第4部 魔法使いと花
クソみたいな出会い
ヘレンが2歳の誕生日を迎えた時、頭に花が咲き始めた。
これに母と祖母はとても悲しんでいた。
当時のヘレンには何故は母と祖母が涙を流したのか分からなかった。
成長と共に頭の花も大きくなり、左にずれて来て頭痛と肩こりに悩まされた。
祖母が亡くなり、母も衰弱していき、母がヘレンに秘密を話した。

「この花は呪いなの。
 私も、おばあちゃんも、あなたもこの花に喰いつくされて死ぬの…」

それを最後の言葉に母は亡くなった。

出稼ぎで外に出ても花が原因でなかなか雇ってもらえなく、
内職や人前に出ない仕事をするようにした。
でも貰える給料は食べていくのが精一杯。
最初は希望を捨てずに生きるために懸命に働いた。

でも心は簡単に折れてしまった。

23歳の誕生日を迎えた時、気になっていた男性に思いきって告白した。
彼はとても優しく接してくれて、ヘレンはコロッと落ちてしまった。
でも彼から言われた言葉はヘレンにとってはとても心にトラウマを植えつけたほどだった。

「顔はいいけど、花がなー。
 でかいし目立つし、なんか臭いし」

ヘレンは仕事を辞めて、二度と人前には頭の花を出さないと誓った。
そして、「男は皆サイテー」と学んだ。

思えば、父も祖父もひどい人だったと聞かされていた。
どんな人なのか会った事が無いが、母も祖母も「思い出したくない」と言っていた。

そういう家系なのかな? 男運が無い家系、みたいな。
何にせよ、私はもう昔みたいに物語の悲劇のヒロインのように
「いつか王子様が迎えに来てくれる」だなんて思わない。
というか、思えない。
私の初恋はあっけない終わりを告げたのだから。
祖母や母みたいに私もこの花のせいで早死にするんだ。
本当あっけない人生。
まだ50歳にもなってない。
可愛い服もお洒落な靴もカバンも、欲しいもの着たいものやりたい事は
たくさんあるのに。
この花さえなかったら、きっと私は普通の女。

集中力が切れたので、仕事をする手を止めて帰る支度をした。
部屋にある割れた鏡を見て頭の身だしなみを整えた。
花の異臭がバレないように備長炭を頭巾に仕込んで、退勤した。

草タイプにとって太陽の光は生きる上で必要不可欠なのに
ヘレンは月の光しか浴びていない。

昔、太陽の光を浴びてしまうと頭の花の栄養になってしまうと感じた。
それ以来、日が沈んでとっぷり夜が更けてから外出するようにした。
この方が頭痛は幾分かマシでまだ救いだったし、
それに人と遭遇する事がほとんど無い。
まあ、いるとしたらゴーストだった。
夜は彼らの時間のため、よく徘徊しているのだ。
ヘレンに出会っても彼らは見向きもしないため、ヘレンは助かっている。

残飯を分けてくれる飲食店に向かい、閉店して真っ暗な店内の中を覗き込むと
暗闇の向こうからビニール袋が放り投げられてきた。

「ありがとう…ほんと助かるわ」

ヘレンはビニール袋を拾い上げて中身を確認すると、
5cmほどのパンの切れ端だけだった。

「…これだけ…?」

思わず本音がこぼれてしまい、暗闇の向こうから男の声が聞こえた。
男の声はため息まじりでヘレンに言った。

「もう来るな」

「え…」

「こっちも暮らすのが精一杯なんだ。
 最初は可哀想だと思ってアンタに恵んでいたが、それだけじゃあやっていけないんだ」

「…そうよね、ごめんなさい。
 パン、ありがとう。」

「すまない…」

男の声は悲しそうだった。
ただでさえ、戦争で街がどんどん貧しくなっているのに
食べ物で争いなんてしていられなかった。
争いすらする体力もないくらいだ。

ヘレンはパンが入ったビニール袋を大事に握りしめて自宅へとむかった。
自宅に着いて鍵を開けようとカバンの中を探した。
だが、鍵は見つからなかった。

「あれ…?! 落とした…?!」

カバンをひっくり返しても鍵は見つからなかった。
鍵どころか財布も無くなっていた。

「そんな…」

暗闇だから気づかなかった。
いつの間にか“泥棒“されていた。
悪タイプがよく使う技で盗難の原因が主にこれだった。
家にも入れず無一文になって途方に暮れた。

いくら努力しても報われない者は報われないんだ。

思わず涙が流れた。

「私が何をしたって言うのよ……」

頭の花のせいで何もかもめちゃくちゃ。
とても憎い。

道端に落ちている割れたガラス破片を拾うと、
尖った部分を自分の方へと突き立てた。

花(これ)さえ無ければ。
花(これ)さえ無ければ…!!

覚悟を決めて勢いよく尖った破片を花へと刺そうと腕を振るうと、
後ろから誰かに腕を掴まれて止められた。

「まだ早いよ」

優しく声をかけられ、ハッとした。
知らない男の声だった。

「…離して。
 もううんざりなのよ。この花に…」

手を振りほどこうとしても男の力が強くて振りほどけず手は震えていた。
男はヘレンの腕を握ったまま優しい口調で答えた。

「諦めるのはまだ早いよ。キミの呪いは解けるさ」

「知ったような口を…!!」

偽善者のような口ぶりに腹が立ち、ヘレンを振り返って男の顔を見上げた。
月明りで照らされた男の顔は、よく女子がキャーキャー言うような写真集に出てそうな顔立ちだった。
ヒョロッとした腰つき、190はありそうな身長。
パッチリと開いた青い瞳にブロンドのまつげ。
まつげと同じブロンドの髪は全体的に左に風になびいたようになっていた。
茶色く大きな帽子は魔法使いのようなコスプレを彷彿とさせた。
服は黄土色で茶色の手袋を両手にしていた。
顔に似合わず貧乏くさい恰好をしていた。

「解けるよ。簡単さ!」

男はニコッと笑顔で答えた。
その笑顔を見るとなぜか不信感が沸いた。

「胡散臭いわ」

「胡散臭い? どうして?笑顔で接したのに?」

男はキョトンとして首を捻った。

「あ、分かった! キミ性格ひねくれてるね?」

図星をつかれたような気がして
ヘレンは男の顎に向けて思いっきりアッパーをかました。
男の体は宙を舞い、地面にべちゃっと落ちた。

「性格ひねくれてて悪かったわね!!
 だいたい! 貴方誰よ!!いきなり失礼じゃない!
 呪いが解けるとか嘘ついて…!
 挙句の果てに女性に向かって『性格ひねくれてるね?』とか…!!
 笑顔で答えてるんじゃないわよ!」

早口で怒鳴り散らすヘレンに男は鼻血を拭いながら起き上がった。

「なんだろうこのデジャブ…まあいいや」

男はヘレンの前に立ち190ほどある身長で160ちょいしかないヘレンを見下ろすと
ヘレンに手を差し伸べてこう言った。

「キミの呪いを解いてあげよう。
 その代わり、私の家で住み込み家政婦してくれないかい?」

今度は胡散臭い笑顔では無く、真っ直ぐな瞳に少し上げた口角
試されているような感じがした。

なんで住み込み家政婦…
ツッコミどころ満載なんだけど…

初めて出会った男の家政婦なんて嫌だ、と思ったが
今の状況的に彼の提案に乗るしかないような気がした。

鍵はなく、家にも入れない。
財布は盗られ無一文。
食べ物は残飯のパン。

彼の家が裕福なのかは知らないけど服装で判断するなら
食べ物はきっと…

ええい!迷うくらいなら…!

「…いいわ。 家事炊事は得意なの」

ヘレンは男の手を力一杯掴んだ。


水野 翡翠 ( 2019/06/15(土) 22:53 )