二話目
ある旅の娘が雪の降る村に一晩の宿を求めた。
白依を重ねたその姿はまるで雪景色に溶け込むよう。透けるような美しさを持つその女を村の男は快く迎え入れた。
その晩の囲炉裏を囲む折、話を聞けば行く当てもない一人旅とのこと。
不憫に思ったか、それとも凛としたたおやめぶりに最初から惹かれていたのか、男は娘に自分とここで共に生きるのはどうかと問いた。
女は恥じらいつつも、嬉しそうにその白い頬を赤く染め、やがて二人は夫婦となった。
「村社会というのはどうしても閉鎖的になるきらいがありますからね。
外界と閉ざされがちな雪国ではなおのこと。
異人と婚約するというのははっきりした利点があるんですよ」
ただ耳に音として話を流し込んでいた私があまりの現実味に酔うほど、Qタロウの語り口はまるで見てきたかのように情景が浮かぶ見事なものだった。
彼が現実的な見解を口にしなければ、私は今も仲睦まじい夫婦の姿をこの目に浮かべていたことだろう。
「だから、人外との婚姻も普通のことだった」
我に返る私に、返す刀で今度は現実感のない切っ先を向けてきた。
それは鋭く心を貫き、私はもう、聴かずにはいられない。
突飛な切り口を魅せる、彼の話術には魔性が垣間見れる。
俯いて興味のない振りをするだけで精一杯だった。
「客を神としてもてなす風習はいたるところにあります。
理由は外来の知識、技術、血筋を取り入れるため。
他国との摩擦をさけるという政治的側面もあります。
ですがこの村は逆に、神を人として受け入れる風習がありました。
雪に囲まれた山村です。積雪は来客を拒みます。
旅人よりも身近な自然環境から恩恵を授かろうとしたのです。
先の話の女旅人の名前は『ユキメノコ』と伝えられています。
この辺りの言葉で、『雪の巫女』という意味です。
本来巫女というのは神をその身に下ろす乙女です。
この村のように自然を神として見立て、それを乙女として擬人化する逸話というのは極めて稀なもの。
自然神を嫁に取ることで、理解できない自然現象と折り合いをつけてきたのです。
この度の祭りはこういった背景が基にあるんでしょうね。
時代の流れによって自然神と客人神が混合した節もありますが矛盾したものでもありませんし――
さしずめあなたは、『ユキメノコ』役の『旅人』といったところでしょうか。
……それとも」
言いかけたところで、火に照らされている丸メガネの向こうの、穏やかな縁取りだった双眼が緊張し、全てを飲み込みそうな漆黒の色と変わった。
視線は変わらず火鉢に向けられていたが、彼は明らかに別のものを見ている。
「あなたはこの儀式上、『喋るな』の禁忌を強いられています。
昔話で雪女との約束を破った男がどうなったかは知ってますね」
背筋が震えるような悪寒が走った。
Qタロウが見ていたモノの片鱗が、私にも感じられた。
自然神との婚姻。
それはつまり――人柱――生贄ではないか。
「……逆に言えば、律に則っている限りは安全です。
朝まで長いですね。話を続けましょうか」
吹雪のわりに不思議と静かな夜が更けていく。
私は、ここに死ぬために来たことを、今一度思い出した。