんでした」
目を滲ませる涙に写るものがあった。
鏡にも似た涙の水幕は小屋の闇を歪ませながら映していて、硝子玉を墨で満たしたような、その小さな世界に立つ白い鏡像の輪郭を際立たせる。
それはさっきまでの私で、それもまた金の縁と氷の瞳で構成される硝子玉で私を見ていた。
彼女の感傷に居た堪れなくなり、視線を逸らすように目を閉じると、涙が弾けた。
私は現実に帰ってきた。
罪悪感を背負った瞼を、眼前の光景を受け止めなければならない覚悟で持ち上げる。
私がいた場所には、土気色の石棺から伸びる黒い腕に巻きつれた儚い白さのものが捕えられていた。
石棺は赤い目を持った鬼に見えた。
私はいつの間にかQタロウの傍らに佇んでいてその痛ましい姿を見ていた。
縛られていたのは、私だったのに……